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第百二十八話 逞しい人々

第百二十八話 逞しい人々





 疲労で爆睡するアリシアさんを他の親衛隊に任せ、自分はストラトス家の天幕に寄った後街へ下りた。


 理由は勿論、復興の手伝いである。


 崩れた家屋の撤去、仮の住まい用の地面整備、負傷者の治療、資材の運搬。それ以外にも、やることは山のようにある。


 と言っても、これでも伯爵だ。突然行って『手伝います』と言っても返って邪魔になる。


 まずは、帝都守備隊の詰め所へと向かうことにした。


 本来は街長の館に向かうのが筋なのだが……あそこは全焼してしまっている。街長の一家も亡くなっているらしく、現在は守備隊の詰め所が帝都内のアレコレに対する指揮所に指定されていた。


 暫らく歩いていれば、所々に焦げ跡がある建物が見えてくる。軍事的な施設だけあって頑丈に造られており、この程度の被害で済んだらしい。


 ……建物は、だが。


 アダム様が率いた軍により、親衛隊や守備隊にも死者が出ている。負傷者も多い。


 詰め所の前には幾つもの天幕が張られ、そこで焼け出された住民達の避難場所の誘導や、食料の配給をやっているらしい。


 正面から入るのは、難しいだろう。人の壁ができあがっている。


 知っている顔はないかと見回すが、そもそも帝都守備隊は全員いつでもフルプレートアーマーだった。『常在戦場』だからだと、聞いたことがある。


 ならば魔力の流れで、と考えていると、向こうから話しかけられる。


「ストラトス伯爵?どうしてここに」


「……あ、ジェラルド卿」


 ガシャガシャと鎧を鳴らして歩いてきた人物に、軽く会釈する。


 相手もこちらへお辞儀をした後、改めて首を傾げた。


「何かあったんすか?御身がこんな所にいらっしゃるなんて」


「いえ。復興作業を何か手伝おうかと」


「……あ、物資の寄付ですか?ありがとうございます。では手続きの方を」


「あー、いえ。すみません。それはちょっと無理です」


 うちは急激に領地と人口が増えたのだが、その大半は管理が杜撰過ぎた周辺貴族の土地と、国規模で貧乏だったオールダーだ。


 支配者としての権威を見せつつ、恩を売る為に彼らへ大量の物資をばら撒いている。それに、ここまでの連戦で多くの物資を消費しているのだ。あまり余裕はない。


「そうですか。失礼しました。では……ああ、そう言えば、ストラトス伯爵は治癒魔法使いでしたね」


「はい。専門ではありませんが、千切れた手足ぐらいならば完璧に治せます」


「それで専門じゃないんですか……?」


「僕の専門は、立場的に一応『統治』なので……」


 伯爵家の当主である以上、それ以外が専門とは言いづらい。正直、難しいことを考えずに魔法ぶっぱなす方が性に合っているとは思うが。


 しかし、立場のおかげで良い思いができている部分もあるので、投げ出すこともできない。権利と義務は深く繋がっている。


 まあ、書類仕事を後回しにしてこっちに来ている段階で、あまり胸を張って言えることではないが。この状況で書類にだけ向き合うのは、ちょっとだけ精神衛生上よろしくない。無論、後で書類の山とも格闘する予定ではある。


 その間に緊急で自分の判断が必要な書類が来た場合は、婚約者であるアナスタシア殿に代行してもらうよう頼んだ。父上はどうも、別件でやることがあるのだとか。


「そうですか……なんにせよ、ありがたいです。教会領から来ていた神父やシスターもアダム様の軍に同行してしまったので、癒し手が足りませんから」


「やはり……」


 まあ、この状況で教会領から派遣された神官なんぞ、信用はできないが。それでも人手が足りないのは現場の人間からすればたまったものじゃない。怪我人視点からは、なおさらである。


「隊長のもとへご案内します。どうぞこちらへ」


「はい。お願いします」


 そうして、ジェラルド卿に誘導されて建物の裏手から中に。


 人が慌ただしく行き来する通路を進んでいくと、会議室と書かれた部屋の前に辿り着いた。


「隊長。ジェラルドです。ストラトス伯爵をお連れしました。兵達や市民の治療を手伝いたいと」


「なに!?」


 室内から、驚いた声が聞こえてくる。


 やはり、アポなしで、しかも1人で来るのはちょっとまずかったかもしれない。詰め所に向かうと言ったら、アナスタシア殿も呆れていたし。


 だが、どうやら帝都守備隊の隊長が驚いたのは別の理由があったようだ。


「ジェラルド!貴様なんでここにいる!休めという命令を忘れたか!」


 会議室のドアが勢いよく相手、中から鎧姿の男性が現れた。


 正直見た目だと判別がつきづらい……いや、隊長は鎧の装飾が多いから、わかりはするか。


 それに───右腕の肘から先がなくなっている。少し汚れた包帯を巻いた彼は左手でジェラルド卿の肩を掴んでガシャガシャと揺らした。


「普段から休むのも仕事だと言っているはずだぞこのバカ者!貴様の頭には胡桃が入っているのか?人の言葉もわからんとはな!」


「隊長。俺のことより、ストラトス伯爵への対応を優先した方が良いんじゃないっすか」


「……ぬぅ」


 ジェラルド卿の肩から手を離し、隊長がこちらに向き直る。


「お初にお目にかかります、ストラトス伯爵。帝国最強と呼ばれる御身が何故このような汚い場所に?治療の手伝いとのことですが……正直言って、ここで治療を受けるような者達は、元老院での会議に何ら影響しませんぞ」


 口調こそ丁寧だが、兜の奥から探るような視線が向けられている。


 無理もない。自分も、少々勢いで行動し過ぎた。ただ、もう少しだけ食い下がる。『邪魔だから帰れ』と言われたら、大人しく従う所存だが。


「いいえ。ただ、そうしたかったから手伝いに来ました」


「……そうしたかったから?」


「はい。何かしたいと、思ったので。……だめでしたか?」


 流石に、駄目だろうか?我ながら子供みたいな理由であるし。


 少し恥ずかしくなっていると、突然帝都守備隊の隊長が大声で笑う。


「なんだ!戴冠式の時の行動といい、本当に地方貴族か怪しくなるな!良いだろう!存分にその魔力を使ってもらうぞ、ストラトス伯爵!」


「はい」


「声が小さい!ここでは俺が指揮官だ!指示には従ってもらうぞ!爵位も関係ない!」


「はい!」


「よろしい!ジェラルド。『待て』もできん貴様は、こいつのお守りでもしていろ。守備隊に善意で協力している伯爵に傷1つでもついてみろ。路頭を彷徨うことになるぞ!」


「うっす。頑張ります」


「声が小さい!」


「うっす!」


「よぉし行け!やることは山のようにあるぞ!」


「はい!」


 何というか、新鮮である。転生してからこういう風に指示されたのは、初めてだったので。いや、前世でも体育会系とは距離をおいていたから、あんまり経験ないけど。


 そんなこんなで、ジェラルド卿に案内されて怪我人がいる方に向かう。


「すんません、ストラトス伯爵。隊長は良い人ではあるんすけど、ちょっと貴族嫌いな上に、頑固なんで」


「いえ、問題ありません。公式の場以外なら、全然」


「そう言ってもらえて安心したっす。あ、俺の喋り方もまずかったですね」


「いいえ。そのぐらい気にしません。それより、ジェラルド卿は本来お休みだったのでは?」


「あー……」


 頭を掻いているのだろうが、籠手と兜の擦れる音だけさせてジェラルド卿が小さく呻く。


「伯爵と同じ、っすかね。兎に角なんかやっていないと落ち着かない。今はベッドで眠れる気がしないし、かと言って報告書に集中もできない。気づいたら、鎧を着て詰め所に来ていたっす」


「……そうでしたか」


 兜でくぐもっているが、明らかに船で会話した時より覇気がない。


 この帝都襲撃に、彼としても思うところがあるのだろう。


「さ、こっちが救護所っす。まあ、ほとんど野戦病院みたいな感じっすけど」


「ありがとうございます。現場を監督している人と話したら、すぐに治療を開始します」


 意識を切り替え、体内で魔力を活性化させる。


 詰め所から少し行った場所にある広場。そこに並んだ屋根だけの天幕の下に、大勢の怪我人が寝かされていた。


 腐臭と糞尿の臭いがあちこちからするが、それ以上に猛烈な血の臭い。焦げ臭い帝都の中で、ここだけ異様に生々しい空気が漂っている。


 だが、今更この程度で怯みはしない。


 腕まくりをし、早速ここの責任者へと話しかけた。



*     *     *



 ……疲れた。


 救護所での治療は、30分程で終了した。怪我人の選別は本職の人達がやってくれたので、自分はひたすら指定された場所で治癒魔法を発動させていただけである。


 こっちを見て死んだ目で馬鹿笑いしながら、『やっぱ助かりそうだから』と手遅れ判定した人を引きずってくる薬師や個人経営の治癒魔法使いの人達はちょっと怖かった。


 守備隊の人達を含めてそこでの治療が終わるなり、まだ体力も時間もあるということで隊長から力仕事を任され街の瓦礫撤去に。


 ジェラルド卿と一緒に、街の人足達に混ざってひたすら瓦礫と資材を運んだものである。


 途中から参加したケネス達は、今日の作業が終わる頃には疲れ果ててその辺に転がっていた。


「……帝都の人達は、逞しいですね」


 赤らみ始めた空を見ながら、詰所の壁に背中を預ける。


 隣で壁にもたれかかっていたジェラルド卿が、兜越しにケラケラと笑った。


「配下の方々が泣くっすよぉ?平民がまだ動いているのに、騎士がなんだその様はぁ、って受け取られるかも」


「あ、いや。ケネス達はそもそも、父上への警戒で疲れていたので」


「そうっすよね。元々護衛の仕事で……んん?いや、なんで身内の警戒に……?」


「気にしないでください。うちにも色々あるんです」


「……っすか。まあ、ありますよね。肉親同士でも権力争いは」


「あ、いえ。単純に度が過ぎた親バカ対策です」


「なんて?」


 話すと長くなるし面倒なので、話題を戻す。


「その辺は置いておいて……帝都の人達は、街が焼かれても元気だなって」


 今日の作業は終わりにしたのか、瓦礫を運んでいた男達も解散していっている。


 彼らは肩を組んで酒を求めに行ったり、何か話して笑い合ったりしていた。


 何とも、活気のある光景である。少し視線をずらせば、焼け焦げた家屋が並んでいるとは思えない。


 兜の隙間から白い息を吐きながら、ジェラルド卿が笑う。


「っすねぇ。そりゃあ落ち込んでもう立てないって人もいるでしょうけど……『まだ死にたくない。だから頑張ろう』ってことっすね。嘆いていても、状況は改善しないっすから。まあ、冬なんで。作業効率はあんまりよくないっすけど」


「それでも。こうしてすぐに動けるのは凄いと思いますよ」


「……案外、あの人達も何かやらないと落ち着かないって感じかもっすけど」


 ジェラルド卿が、視線を落とす。


 彼の様子に、やはりと内心で頷いた。


 数秒の沈黙が流れた後、小さく深呼吸をしてから、告げる。


「……お悔やみ申し上げます」


「……うっす」


 船内で、幾度も彼から聞いた名前が、半日一緒にいたのに一度も出てこなかった。


 それはつまり、そういうことなのだろう。



「コープランド卿は、最期まで立派な騎士だった……らしいっす」



 彼の相棒は、尊敬していると笑いながら言っていた先輩は。


 アダム様の襲撃により、その命を落としたのだ。


「すげぇバカ真面目な人だったから、自分だけ撤退なんて絶対にしなかったんでしょうね……ボロボロのくせに、アダム様の前に立って、斬り殺されたって聞きました」


「…………」


「本当にバカっす。自分の家族が攫われたってんだから、そっち優先すりゃあ良かったのに。身重の奥さん助けて、逃げれば良かったのに。何やってんだあのボケが。騎士である前に、夫とか、父親とか。優先すべき立場があったじゃねぇか」


 声を荒げて亡くなった相棒へ罵声を吐く、彼の顔は。鋼の兜で見ることはできなかった。


「マジでありえねぇよ、あのクソ野郎……なに勝手に死んでんだよ……」


 兜の隙間から漏れ出たものが、地面を濡らす。そこから、目を逸らした。きっと、ジェラルド卿は見られたくないだろうから。


 数分程、彼がコープランド卿を罵倒する言葉を聞く。時々まざる嗚咽を聞き流し、相槌を打った。


 やがて、胸に抱えたままだったものある程度吐き出すことができたのか。ジェラルド卿は元の少し軽い声音に戻る。


「……ストラトス伯爵。お願いがあるっす」


「なんでしょうか」


「俺、これから無職になるんで。傭兵として、雇ってくれませんか?」


「……ご家族は、良いのですか?」


「両親と成人済みの弟がいます。俺は妻も子供もいない、背負うものはこの帝都の安全だけっすから」


 彼が顔を上げ、ボロボロの街を見つめる。


「俺、昔は『なんで命懸けて皇族守らなきゃなんねぇんだ』って。考えていたことがあるんすよ。近衛の一族に生まれたとは思えない、価値観っすけど」


「……そう考えるのは、無理ないと思いますよ」


「他人の為に死ぬとか、やってらんねぇって。訓練とかサボって。街へ飲みに行って。隊長に何回げんこつされても懲りなくて」


「貴方にも、そんな時期があったんですね」


「いやぁ、今でも訓練サボることはありますよ。……ただね。どんな時でも最初に来てくれるのはコープランド卿でした」


 ガチャリ、と。音がする。


「あの人バカ真面目のくせに、俺の考え自体は否定することなくって……ただ、この街の案内だけしてくれたんです」


 それは、彼が兜の留め具を外す音だった。


「皇族を守って死ぬのは嫌だなって。そう思っていたんすけど……いつしか、この街の為なら頑張っても良いかなって。そう思えるようになっていました」


 兜を外し、彼は頭に巻いた布に手をかける。


「そんで、帝都守備隊に正式加入して……小さい頃のクリス様に出会って……皇族の方々も意外と良い人達なんだって思い直したりしました。名前覚えられていたのは、驚きだったっすけど」


 軽く汗ばんだ、栗色の髪を風に遊ばせて、ジェラルド卿は続けた。


「……隊長には、本当に申し訳ないんすけどね。あの人にも、だいぶ世話になったし。でも───帝都守備隊は、クリス様とアダム様の戦いには、介入しない。皇族同士の戦いには中立を維持します」


 太陽が沈んでいき、空に黒色が増していく。


 しかし、月と星々が地上を照らし出した。何より、地上のそこかしこで明かりが灯っている。


 空と大地の輝きで、暗いなどと思うことはない。


「まあ、ぶっちゃけると復讐っす。しかもアダム様との戦いが終わったらこの辺ぶらぶらする予定なんで、ストラトス領にはついていけないんすけど。それでも、期間限定で雇ってくれませんか?これでも育ちが良いんで、完全な無職だと戦支度すら覚束ないんすよ」


「……いいでしょう。ですが条件があります」


「なんすか?俺にできることなら、何でもしますよ」


 壁から背を離し、ジェラルド卿と向き合う。


「元の職場にはきちんと挨拶した後、面接に来てください。うちの筆記試験は、不合格者続出する難問ですよ?」


 そう、ニヤリと笑ってみせる。


 それに対し、彼は軽薄そうな笑みを浮かべた。


「いやぁ……その辺はこう、コネで何とかならないっすか?」


「なりません。騎士待遇の傭兵なら、試験ぐらい突破してもらわないと」


「えぇ……傭兵にそんなんするとか、普通ないっすよぉ」


「うちはうち。よそはよそです」


「そんなー」


 ───逞しいのは、街の人々だけではない。


 ジェラルド卿も、クリス様も、親衛隊の皆さんも、大切な人を失っている。


 それでも笑い、泣き、やるべきことを探して実行している。


 彼も、彼女らも、皆逞しい。頭が下がる思いだ。


 まあ。



「……思ったより帰り、遅くなってしまった……」



 自分がまず頭を下げるべきは、書類仕事を任せたままのアナスタシア殿に対してなのだが。


 この後元女王陛下からドロップキックを食らうはめになったのだが、それはまた、別の話である。





読んでいただきありがとうございます。

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