第百三十一話 フルアーマーアリシア
第百三十一話 フルアーマーアリシア
会議が終わり、部屋には自分とクリス様、シャルロット嬢、シルベスタ卿の4人のみが残る。
「それで……クロノ殿への褒美なんだけど……どうしよう」
「いやどうしようと言われましても」
クリス様が両肘を机につき、口元で指を組んだ状態でそんなことを言う。
その瞳は、誰がどう見ても死んだ魚みたいなことになっていた。海のような碧眼はどこへ……。
「だって、敵国の首都を強襲し、王太子妃とその子供の確保。更にその正統性を記した公文書の奪取。フリッツあにう……反逆者の家族の捕縛。帝都へ向かっていた巨大なドラゴンの討伐。どれか1つでも素晴らしい戦果なんだよ?」
「いえ。それらは全て僕1人の功績ではありません。特に公文書の確保はアリシアさんがやったことですし、竜殺しに関してはゲーマウス伯爵家の尽力あってこそですので」
「それでも、どう考えても最大の功労者はクロノ殿だよね?」
「……まあ。第三者から見ると、恐らく」
「確定だよ。特に砕氷船の存在が大きいもん。アレがないとそもそも作戦を実行できなかったし」
「それは、はい」
「どうしようね?」
「……どうしましょうね?」
成果を上げることは大事だが、上げ過ぎると困ることもある。
前世では考えられないことであったが、そういう苦労も世の中にはあるらしい。
「……いっそ、クロノ殿が皇帝になる?」
「無理です。個人的にも、政治的にも」
「だよね。ボクも、今更投げ出すことなんてできないよ」
そう、クリス様が苦笑する。
自分が帝位につけば、それは『下剋上』を世に知らしめるということだ。各家の中では度々起こることだろうが、元は辺境の子爵家だったストラトス家が、皇帝の椅子に座るなど話が大きすぎる。
下手をしなくても、二匹目のドジョウを狙う者が出てくるはずだ。その成功率がどれだけ低くとも、自分という前例が彼らを凶行に走らせる。
貴族は平民に比べて教養があるが、それはこの世界の基準で、だ。
ハッキリ言う。この世界の貴族は、大半が前世の中学生並の思考力しかない。何なら、それ以下かもしれない。
クリス様やギルバート侯爵、父上やアナスタシア殿。そういった傑物は例外中の例外。何度もそう自分に言い聞かせているが、本当に彼らを『基準』にしたら大変なことになる。
学校という存在の偉大さが、今生では身に染みたものだ。知識の平均化もあるが、学校という『隔離された社会』を知るのと知らないのでは、差が大きい。
地方貴族はお山の大将である。軍役などで他の貴族と交流することはあるが、基本的に自分の領地で神のように振舞っているのが普通だ。
『あいつにできたんだから、あいつがやったんだから、俺だって』
そんな思考で、彼らはやらかすだろう。それも、1人やり出したら他の者達も乗り遅れまいと引っ張られるように次々と。
やはりというか、自分が帝位につくのはまずい。
あと伯爵領だけでもプレッシャーが凄いのに、帝国全体の責任者になったら自分の胃が破裂する。クリス様の背中を押しておいてなんだが、絶対になりたくない。
「正直、モルステッド王国への攻撃は早まりましたわね……。いえ、ラケルタの件を考えたら、ある意味ベストタイミングだったかもしれませんが」
シャルロット嬢が頬に手を添え、小さくため息をつく。
「もう少し遅らせてから行ったのなら、ここまでストラトス家に功績が集中することもなかったのですけど」
「いや……その、シャルロット殿」
「なんですの?クリス様」
「あの作戦を強行したのは、一刻も早く戦争に区切りをつけて、国内に集中する時間がほしかったというか……グランドフリート侯爵家と向き合う用意をしたかったというか……」
「……なるほど。本来なら、このタイミングでお爺様とワタクシにクリス様の本来の性別を明かす予定でしたのね」
「うん……ごめん」
「謝らないでくださいまし」
眉を『八』の字にするクリス様に、シャルロット嬢が己の腰に手を添えて胸を反らす。
「それはそれ、これはこれですわ。過去よりも今と、これからを考えるべきでしてよ」
「そうだね……ありがとう」
「構いませんわ!なんせワタクシ、皇妃ですもの!おーほっほっほっほっほ!」
ひとしきり高笑いした後、シャルロット嬢が真顔に戻る。
「それはそうと、やっべーですわね」
「やっべーです」
「やっべーね……」
3人揃って、思わず遠い目をする。
誰だよ。やたら功績を欲張ったバカ。僕だよ。
「とりあえず……陞爵?」
「ですわね。アイオン伯爵には、元々ストラトス家と帝都間での通行妨害の容疑がありますわ。それを拡大解釈……いいえ。いっそ証拠をでっちあげて、国家反逆罪ってことにして領地を没収。それを褒美としてストラトス家に与え、侯爵家に格上げするのがよろしいかと」
さらっととんでもないことを言うシャルロット嬢に、クリス様が二度見する。
「証拠を偽造!?国家反逆罪!?」
「貴族の嗜みですわよ」
「嗜みなの!?」
「地方も法衣も、貴族なら大なり小なりやっていますわ。ね?クロノ様」
「……ノーコメントでお願いします」
うちも状況証拠的に黒なのが間違いないが、物的証拠がない密輸業者相手にやっていたりするので、強くは言えない。
愕然とするクリス様から目を逸らし、シャルロット嬢へと顔を向ける。
「しかし、誰が見ても冤罪なのは明らか。クリス様とストラトス家の名に傷がつきます」
「あら。勇者アーサーも『水清ければ魚棲まず』と聖書に遺していますわ。程々に俗っぽい方が、皆様が安心しますわよ?」
ニッコリと、シャルロット嬢が笑う。
ストラトス家はここまで、なるべく清廉潔白なイメージでやってきた。オールダー等の敵国からは、別として。
しかし、ここまで領地が拡大した以上、それ以外のイメージも必要になってくるか……。
「勿論、突然侯爵家規模の領地など管理できるものではございません。人手が足りませんもの。アイオン家の家臣を雇用するとしても、限度があるでしょう」
「その通りです。正直な話、ストラトス家は現在の領地だけでも精一杯ですので」
「ですから、暫くはアイオン伯爵の不正を調査する……という名目で帝都から法衣貴族の方々を派遣。統治の代行をしてもらいましょう。無論、その管理はクリス様が行います」
「ボクが?」
「ええ。そして、毎年その結果を書面に纏めてクロノ様に報告しましょう。そうしてストラトス家の人員が十分な数揃ったら、褒美としてアイオン伯爵家の領地を明け渡すのです」
「なる……ほど……?」
クリス様が、自身の細い顎に指をあてて考える。
その横で、シャルロット嬢はニコニコと話を続けた。
「ただ、そうですわね。同じ人間に何年もやらせると、その地に良くも悪くも根を張ってしまいますわ。定期的に人員の交代が必要でしょう。マニュアル、でしたか?ストラトス家にも多少ですが手伝ってもらって、マニュアルの作成をする必要があるかもしれませんわね」
「あ、それボクも作りたかった!」
「まあ、ならばちょうど良いですわ。帝国全体に広めるかは別として、クリス様もマニュアルの作成に関わりやり方を知っておくのも良いかもしれませんわね!」
瞳に輝きが戻ったクリス様に微笑んだ後、シャルロット嬢がこちらを向く。
「────というので、どうでしょう?伯爵家の領地を丸ごととなれば、褒美としては十分。そちらの人員が揃うまでの管理までも行うとなれば、他の貴族達も納得の贅沢さではありませんこと?」
……やっぱりこの人も、例外側だわ。
「素晴らしいご提案です。ただ、自分も若輩の身。新米領主ですので、家の者達と相談してから決めたいと思います」
アイオン伯爵家の領地をストラトス家の物とするという案は、前からあった。しかし、統治限界もあって不可能とされていた。
しかし、シャルロット嬢の案ならば受け入れられる……気がする。
だが、自分の一存で決められることではない。父上やアナスタシア殿にも相談するべきだ。
そう答えると、シャルロット嬢は頬に人差し指をあてる。
「あら。本来褒美の内容は皇帝陛下が一存で決めるものなのですけど……ストラトス家の功績を考えれば、そちらに選ぶ権利があって当然ですわね。クリス様もそれでよろしくて?」
「うん。ボクに異論はないよ。……アイオン伯爵には、申し訳ないけど」
「……法を重んじる統治をしたいクリス様には、受け入れがたい内容なのは理解しておりますわ。しかし、現状他の選択肢はないかと。それに」
一旦そこで区切った後、シャルロット嬢はため息まじりに言葉を続けた。
「次の戦争。対アダム様の戦いでは、ストラトス家にはまた武功を上げてもらわねばなりません。その時の褒美も考えねばならない以上、今は多少無理矢理でも用立てませんと。後が余計に地獄と化しますわぁ……」
「そうだね……」
眉間に皺を寄せるクリス様とシャルロット嬢。
まあ、兵数が倍以上離れているので、ストラトス家がひたすら砲弾を叩き込まないとひっくり返せない戦力差である。後ついでに少数精鋭での首狩り戦術。
親衛隊も精鋭だが、相手は『鉄血のギルバート』。そしてコーネリアス皇帝の戦闘技術と人工転生者の魔力をもつ『アダム・フォン・ウィリアムズ』様。
シルベスタ卿とアリシアさんが相打ち覚悟で挑んでも、この2人相手は厳しいだろう。
自惚れかもしれないが……否。
自負をもって、この身の力が必要だと断言する。
少なくとも、アダム様の相手は同じ転生者が引き受けるべきだ。ギルバート侯爵の方は、最悪シルベスタ卿達に頑張ってもらうとしても、彼だけは自分がやる。
「それにしても……びっくりする程未来にまで問題が山積みですわぁ~!」
突然、シャルロット嬢が頭を抱えてぶんぶんとドリルヘアーを振り回す。
「ストラトス家が侯爵になり、伯爵家2つ分の領土をもつとか!どう考えても20年後には全盛期の帝国でも負ける戦力になっていますわ~!」
「あ、数年以内にスネイル公国が吸収した『サルバトーレ王国』の領土を奪還。義理の兄であるイーサンがそこを統治する予定ですので」
「ますますヤベェですわぁ~!サルバトーレ王国はたしか小国でしたけど、それでもストラトス家とくっついたら無視できない規模でしてよ~!というか、そこに旧スネイル公国の軍や他の軍も攻め込むから、殴り返してまた領地増えそうですわ~!」
「まあ……その可能性はあります」
「もう……もう……ストラトス家を帝国の敵認定した方が良いレベルでしてよ……?」
「シャルロット殿。それは心情的にも戦力的にも無理かなって」
「ですわよね!知っていましたわちくしょう!」
地団太を踏むシャルロット嬢と、乾いた笑いを浮かべるクリス様。
うちに帝国への叛意はないのだが、周囲がそう思わない状況になるのは確かである。
「んも~!いっそクロノ様が帝室に生まれてくださったらこんなに悩むことはなかったですのに……!」
「すみません。それはちょっと……」
それだとコーネリアス皇帝の息子か孫になるので、普通に嫌である。
どっかのタイミングでぶちギレて暗殺するかもしれない。まあ、流石にその可能性は低いが。
でも、ここまで聞いた先帝のゲスエピソードと、現在進行形でアダム様の肉体でやっていることを考えると……案外、突然限界がきてヤッてしまうかも。こう、後頭部に跳び蹴りからの延髄へ踵落としとか。
「クロノ殿が……兄上……あるいは弟……?」
「……クリス様。『ちょっと有りかも』って顔になっていますわ。その道は危険が危ないですわよ」
「し、してない!してないもん!」
クリス様が妹か姉……姉はちょっとないな。妹……。
『クロノ兄様!』
……有りかもしれない。
でもコーネリアス皇帝が親族になるのを考えると、やっぱり無理である。生理的にきつい。
「うう……結婚前から嫁ぎ先がDIEピンチですわ……でもワタクシ負けない。シャルロットは強い子頑張る子……!」
「ありがとう、シャルロット殿。ボクも一緒に頑張るから、2人で支え合って行こう!」
「クリス様……!」
ひしと抱き合うクリス様とシャルロット嬢。あれ、もしかして僕が共通の敵になってる……?
「失礼。1つよろしいでしょうか」
「どうしたの、リゼ」
ここまで無言だったシルベスタ卿が、挙手をする。
「クリス様とシャルロット嬢の結婚式を開くのであれば、もう準備にとりかかった方がよろしかと。相手がコーネリアス先帝陛下であった場合、短期決戦を望むのはこちらだけではないように思えます」
「そうですわね。先帝陛下は知りませんが、お爺様も一緒なら絶対にそう考えますわ。時間は彼らの味方ですが、それ以上に毒ですもの。支配する帝国まで潰れたら、共倒れですわ」
キリっとした顔で、シャルロット嬢が長い髪をかき上げる。
「ワタクシとクリス様が結婚することで、現場の兵士達が同士討ちの心配をせずに済むかもしれませんわ。どうにか、今残っている戦力だけでも結束を強めないと勝てる戦も勝てません」
「うん。ごめんね、シャルロット殿。その……皇帝と侯爵令嬢に相応しい結婚式には、できないと思う」
「構いませんわ!そもそも女同士で結婚なんて、そっちの趣味がないとどっちにしろ素敵な結婚式になりようがありませんわー!」
「それは本当にごめん……」
「クリス様が謝ることではありませんわ!これはコーネリアス先帝陛下と、事情を知った上で婚約を認めたお爺様が原因ですもの!この怒りは、敵の脳天にぶつけますわよ!」
「お、おー!」
拳を突き上げたシャルロット嬢に合わせて、クリス様も若干戸惑いながら声を上げる。
そんな2人に、シルベスタ卿が音もなく近づいた。
「では、クロノ殿はそろそろ退出して頂くべきかと。『結婚について』内密に話すべきこともあるでしょうから」
確かに、女性の結婚準備について聞いてしまうのはまずいか。クリス様の場合、胸を押さえるコルセットのこともあるので、余計に。
「……!そうですわね!クロノ様、一旦!一旦お話はここまでということで!」
「そうだね。クロノ殿、また」
「はっ。それでは、また後日に」
「では行きましょうクロノ殿。さあさあクロノ殿」
シルベスタ卿がこちらの背中に回り、扉へと押してくる。
「ちょ、なにを」
「帰りにシュヴァルツ卿をつけます。どうぞお好きにしてください」
「え?いや、別に帝都内ですし、護衛も案内も不要ですが……」
「まあまあまあ。どうぞご自由にしちゃってください」
「???」
プライベートだと意味不明な言動をするシルベスタ卿だが、とうとう仕事中までわけわからなくなってしまった。
大丈夫か、クリス様派閥……。
クリス様も戸惑った様子で、シャルロット嬢は顔を真っ赤にしながら挙動不審になっている。本当に意味がわからない。
「あ、待って!」
扉の前まで押された辺りで、クリス様が声を上げる。
どうしたのかと振り返れば、彼女が立ち上がりこちらの正面に立った。
そして。
「ありがとう」
深く、頭を下げてきた。
「え、クリス様?」
「フリッツ兄上の家族を、助けてくれてありがとう」
一瞬戸惑うも、彼女の言葉にそういうことかと納得する。
「顔を上げてください。自分はただ、『友人の頼み』を聞いただけなのです」
「それでも……」
「だから」
彼女の肩にそっと手を添えて、上体を起こさせる。
そして、目の前にゆっくりと拳を掲げてみせた。
「貴女と僕の仲なら、これだけで十分です」
「……うん!」
互いの拳を、軽くぶつける。
フリッツ皇子のご家族について、真に助けたとは言い難い。彼らのこれからの人生は、あまり明るいものではないだろう。
しかし、それでも。
この人の顔を、明るくすることはできた。自分には、それで十分すぎる。
改めて会釈してから、シルベスタ卿に促されるまま扉を開けて通路に出る。
ただ、扉が閉じる直前シルベスタ卿が『ナイスですスケベ人竜。そしてごゆっくり』と無表情のままサムズアップしてきた。
前半はともかく、後半の意味不明さに混乱で固まる自分に、扉の前で警備に立っている他の親衛隊隊員達が苦笑する。彼女らは、隊長の奇行に心当たりがあるのだろうか。
そんなことを考えていると、背後から鎧の音が聞こえてくる。
「お、お待たせしたっす!」
「あ、アリシアさん。ちょっとお聞きしたいことが……」
聞き慣れた声が聞こえて振り返るが、はて?何やら妙に声がくぐもっているような……。
その謎は、すぐに氷解する。
普段は被っていないフルフェイスの兜まで装着した、アリシア・フォン・シュヴァルツ卿。
彼女の右手にはライフルが、左手にはショットガンが握られている。胴鎧にはガンベルトが交差するようにかけられ、腰の剣帯には長剣とナイフ以外にも手榴弾が複数装備されていた。
更に背中には2丁の単発式グレネードランチャーが括りつけられており、猛烈な火薬の臭いを纏っている。
「あーしが……エスコートするっす!」
地獄への案内人かな?
すわ白昼堂々暗殺かと警戒するが、アリシアさんは自分を先導するように歩き出す。
そっと、扉の両脇に立つ親衛隊達に視線を向けた。
そっと、彼女らは自分から目を逸らして床を向いた。
2人の肩が震えている辺り、笑いを堪えているのは明白である。親衛隊同士でボケるのは良いが、人を巻き込まないでほしい。いや、銃持ちだしてまでボケるのは正気を疑うが。そこはもう今更だし。
「さあ、こっちへ!ど、道中は……任せるっす!そ、その後は……流れで!」
「……あの、アリシアさん。どちらに行かれるので……?」
「勿論、クロノっちをストラトス家の天幕にお届けっす!」
「は、はあ……」
何故そんな装備なのか。何故そんな声が震えているのか。何故そこの親衛隊2人は笑いと失望の混ざった目をアリシアさんに向けているのか。
……だめだ、さっぱりわからん。
道中3回ぐらい天気の話と趣味の話がループした後、普通に天幕へと到着。アリシアさんは逃げるようにどこかへと走っていった。『これで勝ったと思うなっす~!』と捨て台詞つきで。
「……なんだ、アレは」
「……さあ……」
出迎えてくれたアナスタシア殿が訝し気に眉をひそめて聞いてくるが、こちらだって聞きたいぐらいである。強いて言うのならいつもの奇行としか説明できない。
グリンダだけが、何やら訳知り顔で頷いていた。
「乙女だからさ……」
何言ってんだこいつ。
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