第百四十八話 人界の竜
第百四十八話 人界の竜
勢いのまま駆け抜け、敵陣へと突撃する。
積み上げられた土嚢を蹴散らし、塹壕の中へ。一瞬だけギョッとした顔をした敵兵達が、すぐに唾を飛ばして吠えたてた。
「殺せぇ!殺せぇ!」
「手柄だ!手柄をよこせぇ!」
誰も彼もが、正気の目をしていない。脳内麻薬に支配され、蛮性を剥き出しにしていた。
これが、アダム様の、コーネリアス先帝の力なのだろうか。ある種の、カリスマと言えるかもしれない。
だが。
「何がじんりゅッ」
銃剣を装着した兵士を、ライフルごと横に両断。振り抜いた切っ先が塹壕の壁を抉り飛ばし、轟音と土煙を上げた。
それを突き破って、その後ろの兵士の頭を鷲掴みにする。力任せに持ち上げ、振り向きざまに背後へと投げつけた。
肉が潰れ、骨が砕ける音がした。数人纏めて倒れ伏した敵兵達を横目に、次の相手へと剣を振り上げる。
「■■■■■■──────ッ!」
「は、ひっ」
狂気など、戦場にはありふれている。今更恐れはしない。
熱が冷めた兵士を無視して、まだ血走った目の兵士を狙う。頭頂部から股まで縦に両断し、その間を駆け抜けて次の相手へ。
「う、撃て!撃てぇ!」
まばらに迎撃する兵士と、その中に混ざる騎士。
戦う意思を示す者は平等に、全て肉塊へと変えていった。咆哮を上げ、返り血にまみれながら、1分もしない内に50人程を地面に散らす。
赤くぬかるんだ土を蹴りつけ、跳躍。塹壕から跳び出して、次の列へと狙いを定めた。
走り出した自分に、四方八方から銃弾が飛んでくる。当たり前だ。既にここは敵陣の中。まだ端の方とは言え、全方位全てが敵である。
しかし、この程度───オールダー撤退戦に比べれば!
「ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
自分の雄叫びに比例するように、勢いを増す鉛の雨。数が増えれば、偶然にも同じ場所に当たる弾も出てくる。
それらが装甲を削り、穴を開け、肉に届いた。激痛に視界が滲むが、まだ動ける。次の塹壕へ……!
砲声と怒声が轟く中で、それ以外の音が微かに聞こえた。
兜で狭まった視界を、横にずらす。右斜め前方。2列目の塹壕を挟んで、ハーフトラックがこちらに迫っていた。
荷台の屋根がなく、座席の代わりにガトリングガンが設置された車両。装甲車と呼ぶには防御が薄いが、その火力は一個人に向けるものとして過剰とさえいえる。
「死ねぇ!化け物ぉ!」
荷台の兵士がハンドルを回し、自分目掛けて大量の弾丸を放ってきた。
ライフルよりも口径が大きなそれに悪寒が走る。眼前の地面が弾けた直後、右肩や脇腹に強い衝撃を受けた。
走っていたこともあり、バランスを崩しかける。だが、転倒する程ではない。着弾箇所が凹み、肉体を圧迫しただけだ。
それでも僅かに動きが止まる。前後左右から放たれるライフル弾の密度が増す中、剣をガトリングガンへと掲げた。
刀身を盾代わりに、再突撃。地面を蹴り飛ばし、真っ直ぐ進んでいく。
「止まれ!止まれぇ!」
「来るなぁあああ!」
怒声が悲鳴に変わるのを感じながら、直進。眼前に迫った塹壕の前で、一瞬だけ膝を大きく曲げる。
直後、跳躍。塹壕に身を隠していた敵兵達を跳び越えた自分に、ハーフトラックを走らせながらガトリングガンの射手は必死に狙いを定めようとした。
だが、射角にも限界がある。移動する車両の眼前へと着地し、そのまま片膝をついた。
衝撃で地面が抉れ、ちょうど良いことに足首まで埋まる。
「なっ───」
運転手が目を見開くが、回避は間に合わない。左肩からハーフトラックに衝突し、けたたましい音と共に車体がひしゃげた。
同時に、腕を振るいながら勢いよく立ち上がる。左半身に鈍痛が走るも、構わずハーフトラックを吹き飛ばした。
走行中だったこともあり、数メートル先に落下する車両。蒸気機関が壊れたか、内側から轟音を上げ爆散した。
感覚を確かめる為に、左の拳をギチギチと握る。まだ痛むが、問題ない。勝手に治る。魔力はまだ使えない。鎧の方も、肩の部分がガタついているだけだ。
帝都の職人が凄いのか、素材となった竜のおかげなのか。なんにせよ、まだ戦える。
「……ドラ、ゴン……」
2列目の塹壕から顔を覗かせていた兵士が、ぼそりとそう呟いた。
蛮性が抜け落ち、残っているのはただの町人としての顔。元々1列目と比べて密度が薄く配置されていた彼らは、我先にと逃げ出して更に『穴』が広がった。
塹壕を2列も突破したこともあり、向けられる銃口がなくなる。だが、1列目の一部がこちらへと走って来ていた。
両足を肩幅分広げ、大きく息を吸い込む。
「■■■■■■■■──────ッッ!!」
あちこちから黒煙が昇る戦場に響けと、雄叫びを上げる。
向かってくる兵達の数人が、足を止めた。強引だが、恐怖で正気を取り戻させることができたらしい。
これで士気が崩壊してくれたら楽なのだが。
「止まるなぁ!殺せぇ!」
「人竜を討て!奴を討てば一生無税だ!」
「貴族になれるぞ!平民でも貴族になれる!」
戦場は、狂気が溢れかえっている。
銃すら持っていない、簡素な槍しか持っていない兵士さえもこちらへ走ってくる。
目を血走らせ、唾を散らし、錆びの浮いた穂先を突き出してきた。
一刀で5人を斬り殺せば、追加で押し寄せてくる10人。それを薙ぎ払えば、20人の兵士がバラバラに銃を撃ってきた。
鎧の上で火花が散らしながら、先程薙ぎ払った兵士の1人を掴み上げる。
即席の盾として銃弾を防ぎながら、突撃。次々と敵兵を両断するが、再び鉛の雨は勢いを増し始めた。
それどころか、近くに砲弾まで降り始める。雷鳴のような砲声を上げ、敵の砲兵が自分に狙いを定め始めたのだ。
敵の塹壕より内側だというのに、お構いなしの攻撃。こちらへのダメージより、敵軍の方が被害を受けているように思える。
正気ではない。誰も彼もが、おかしくなっている。
士気が高い、とは言えない。この一帯は統制すらとれなくなっていた。騎士も兵士も、バラバラに襲い掛かってくる。
……それでも、この状況を作った人物は自分の前に現れない。
雄叫びを上げ、更に敵陣の奥深くを目指す。段々と鎧を貫く弾丸も増え、体の各所から血が溢れ出した。
本当にきりがない。まるで人間が津波のように迫ってくる。
逃げ出す者と駆けてくる者が混ざり合い、その中央に自分はいるのだ。誰も彼もが、武器をこちらへ振り下ろしてくる。
返り血で白銀の鎧は赤黒く染まり、肉片や臓物が肩や胴にこびりついた。もやは、自分から流れた血なのか、敵から浴びたものなのかもわからない。
押し寄せるのは、人間だけではなかった。味方を轢き殺しながら、鋼の塊が迫ってくる。
体当たりしにきたハーフトラックを避けながら切り裂けば、背後で爆散するのを確認する間もなく別の車両がこちらへぶつかってきた。
蒸気機関の熱と音を浴びながら、地面を足裏で抉り飛ばしながら後退。切り裂こうとして右手を振りかぶるも、この距離で爆発されるのはまずい。
咄嗟に剣を手放し、両腕で車体を鷲掴みにする。指先が装甲に食い込み、そのまま全力で上体を仰け反らせた。
「■■■■■■ッ!」
爪先を車両の裏へと突き立て、蹴り上げる。ハーフトラックが持ち上がるなり、手を放して放り投げた。
激しい音をたてて何度か地面にバウンドしたかと思えば、内側の安全装置が壊れたらしく蒸気機関が破裂した。
肩で息を切らしながら、転がっている魔剣へと駆ける。
流石に、数が多い……!
柄を握った直後、右腕に鎖が巻き付く。続いて左腕にも巻き付き、左右へと勢いよく引っ張られた。
その先にいるのは、周囲の騎士や兵士より上等な鎧を着た者達。恐らく、侯爵家の精鋭。
「引けぇ!」
「死んでも放すなぁ!」
拘束された自分に、何かが投げられる。
柄付きの手榴弾。それに、針金で鉄の缶が6つ程巻き付けられていた。
───集束手榴弾!?
「オオオッ!」
咄嗟に右足を振り上げる。ギリギリ届いた爪先が蹴り飛ばし、十数メートル離れた位置で爆散。飛び散った破片が鎧を叩き、幾らかが損傷個所に入り血肉を焼く。
更に左右へ引っ張られていることもあって、全身に刻まれた傷が広げられた。勢いよく血が体の各所から噴き出し、激痛と出血で眩暈がする。
揺れる視界の中、1人の精鋭騎士がこちらへ全力疾走してきた。彼は走ってきた勢いのまま、銃口を顔面に叩きつける。
「ぶっ飛べぇ!」
凄まじい衝撃と、鼓膜に響く炸裂音。仰け反ろうにも、鎖で衝撃を逃せない。
ここまでの戦闘で限界を迎えた兜が砕け、額から血が噴き出る。至近距離で、ポンプアクションの音がした。
2発目がくる。その前に、口を大きく開けた。
「ガア゛ッ!」
「はっ!?」
銃口を斜めに咥え込む。咄嗟に放たれたらしい2発目が内側から頬肉を吹き飛ばし、通り抜けていった。
そのまま首を勢いよく捻り、その騎士を投げ上げる。落下先は、左腕を縛る鎖。
「うぁ!?」
突然降って来た仲間に、僅かながら拘束が緩む。それを見逃さず、強引に腕を振るった。
勢いよく地面へと投げ出される精鋭達。銃口を噛み千切りながら、解放された左腕で右腕を縛る鎖を掴んだ。
「くそっ!」
投げ飛ばされる前に、そちら側の精鋭達は手を離す。だが、勢いよく左右へ揺らされた鎖に体を打ち据えられた。
その隙に巻き付いていた鎖を解き、背後へ跳躍する。
「■■■■■■■■■……!」
着地しただけで激痛が脳を焼き、視界が滲む。涙がこぼれている気がするが、汗に紛れてわからないかもしれない。あるいは、血が混じって傍からは血涙にでも見えているか。
完全に拘束が解かれた自分を、侯爵家の精鋭騎士達が剣や銃を構えて包囲した。
いつの間にか、彼ら以外に自分へ武器を向ける者はいなくなっていた。すぐ近くに、天幕が並んでいる場所が見える。あそこが、物資の集積所か。
……こちらの機甲化部隊は、いない。レオ達の姿は、見えなかった。
最低限の魔力を練って頬の傷を塞ぎながら、両手で剣を握り腰だめに構える。
アダム様は、自分ではなくあちらを叩きに行ったか。ならば……。
そこから先の思考を阻むように、鋭い声が浴びせられる。
「地獄に付き合ってもらうぞ、人竜……!」
兜の奥に、覚悟の炎を煌めかせる戦士達。生きて帰ることよりも、敵を討つことを選んだ勇者達。
戦争である以上、もとより互いに正義などない。それをわかった上で、彼らは地獄へと突き進もうとしているのだ。
1人1人に、人生があるのだろう。退けない理由を、抱えているのだろう。
だが。
「■■■■■■■■■■■■──────ッッッ!!!」
全員、殺す。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。リアルの都合で感想返しが遅れてしまっていますが、いつも読ませて頂いております。創作の原動力となっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿しましたので、そちらも見て頂けたら幸いです。




