表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/69

第十八話 限界まで

第十八話 限界まで




 平原にて、帝国が敗走してから今日で6日目。


 ───ドォォォン……!


 今夜も元気に多国籍軍の野営地を攻撃していた。


 軽迫撃砲の榴弾が良い所に入ったのか、星空に黒い炎がのぼっていく。怒声や悲鳴が響く中、こっそりと元来た道を戻っていった。


「……敵の追撃が来ないですね」


「そりゃあ、追いかけた奴が毎回全滅するか意味不明の事を叫ぶ様になっていれば、誰だって無暗に追撃はしなくなりますとも」


 独り言のつもりで呟いた疑問に、ケネスが苦笑まじりに答える。


「まあ、それもそうですか。それで、さっきのが」


「ええ。最後の1発です」


 軽迫撃砲を逆さにして、僅かに残った煤を落としながら彼はニッカリと笑う。


 正確には、笑うしかないから、笑ったのだ。


「看板ですな。我々ができる奴らへの妨害は、もう突撃ぐらいしかありません」


 とうとう、帰りの支度をせねばならなくなった様だ。



*    *    *



「そうか……ここまでよく頑張ってくれた、クロノ殿」


「いいえ。帝国貴族としての務めを果たしたのみです」


 自分達の野営地に戻り、天幕の中で机を囲み殿下達と最後の作戦会議を行う。


 面子はクリス殿下、シルベスタ卿、自分、ケネスの4名。机の上に載せた地図は、ここ数日で随分と書き込みが増えた。


 所々にデフォルメされた兎っぽい生命体が、地形について注釈を入れている。殿下は兎が好きなのだろうか。


「迫撃砲の弾は先の夜襲で最後。ライフルの弾も残り30発を切りました。爆竹は残り2つ。それと、『手榴弾』は4つです」


「それらを使い切ってしまっても良いのか?」


「勿論です。出し惜しみして良い状況ではありませんから」


 それに、正面からよーいドンの戦闘では、この数だとあろうがなかろうがそこまで変わらない。


 銃器は、今回みたいなゲリラ戦以外だと大人数同士の戦闘でこそ輝く。


「感謝する。では、これまでの確認をもう1度行おう」


 殿下が、その細く白い指を地図に這わせる。


「1夜目、ハーフトラックを魔物と誤認させ、敵の警戒対象を増やす事で行軍速度を低下。翌日、移動ルートの道に落とし穴と仕掛け弓をあえてわかる様に配置して、移動を妨害。その日の夜に爆竹を鳴らし、敵兵を叩き起こした」


 仕掛け弓の材料は、森の中を歩いていると簡単に見つかったので、それを利用した。


 というのも、敗走した帝国兵の武装がその辺に落ちているのである。槍や弓、クロスボウ。武器以外にも、腐った食べ物や天幕用の布等もあった。


 もっとも、それ以上に裸の死体が転がっていたが。


 敵兵以外を警戒しないといけなかったのは、多国籍軍だけではない。自分達も野盗化した王国の村人達に注意せねばならない日々であった。


「3夜目、ハーフトラックとライフル、そして迫撃砲にて敵軍を脅かして睡眠妨害と、30人前後を討ち取る。4日目の夜は、前日討ち取った敵兵の首を多国籍軍野営地に投擲。5夜目は2回にわけて迫撃砲とライフルで攻撃。つり出した敵を撃滅。そして今日も、迫撃砲とライフルで敵陣地に混乱を与えた」


「……こうして見返すと、滅茶苦茶頑張っていますね。僕ら」


「うむ。滅茶苦茶頑張ってくれたな、皆」


 殿下と顔を見合わせ、苦笑する。


 後の事は置いておくとして、まさか田舎の子爵家長男が皇太子殿下と友人みたいに笑い合う日がこようとは。


 この戦争が始まる前は、思ってもみなかったな。


「敵兵に脱走者が相次いでいるというのは、本当か?」


「ええ。フラットからの報告では、野営地からこっそりと逃げる兵士や、それが見つかって騎士に斬り殺される兵士が多数いるそうです」


「よろしい。敵軍の士気は、かなり折れてきている様だな」


「ええ。彼らにとっても、この足止めは予想外の連続でしたから」


 進軍している多国籍軍の数は、およそ8千。かなりの大所帯だ。隊を分けて森を進むのは、通信技術の問題で難しい。


 それゆえ、食料の確保は非常に大変である。いくら事前に用意していたとは言え、持参した分では長く軍を維持する事などできない。


 かといって道中の村で『補給』を済ませようにも、帝国軍が散々暴れた後だ。


 飯がなくなれば、結束に綻びがうまれるのは必然。帝国憎しで轡を並べていた彼らだが、王国軍以外はつい考えてしまうだろう。自分達は、故郷とは遠く離れた土地で、故郷の為と言えるかもわからない戦いで死ぬのかと。


 それぞれに戦う理由がある。故郷と1言にしても、それは家族だったり思い人だったり、己の財産だったり誇りだったりと、色々あるのだ。


 意思の統一が、乱れる。飯と士気の両方が崩れれば、もう彼らは共に戦う事はできない。


「ですが、我が方も弾薬だけでなく兵達の士気が底をつきかけています」


「無理もない。だが明日で最後だ。後は帰るだけ……だけ、なんだが」


 クリス殿下が、眉をよせる。


「本当に、『アレ』で良いのか?ケネス殿」


「はっ。問題ありません、皇太子殿下」


 彼女の問いに、ケネスがピンっと背筋を伸ばし答える。


「私の経験上、先日ご説明した通りに動けば我々は悠々と国境を越え帝国に戻る事ができます」


「……わかった。貴殿を信じよう」


「光栄であります。殿下」


 帝国式の敬礼をする彼に、殿下が大きく頷いた。


「改めて、ここまで皆よく頑張ってくれた。感謝しかない。後で、兵士達にも礼を言うつもりだが……先に、貴殿らに言わせてくれ」


 クリス皇太子殿下が、両手を左右で揃えた後。


「本当に、ありがとう」


「っ!?」


 深々と頭をさげてきた殿下に、目を見開く。


 皇太子という立場の方が、こうも腰を曲げて誰かに感謝するなど。ありえない事だ。


 シルベスタ卿も一瞬ギョッとした顔で硬直し、すぐさま殿下の肩を掴む。


「く、クリス殿下!なりません。いかに恩人と言えど、皇太子殿下の御立場で」


「ボクは、どのみち帰国すれば皇太子ではなくなる。それに、この場にいるのは『戦友』達だけだ」


 顔をあげたクリス殿下は、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。


「最後まで、やりきろう。帝国を守る為に。そして、全員で生きて帰るんだ」


 その、見惚れるほど美しい笑顔は、しかし。


 まるで死を悟った老人の様な、穏やかさが滲み出ていた。



*    *     *



 会議の後、殿下は有言実行とばかりに兵士達1人1人に声をかけ、その働きを労った。


 連日の移動と奇襲で疲労していた者達も、これには面食らいつつも笑顔を浮かべたものである。


 明日で戦闘は最後の予定……とは言え、それだけではない士気の高揚が陣内にはあった。


 これならば、明日の作戦も上手くいく。そう安堵する一方、とある不安も胸中を渦巻いていた。


 それを誤魔化す為、見張りの兵士に一声かけてから陣地の外へ出て夜風に当たる。


 空を見上げれば、そこには宝石の様な星々が煌めいていた。


 ぼんやりとそうしていれば、たった数日で随分と慣れてしまった魔力の波動を感じる。


「クロノ殿」


「クリス殿下」


 やってきたのは、殿下ただ御1人だった。


 シルベスタ卿すらつけずに、彼女はこちらに笑いかけてくる。


「明日は、夜襲ではない。『昼間』に攻撃をしかけるのだろう?夜更かしなんてして良いのか?」


 殿下の言う通り、明日は昼間に敵陣地を襲撃する予定だ。


 これまで夜に仕掛ける事で、相手に夜間だけ警戒すれば良いと無意識にでも刷り込む。指揮官クラスは耐えても、一般兵は絶対にそうなるはずだとケネスが言っていた。


 ゆえに、昼間に大きく打撃を与える。それをもって、自分達の足止め作戦は終了だ。


「いえ……眠れなかったもので」


「そうか。実は、ボクもなんだ」


 眉をへにゃ、とさせて。クリス殿下が隣にやってくる。


「……なあ、クロノ殿」


「なんでしょうか」


「貴殿は、ボクの服の下を見たのか?」


 あまりにも直球な問いかけ。チラリと彼女の横顔を窺えば、済んだ瞳で星空を見上げている。


 これは、誤魔化せそうな雰囲気ではないな。


「……はい。治療の際に、やむを得ず」


「そうか。済まないが、もう少しだけ秘密にしてもらう事はできないか?」


 殿下は視線をこちらに戻し、人差し指を唇の前でたてる。


「ボクの親衛隊と、帝都にいる派閥の者達。彼ら彼女らが次の就職先や嫁ぎ先を見つけるまでで良いんだ」


「その後は?」


「そうだな……クロノ殿に任せるよ。あまり言いふらしてはほしくないが、大きな問題にはならないだろうし」


「殿下が、お隠れになった後だからですか?」


「……はは」


 彼女は困った様子で、先ほどまで唇にあてていた指で頬を掻く。


「やっぱり、わかってしまうか」


「此度の敗戦の責任を、お一人で負うつもりなのですね」


「まあ、な。父上はお隠れになったし、将軍も共に討ち死にしている。責任をとれるのが、ボクしかいない。それに、あまり責任を取る者を増やしては帝国軍の弱体化を招いてしまう。皇太子が自ら毒の盃を飲んだ。その禊が、必要だと思っている」


「……貴女が生きて皇帝を務めた方が、帝国の弱体化を防げそうですが?」


 言ってから、己の発言が出過ぎたものだと反省する。爵位すら持っていない小僧が、口を出していい領分ではない。


 だが、『戦友』として扱ってくれているからか、殿下はただ静かに首を横に振った。


「それは兄上をなめ過ぎだ。元老院の者達もいる。年齢ゆえここまで実務にあまり関わらせてもらえなかったボクよりも、実績も経験もあるのだ。なにより、帝国の国力ならここから持ち直す事も難しくない」


「……そう、ですか」


「そうだ」


 喉まで出かかった言葉を、引っ込める。


 帝国は、近い内に分裂する気がしてならない。300年という月日は、国が腐り落ちるには十分すぎた。


 殿下も、それがわからない程の世間知らずではない。わかった上で、『後を任せる』と言っている。


「な、クロノ殿」


「なんでしょうか」


「貴殿は未婚らしいな?」


「は?」


 突然話題が切り替わって、意味がわからず首を傾げる。


 そんな自分に、クリス殿下はいたずらっ子の様な笑みを向けてきた。


「リゼ……リーゼロッテとかどうだ?あの子は心根の優しい子だし、血筋だって少し遠いが皇族の親戚だぞ?教養もあるし、近衛に選ばれるだけあって魔力量も多い。それに美人だし、可愛いし、スタイルも良い。貴殿の嫁として、満点ではないか?」


「あの」


「何なら、この野営地にいるボクの親衛隊を全員もらってもらいたいぐらいだ。あるいは、ストラトス家で働かせてほしい。全員見た目だけの案山子ではないと、貴殿なら知っているだろう」


「……はあ」


 小さくため息を吐いて、再び夜空を見上げた。


「彼女らが、それに納得していて。御身がもうこの世にいないとなれば。父上に土下座でも何でもして、我が領で働ける様に口利きします。その後どうなるかは、彼女ら次第ですが」


「言ったな?約束だぞ、クロノ殿」


「ええ。優秀な人材は喉から手が出るぐらいに欲しいので。ですが、お隠れになってから化けて出て、『やっぱり返せ』なんて言わないでくださいね」


「はっはっは!言わん言わん!」


 この方は、戦場で死ぬような方ではない。


 身分だけではなく、机に向きあって最期を迎えるのが本望という能力と気質だ。


 生まれてくる時代が違えば、あるいはとんでもない政治家になっていたかもしれない。


 少なくとも、15で死んで良い人ではなかった。


「……もう、寝ましょうか。明日は、日の出ているうちに武器を振るわねばならない」


「ああ。おやすみ、クロノ殿」


「ええ。おやすみなさいませ。クリス殿下」


 だが、そんな者はこの戦争に腐るほどいた。


 この大陸には、そんな命ばっかりだ。


 この世界は、そういう場所なのだ。


 であれば、これ以上なにを言っても無粋以外のなにものでもない。


 それでも、内心で思うだけなら自由だろう。彼女の死が当たり前の事なのだとしたら、この祈りもまた、当たり前の事だ。


 どうか、我が戦友が満足のいく人生を全うできますように。


 そして願わくば。来世にて、平和な時代と国に産まれる事が出来ますように。


 殿下と並んで、陣地に戻る。


 自分の天幕に戻った後は、すぐ眠りについた。


 明日の作戦を、絶対に成功させる為に。



 そして───朝日は、昇る。



 分厚い雲越しだろうと太陽は大地を照らし、遠くに今にも泣きだしてしまいそうな暗雲を控えさせて。


 決戦の日は、やってきた。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


本日、『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の今週分を投稿したので、そちらもよろしければご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
粛清が可能な皇帝は独裁者の権力構造だと思う。なので次の独裁者は皇太子だから皇帝になれないのは政体として考え難い。なぜなら皇帝のみが持つ権威を他の者は侵せない、皇帝ではない皇太子も同じ。それを侵せば政体…
クリス殿下の首を叩っ斬った後、即クロノの凄いヒールをぶちかましたら生えてくるかもしれない。
二人だけの逃避行ならここでラブシーン入る奴とか思わず思っちゃたりw そりゃ殿下が託すといえばみんなおしかけ間違いなしw あの天才二人だけは起きてクロノをまってそう……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ