第百三十二話 今日のストラトス家
第百三十二話 今日のストラトス家
クリス様とシャルロット嬢の結婚。
その報は、凄まじい速度で帝国中に広まった。
未だ女性疑惑が消えないクリス様だが、それでも侯爵令嬢と結婚するとなれば、『やはり男だったか』と思う者も出てくる。
もっとも、そう声高に言うのはサクラが大半だが。それでも、『顔を知っている誰かがそう言っていた』というのは人の心理に大きく影響を与える。
だがこの結婚で最も波紋を広げたのは、シャルロット嬢の存在であった。
元々婚約者である彼女だが、ギルバート侯爵がアダム様についたことでグランドフリート侯爵家は完全にクリス様を見限ったように思われていた。
しかし現当主の孫娘がクリス様と未だに繋がっており、その手勢も素直に従っている。
これを『クリス様に脅迫され無理矢理に』と考える者もいれば、『お二人の間には既に子供がいるのかも』と考える者もいた。
何にせよ、目論見通りグランドフリート侯爵家は一枚岩ではないと、帝国中に印象付けられたのは間違いない。
お二人の結婚に対し、アダム様の陣営……というか恐らくギルバート侯爵は即座に『これは同性同士の婚姻である。勇者教の教義に反した行いだ』と非難した。
勇者教は『真実の愛』は認める一方、同性婚は許可していない。何ともちぐはぐに感じるが、敬虔な勇者教の信者としてクリス様は有名なので、男性説を補強する助けとなっている。
なお、本人はこの指摘を受けた瞬間、反論もできずに気絶する程のショックを受けていたが。翌日にはまだ顔が青い状態ながら復活したので、問題ない。
……いや。弾が入っていないとはいえ、前に渡したショットガンのグリップをずっと握っているのは十分に問題だが。
うちの領では、『銃口からは常に竜のブレスが出ていると思え』と教育している。
どれだけ入念に整備をしても、事故は起きるものだ。指1本で人を殺せてしまう武器なので、それぐらい注意しても足りないぐらいである。何故か城壁の外でマラソンしているアリシアさん以外の親衛隊が、気が気でない様子でクリス様を見守っていた。
閑話休題。クリス様達が結婚するとなれば、相応の準備が必要だ。なんせ、皇帝陛下と侯爵令嬢の婚姻である。
だが、今は冬だ。大規模な人や物の移動は難しい。帝都まで結婚式に出席しにくることができない貴族も多いだろう。
その気まずさを理由に、アダム様側につかれても困る。
というわけで、いつの間にかクリス様陣営筆頭貴族となっていたストラトス家が『今回は例外』と示さねばならない。
クリス様が既に各貴族へ『今回は帝都で大勢の人間が死んだ直後である為、結婚式は例年より静かなものとする』とお達しを出している。しかし、それでも曲解するのが人というもの。
伯爵家であり、クリス様陣営の最高戦力である自分が『手土産を何も用意していない』と宣言することで、他の貴族達も安心するだろう。
まあ、ラケルタの死体が既に手土産ではないかという声もあるが、アレは自分だけで倒したわけではない。そういった意見には、断固反論するつもりである。
ついでに、帝都の酒場で『ストラトス伯爵はシャルロット様に嫉妬しているから、その不満をこういう形であらわしたのだ』という噂も広まっていた。
どれだけ『真実の愛』疑惑が広まっているのやら。おかげでうちの騎士が数名、嘔吐、眩暈、痙攣、失神、幻覚や幻聴などの症状を訴えている。
……あと数カ月で子供も産まれそうなんだから、いい加減トラウマを乗り越えてほしい。
現在進行形で陸に打ち上げられた魚みたいに『びちびち』と跳ねているケネスとレオを見ながら、小さくため息をついた。
自分達は今、営業を再開した宿屋を丸ごとお借りしている。アダム様の戦に対する兵力としてカウントされているので、支払いはクリス様だ。軍役でもないのに出陣するわけだし。
その一室を執務室として、書類の山と格闘中である。この痙攣している騎士2名にも、少し手伝ってもらいたいのだが。
───コンコン。
「旦那様よ。私だ。入るぞ」
どうぞ、と言う前にアナスタシア殿が入ってくる。ドロテアさんを伴った彼女はケネス達を蹴りで脇にどかし、ずんずんと目の前にやってきた。
「お疲れ様です、アナスタシア殿。どうでしたか?」
「さてな。流石にまだ『教皇聖下』からの返事は届かんよ」
そう皮肉気に笑い、彼女が肩をすくめる。
アナスタシア殿はクリス様が結婚する話を聞いた直後、帰ろうとしていたアリシアさんを捕まえた。
そのままクリス様へのメッセンジャーにして、彼女からの返事を待つ間に手紙を作成。許可が下りるなり、ハーフトラックを使って聖都へと書状を送ったのである。
その内容は。
「だが安心しろ。教皇聖下も、『例の奇跡』を体験した者が出席する結婚式には乗り気だ。色よい返事がくるだろう」
クリス様とシャルロット嬢の結婚式にて、教皇聖下に誓いの言葉を聞く役をやってもらいたい……という、依頼である。
お願いする立場とは思えない様子で、アナスタシア殿は意地悪く笑った。
「ふふふ……アンジェロ枢機卿が次期教皇候補として名が挙がっていたのは貴殿も知っているだろう?つまり、聖都にて次の教皇を決める選挙が近いのだ。現教皇聖下は若手の声を無視できない程度には追い詰められていたが、あの『魔女裁判』で流れが変わった」
「つまり、自分の人気向上の土台である例の奇跡を大事にしたい。聖都の人々により強く印象付けたい。そう、聖下はお考えになっていると」
「だろうな。『神の国』の在り方を真似て、聖都では選挙で統治者を決める。その実態は結局家柄や派閥による所が大きいが、誰だって豪奢な椅子から尻はどけたくないものだ」
どっかりと、アナスタシア殿がソファーに腰かける。
優雅に足を組んで、ひじ掛けに頬杖をつきながら軍服姿の彼女は続けた。
「教皇聖下は帝都に来たくて仕方がないだろう。だが冬場にここまで来るのは難しい。もう歳だからな。代わりに、自分の派閥の者をハーフトラックに乗せて送ってくるだろうよ」
「……まあ、でしょうね」
その辺は、前世と変わらないらしい。だが、好都合ではある。
「それはつまり、教皇聖下がクリス様の正しさを証明してくださると?」
「そうなるな。本人は旗色を正確に示したくはないと、あちこちに弁解の手紙を出すだろう。だが、誰がどう見ても教会領ではなくクリス陛下を優先したように思える」
ドロテアさんがコーヒーを淹れてくれたので、小さくお礼を言って砂糖を入れてから一口飲んだ。
アナスタシア殿もそうして喉を潤した後、それはもう綺麗な笑みをこちらに向けてくる。
「教皇聖下は神に選ばれしお方!奇跡を起こしたあの時に、中心で祈りを捧げていらしたのですから間違いありません!これは、クリス様が正義でアダム様が悪なのは明白ですね!クリス様万歳!教皇聖下万歳!」
「うわぁ……」
「おいおい、旦那様よ。可愛い可愛い婚約者が乙女らしい声を出したんだ、その反応は酷いじゃないか。悲しくて泣いてしまいそうだよ」
おどけた様子で口元を歪める今の姿に慣れているのもあって、先程の無駄に高音な声はちょっと怖かった。
なんなら鳥肌たった。何なら言った本人もちょっと気持ち悪そうにしている。
「勇者教の信者は多い。教会領が敵に回った以上、国を纏めるには必要なことだろう」
「……やはり、教会領が行ったであろう非道について広めない方針ですか」
「当たり前じゃないか。もしも本当に人工的な転生が成功したのなら、どこの国もこぞって教会領目掛けて進軍するだろう。どちらの陣営に味方するかは不明だが、どちらにせよ目的は転生の術のみだ。関係ない。そうなれば、帝国は確実に滅ぶ。ストラトス領にも被害が及ぶだろう」
「ですよね」
不老長寿を権力者が求めるのは、前世も今生も変わらない。その為なら国を傾けることだって平気でやる者ばかりである。
自分達の予測が正しければ、コーネリアス先帝陛下は若返ったとかではなくアダム様の魂を強引に上書きしたという方が正しいが……『記憶さえ同じなら同一人物』と考える者も多いだろう。
実際、前世では機械に記憶を写したらそれは本人かどうかと、議論されていた。つまり、一定数『是』と考える者がいるということ。
そういう者達にとって、喉から手が出る程ほしい技術だろう。
「アダム様側が、逆に転生の術を交渉材料に他からの援軍を頼む可能性は?」
「極めて低い。あの騒がしいレッドドリル……我らが皇妃様を始め、幾人かにギルバート侯爵の人柄を尋ねた」
もう一口コーヒーを飲んでから、彼女は続ける。
「情に厚く、戦場では前線に立つ大貴族の当主にあるまじき人物だが、冷静に計算をすることもできる。そんな男が、内乱で他国の支援を頼る愚は起こさん。自軍が数で勝っているのなら、なおのことだ。もっとも、このタイミングでアダム様側についた段階で『理性を越えた何か』があるように思えるが……」
「ギルバート侯爵がやらなくとも、アダム様がやる可能性は?」
「アレが本当にコーネリアス皇帝の転生した姿だというのなら、絶対にない。あのイカレは、そんなつまらんことはしないさ」
口角を吊り上げ、瞳をギラギラと輝かせながら彼女は告げる。
「アレを常人の尺度で図るな。コーネリアス皇帝は獣だ。それを自覚し、むしろ誇りとさえしている人の知能を持った肉食獣だよ。どこにでもいるただ頭の足りないだけの貴族と同じような言動だが、奴には確固たる実績と、それに裏打ちされた自信がある」
「それは、また……」
「私も兄上も、奴を殺す為に何年も研究してきた。コーネリアス・フォン・クロステルマンは、生まれながらのイカレにして、周囲の環境を自分に『適応させる』存在だ。その狂気は蔓延し、人を獣へと貶める」
「……」
「ただただ肉を食らうだけの野犬を従えた、狼の王。それが人の知性と道具を使って狩りをするのだ。あげく、重度のバトルジャンキーでもある。死に際にまで笑っていたのは、流石に呆れたがね」
小さく肩をすくめ、彼女はソーサーの上にカップを置く。
「もしも……いいや、旦那様の場合確実に奴と相対することがあるだろう。その時は、己をしっかりと持つことだ」
「……獣に変えられない為に、ですか」
「そうだ。貴殿は人の技術が『バケモノをケモノに変える』と考えているが、奴の場合人の本性が『ニンゲンをケモノに堕とす』と考えている。血の味を覚えてくれるなよ?人でありながら、化け物でもある存在よ」
「……誰が化け物ですか」
そう、小声で否定する。
だが脳裏をよぎるのは、父上が死んだという誤報を聞いた時のことだった。
あの時自分は、はたして『人間』だっただろうか。それとも……。
そんなことを考えていると、アナスタシア殿がパチン、と手を叩く。
「さて。胸糞悪い話はここまでだ。我らがクリス陛下の結婚式がもうすぐ開かれる。皇帝陛下のものとは思えない質素なものだろうが、それでも帝国にとって大切な行事だ。アダム様陣営からも何かあるかもしれない。その辺りの対応について、考えねばな」
「……そうですね。もしもアダム様本人が出席しに来た場合、どうします?」
サーシャ王妃とティキ国王が戴冠式に来たこともあったので、ないとは言い切れない。
こちらの問いに、アナスタシア殿がまたもや口角を限界まで吊り上げる。
「それは勿論、盛大に『おもてなし』するとも。お通しは旦那様の魔剣に担ってもらおうか」
「そこはせめて、鉛玉でお願いします。切り結んでからでは、撃ちづらいでしょうし」
「やれやれ。婚約者を相手に、『私が華麗に切り伏せてみせましょう!』ぐらい言えんのかね」
「父上が負けた相手に、そんなこと言えるわけないでしょう……」
「見栄を張らないのは美徳だが、貴族としてもう少し言葉を飾った方が良いぞ?旦那様よ」
楽しそうにこちらを揶揄ってくるアナスタシア殿から、コーヒーを飲みつつ目を逸らす。
すると、ちょうどそのタイミングで床に転がっていたケネスが立ち上がった。
「若様……クリス陛下がご結婚なされるとか……」
「そうですね。だからいい加減、例の発作を起こすのはやめてください」
「ならば───ここまで先延ばしにされていた、若様の……いいえ、現お館様の結婚式もなさるのですね?」
現お館様って。いや、意味はわかるけども。
視界の端で、アナスタシア殿が肩をビクリと跳ねさせる。
「まあ……はい。上役であるクリス様がこの度ご結婚なされるわけですから。こちらも式を挙げても問題ないでしょう。流石に、クリス様の直後にとはいきませんが」
「であれば……その後は当然『初夜』ですな」
「待って?」
キラリと、無駄に目を輝かせる老騎士。
彼の顔は、どこまでも真剣であった。
「グリンダとの間に子供ができ、お家断絶の危機は去りました。しかし今後の領内統治の為に、正妻であるアナスタシア様とのお子は必須。クリス様のことは忘れて、現お館様には励んでもらわねば困ります」
「言い方。お願いだから、言い方を考えましょう。言葉を着飾ってください」
「着飾るのはスケベ下着だけでよろしい!」
「よくないですよ?」
本当にそういう所ですよ?騎士の皆さん、本当にそういう所ですからね?
ボケなきゃ会話できねぇんですか、こいつら。
「待ってください、ケネスさん」
復活したレオが、よろよろと立ち上がる。
そうだ、言ってやりなさい若手騎士筆頭。貴方にこれからのストラトス家がかかっています。
「下着だけでなく、それ以外のスケベ衣装もクロノ様には有効です!」
はい、ストラトス家はおしまいです。お疲れ様でした。
暗い……あまりにも……。
「そうであった。流石だ、レオ。新しきストラトス家を支える者よ」
「いいえ。まだまだケネスさんには教えてもらうことばっかりです」
「うむ!後で帝都の良い店を紹介してやるからな!」
「はい!」
がっしりと握手するアホ2人。
減俸してやろうかな、こいつら。
「というわけで、現お館様!奥方様!」
「自分達がお二人のプレイ用衣装の用意もしますので、なんなりと!」
「……そう言えば」
若干俯いて、前髪で目元が隠れているアナスタシア殿がぼそりと呟く。
「旦那様がクリス陛下に送った銃が、『真実の愛』界隈に新たな風を作り出したそうだな」
「ごべぁ!?」
「今日も陛下は、旦那様からもらった銃を大切に抱きしめていたよ。まるで恋人を思う、乙女のような顔でな」
「あぎぁ!?」
奇声を上げて倒れるアホ2匹。もとい騎士2名。
アナスタシア殿……もう、うちの騎士達の制圧方法をマスターして……。
「お嬢様。いくら照れ隠しとは言え、クリス陛下の女性疑惑を強めかねない発言はいかがなものかと。『真実の愛』方向に誤魔化すのも、限度がありますので」
「……今後は気を付けよう」
「それはそうと、お嬢様にはやはり白のフリフリな下着が似合うかと。乳首と秘所がくり抜かれた、どう考えても下着の用途を果たしていないタイプをですね」
「減俸」
「なぜ!?」
耳まで真っ赤になったアナスタシア殿が、不機嫌そうにコーヒーを飲み干す。
「そんな馬鹿な……私はただ、お嬢様のスケベ可愛い所を見たかっただけですのに」
「自分の胸に手を当てて己の非を考えろ、たわけ」
「ふむ」
むにゅり、と。ドロテアさんが自身の巨乳を鷲掴みにする。
メイド服越しに柔らかく形を変えるそれから、気合で視線を逸らした。獣になってはいけない……!
「お嬢様より少し小さいですね。ご主人様。アナスタシアお嬢様のお胸は私のより更に大きいですので、どうぞご期待ください」
「比較するのなら貴様のを揉ませてやれ」
「いえいえ。お嬢様を差し置いてメイドがそのようなことできるわけが」
「そうか。じゃあ同時な」
「ゑっ」
「え?」
思わず変な声が出た。そしてすぐさま2人から目を逸らす。
あんまり、その……昼間から、そういう話はよくないと思う。
こちらまで耳が熱くなるのを感じながら、書類へと視線を落とした。仕事……そう、仕事に集中しよう。
クリス様がもしかしたら自分に対して本気でそういう感情を抱いていそうとか。アナスタシア殿が可愛いとか。ドロテアさんが何やらフリーズしたとか。その辺はいったん、全て忘れよう……!
ペンが折れない程度に力を籠め、書類と向き合うのだった。
「ふんぐるい……むぐるう、なふ……」
「くとぅ、ぐ……ほまる、はう、と……」
その前にアホ2匹の目を覚まさせることにした。
拳で。
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