第十九話 罠
第十九話 罠
太陽がほぼ真上に到達した頃、暗雲は随分と近くまでやってきていた。
そして自分達もまた、敵の陣地が目視できる距離にまできている。
昼時という事もあって、敵陣地からは煙がいくつも上がっていた。歩哨の数も少ないので、夜間警戒する分昼間に休息をとっているのだろう。
「では、手はず通りに」
「はい」
後ろにいる3人の近衛騎士へと振り返り、互いに頷き合う。
今回、自分達は3つの部隊に分かれた。第1班は自分と3人の近衛。彼女らは馬に乗り、鹵獲した槍を握っている。
第2班はシルベスタ卿を含めた3人の近衛と、うちの兵5人。銃撃と爆竹にて、敵をつり出す役だ。
そして第3班。クリス殿下を含めた残り全員がハーフトラック付近に待機し、つり出した敵を待ち伏せている。
森の中に隠れながら、じっと第2班が攻撃を開始するのを待った。今回は自分もフル装備であり、兜越しに耳を澄ませる。
隠れる為に被っている泥と草で汚した布が、異様に分厚く感じられた。己の緊張を表す様に、どんどんと重みを増していく。
もしかしたら、音を聞き逃してしまったのではないか?そんな不安が脳裏をよぎった瞬間だった。
───タタタタァァァァン……!
敵陣地の反対側から連続して響く、黒色火薬特有の間延びした発砲音。爆竹の炸裂音も混じったそれが聞こえてから、時間を数える。
……10……20…………60……90……。
「クロノ殿」
「ええ、行きましょう」
近衛騎士の言葉に頷くと同時に、被っていた布を弾き飛ばす。
地面を蹴り砕き、進路上の枝をへし折りながら前へ。1歩踏み出すごとに加速し、敵陣地の壁へと足を動かした。
土魔法で作ったのだろう堀と壁。木の柵も追加でたてられているそこに、減速する事なく直進する。
相手も見張り以外は入念に防御を固めているが、関係ない。両腕を顔の前で交差させ、跳躍。
堀を一足で跳び越え、壁に衝突した。
どん、と。重い音が響く。事前の加速もあって土の壁を打ち破り、木の柵はばらけて飛んでいった。
土煙が舞う中全身を使って横薙ぎに剣を振るい、右横の壁を破壊。穴を広げると共に、堀を多少ではあるが埋めた。
軍馬。それも近衛が使っている様な帝国でも有数のそれらは、流れている魔物の血もあってこの程度の堀は少し手助けしてやれば跳び越えられる。
「なんだ!?」
「敵だ!また何か降って来たんだ!」
「いや、待て。あれって……」
土煙の向こうから、敵兵の声が聞こえてくる。それに紛れ、小声で詠唱を開始。
冷静に思考する暇は、与えない。
「■■■■■■■───ッッ!!」
風魔法で雄叫びを響かせ、敵陣地に轟かせる。衝撃波で土煙は吹き飛び、恐怖に引きつる多国籍軍の顔があらわとなった。
碌に防具も身に着けず、槍を持っている兵士すらまばらな中。大剣を担ぐ様にして突撃する。
1番近くにいた兵士の胴を両断し、派手な血飛沫と共にその体を吹き飛ばした。続けて地面に深い足跡を刻みながら、跳躍。
逃げ出そうとする敵兵達の前に着地し、首を刎ねる。
「あ、あぁぁ……!?」
「ひぃ!!」
「■■■■■■───ッ!」
あとは、ひたすらに剣を振り回しながら敵陣の中を走り回った。
───この作戦は、とにかく相手に冷静な対処をさせない事が重要である。
これまで夜間に襲撃していたのを昼間に行い、散々敵の安眠を妨害してきた銃撃で注意を引きつけ、誘引。
敵軍の意識が第2班へと向いた所へ、自分達第1班が突撃。彼らの背後を脅かし、あがる火の手と悲鳴でもって陣地に戻るかそのまま進むかの選択を迫る。
第2班を追いかけていた敵部隊の統率が乱れた所を、第3班が待ち伏せし撃滅。自分達は暴れるだけ暴れたら、その機動力を活かし撤収。あらかじめ決めておいた地点で合流し国境まで撤退する手はずだ。
敵の数を減らす事が目的ではない。敵の心と飯を壊す。それを目標とした奇襲であった。
目についた端から兵士を斬り殺しながら、視線を巡らせる。
これだけ暴れれば、必ずノリス国王かガルデン将軍のどちらか。あるいは両方が止めに来るはず。
だが、まともに戦ってやるつもりはない。見つけ次第全力で距離をとらせてもらうつもりだ。
「はぁっ!」
視界の端で、近衛騎士達が馬を走らせている。何千もの兵士が寝泊まりするだけあって、野営地は広い。その中を縦横無尽に駆け巡って、槍を振るい魔法で火を放っていた。
だが、所詮はたった3騎。相手が少しでも冷静に連携をしたのなら、あっという間に圧殺される。
ゆえに、注意をこちらに引き付けねばならない。
「ガアアアアッ!!」
咆哮と共に敵兵の頭を鷲掴みにし、力任せに放り投げる。悲鳴を上げていたその兵士は、宙を舞った瞬間静かになった。
槍を向けてきた敵兵を、得物もろとも頭から股にかけて両断する。その背後にいた若い兵士が血まみれになり、武器を取り落としてへたり込んだ。
必死に声を張り上げて指揮を執ろうとする騎士の首を刎ね、集まっていた兵士達の中に投げ込む。弾かれた様に、兵達は散っていった。
馬達が繋いである場所を見つけ、縄を切った上で浅く腹や尻を裂く。悲鳴の様な嘶きと共に、馬達は陣内を走り出した。
そうしてひたすらに暴れまわっていれば、近衛騎士達がこちらに向かってくる。
「クロノ殿!東に物資の保管場所を発見!ついてきてください!」
「はい!」
勢いよく頷き、彼女らの騎馬と並走する。立ちはだかる兵士も、逃げ惑う兵士も、区別なく間合いに入った瞬間切り伏せた。近衛達も必死に槍を振るっている。
普段街中や屋内での戦闘訓練が多いのか、自分から見ても彼女らの馬の扱いは正直微妙だった。
速度を上げて弧を描くように前へ出て、周囲の敵兵を蹴散らして道を開く。勢いそのまま側面や後方からの攻撃を切り払い、幾らかは鎧ではね飛ばした。
そうして進んでいけば、積み上げられた木箱や麻袋の山が見えてくる。
「アレです!」
「宵闇を照らせ。かがり火であり、火矢であり、敵を薪へと変える息吹となれ」
走りながら、呟くように詠唱を開始。
「『炎弾』!」
左手を前に向け、直径2メートルほどの火球を発射。動かない的という事もあって、物資の山に直撃する。
爆炎が巻き起こり、油でも撒いたかの様に木箱や麻袋が燃え上がった。そこへ、馬を止めた近衛達も次々と魔法を撃ちこんでいく。
あっという間に火の手は周囲の天幕まで伸びて、煙がもうもうと天にのぼっていった。
「よし、では撤収します!」
「はい!」
踵を返し、近衛達に声をかけてから走り出す。
それにしても、動いている敵兵の数が思ったより少ない。撤退時に牽制として手榴弾を投げていく予定だったが、これなら不要だろう。
混乱のし過ぎで、関係のない位置に集合しているのか?それとも、士気の低下もあって逃げ出している?
いや。脱走兵が多いにしても、やっぱりここまで手薄なのは何か妙な気が……。
脱走兵?
「───あっ」
土煙をあげながら急ブレーキをかけ、踵で地面を抉り飛ばす。
すぐさま反転し、火の手があがる物資の山へと駆け戻った。
「クロノ殿!?」
驚いた様子の近衛達に返事をする余裕もなく、走ってきた勢いのまま燃え上がる木箱を蹴り飛ばした。
宙を舞う、火のついた木片。その中には、何も入っていない。
更に麻袋を切りつけるも、中から出てきたのは土であった。
「くそっ、やられた!」
「クロノ殿、なにが……」
「ルートを変更!ただちに殿下達と合流します!これは罠だ!」
「っ、了解!」
混乱している敵兵の群れを切り払いながら直進し、再び土壁を打ち破る。近衛の馬達は長い助走距離もあって、壁の穴を通りギリギリだが堀を跳び越えていった。
それを見届け、1番最後に敵陣地を脱出する。森の中に入り、足を速めて近衛騎士達を追い抜いた。
直後、目の前に縄が張られる。鋭く尖った木の枝を括りつけたそれを、間髪入れずに切り裂いた。
駆け抜けながら、一瞬だけ木々に隠れた敵兵達の姿を捉える。
「敵です!先回りされた!」
振り返らずにそう叫びながら、内心で舌を巻く。
最悪だ。自分達が罠に気づき、味方のもとへ向かうのも予測されていた。いや、そもそも合流する為のルートまで……!
どうする。このまま殿下やケネスが待つハーフトラックまで戻るか?いや、下手をすれば敵の大軍を引き連れていく事になる。だが、そもそも相手はどこまでこちらの動きを把握して……。
頭の中がパニックになるが、当然相手はそんな事おかまいなしに攻撃をしかけてくる。
ここまでの意趣返しとばかりに、激しい矢の雨と魔法が背後から襲い掛かった。
「きゃっ!?」
「っ!」
短い悲鳴が聞こえたと同時に反転し、落馬する近衛騎士を受け止める。追撃の石弾を剣で切り払い、脇に近衛を抱えたまま走り出した。
この状況は、まずい。ケネスや殿下の所に戦力を1人でも多く送りたいが、自分達を追いかけてきている者達を誰かが足止めする必要がある。
そして、それが出来るのは。
「く、クロノ殿……!」
「全員止まらないでください。この人をつれ、貴女がたは殿下達と合流を。僕が殿をやります」
「しかし」
「邪魔です。行ってください」
「っ……はい!」
抱えていた近衛を別の人に投げ渡し、強引に騎乗させる。
先ほどから鎧に矢が当たり、カンカンとうるさい。狙って射っているというより、敵は下手な鉄砲理論で雨の様に降らせていた。
彼女らには、馬で殿下達を襲撃しているだろう敵をかき乱してもらう。それに後から合流する為にも、この場をどうにかしなければ。
剣を握り直し、近衛達を追おうと走る敵騎兵の集団に突撃。木々の隙間を駆け抜けて、横合いから飛びかかり先頭の騎士を馬ごと両断する。
即座に後続はぶつからない様に散開し、四方八方から魔法を浴びせてきた。この練度、モルステッド王国の魔法騎兵か……!
森の中だというのに、炎弾まで飛んでくる。それを飛び退いて回避し、木の幹を蹴って跳躍。三角跳びの要領で次の騎兵に斬りかかり、首を刎ねる。
着地した瞬間を狙い飛んでくる魔法を、すぐさま再度跳ぶ事で避けた。木を盾にして駆け回り、直撃を防ぐ。
だが、数が多い。続々と敵部隊が集まってきて、矢の雨が勢いを増していった。
それに比べて、近衛を追う部隊が少ない。いや、そもそも敵はわざと自分の視界に入ってきている?
次々と疑問が浮かぶが、生憎と戦いながら深く考えられるほど器用ではない。ほとんど本能に任せ、ひたすらに迎撃と回避を繰り返す。
「追え!追えぇ!」
「化け物を殺せ!仲間の仇だ!」
「怯むな!奴は逃げていくぞ!」
必死に視線を巡らせ、魔法や矢の雨を避けながら疾走。時折近づいて来た騎兵を斬り捨て、進路上で展開された槍衾を蹴散らしながら進む。
やがて、森を抜け平原へと飛び出した。あの日戦った場所ではなく、街道沿いの開けた場所。
背後からの魔法を直感で回避しながら、辺りを見回して現在地を把握しようとする。
そして、気づいた。
自分はここに誘導されていたのだと。
「うおおおおおおおおおっ!!」
銅鑼の様な大声が聞こえてくる。
平原に幾つか点在する丘の1つから、猛スピードで駆け下りてくる騎兵が3騎。後ろの2騎を置き去りにして先頭をいくのは、何もかもが巨大な戦士だった。
長さ1メートル半を超える長大な穂先。鎌と鉈、そして槍の特性をもつ武器。ギザーム。柄の長さは穂先の倍はあるだろうに、その戦士は片手で保持している。
身に纏う鎧は明らかに並の騎兵が纏う物を上回る分厚さだ。そんな物を着た大柄な人間を乗せている馬もまた、前世で見たばん馬よりも数回りはでかい。
重戦車を彷彿とさせるその騎兵は、ギザームを振りかぶりながら高らかに吠えた。
「我が名は『ロクスレイ・フォン・ガルデン』!オールダー王国随一の戦士なり!!」
「ガルデン将軍……!?」
「死ねぇい!侵略者があああ!!」
加速をのせた横薙ぎの斬撃が、自分の首目掛けて迫る。咄嗟に身を屈めて回避し、振り向きざまに反撃しようとした瞬間。彼の乗る馬が後ろ足を跳ね上げて蹴りを放ってきた。
「ぐぅ……!?」
直撃する寸前で刃を引き戻し、刀身で受ける。だが衝撃を吸収しきれず、吹き飛ばされた。
後ろへ倒れ込みそうになりながらも、たたらを踏む様に足を動かしてどうにか転倒を免れる。
両腕に激痛が走る中、ガルデン将軍はギザームの穂先を地面に突き立てると、柄をしならせながら急旋回。馬の頭をこちらに向け、ほとんど減速せずに再突撃をしてきた。
「どぅおおおおおりゃああああ!!」
「このっ!」
バランスを崩しかけた直後なのもあって、回避は間に合わない。下手に左右へ逃れようとすれば、首を刎ねられる。
明らかに魔物の血を引いているというより、魔物そのものの馬が両前足の蹄を槌の様に振り下ろしてきた。
これも刀身で受け止めれば、蹄鉄と刃が激しい火花を散らし、轟音と共に自分の足が地面にめり込む。
「がっ……!?」
衝突の勢いもあり、剣が押し込まれ兜と擦れる。
押し返せない。こんな事は、転生してから初めてであった。
「今だっ!やれい!」
「応!」
近づいてくる2つの気配。恐らく、背中目掛けてランスチャージが迫っている。
更にはガルデン将軍自身もギザームを振り被り、その鎌の部分で化け物馬の体重を受け止めている自分を狙っていた。
瞬時に左手を柄から放し、腰のショットガンを掴むと同時に親指の付け根で撃鉄をあげる。
引き抜いた水平二連のそれを馬の首に押し付け、即座に発砲した。
散弾銃でありながら、装填されているのは対貴族を想定し一粒弾である。銃声と共に血飛沫が上がり、騎馬がバランスを崩した事でギザームは空を切った。
「なぁ!?」
驚愕の声をあげるガルデン将軍を馬ごと押しのけ、跳躍。埋まっていた両足を引き抜き、背後から放たれた槍を回避する。
上下逆さになりながら、一閃。体を横回転させ、穂先を繰り出した姿勢の2騎をすれ違い様に切り捨てた。
続けて更に空中で身を捻り、銃口を将軍に。間髪入れずに引き金を引いたが、顔面狙いの弾丸は彼の左籠手に防がれた。
激しい火花が散るも、貫通はしていない。どういう厚さをしているのだ、あの鎧は。
発砲の反動もあって、数メートル先に着地。ガルデン将軍は馬の腹を蹴り、距離をとってくる。
あの馬は馬で、首にスラッグ弾を受けたというのに倒れる様子がない。鎧を着た騎士を1撃で仕留めた攻撃だというのに、血こそ大量に流しているが致命傷には見えなかった。
「なんと面妖な!この化け物め、名を名乗れぃ!」
「化け物とか、貴方が言いますか……!」
「名乗らぬのなら、名もなき怪物として死んでゆけ!侵略者!」
旋回する様に馬を走らせるガルデン将軍。それに対し、体の正面を常に向けるよう構え直す。
まずい。非常にまずい。
この化け物。正面からの打ち合いなら、間違いなく父上を超えている。
「このロクスレイがいる限り!オールダー王国は、滅ぼさせはせぬぞぉ!!」
彼の雄叫びに、森の中から敵兵達の歓声が聞こえてくる。
敵は、脱走兵を出すふりをして物資を隠し、更にはこうして伏兵を用意していた。
普通そんな事はできない。21世紀とは違い、無線なんて物はないのだ。自分達の様な小規模部隊ならともかく、明らかに数千単位の兵士を手足の様に動かしている。
そんな怪物が……目の前の化け物とは別種の怪物が、まだ隠れている。この国の王を名乗る、人外じみた存在が。
その頭脳に対し血の気が引くが、もっとまずい事に気づいてしまう。
森の中から向けられる視線。平原を進む足音。響き渡る軍馬の駆ける音。
「狙いは、僕か」
暴力の化身じみた怪物。ロクスレイ・フォン・ガルデン将軍。
武と知を兼ね備えた魔人。ノリス・フォン・オールダー国王。
敵軍の二大巨頭とも言うべき者達が、自分1人を殺す為に本気を出してきた。
ゴロゴロと、雷の音まで近づいてくる。
真っ黒な雲が、空を覆い隠した。
読んでいただきありがとうございます。
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