第百三十話 結婚式の
第百三十話 結婚式の
「も、申し訳ありません。あの時は伯爵だとは知らず……!」
「あ、いえ。実際あの頃は伯爵じゃなかったですし、貴女に非は一切ありませんから……」
真っ青な顔で頭を下げてきたシスターに、こちらも慌てて首を横に振る。
「し、しかし……」
「どうか気にしないでください。それより、貴女が無事でよかった。その、例の教会は?」
「……幸い、私もあの教会も無事でございます。大通りから離れていたこともあって、火の手が及ぶ前に兵隊さん達が消火してくださいましたので」
恐る恐るという様子で、シスターが顔を上げる。
こうも怖がられるのは、地味にショックだ。ただまあ、平民と貴族の距離感って普通これぐらいか。
「それは良かった。今日は、葬儀のお手伝いに?」
「はい。教会領の神官は皆アダム様の軍と合流してしまいましたが、私は元々帝都で産まれたので……それに」
年老いたシスターは、苦笑を浮かべた。
「あそこには、随分と長くいますから。教会にも、周囲の方々にも情があるのです。あの場所で、人生を終えたいと思う程に」
「そうですか……」
今の帝都は教会領が敵方につき、街を焼くことに協力したこともあって神官への風当たりが強い。
大聖堂も民衆によって襲撃されたらしく、破壊と略奪が行われたのだとか。無人であった為人死にが出なかったのは、不幸中の幸いである。
このシスターも苦労しているはずだが、背筋はシャンと伸び瞳にはハッキリとした意思が宿っていた。
「わかりました。もし何かあれば、ストラトス家を頼って下さい。可能な範囲で、お力になります」
「いえ、そこまで気にかけて頂くわけには……」
「あ、その……実はですね」
困った顔をするシスターを前に、後頭部を掻く。
「こんなタイミングで言うことではないのですが……あの教会にも、貴女にも、まだ健在であってほしいと言いますか。勿論1人の勇者教徒として教会の保護に尽力したいという思いもありますが、それとは別に事情がですね……」
しどろもどろになる自分に、彼女は何かを察した様子で頷く。
老シスターの目が、キラリと光った。
「まあまあまあ……!あの時のお嬢さんですね……!わかりました。ええ。『その時』は全力で祝福いたします!……ですが、私もあの教会も、伯爵が訪れる程の格はございませんが。本当によろしいのですか?」
「……たぶん、正式な方は領地できちんと人を呼んでやると思います。でも」
───あの教会には、『思い出』があるから。
そう告げると、シスターが『あらあらあらあらまあまあまあまあ!』と、それは楽しそうな顔をした。
通常時だったらこのまま小一時間程質問攻めにされそうな気配だったが、葬儀場の片づけで彼女が去っていったので難を逃れた。
お婆ちゃんの恋バナ欲、恐るべし……。
* * *
翌日。あの葬儀を持って一区切りとし、帝城の無事だった会議室に主だった面々が集まる。
クリス様。シャルロット嬢。警備を務める親衛隊。各大臣達。自分を含めた元老院7名。
以上の者達が、机を囲ってそれぞれ向かい合う。
「皆、よく集まってくれた。早速だが、会議を始めたいと思う」
クリス様が、少し緊張した面持ちでそう告げる。
「まずクロノ・フォン・ストラトス伯爵。モルステッド強襲作戦を無事にやり遂げたこと、大儀であった。そのうえ、王都に眠っていたという巨大なドラゴンの討伐。実に見事である」
「はっ。光栄の極みでございます」
ラケルタの牙を、あの後うちの騎士達が運んできてくれた。頭部が吹き飛んだ時に、周囲へ奴の肉片と一緒に散らばったのを回収したのである。
それを元老院議事堂前の広場に、他の元老院達の許可を得て展示した。報告が嘘でないことの証明と、帝都の住民を『これだけの竜を倒せる力が味方にある』と安心させる為に。
「しかし、ルベル・ラケルタの討伐は私だけの力ではできませんでした。クリス陛下が送ってくださったシュヴァルツ卿や、帝都守備隊のジェラルド卿。そして、奴を相手に罠をしかけるまでの時間を稼いでくれたゲーマウス伯爵の部隊がいてこその戦果です」
「うん。彼の領地には、既に伝令を向かわせたよ。ボクの名のもとに、彼らの武功と帝国への忠義を保証する。ゲーマウス伯爵達の働きに、精一杯報いるつもりだよ」
「ありがとうございます。陛下」
「しかし、クロノ殿とその家臣達への褒美もきちんと用意する。この会議の後、そのことについて相談したい。貴殿が本当に欲しいものを与える為に、話し合いたいんだ」
「はっ」
クリス様の頬に、薄っすらと汗が浮かんでいる。
無理もない。ストラトス家は功績を立て過ぎた。その影響を、この会議室に入って早々に感じたものである。
大臣達や元老院のお歴々達が、こぞって最初に自分へと挨拶しに来たのだ。爵位が上の人物までである。
クリス様にもきちんと礼儀を払った彼らだが、その腹の中の天秤が誰に傾いているのかは、また経験の浅い自分でもハッキリとわかった。
シャルロット嬢は涼しい顔で会議室の空気を受け流しているが、クリス様は息苦しそうである。
ここはいっそ、自分が何かやらかして平身低頭して謝罪し、それをクリス様が寛大に許す……みたいな。キッチリとした上下関係を示すのが必要なのだが。残念ながら、家名を汚さない範囲でのやらかしが上手く思いつかない。
帝城の柱を3本ぐらい抜くか……?いや、理由もなくやったら普通に反逆罪くらうな。
「んんっ!では、次の議題に移ろう」
小さく咳払いして、クリス様が続ける。
「各大臣より、帝都の被害状況と帝国全体への影響について説明してほしい。まず、軍務大臣から」
「はっ」
そうして、各大臣からの報告が行われていった。
ウィリアムズ伯爵家とグランドフリート侯爵家、更に教会領が揃って反乱を起こしたわりには、全体の被害は少ない。これは、冬なので街や村の連絡網が鈍いことが影響している。
だが、帝都の被害はやはり大きい。戦争の気配に、既に逃げ出している商人や住民もいる。彼らは親戚の伝手を頼りに、別の街へ移り住むようだ。
平和な地ほど経済は回るもの。今年……この前年を越したので去年か。去年までは、帝都で大規模な戦闘が起きるなど考えられなかった。
しかし、帝都の守りも完璧ではないと知った以上、厚い壁に守られていた者達の心に罅が入るのは無理もない。
そのことから、徴兵や経済に影響が出ている。治安の悪化も懸念されているが、今の所は仮設住宅の設営が間に合ったこともあって多少の落ち着きを見せている。
不幸中の幸いなのは、相手方も兵隊集めが上手くいっていないことか。
これもまた、冬なのが原因である。クリス様とアダム様。どちらに従うか既に決まっている貴族達も、軍を動かすのは難しい季節だ。
どちらの陣営でも、『決戦は夏にしないか?』と地方貴族達から打診が来ていることだろう。
ギルバート侯爵も領地から兵士をハーフトラックでピストン輸送しているだろうが、彼も外国に帝国が滅ぼされては全ての計画がおじゃんだと、ここまで本気で戦闘を支えてくれていた。侯爵家にも、それ程の余裕はない。
問題なのは、教会領である。
あそこはここまで兵役がなかった。その為、兵士の数に余裕がある。
実戦経験の少なさから練度は低いだろうが、ギルバート侯爵には銃や大砲が流れているのだ。そこらの農民が騎士どころか貴族を殺せる装備である。
ことが起きる前に侯爵家へ渡った銃は、およそ1千。大砲は30門前後。彼が領地でコピー品を作っている可能性もある為、実際の数はもっと多いだろう。
きちんとしたライフルではなくとも、聖都が模倣した銃を更に真似ているかもしれない。アレ程単純な構造でも、騎士ぐらいなら殺せる。
だが、火薬の製法までギルバート侯爵が知っているかどうか……そこが問題だ。
ストラトス家と侯爵家の間には、地理的に距離がある。情報の流出は、最低限だと思いたい。
何より、製法を知っていても製造の時間がネックとなる。となれば、教会領の兵士全てに銃が行きわたるなどということは、万に一つもない。
だが。
「……此度も、多勢に無勢ですな」
軍務大臣が、ぼそりと呟く。
予測される兵数は、こちら側が『約6千人』。
対してアダム様の軍は、『約1万3千人』。
倍以上の差が開いている。しかしこちらが帝都に籠って戦うという手段は、とれない。
内乱は早期解決すべきである。周辺4カ国を下したとは言え、その向こうに他の国々があるのだ。
長引く程、両軍共に兵数を増すだろう。冬が過ぎ、夏になれば倍……いいや、3倍以上の数が双方に集まる。
そして、死者数もまた何倍にも膨れ上がるのだ。
ついでに言えば……正直、アダム様の軍に合流する貴族がこちらより多い可能性がある。
クリス様の治世は、法を順守し市場の活性化と治安の強化。そして周辺国との歩み寄り……というより、停戦を考えて内政を重視したもの。そう、公表している。
対して、例の書状の後にアダム様が各地へ送った自身の統治に対する考えは、『弱肉強食』。
敵を殺し、何もかもを奪い、欲を満たす。強者が弱者を蹂躙し、全てを得るというもの。ようは、コーネリアス皇帝が健在だった頃の帝国の考え方だ。
21世紀日本の価値観を持つ人間としては、クリス様の治世の方が魅力的に感じる。
だが、この世界は前世における中世に近い。人権などという言葉は一切存在せず、武力を持たずに思いやりの精神を抱けば、瞬く間に食い殺される世の中だ。
当然ながら、一般的な貴族の考え方はアダム様側に近い。むしろ、クリス様が掲げた方針に渋い顔をする者も多かった。
時間が経てば経つほど、こちらの状況が悪くなる。
かつてのように、周辺国を相手に暴虐の限りをつくしたい。そんな人間の方が、この国では……いいや。この大陸では多数派なのだ。
帝国人が特別野蛮なのではない。人間なんて一皮向けば獣と同じ。されどその皮1枚は、多くの人達が長い歴史と共に血と涙を流して作り上げた一張羅。軽はずみに破いてはならない、大切な1枚。
まだこの世界では存在しないものだ。前世でも、できあがってはいなかっただろう。
閑話休題。今は、過去や未来を考える時ではない。
「それと……ボクの性別についてだ」
一通りの報告と、それに対する話し合いが進んだ辺りで。クリス様がそう告げた。
彼女の言葉に、会議の出席者達が背筋を伸ばす。
彼らもまた、半信半疑の様子だった。クリス様が男なのか、女なのか。通常ならすぐさま『やっぱり女性だったか』となりそうなものだが、やはりティキ国王の存在が大きい。
あの近くで見ても成人男性とは思えなかった、魔性とも言える気配を纏った中性的な人物。彼を間近で見たことがある者達には、クリス様が男である可能性は十分にあった。
まあ、胸を圧迫している特注のコルセットを外したら即座にバレるだろうけど。なんせ、その……凄いし。
「ボクはれっきとした男だ。流石に脱いで証明するのは、皇帝の品位を下げてしまうのでできない。だが、安心してくれ」
凛とした顔で、そう告げるクリス様。
彼女の視線が、隣にいるシャルロット嬢に向けられる。赤い髪をドリル型にセットした令嬢は、今日は一切の拘束がされていない。
「こんな時に、と思う者もいるかもしれない。昨日葬儀を行ったばかりで、不謹慎と言う声も出てくるだろう。しかし」
そこで一旦区切って、クリス様は唇を舌で濡らす。
「シャルロット殿と、ボクの結婚式を行う。我らの結束の強さを示そう」
女性と結婚するのだから男である……というのは、証明として弱い。2人の間に子供ができて、ようやく疑惑も薄まるだろう。それでも、疑いは消えないだろうが。
しかしこの結婚には、それ以外の意味が込められている。
───シャルロット嬢がつれる、『元義勇兵』の数は約1千5百。
オールダー・スネイル連合との戦闘で数を減らしたが、遅れてきた部隊を吸収し元の数以上になっている。更には、ことが起きてすぐギルバート侯爵より彼女に賭けた方が『うま味がある』と踏んだ侯爵家周辺の貴族も、少数ながら帝都に向かっていた。
先の『6千人』という数字は、シャルロット嬢の抱える部隊を含めたものである。
何より、グランドフリート侯爵家が一枚岩ではないと示せるのだ。それは、あちら側につこうとする貴族達にとって無視できない楔となる。
会議の参加者全員が拍手を送ったのは、言うまでもなかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




