閑話 蛮性と欲望の肯定
閑話 蛮性と欲望の肯定
サイド なし
クロステルマンの帝都より、約16キロ離れた位置。
皇領の一角。そこに、ゼーレンという名の街がある。帝都から比較的近くにあり、大きな街道とも隣接していることから非常に豊かで、華やかな街である。
正確には、華やかな街であった。
帝都での戦闘の後、アダム・フォン・ウィリアムズの軍勢はゼーレンを占領。街長を殺害し、その館で主要メンバーは過ごしている。
この街を合流場所とし、グランドフリート家や教会領、アダムの旗に集う部隊が、続々と集結していた。
街の宿屋は瞬く間に満杯となり、家を軍に無理矢理接収された住民は少なくない。
厚く頑強な城壁の近くで、そうして追い出された住民達が野宿をしている。運良く家を奪われなかった他の住民達も、彼らを助ける余裕などない。水を多く含んだ雪が降る中、凍死する者もいた。
もはや以前の華やかさも豊かさもなく、街には血と汗、そして淫らな臭いのみが漂っている。
これは、この大陸全体で見れば珍しいことではない。帝国だけではなく、世界各地で『軍隊に占領された街』とは往々にしてこのようなことになる。
もしも違う点を探すのなら、ハーフトラックがピストン輸送で人や物を運んでいることか。
兵士が増える度に、家を追い出される住民が増えていく。槍を突きつけられ物資の運搬を手伝わされている街の人々は、やってくるハーフトラックに憎しみの視線を向けていた。
兵士を直接睨みつけた者が、どうなるかを知っているから。
そんな街の中央。レンガで組まれた、砦の機能も持った屋敷。堅牢なその建物の一室で、軍議が行われている。
進行役をするのは、かつてはコーネリアス皇帝と共に『帝国の双璧』と呼ばれ、数々の二つ名を持つギルバート・フォン・グランドフリート侯爵。
栄光に溢れた経歴をもつ彼がその立場につくのは、集まった貴族達にとって当然であった。
しかし、新しくやってきた貴族達は揃って首を傾げる。
「ギルバート。そこの陣はもう少し薄くして良い。あえて食い込ませる」
「はっ。承知しました」
軍議の決定権を、アダム・フォン・ウィリアムズが持っている。
元々彼こそが真の皇帝だとして集まった軍だが、アダムの経歴を考えればどう考えてもお飾りのはずだった。
幼少期から青空の下で走ることができず、人生の大半をベッドの上で過ごしていた青年。
社交界に出ることもできない程病弱な彼が指揮をとるなど、本来なら不可能である。
しかし今のアダムは瞳をギラギラと輝かせ、愉快そうに酒を呷っている。以前までは骨と皮しかなかった肉体は、まだ痩せてはいるが日常生活にはなんら問題ない程度に肉がついていた。
瑞々しい肌と、獣のような眼光。そして、まるでおもちゃ箱をひっくり返した子供のような雰囲気。
年かさの貴族は、その気配に覚えがあった。ある者は青い顔で冷や汗を流し、ある者は頬を赤らめて期待に満ち溢れた笑みを浮かべる。
コーネリアス・フォン・クロステルマン。悪名高き暴君であり、しかし人々の蛮性を肯定する為政者。
彼の生き写しとしか思えないアダムの姿に、最初こそ軍議の決定権を彼が持つことに疑問を抱いていた貴族も、部屋から出る頃には『これは仕方がない』と考えるようになっていた。
クロステルマン帝国において、コーネリアス皇帝は絶対である。帝国がここまで大きくなったのは、彼の手腕が大きく影響していた。
もはや、伝説とさえ言える。闘争を好み、破壊を好み、蹂躙を愛する。
騎士道とは縁遠い、悪魔のような男。
だからこそ、惹かれる者もいる。内に秘めた野蛮な部分を、自分も出して良いのだと。好きなように奪い、好きなように襲い、好きなように殺す。
クリス皇帝の治世では認められないだろうそれらを、曝け出して良いのだ。
熱に浮かされた彼らは、会議が終わるなりそれぞれ欲を満たしに行く。
『真実の愛』に興じる者もいれば、家臣が用意した女性の所に行く者も。中には、あえて街娘や帝都で獲得した捕虜の所へ行く者もいた。
発せられる下卑た声は、貴族も平民も変わらない。アダム・フォン・ウィリアムズの軍は、そこかしこで欲を満たしている。
この大陸では、『軍隊として当たり前のこと』をしていた。
「ふむ……」
ギルバート侯爵と2人だけ会議室に残り、地図を眺めるアダム。
そんな彼に、侯爵は淡々と問いかける。
「珍しいですな、コーネリアス陛下。御身がこうして真面目に軍議をするなど」
「おいおい、ギルバート……。何を呆けたことを言っている。俺はアダムだ。アダム・フォン・ウィリアムズ。亡き父上と間違えるなよ」
ニタリと笑うアダムに、ギルバート侯爵は静かに頭を下げた。
「申し訳ありません、アダム様。しかしお言葉ながら、『公的には』御身はコーネリアス陛下のお孫様です」
「ああ、そうだったそうだった。まあ、どちらでも良いが」
「どちらでも良くはありません。無暗に血を濃くする行為は、勇者教において禁止されています」
「はいはい。気を付けるよ」
ひらひらと手を振って答える間も、アダムは地図から目を逸らさなかった。
「しかし、珍しいと言われてもな。俺からすれば、ついこの間も真面目に戦争をしたつもりなのだぞ?」
くつくつと、何かを思い出した様子でアダムは笑う。
「ノリス。ガルデン。あと……アナスタシアだったか?あの3人との戦は中々に面白かった。内通者がいるだろうとは思っていたし、奇襲に備えて肝いりの部隊を哨戒させていたのだがな……全て掻い潜って、土砂崩れと共に襲い掛かってくるとは」
楽しそうに彼は語る。それはまるで、サッカーで相手チームのプレイを称賛するスポーツマンシップに溢れた少年のような語り口であった。
「よもや、崩れてくる土砂に兵士達が乗ってくるとは思っていなかったな。しかも我が陣を盾に、別動隊が下にも構えていたとは……一歩間違えればどちらも死んでいただろうに、よくやる」
「アダム様。貴方はその場にいなかったことを、お忘れなく」
「良いだろう。ここにはお前と俺しかいない。あの場にいなかった可哀そうなギルバートに、教えてやっているのではないか」
「結構です。詳細は既に、その場にいた親衛隊や兵士から聞きましたので」
「親衛隊……親衛隊な……」
うんうんと、アダムが自身の顎に指をそえて頷く。
「アレらは良い女達だ。強く、美しく、魔力が豊富だ。そして男に傅くのに相応しい体に育っている。俺の愛人候補として選抜したが、やはりこの眼に狂いはなかったな」
「……確かに、彼女らは良い戦士に成長しておりました」
「だからこそ、お前には『生け捕り』を申し付けたのだがな」
ギロリと、アダムがギルバート侯爵を睨みつける。
心の弱い者なら気を失いそうな殺気を向けられても、老貴族は申し訳なさそうな顔を作って頭を下げるだけだった。
「申し訳ありません。手加減することができない程、彼女らは強かった。そして、儂も衰えております。全盛期には程遠い。……いいえ、これは言い訳ですな。純粋に、我が力が及ばなかっただけにございます」
「俺の眼には、今のお前でも小娘が5人程度、全員は無理でも1人か2人程度は生きて連れ帰ることができるように見えるのだがな」
「買い被りでございます。御身のご期待に答えられなかったこと、お詫び申し上げます」
「……まあいい。今回は信じてやろう」
「はっ。ありがたき幸せ」
ゆっくりと顔を上げる、ギルバート侯爵。その表情は、能面のように何の感情も表に出していない。
その顔を一瞥し、小さく鼻を鳴らして机上の地図へと視線を戻すアダム。
彼はつまらないリアクションをする家臣を捨て置き、新しい『楽しみ』へと集中していた。
「話を戻そう。俺が真面目に軍議をしている、だったか。それも当然である。此度の相手は、あの時仕留めそこなったカール。そして、その息子のクロノとかいう小僧なのだからな」
「……仕留めそこなったというより、御身が途中で飽きて投げ出したのでは」
「言うな。最初は楽しかったが、途中から逃げに徹せられてつまらなくなったのだ。ああいう男は好みだが……流石に萎える」
げんなりとした様子で、アダムがため息をつく。
しかしすぐに、ニタニタとした笑みを浮かべた。
「なんにせよ、楽しみだ。あの男と、その息子。随分と素晴らしい戦績ではないか。俺があのタイミングで死んだ以上、帝国は潰えると思っていたが……まさかまさかだ。まさに英雄と呼ぶに相応しい……!」
頬を赤く染め、熱っぽい息を彼は吐きだす。
「ストラトス家が俺の傘下に加わらなかったことを、神に感謝したぞ!奴らを殺したい!殺し合いたい!特に息子の方!もしもこの戦歴が真実ならば、こいつに殺されるのならば本望とさえ言える!」
股座をいきりたたせながら、アダムは唾を飛ばしながら吠えた。
「強者だ!強者こそが世界を制する!弱者は強者が生きる上での薪でしかない!ああ、ああ!こいつが『つまらない奴』でないことを祈るばかりだ!」
勢いよく、アダムがギルバート侯爵へと振り返った。
「ギルバート!こいつはどちらだ!?面白い奴か!つまらない奴か!」
「それは───」
「いいや、いい!忘れろ!楽しみはとっておきたい!」
ビシリ、と。彼は老貴族へ掌を向ける。
「諸々の情報から、『つまらない奴』である可能性は高い。だが、世の中には厚い皮で自分を上手く覆い隠している奴もいるのだ。カールという男もそうだった。矛を交えればわかる。アレは優しい顔で『つまらない奴』を演じながら、実際は非常に『面白い奴』だ!」
口角を吊り上げ、アダムはギルバート侯爵を見る。
「そう、お前のようにだ。ギルバート……。もっとも、流石にカールもお前程上手く隠してはいないようだが」
「……左様ですか」
「愛する孫と呼ぶ女に、衝動的に一族の暗部を送り付けて殺そうとする。それが失敗したら拷問していると嘘をついた後、その部隊を孫の恩人と敵対している伯爵の元へ送る。まったく、とんだ外道だな、ギルバート」
「返す言葉もございません」
帝都へ向かっていたシャルロット嬢を襲った、魔法使いの傭兵達。
アイオン伯爵に協力し、ストラトス領と帝都間を封鎖した傭兵達。
彼らは、同一人物である。ストラトス家の執事アレックスが、『奴らは銃を知っている』と感じるのも当然であった。
銃を持っている者と戦い、そして侯爵経由で銃の構造について学んでいる。そこから、独自に対鉄砲の戦闘術を考えていたのだから。
彼らはグランドフリート侯爵家の、隠された分家。こういった暗部は、大貴族ならば1つや2つ抱えている。
ウィリアムズ家を始め、ギルバート侯爵の手の者は各所に潜伏している。カールの動きを元老院が阻害していたのも、彼の根回しによる所が大きい。
流石に、ついこの間まで田舎の弱小貴族をやっていたストラトス家には送り込んでいなかったが。それでも、帝都というフィールドではギルバート侯爵が何枚も上手である。
「兎に角、クロノとかいう小僧……いいや、人竜については、後の楽しみにしておこう。しかし……少々不安だな」
アダムの視線が、ギルバート侯爵の腰に向けられる。
より正確には、ホルスターに納められた銃を見ていた。
「そんな『つまらん武器』を作り、広めているとは。強者にあるまじき考え方だ。人を斬る感覚を、まだ快感として受け入れられておらんとみえる」
やれやれと、アダムは首を横に振った。
「確かに強い武器ではあるが、命を奪う感触を得られぬ武器に何の意味があるのか。それは紛れもなく、弱者の武器だ。ギルバート。お前までそんな物を引っ提げてどうする」
「儂も衰えましたからな。弱者になったので、使える物は何でも使います」
「なぁにが弱者か。いつの間にかとんだ狸になりおって」
「恐縮です」
「褒めておらん!」
口を『へ』の字にしたアダムが、ボリボリと後頭部を掻く。
「はあ……もういい。戦のことを考える気分ではなくなった。誰か抱きにいくとしよう」
「ジョン大司祭が部屋でお待ちかと」
「ジョンはなぁ……技術は良いのだが、奴こそ衰えが出ている。締まりが悪い。奴の転生が上手くいったら、また相手をしてやろう。華奢な少年に転生させるか……いいや、いっそ女に転生させるのも面白いか?」
さも名案だとばかりに語るアダムに、ギルバート侯爵は淡々と『そうですね』と相槌を打つ。
「だが、何にせよ今日の気分は女だ。……そうだ、帝都から帰る際、俺と似た名前の近衛騎士が立ち塞がっただろう。何だったか……コー……コープ……コンプ?」
「もしや、コープランド卿のことでしょうか」
「そう!コープランドだ!せっかく俺の名前と家名が似ているのに、つまらない奴!」
手を叩いて、アダムが笑う。
「アレの妻を捕虜にしたな!よし、今日はそいつにしよう!」
「……お言葉ながら」
ギルバート侯爵が、一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
「彼女は今、妊娠しております。もうすぐ生まれるとか。別の者にした方が良いかと」
「────わかっていないなぁ、ギルバート」
ニタリ、と。
アダムが、アダムと名乗る存在が嗤う。
「まだこの世の悦というものを、ろくに知らんらしい」
その顔は、まぎれもなく外道のものであった。
「……そうですか」
淡々と返事をしたギルバート侯爵が、アダムに先んじてドアを開ける。
すると。
「コーネリアス陛下……!お待ちしておりました……!」
女装したジョン大司祭が、頬を赤らめて部屋の前に立っていた。
「むっ……!」
アダムが眉間に皺を寄せ、ジョン大司祭を爪先から頭の天辺まで眺める。
フリルをふんだんにあしらったその装いは、勇者教の聖書にて語られる『甘ロリ』という格好に近かった。
「その格好はなんだ、ジョン」
「ストラトス伯爵が、かつて帝城で開いた『男女逆転パーティー』というものがありまして……それに触発されて用意したものです。貴方の復活を夢見ながら、私自ら布を選びました……!」
恋に恋する乙女のような顔でそう語る、ジョン大司祭。
髭が似合うナイスミドルな彼に、アダムはずんずんと近づき。
「────よい」
「きゃっ☆」
力強く、腰を抱いた。
「ギルバート、先の言葉を訂正するぞ」
「はっ。どのことでしょうか」
背筋を伸ばし、ギルバート侯爵が真顔で問いかける。
「クロノ・フォン・ストラトス……中々に、面白い男ではないか!」
「左様ですか」
ジョン大司祭をお姫様抱っこし、高笑いしながら歩いていくアダム。
それを見送るギルバート侯爵の目は、若干死んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
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