第二十二話 血と泥の中で
第二十二話 血と泥の中で
袈裟懸けに振るった大剣と突き出された槍が甲高い音を立て、火花を散らす。
すれ違い、即座に左足で地面を踏み砕きながら反転。振り向きざまに刃を振るった。
だがノリス国王は馬を跳ねさせる事でこれを回避。勢いのまま大岩を駆け上がっていく。
逃がしは、しない。
切っ先を下に。膝を曲げ、姿勢を限界まで低くしながら踏み込む。
魔剣を大岩の下へとねじ込み、息を大きく吸い込んで。
「■■■■■■───ッ!」
ズッ……ォォオオ!
家数軒分の大岩が僅かに浮いた後、次の瞬間には轟音と共にひっくり返った。
湿った土が飛び散り、岩の端が砕け散る。泥水と雨水が混ざり合い、汚らしいシャワーが木々を濡らした。
「狂っているな、貴様は!」
〈ブオオッ!?〉
国王とその馬の声が、地響きの中聞こえてくる。それにより位置の当たりをつけ、黒く染まった大岩の裏側を駆け上がった。
衝撃で飛び散った泥と、岩に押されへし折れた木々。その中を走る黒い騎馬。
赤い頭目掛けて剣を振りかぶりながら落下していく。重力をのせた刃に対し、彼は槍を地面に突き立てる事で急旋回して回避した。
泥が天高く舞い、轟音が響く。視覚と聴覚がほんの数瞬だけ使い物にならなくなるも、まだ第六感が、魔力の流れが彼の位置を教えてくれていた。
「ガ、ァァアアアアッ!」
雄叫びを上げ、泥のカーテンを突き破り吶喊。剣を振りかぶり追撃する。
袈裟懸けの斬撃は木を引き裂き、大地を割り、土砂を巻き上げた。間髪容れずに逆袈裟に剣を振るえば、また別の木が両断される。
1撃でも入ればこちらの勝ち。だが、刃の嵐を黒い騎兵は跳ねる様に回避し続ける。
水たまりを地面もろとも踏み砕き、枝も幹も砕きながら猛追する自分に対し、ノリス国王が振り返らずに槍を突き出してきた。
逆側に突いたかの様な、彼の脇を通り過ぎ放たれた穂先。こちらの加速もあって分厚い鎧を貫ける刃を、咄嗟に剣の柄頭で跳ね上げる。
その衝撃を利用してあぶみから足を離した王は、反転しこちらへ体を向けながら鞍の上に着地した。
「オオオオオオ───ッ!」
「ハッ!こい、化け物!」
跳躍し、木の幹を蹴って三角跳びの要領で斬りかかる。首狙いの斬撃は、しかし剣腹に穂先がぶつけられ逸らされた。
赤い火花と衝撃音が弾け、地面に剣が突き刺さる。鍔近くまでめり込んだ刃を、振り向きざまに逆袈裟の軌道で切り上げた。
散弾の様に飛来する石と泥に、黒い馬が悲鳴をあげる。魔物の血を引いていようと、不死身ではない。
馬体に石が突き刺さり速度の落ちたところへ、ほぼ真横から剣を振り下ろす。ノリス国王は自ら反対側へ飛び降りる事で回避したが、彼の馬は腹の辺りで両断された。
盛大に血飛沫が舞う中、黒い鎧に包まれた足が眼前へと迫る。
咄嗟に左の籠手で受けてから、ノリス国王が槍を地面に突き立てポールダンスの様に回転し蹴りを放ったのだと理解した。
衝撃で吹き飛ばされ、足で濡れた地面に2本線を引きながら近くの幹を掴んで急停止。
そのまま指をめり込ませ、一息に大木を引き抜いた。
「ヌゥゥ……ガアアアア!」
ぼこり、と。根っこを引き千切り持ち上げた木を、ノリス国王へと投げつける。
人間の数倍はある大木は、しかし彼の槍で簡単に跳ね上げられてしまった。腕力だけではない。地面に当たって跳ねた瞬間を狙い、穂先で打ち上げたのだ。
その槍と木の下へと、滑り込む。足裏で泥水を跳ね上げ、彼の視界を塞ぎながら一閃。渾身の刃は、固い鎧を裂き柔らかい肉を抉った感触が伝わってくる。
だが、浅い。
「づっ……!」
苦悶の表情を浮かべ、腹から出血するノリス国王。彼はそれでも動きを鈍らせる事なく、槍を振り下ろしてきた。
返す刀で迎撃し、柄を弾く。硬い。彼の槍は刃とぶつかっても折れる事なく、大きくしなりながら真上を向く。
即座にもう1歩踏み込んで剣を振るうも、ノリス国王は後ろへしなる槍に合わせる様に跳躍し、縦回転して後退した。
刃が空を切るも、構わず前進。着地する瞬間を狙い、肩からタックルを仕掛ける。
折り畳まれた足が差し込まれ、足裏が肩鎧を踏みつけた。そのまま体当たりを行うも、ノリス国王は蹴りの反動で強引に衝撃を緩和する。
だとしても、無傷とはいかない。
衝突の瞬間に聞こえてきた異音。恐らく、足の骨に罅が入ったのだ。
宙を舞うノリス国王が、歯を食いしばりその瞳を見開きながらこちらを睨みつける。彼は器用な事に、吹き飛びながらも空中で体勢を立て直した。
殺意に溢れた視線を睨み返しながら、跳躍。一足で追いつき、剣を脳天に叩き込もうとする。だが彼は槍をそこらの木に引っ掛け、宙にいながら回避してみせた。
切っ先は左肩の鎧を砕くも、皮膚を浅く裂いただけにとどまる。ノリス国王は避けただけではなく、身を捻った姿勢からこちらの後頭部目掛けて蹴りを放ってきた。
それを左の籠手で受け、衝撃により一足先に着地。ぬかるんだ地面に膝近くまで埋まるも、蹴散らして彼が飛んでいった方角へ走る。
まるで天狗だ。見上げた先では、鎧を身に纏い、足の骨に罅が入っているとは思えない身軽さでノリス国王は木から木へと跳躍していく。
ならばと。加速して追い付き、次に彼が踏みつける木を予測し叩き切った。
傾いた木の幹を踏みそびれ、落下する国王。彼が着地する瞬間を狙い、剣を振りかぶる。
「なめるなぁ!」
腹と肩から血を流しながら、ノリス国王が槍をこちらに振り下ろしてくる。咄嗟に剣で受け止めるが、衝撃が少ない。
彼はこちらの大剣に穂先をぶつけた直後、オールでも漕ぐ様に柄を操って体を前方に、自分から見れば背後に降り立つ様に自身を押し出した。
すぐさま振り返れば、引き戻された槍が既に突き出されている。
兜のスリットへと滑り込もうとした穂先を、咄嗟に顔を横に傾けて回避。こめかみで火花が散った直後、槍が横薙ぎに振るわれた。
膝を折り曲げこれも回避し、完全に通り過ぎる前に足を伸ばして頭頂部を柄にぶつける。
流石に予想外だったか、ノリス国王がバランスを崩した。
好機!
全力で踏み込み、鎧にぶつかる雨を弾きながら斬りかかる。彼は右手を槍から手放し腰の剣へと伸ばすが、こちらの方は速い。
胴を両断する。その瞬間、
「うぉおおおお!」
鎧に身を包んだ巨体が割り込み、手に持った刃で魔剣を受け止めた。
「ロック爺!」
ガルデン将軍!?
兜を脱ぎ捨て、血で汚れた白髪を振り乱した猛将が、柄をへし折って短くしたギザームを剣代わりにして大剣を防いだのだ。
踏み込んだ勢いのまま、彼に肩からぶつかりにいく。国王と将軍がもつれ合いながら吹き飛び、それぞれ地面に転がり泥にまみれながらも素早く立ち上がった。
「若!2人で!」
「応よ!仕留めるぞ!」
「■■■■■■───ッッ!!」
2対1。だが、どちらも手負い!
突撃する自分に、牽制として突き出された槍。またも正確に兜のスリットを狙う穂先を左腕で打ち払えば、反対側からガルデン将軍が斬りかかる。
それを右手の大剣で受け止めた瞬間、ノリス国王の槍が足払いをしかけてきた。
狙いは魔物の馬に噛み砕かれ、防具を失った左脛。だが、読めている。
切り裂かれる瞬間に足を上げて穂先に空を切らせ、ほぼ同時に柄を全力で踏みつけた。
いかに強靭な槍でも、これならへし折れる。地面ごと踏み抜かれた槍の柄が、無残に砕け散った。
続けて左の拳を将軍の腹へと叩き込む。分厚い鎧をひしゃげさせ、その奥の肉を潰す感触が伝わってきた。
「ぐ、ぉぉ……!?」
浮き上がった彼の体に、間髪入れずに右手の剣を叩きこもうとする。
だがそれより先に、ノリス国王が更にもう1歩踏み込んできた。彼は折れた槍を棒として扱い、振り上げた右腕の肘を突いてくる。
皮膚を貫く事はなかったが、腕の振りが阻害された。その隙にガルデン将軍が頭突きを放つ。割れた頭で、今も赤黒い血が流れているというのに。
予想外の攻撃に回避も迎撃も間に合わず、兜に彼の額が直撃する。人並み外れた巨体と、それに見合う重厚な鎧。ウェイト差もあって、衝撃で数歩よろめいた。
そこへ即座にノリス国王が柄を振るって踝を打ち据えようとしてくる。直感でそれを察知して、後ろへ跳んで回避。
着地した所へガルデン将軍が斬りかかってきたのを剣で受け、彼の勢いに逆らわず自分から後ろへと倒れ込んだ。
「ラァァッ!」
「ガッ……!?」
地面と背中が平行になった瞬間、左足を折り畳んで互いの間にねじ込み、彼の腹を蹴り上げた。鎧が砕け散り、固い腹筋に鉄靴が突き刺さる。
空へと打ち上げられたガルデン将軍。木々の向こうへと消えて行った彼の目が、ぐるりと白目になるのが見えた。
直後、第六感により体を横へ捻る事で、死角からノリス国王が突き出してきた石突を回避。すぐさま両足で泥の地面を踏みしめ、左手で折れた槍の柄を掴む。
自身へ引き寄せながら右手1本で刃を振るえば、彼は柄から手を離し切っ先から逃れようと後ろへ跳んだ。
だが、僅かに遅れる。逆袈裟の斬撃が鎧を引き裂き、胸に深く傷をつけた。
片方の肺を潰した感触。切り裂かれた衝撃で宙を舞うノリス国王を追いかけ、走り出し。
ぞわり、と。猛烈な怖気を感じ取った。
赤い軌跡を残し、雨の中飛んでいくノリス国王。その、血で染まった口が、不敵に弧を描く。
「今だあああああ!」
血反吐の混じった号令に従い、草むらから何人もの貴族が姿を現した。
豪奢だっただろう鎧に泥と草を塗り、目を血走らせた彼らは一斉に詠唱の、恐らく最後の一節を吠える。
「沈め───『泥棺』!」
貴族が数人がかりで発動した、魔法。それは一瞬で足元を底なし沼へと変え、更には泥で出来た腕が幾本も伸びてきて自分を拘束する。
見た事も聞いた事もない魔法に対し、完全に反応が遅れた。
「なっ!?」
貴族による伏兵。まさか、彼は最初からここに……いったい幾つ、自分を殺す手段を用意していたのだ!
視線を、ノリス国王へと向ける。大胆不敵な笑みを、血と泥で濡れた顔に浮かべた魔人。
彼は空中で身を捻り、足から木の幹に着地する。膝をたわめ、直後に衝撃を加速に変えて沼へと跳んだ。
ほぼ同時にレイピアが抜かれ、その鞘が投擲される。ノリス国王は半瞬先に沼へと落ちた鞘を足場に、再びこちらへと跳躍した。
迎撃に剣を振り上げようとして、しかし泥の腕に邪魔をされる。振りほどく事は、容易だ。ほんの1秒あればいい。
だが、その1秒はこの状況であまりにも長すぎた。
時間が、引き伸ばされる感覚。自分も、敵も、視界内の雨粒までもが遅く感じる中。それでもレイピアの切っ先が迫ってくるのがわかる。
横へ避けるのも、身を屈めるのも間に合わない。後ろへ避けても2撃目で首を裂かれる。
籠手を掲げる時間も、剣を振るう時間もない。
鋭い刃が、兜の隙間へと滑り込む。刹那。
こちらから、前へと体を動かした。
レイピアの切っ先を、兜で弾く。衝撃で押されそうになるが、皮肉にもそれは自身を押さえつける泥の腕が防いでくれた。
急速に接近する彼我の距離。目を見開いたノリス国王が、すぐさまレイピアの刀身を左手で掴む。短く持ち直し、鎧の隙間にねじ込む為に。
対して、こちらの剣はこうも近い距離ではまともに振るえない。
ゆえに、手放す。
「っ!?」
無手となって、相手の左腕ごと巻き込む様に胴へと組み付いた。
ギチリ、と鎧同士が擦れ合い、不快な音をたてる。直後にそれはギシギシと軋む音に変わり、続いて破損個所から黒い鎧に罅が入っていった。
「きさっ……!」
ノリス国王の声が途切れ、その右腕が、宙に浮いたままの両足が、必死にこちらを引き剝がそうと叩きつけられる。
だが離すものか。相手の背で両手の指をガッシリと組み、腕に力を入れる。
「その手を離せ、化け物!」
「早く沼に沈めろ!」
「撃つな!陛下に当たる!」
遠くから、敵貴族達の声がする。彼らが作り出した沼により、誰も近づけはしない。
黒い鎧が砕け散り、こちらの鎧も罅だらけになった。だが、構わず腕に力を入れ続ける。
このまま……押しつぶす!
「かっ……」
だんだんと、叩きつけられる手足の力が弱まって。
遂にはだらりとぶら下がるだけとなる。
「すま……あ……あなす、た───」
ゴキンッ。
肉が潰れる音もしたが、それよりも、何か硬い物が折れる音が強く響いた。
「陛下!」
「ああ、そんな……」
遠くから聞こえてくる悲嘆に濡れた声。それが、己の荒い息にかき消される。
互いに、怪物だの英雄だなどと、そう呼んだ戦いの決着は。
血と泥にまみれ、およそ演劇や物語に出てくる華やかな戦いとは遠いものであった。
ゆっくりと彼を絞め殺した腕から力をぬけば、べったりと赤いものがこびり付いてくる。
ノリス国王の遺体を持ち帰れば、きっと大手柄だ。敵国のトップの死体というものは、戦功として破格と言える。政治的な取引材料になるからだ。
だが───きっと、殿下の死を覆すほどの政治的な効果はない。
帝国の貴族達はそれだけ欲深く、そして両国の国力には差があり過ぎた。
であれば、自分の好きにさせてもらおう。
ノリス国王の右手をこちらの首にかけさせて、彼の脇を手で支える。その状態で泥の腕を振り払い、魔法で出来た沼地を進んでいった。
目指す先は、王国の貴族達がいる場所。
「己、よくも陛下を!」
「よせ。我らでは……」
「なにを!せめてノリス陛下のご遺体だけでも!」
殺気立つ彼らに、大声で呼びかける。
「戦闘の意思はありません!ただ……このお方を、王国にお返ししたい」
「……なに?」
訝し気に眉を寄せる貴族達から、数メートルほど離れた位置。沼ではない、雨で濡れた地面へとノリス国王の亡骸を横たえる。
そしてレイピアの刀身を握ったままの左腕を、胴体の上に。右腕は柄の位置に置いた。
最後に、光を失った瞳を、そっと閉じさせる。
「お見事でした。ノリス・フォン・オールダー様。御身と戦えた事を……生涯の、誇りとさせていただきます」
今日初めて会って、言葉を交わし、それ以上に武器をぶつけあった相手だが。
不思議な事に、自分はこの人の事が嫌いではなかった。殺されかけたのもあって、好きではないし何なら苦手ですらあるけれど。
それでも彼の遺体を戦利品として持ち帰る気は、ない。
「貴公……」
何か言いかけた敵の貴族に背を向け、沼の中に戻る。そして魔剣を回収し、反対側から陸地に上がった。
白銀の鎧も、宝剣と見紛う大剣も。今は雨で洗い流せない程に汚れている。特に鎧の方は、頭の天辺から腰布まで前面が赤黒く染まっていた。
僅かに歪んだ刀身を肩に担ぎ、一度だけ彼らに振り返る。
「…………」
敵国であり、現在も戦争は続いているはずだが。それでも、王国の貴族達はこちらに頭を下げていた。
すぐに視線を正面に戻し、走り出す。
正直言って、ノリス国王の遺体を返却したのは気分だけが理由ではない。
「いっつぅ……!」
全身の至る所が悲鳴をあげている。我ながら無茶をし過ぎた。もしもガルデン将軍が魔法により治療を受け、新しく軍馬を手に入れてこちらに向かっていたら今度こそ殺される。
何より、ただちにここから離脱せねば、とんでもない事が起きる気がしていた。1度死んで身に着いた『死の気配の察知』が、薄っすらと警告を発している。
ここで欲張って遺体を抱えたまま逃げ出せば、間違いなく王国の貴族達は死に物狂いで取り返しにきていた。今は1分1秒が惜しい。
とにかくこの場を離脱する為に走っていると、視界の端で、何か赤いものが通り過ぎた。
木々を幾らか挟んで、すれ違った相手。長い赤い髪を雨に濡らした誰かが、一心不乱に自分達が戦っていた場所へと向かっている。
それが誰なのかは、わからない。考えている余裕もない。
「オオオオオオ───ッッ!!」
「……もう起きたのですか。あの猪爺」
聞こえてきた雄叫びに、思わず悪態をつく。自分もかなり頑丈な部類であるが、彼は常識というものをどこに置いてきたのか。
鈍痛が治まらない体で、雨の中森を進んでいく。まずい事に、現在地がさっぱりわからない。戦闘跡を頼りに元来た道を戻っているが、そこから一旦敵の野営地に向かわなければ。
……そこでも戦闘になったら、流石に死ぬではなかろうか。
弱気になりかけて、頭を横に振る。こういう思考の時が、1番怖い。何なら、前世で死んだ時も雨だった。あの時の様に、うっかりで死ぬのはごめんである。
そんな事を考えながら走っていると。
───ポッポォォ!
「この音は……!」
汽笛が鳴る方へと足を向け、加速する。この世界で、あの音が発せられるのは……。
戦闘終了から、およそ5分。木々を抜けた先。森の中の開けた場所に、仲間達がいた。
「若様!」
「若様だ!」
「よ、よかった……!」
「若様ぁ!心配しましたぞ!」
安堵した様子の兵士達に、ハーフトラックの扉を開けてこちらを見てくるケネス。
そして。
「信じていたぞ、クロノ殿!」
雨が理由なのか、目元から頬を濡らしたクリス殿下がそこにいた。
近衛騎士達が周囲を警戒する中、ようやく剣を杖にして安堵の息を吐く。こういう時、なにか気の利いた事を言えれば良いのだが……生憎と、出てきたのはありきたりな言葉であった。
「帰りましょう。国に」
ふと、顔をあげれば。
雨雲の切れ目が、近づいていた。
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