第十七話 天才とは怖いもの
第十七話 天才とは怖いもの
夜間は敵の追撃の警戒と、先回りを兼ねて移動に費やした。
朝日が昇る頃に野営地を設営し、休憩を取る。土壁で隠されたハーフトラックから、若干疲れた様子のクリス殿下と、無表情のシルベスタ卿が降りてきた。
「ハーフトラックの乗り心地はお気に召しませんでしたか、クリス殿下」
「クロノ殿。いや、最初は楽しかったのだが……。あの揺れは、慣れるまで大変かもしれないな」
そう言って苦笑を浮かべるクリス殿下に、頷いて返す。
「自分も慣れるまでは、よく酔っていました。ですが、万が一敵の奇襲があった際に備えて……」
「うむ。わかっている。確かに、大抵の攻撃なら防いでしまうほど頑丈な乗り物だからな。頑張る」
むん、と。クリス殿下が両の拳を握って気合をいれる。
その横で平然としているシルベスタ卿に視線を向ければ、彼女は小さく頷いた。
「近衛騎士として、大抵の環境は耐えられる様に訓練しています。私の心配は無用です」
「そうでしたか。流石は精鋭」
「いえ。それより、交代で眠る前に朝餉の用意をしましょう。私も手伝います」
「……ありがとうございます。一応言いますが、朝は『ラーメン』……例のスープパスタではありませんよ?」
「!?……はい」
一瞬だけ目を見開いた後、トボトボと歩いていくシルベスタ卿。彼女の背中を、殿下が苦笑を浮かべながら追いかけた。
その後、死にそうな顔のレオと火夫役をしていたケネスがトラックから降りてくる。
「ご苦労様です。2人とも」
「はい……」
「いやはや。殿下はとても好奇心旺盛な方ですな。しかもかなりの聞き上手なもので、うっかり蒸気機関の説明をしそうになりましたわい。私に専門の知識がなく、助かりました」
「……今度から、なるべく僕が火夫役を務めますね」
「あの……俺は……」
「レオは今後も頑張ってください。この場で蒸気圧の管理とかできるの、貴方だけですから」
「……はい」
心なしか、いつも以上にレオの顎が割れている気がする。疲労度、そこに出るんだ……。
「先に休んでいて良いから、次の移動時もお願いしますね。胃痛とかあったら、後で治すので」
「……はい」
死人の様な顔で自分の天幕を用意しに向かうレオ。その背中に、ケネスと2人帝国式の敬礼をする。ガンバ。
でも殿下の勢いに負けて蒸気機関の仕組みとか詳しく説明した場合、キッチリけじめとらせるので、今後も胃痛との戦いを続けてほしい。
正直なところ、蒸気機関は我が領のトップシークレットである。父上がこの戦いでハーフトラックを使えと言ってきた時は、かなり驚いた。
銃の知識が他領に洩れたとしても、その製造でストラトス家が有利に立てる可能性が高いのは『蒸気機関を用いた工場』の存在が大きい。
家畜や風車、水車等も圧倒する効率で工場を回せる蒸気機関。まだ改良の余地はあれど、プレス機やベルトコンベアの動力をアレにしてから、生産力が桁違いに上がった。そのうち、火力発電も実践投入できないか実験する予定である。モーター万歳。
そんなわけで、ハーフトラックは絶対に鹵獲されるわけにはいかない。殿下達にはお伝えしていないが、いざという時の自爆用に爆薬を機関部近くに仕込んである。
まあ、今はとにかく朝食だ。クマ肉と豆、山菜のコンソメスープと、デニッシュ生地のパンである。
帝国では、現在コンソメスープが流行中らしい。薪を大量に必要とする料理だが、魔法が使えるメイドや料理人がいる貴族の家だと普段から作り置きしている。ストラトス家でも作っており、保存もきくので野戦糧食として持ってきていた。
机と椅子を設置し、そこに食事を並べる。兵士達は地べたに座って食べるが、貴族や騎士はこうして食べるのがこの大陸の通例だ。
ここまでの行軍では自分やケネス達も兵士達と同じようにしていたが、殿下達もいる以上はこうしないといけない。
なにせ、この世界の貴族は戦場でも調度品を持ち込むのが普通だ。
机や椅子、ベッドは当然。高価な食器類に、楽器。従軍鍛冶師や従軍料理人を始め、その他諸々の人間を引き連れて行軍する。
もっとも、ストラトス家みたいな田舎貴族は最低限の人数しか連れて行かないが。
「それにしても、このパン。作り立てでないのに意外と柔らかいな。それに甘い。ストラトス家は、糧食に砂糖を使っているのか?」
隣に座っている殿下が、しげしげと手に持っているパンを眺める。
「はい。その方が保存もききますので」
「……コストはこの際おいておくとして、それでもこの味と食感は凄いな。缶詰、とかいうこの鉄の保存容器に秘密があるのか?」
今度は、興味深そうに殿下が空の缶詰に目を向ける。
途中で手に入ったクマ肉とインスタント麵以外は、基本的に缶詰から出した物を温めるのがうちの野戦食だ。缶は後で溶かして再利用するので、回収は厳守である。
「ええ、まあ。色々とやっております」
「不思議だ。どの器も均一な大きさをしている。曲線までそっくりな辺り、同じ型を使っているのだろうが……最初からこの形状だった?いや。これはどちらかと言うと、1枚の鉄板に型を押し付けた……のか?何のために?そうすると保存性が上がるとかか?」
「……まあ、ストラトス家の秘伝ですので」
やっぱこの人こわい。
間違いなく、うちの父上から戦闘能力と親バカを抜いたタイプの人物である。うっかり蒸気機関の仕組みを詳しく説明したら、普通に図面を描きだしてしまいそうだ。
なんで高貴なお方がそこまで現場の事に察しが良いのか。いっそ『余の食卓はもっと絢爛豪華であらねばならぬ!』とか騒いでくれた方が、楽だったかもしれない。
……いや。この状況だとそんな殿下だったら置いて逃げていたけども。
「砂糖を平民用の食事に使えるのも、凄い事だと聞いたぞ。ストラトス家はそんなに砂糖の栽培が上手くいっているのか?特殊な農法を使っているのか?」
「殿下。あまり質問攻めにしては、クロノ殿が困ってしまいます。軍事に関わる知識でしょうから、控えた方が良いかと。何より、食事中に会話するのはマナー違反です」
こちらの様子を察してか、シルベスタ卿がやんわりと止める。
彼女は彼女で、抜けている様でいてこちらの事をよく見ているらしい。『知り過ぎた』と判断して、後ろから殿下に斬りかからないか警戒している気配がある。
「む、たしかに。すまない、クロノ殿」
「いえ」
営業スマイルを浮かべ、食事に戻る。
そっと横目でケネスに助けを求めるも、この老騎士は『食事は作業』と割り切るタイプなので、そもそも会話を聞いていない。
早寝早飯早●ソは兵士の基本だと、ストラトス家初代当主も言っていたとか。初代様。貴方、本当に元騎士ですか?
そんなこんなで食事を終え、眠る用意をする。皇太子殿下側とストラトス家側でロープに布を垂らし境界線にして、それぞれ支度を進めた。
こちらは野郎だけなのに対し、あっちは女性しかいないから当然である。
いや、殿下は男性という事になっているけども。それはそれで、世間的な事を言うとシルベスタ卿達クリス殿下の親衛隊は愛人扱いだから、余計にこういう措置は必要だ。
あと、まあ。
「……やっぱ、でけぇよなぁ」
「ああ。立派だぁ」
鎧を脱ぎ、厚手とは言え布の服姿の親衛隊を見てうちの兵士達が呟く。
彼らに心の底から同意した。彼女らは、でかい。
容姿端麗。文武両道。その上で、全員美人で巨乳である。愛人部隊呼ばわりされるのも、失礼ながら当然であった。
シルベスタ卿にいたっては、恐らくバストが3桁に到達している。女性にしては長身なので純粋なカップサイズはグリンダの方が上だろうが、単純な数字なら互角かもしれない。魔力の影響なのか、そうとうに鍛えているはずなのに随分と女性らしい体付きの騎士達だ。
縦セーターに似た服を着た彼女らは、男にとって非常に目の保養かつ毒である。
「兵士諸君。くれぐれも、彼女らの前でそういう発言は控えてくださいね?失礼な事をしたら、ご家族の首と一緒に帝都へ送らないといけないので」
「はいっ」
大剣を担いで告げれば、兵士達も真剣な顔で頷いてくれた。
「代わりに、帰ったら父上に頼んで全員お高めの娼館を奢ってあげますから。給料とは別に」
「はいっ!」
うん。良いお返事。
ほぼ同時に、すすす、とケネスとレオが両サイドから近寄ってきた。
「若様。若様も、クリス殿下ぐらい立派な男になってくださいね……!」
「ストラトス家を……ストラトス家をお願いします……!」
「……善処します」
2人とも柔らかい笑顔だが、目がマジだった。
騎士としては、主家が子沢山であるほど次代の戦力が増すのでそうだろうけど、主家としては後継者問題とか起きそうで怖いんだけどね……。
あと、クリス殿下が我が隊から男としての尊敬を集めつつある。まあ、傍から見たら巨乳ハーレムの主だし。
「クリス殿下、女みてぇな顔しているけどやっぱ夜はすげぇんかな」
「当たり前だろ。そもそも、嫁が20人以上もいる皇帝陛下の後継者だぞ?」
「あそこも皇帝と呼ぶべきサイズなのか……」
「君達、本当にやめてね?うちまで責任を問われる言動は絶対にしないでね?」
今は亡き皇帝陛下は、何を思って巨乳ばかり集めたのやら。実はシルベスタ卿達が陛下の愛人達で、クリス殿下の親衛隊というのは隠れ蓑……とは、思えない。そういった噂があれば、帝国中に広がっている。
というか、あの皇帝陛下がそんな回りくどい事をするか。陛下の下半身事情については、外国でも噂されているぐらいだし。
正式な後宮の女性達は二十数人だが、認知していないのを含めると50を超えるとも言われている。男も含めると、100いくかもしれないともっぱらの噂だ。
ここまで性欲が強い貴種は、非常に珍しい。もっとも、子供は大半が粛清で消えたのだが。
「ケネス。兵士達が殿下達に失礼をしないように、よく見張っておいてくださいね……?」
「まあ、若様がこれだけ釘を刺して馬鹿をやる者はうちの領にいないと思いますが……念のため、気を付けましょう」
「それと、話は変わりますが、ハーフトラックと銃声の脅し。あと何回ぐらい通用すると思いますか?」
こちらの問いかけに、彼は少し考えた後。
「夜間のみに絞るのなら、2回か3回といった所でしょうな。ノリス国王が、噂通りの天才ならですが」
「噂は本当だったと、考えておくべきでしょう。でなければ、あの平原での戦いが説明できない」
「たんに我が軍の油断と、他国からの援軍だけではないのですか?」
ジェスチャーでレオとケネスの耳を近づけさせ、小声で告げる。
「あの時の戦。どうやら、陛下の陣で三日三晩の宴をしていたというのは嘘の情報らしいんですよ」
「ええ!?」
驚いて大声を出したレオの頭を、ケネスがペシリと叩く。
「なるほど。籠城する予定だった王国軍をつり出す為の、演技だったわけですか」
「殿下からはそう聞いています。あの時、楽器を鳴らし焚火を多くつける事で浮かれているふりを本陣はしていたらしいんですよ。見張りの兵達も、周囲をしっかり警戒していたそうです」
「ですが、敵の奇襲は成功した」
「ええ。本陣の警備部隊を調略していたか、あるいは」
「本気で警戒していた皇帝直轄の精鋭部隊の裏を、見事にかいてみせたと」
「……クリス殿下とシルベスタ卿曰く、敵の奇襲部隊は少数だったそうです。先頭にはガルデン将軍自らが立ち、その傍にノリス国王もいたとか」
「……怖いですなぁ。敵にも天才がいるというのは」
「しかも、ガッツリ経験を積んでいる天才ですからね」
ちらり、と。レオの様子を見てみる。
彼はクリス殿下に質問攻めされていた直後と同じぐらい、顔を青くしていた。
ついでに顎の割れ目を深くさせていた。
「その……敵に、お館様みたいなのが2人もいるという事ですか?」
「……この情報、あまりうちの兵達に広めない方が良いですな」
「ですね。しかも相手は父上より強いかも、となったら。士気が崩壊しそうです」
「お館様より……上……!?」
ストラトス家の人間は、父上の恐ろしさをよく知っている。普段はそれがプラスに働く事が多いのだが、今回はマイナスに働いてしまいそうだ。
本当に、
「天才っていうのは、相手にしていてきっついですね……」
兵士達が見ていないのを確認し、ため息を吐く。
「それを若様が言いますか」
「あ、そうだ。俺達には若様がいた。じゃあ大丈夫か」
呆れた様子のケネスと、胸を撫で下ろして顎の割れ目を浅くするレオ。
期待してくれるのは嬉しいが……自分は、武力以外はそう特別な人間ではない。知識チートも、領内での事ならともかくこういう『咄嗟の判断力』が問われる場合微妙である。
戦争の申し子みたいな化け物ども相手に、ゴリ押しがどこまで通じるか。
「ま、今はとにかく仮眠をとるとしましょう。殿下が地図を見て、敵の大まかな移動ルートを予測してくれましたから。午後には罠を仕掛けにいかないと」
「はっ。見張りのローテーションは昨日と同じで良いですな?」
「ええ。お願いします」
抜身のままだった大剣をレオに手伝ってもらって鞘にしまい、自分の寝床へと歩き出した。
机やら何やらは持ってこないストラトス家だが、天幕と睡眠グッズだけはきちんと持ち運ぶようにしてある。
ぐっすりと眠れたら良いのだがな。
戦場のストレスというものを再認識して、再び小さくため息を吐いた。
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