第二十話 嵐がやってくる
第二十話 嵐がやってくる
「ぜぇええりゃあああああ!」
「このっ」
突撃してくるガルデン将軍のギザームを、大剣で受ける。
馬の加速ものった斬撃に対し、逆らわず斜め後ろへ跳ぶ事で衝撃を緩和。それでなお数メートルも吹き飛ばされ、足裏で地面に2本線を引いた。
土煙を上げて遠ざかるガルデン将軍の馬。直後、自分と彼との間に距離が出来たとみるや周囲を走り回っていた騎兵達が続けざまに魔法で攻撃してくる。
大半が射程外。地面を抉り周囲に爆炎をあげるも、有効打は少ない。
それでも母数が違う。刀身を盾代わりに掲げながら、土と炎が舞う中を突っ切った。
足を止めてはならない。思考を止めてはならない。生きる事を諦めてはならない。
「はぁ……はぁ……!」
きっつい……!
降伏の2文字が脳裏をよぎるも、ガルデン将軍のあの様子では聞き入れてもらえないだろう。兜で顔は見えないが、怒髪天という言葉を擬人化した様な気配をさせていた。
なにより……いや。
思考が横へそれそうになるのを、迫りくる脅威へと引き戻す。大きく弧を描いて戻ってきたガルデン将軍が、再び自分目掛けてギザームを振りかぶっていた。
背後から迫る魔法攻撃から逃れつつ、放たれた斬撃を剣で受け流す。彼の馬が流す血が、すれ違った際にびしゃりと鎧を濡らした。
決して軽傷ではない。いずれは、あの馬も動けなくなる。
だが時間的猶予はない。ノリス国王が合流する前に、どうにかしなければ。
……そういえば、何故あの魔人がここにいない?
大地を踏みしめ、全力疾走しながら思考を巡らせる。自分達の周囲をグルグルと回る騎兵どもと、その外側で槍を構えている歩兵達。その輪の中に、続々と後続が合流し層を厚くしていた。
そう、合流している。最初からこの場にいたわけではない。
「死ねぇ!化け物!」
「ぶっつぶれろぉ!」
包囲網に近づいた途端飛んできた矢の雨を鎧で弾き、放たれた炎や石を左右のステップで回避。
……なるほど。相手も、自分がどのルートを使うのか。そして殿下達がどこにいるのか。それを正確にはわかっていなかったのだ。
恐らく、ノリス国王と将軍は二手に別れ網を張っていたのだろう。別々の位置にいて、今は伝令からの報を受けて必死に合流しようとしているはずだ。
この世界で学んだ、戦術の基本。人を、物を、揃えた全てを一時に全て注ぎ込む。津波の様に、敵へと叩きつけるのだ。
多勢であるはずの敵がその基本を無視して、こんな『中途半端』をするはずがない。
ならば殿下達は無事だ。第1班の近衛を向かわせたのは、悪手だったかもしれない。しかし後悔している暇があるのなら、四肢を動かすべきである。
迫る石弾の嵐を切り払い、その裏から繰り出されたギザームの刃を籠手で弾いた。衝撃で吹き飛ばされるも、ダンスのステップを踏む様に足を動かし横回転。止まる事なく走り続ける。
ノリス国王がこちらに向かって来ているのなら、自分がやるべき事はたった1つだ。
彼がこちらに合流する前に───。
「ぬおおおおおおおお!」
「がああああああああ!」
ガルデン将軍を、殺すのだ。
互いに雄叫びを上げながら、すれ違い様に得物をぶつけ合う。甲高くも腹に響く轟音が鳴り響き、衝撃波が大地を抉り取った。砲弾でも着弾した様なクレーターを残し、双方動き続ける。
だんだんと、ガルデン将軍の馬の動きが悪くなってきた。当たり前と言えば、当たり前の話。
魔物だろうと、生物である。首を抉られて、常に全力のパフォーマンスが出来るわけがない。
休息をとり、適切な治療を受ければ別だろうが……その様な暇は与えない。
剣を肩に担ぎ、前傾姿勢で敵騎兵部隊に突撃。彼らはこちらと距離を取ろうと、ここまで続けていた旋回の軌道を膨らませる。
直後、横から雄叫びを上げるガルデン将軍が突っ込んできた。刃を切り返し、ギザームの穂先と刀身をぶつけ合う。
相手の得物も、『魔剣』か。呆れるほどの剛力と魔物の馬だからこそ扱える、無双の一振りと言えよう。
こちらも魔剣でなければ、数合打ち合った頃にはへし折られていた。あれの直撃を受ければ、いかに頑強な鎧でも打ち砕かれる。
相手に休む暇を与えまいと、時折敵騎兵や歩兵の中に跳びこも動きを見せ、阻止に動かせているが……こちらも体力の限界は近い。
彼の馬の方が先に限界を迎えるだろうが、その時は周囲の兵達が一斉に襲い掛かってくる。今は自分達の戦いに巻き込まれまいと距離をとっている彼らだが、将軍が倒れれば突っ込んでくる可能性が高い。
「その首をぉ!差し出せぇええ!」
「くっ!」
ゆっくりと考える時間はない。一か八か。賭けに出てでも、ガルデン将軍を排除する。
「火の洗礼をここに」
横薙ぎに振るわれたギザームの穂先を剣で受け、後ろへ吹き飛ぶ。地面を数度蹴りつけ、間合いを開けつつ姿勢を制御した。
詠唱を開始した自分に、ガルデン将軍が目を見開く。
「ぬぅ!?皆の衆、『濁流の陣』だ!」
「大地を赤く塗りつぶし、天を焦がし……!」
一層激しくなる魔法攻撃と矢の雨。すぐ傍に着弾した火球が弾け、石弾と風弾が鎧を打ち、矢に紛れて槍まで飛んできた。
爆炎と土煙が視界を埋め尽くす中、衝撃で左右に揺さぶられながらも必死に足を動かす。
これまでの戦闘で出来上がったクレーターに跳びこみ、射線をカット。矢の雨が降り注ぐが、鎧を貫く事はない。
魔力を練り上げ、左掌に火球を構築。そのタイミングで、上から魔物の巨体が降ってくる。
「いくぞ、ミハエェェル!」
〈ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!〉
すぐさまクレーターから飛び退き、踏みつけを回避。直後に炎弾や石弾が放たれるも、幸い直撃はない。そもそも、走りながら動く相手になど滅多に当たるものか。
だから、落ち着け。魔力に意識を向けろ……!
己にそう言い聞かせながら、疾走。ガルデン将軍の馬が弧を描くように左から接近するのを察知し、急ブレーキで衝突を回避。
同時に、すれ違い様に振るわれたギザームを刀身で受け、これもまた衝撃に逆らわず後退する。
彼が離れたと同時に殺到する魔法攻撃の中、大剣を傘の様に掲げながら膝を折り曲げた。
身を縮めた自分を、土煙と爆炎が飲み込む。
「万物を……土へと、返せ!」
だが、詠唱はやめない。
折り曲げていた足を、丸めていた背を、一気に伸ばし跳躍。土煙を突き破って得物を振り抜く将軍を見下ろし、約10メートル上空に。
落下までの数瞬が、引き伸ばされる感覚。左手の火球を高々と掲げ、一気に魔力を流し込んだ。
膨れ上がる火の玉は馬車を飲み込む程のサイズとなり。
地上へ向けて、解き放たれる。
「『炎乱』!」
深紅の津波が、平原を駆け巡った。
うねる様に広がる炎の奔流は大気を焦がし、酸素を奪い取って更に広がっていく。鉄すら溶かす獄炎が、馬を走らせ逃げるガルデン将軍を。そして周囲の敵兵達を飲み込まんと荒れ狂う。
だが、彼らにとってコレは未知ではない。
「『水弾』!」
「『水壁』!」
「『泥囲い』!」
歩兵達の中から飛び出した貴族達が、一斉に魔法を発動させる。
炎の津波を魔法で生成された水と泥が迎えうち、ぶつかり合って水蒸気へと変えてしまった。未だ高温ではあるが、この平原では敵兵達を蒸し焼きにする事は叶わない。
ましてや、自分や将軍の様な人並外れて頑丈な者なら尚の事。
「見たか!我らの力を!もはや帝国など恐るるに足らず!」
水蒸気で覆われた地上に降りたつと同時に、剣を地面に突き立てる。
間髪入れずに左手を腰の後ろへ回し、『ある物』を取り出した。
黒色火薬は湿気に弱いが、幸いこいつは威力を高める為念入りに密閉してある。
白く染め上げられた視界が、風で晴れていくなか。敵の位置を把握する。魔力だけではなく、音でもよくわかった。声がでかいし、足音もでかい。
安全装置を解除。ピンを勢いよく引き抜く。
「さあ、これで終いだ!帝国の怪物よ!!」
ギザームを手に、突撃を仕掛けてくるガルデン将軍。
彼の騎馬の鼻先へと、とっておきを放ってやった。
それは、きっとこの世界の人からすれば柄の短いメイスに見えるだろう。実際、ケネスや近衛騎士も最初はそう勘違いした。
ゆえに、間違った対処をする。
彼は、ガルデン将軍は。構わず突撃を選択した。
「笑止!そんな気の抜けた投て───」
手榴弾が、炸裂した。
前世の世界大戦でドイツが使っていた、柄つきの手投げ弾。21世紀で主流になっていたパイナップル型は上手く再現できなかったが、こちらは実戦での使用が可能な段階にある。
いかに頑強な魔物であろうと、鼻先で手榴弾が炸裂しては無事で済むわけがない。爆風と共に飛散した鉄片が、矢を通さぬ顔面を粉砕した。
破片がこちらにも飛来するが、投擲と同時に引き抜いた魔剣を盾にする。そのまま距離を詰め、頭部の左半分を失った馬の首を切り飛ばした。
「ぬ、おおおおおおお!?」
斬撃の衝撃で倒れる軍馬と、反対側に投げ出されるガルデン将軍。彼は地面に落下した直後、すぐさまゴロリと受け身をとりギザームを掬い上げる様に振るってきた。
だが、それより先に柄を踏みつけながら間合いの内側に跳びこむ。
「ガアアアアアア!!」
「ぐぉおおおお!?」
雄叫びと共に振り下ろした刃が、左の籠手に受け止められる。だが勢いは止まらない。籠手を叩き割り、そのまま押し込んで頭部に刀身をめり込ませた。
僅かに軌道が逸れるも、右目の辺りまで大剣が食い込む。常人なら間違いなく致命傷だが、彼は唸り声をあげながら右の籠手も刀身へと下からぶつけ、それ以上刃が進むのを止めてみせた。
「将軍!?」
「ガルデン将軍をお助けしろ!」
「馬鹿、魔法を撃つな!将軍に当たる!」
数発の魔法が近くに着弾するが、『炎乱』を回避するために騎兵も歩兵も距離をとっていた。
こちらへ駆けてくる者もいるが、それより先に仕留めてみせる。
大剣を持ち上げれば、赤黒い血がどろりと溢れ出た。それに染まり、元の色が分からない頭蓋骨や脳の一部が地面に落ちる。
「おの、れぇ……!」
「強かったですよ、本当に……!」
再び剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
「づっ……!?」
左足に激痛が走り、それにより斬撃が中断された。
バカな。他の敵は間合い内にいなかったはず。なにが───。
咄嗟に視線を左足に向ければ、そこには首だけに……それも右半分しか残っていない魔物の馬が、こちらの足に噛み付いていた。
人ならざる瞳をぎらつかせ、脛当てを砕きふくらはぎに歯を食い込ませている。
「みは……える……!?」
ガルデン将軍が、馬の頭を見て呟く。そうだ、止めを……!
足を食い千切られそうな痛みに耐え、剣を握り直した。ここで彼を仕留めなければ。その一心で、再び刃を振り上げ。
「待たせたな」
凛とした声と共に、猛烈な殺意が襲い来る。
「っ!」
即座に剣を引き戻し、盾がわりに。側頭部目掛けて繰り出された槍を受けるも、踏ん張りがきかずに吹き飛ばされた。
その際に馬の頭もはずれ、どうにか両足で地面を踏みしめ着地する。
剣を構え直す自分と、ガルデン将軍を遮る様に。1人の騎兵が槍を手に立っていた。
鮮やかな赤い髪を短く切り揃え、鷹の様に鋭い瞳を輝かせた美丈夫。兜を被らず、首から下のみを黒地に金の装飾が施された鎧で覆っている。
彼が乗る馬もまた黒く、金色の馬具で彩られていた。ガルデン将軍が乗っていたものよりは常識的なサイズだが、それでも魔物の血が混じっていると一目でわかる体躯をしている。
「わか……いや、陛下……!」
「よくぞ耐えた、ロック爺。そして、よくも俺の部下を傷つけてくれたな。帝国の悪魔よ」
不敵な笑みを浮かべるその人物を、自分は知っている。
ストラトス家の人間として、知っておかねばならないと。父上に肖像画を見せられた。
何より、ガルデン将軍が『陛下』と呼ぶ人間はただ1人。
「ノリス、国王……!」
「その通り。俺こそが大陸の覇者となる者!ノリス・フォン・オールダーである!!」
高らかに名乗りをあげ、彼は手綱をぴしゃりと振るう。
筋骨隆々とした黒馬は嘶きを上げ、猛然とこちらへ走り出した。
「さあ、踊り狂おうか!」
同時に、ポツリ、ポツリと雨が降り出し。雷鳴が轟く。
まるで彼こそがこの世界の中心とばかりに、稲光がその姿を強調している様だった。
嵐が、やってくる。
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