第百二十七話 シャルロット嬢は立ち止まらない
第百二十七話 シャルロット嬢は立ち止まらない
涙目で手首に巻かれたベルトを解こうとするアリシアさんを引っ張り、ずんずんと歩くシャルロット嬢。
ツッコミどころしかない乱入者に、頬が引きつる。
どこから指摘すれば良いのかわからないが、取りあえず。
「えっと……その、一応お聞きしますが、あの拘束はどなたが?敵対したとは言え、侯爵家の御令嬢にあの拘束はまずいかと……なにより、こういう場合はどこかの屋敷に幽閉するのが普通では……」
そう一般論を口にするも、頭ではこれが一般的な状況でないことは理解していた。
訂正する。理解したくはないが、理解してしまった。
「いや、ボクじゃない。ボクじゃないよ。これは、本人が……」
やっぱり?
案の定、レッドドリル令嬢が『ふふん』とドヤ顔をしてくる。
「お爺様が謀反なされた今!ワタクシは大変微妙な立ち位置ですわぁ!疑われるのは承知の上!でしたら、キッチリと裏切らないことを示す必要があります!というわけで、怪しいことができないように拘束と監視をすべきなのですわぁ!これが後の信頼に繋がりましてよぉ!」
「タスケテ……タスケテ……」
監視要員が、こちらに救いを求める目を向けてくる。
そっと、視線を逸らした。
なんかもう……関わりたくない。
首を絞められた鶏みたいな声を出すアリシアさんを一切気にした様子はなく、シャルロット嬢が先ほどの続きを語る。
「魂と最も密接に関わる部位!それはぁ……心!臓!」
ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、得意げな笑みで吠えるシャルロット嬢。
その身じろぎに引っ張られて、床にビターンと叩きつけられるアリシアさん。
……親衛隊は頑丈なので、ヨシ!
しかし、心臓か。血液中に魔力が大量に含まれていることを考えると、ありそうな話である。流石に魔力探知で確かめるのは、難しいが。
「聖都でも『おへその下』だったり『脳』であったりと、色々と議論が交わされている魂と最も関わる部位……しかし最近は『心臓』が最も有力な説として語られていますわぁ!」
この世界、『腑分け』……死体の解剖はある程度の手続きをすれば合法とされているので、聖都はそれで調べたのだろう。
もっとも、教会領の狂い具合から、少なくともアンジェロ枢機卿やジョン大司教は生きた人間の解剖をしていても驚かないが。
閑話休題。彼女の言葉に、アナスタシア殿から聞いたコーネリアス皇帝を討った時の状況を思い出す。
「そう言えば、コーネリアス先帝陛下は『心臓を貫かれた後に首を切り落とされた』とか……」
「なるほど。心臓は入れ替えない部位だったのか……」
悪運が強い。まったく嫌になる。
いっそ遺体がひき肉にでもなっていたら楽だったのだが、オールダー王国の戦士達が戦場で散った者ならば怨敵であろうと礼を尽くす。アナスタシア殿曰く、帝国を反面教師にしたのと、ガルデン将軍の清廉さを皆が心に刻みつけたからだとか。
そんなことを考えていると、シャルロット嬢は声のボリュームを落とし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そして───このことが書かれた魔術論文が、お爺様の書斎にあったのを覚えておりますわ。それも1つや2つではなく、何冊も。きっと、長年研究されていらっしゃったのでしょうね」
「シャルロット殿……」
それはつまり、やはりギルバート侯爵は教会領やアダム様の件を知っていたということか。
であれば、彼はクリス様の性別も本当は知っていた?その上で、この計画を遂行する為に演技を続けていたのだろうか。
疑問は尽きず、そして回答はない。この場の誰にも、あの帝国の古き英雄が何を考えていたのか、それを知っている者はいないのだから。
それこそ、孫娘であるシャルロット嬢さえも。
「ワタクシはまだ、お爺様がこのような非道な実験に加担したことを信じられません。しかし、賽は既に投げられました」
だが彼女は、それで歩みを止めることはない。
良くも悪くも『猪』であるこの令嬢は、己が進む道を定めたら後はひたすら突っ走るのだ。
振り返ることも、道を変えることもあるだろうが────シャルロット嬢は、立ち止まらない。
帝国でも有数の大貴族。グランドフリート侯爵家の令嬢が一刻立ち止まっただけで、何人もの人生が潰れると、知っている故に。
それが正しいとは言わない。立ち止まることが正解なこともある。それに大抵の場合、立ち止まらない者はとんでもないことをやらかす。
だがシャルロット嬢が今この時も立ち止まらずに進んでくれているのは……正直、ありがたかった。
彼女の視線が、クリス様に向けられる。
「クリス様。御身は……本当は女性なのですか?」
それは、確信をもっての問いかけ。
元々、薄々察していた所にこの事態だ。シャルロット嬢はもう、クリス様の本当の性別を知っている。
「……うん」
もはや、彼女相手に誤魔化すことはできない。
観念して、クリス様が頷く。
「ずっと、君達を騙していた。ギルバート侯爵がボクを見限るのも、当然だ。シャルロット殿。君は、好きにして良い。帝都を出るのも、彼らに合流するのも、領地に戻るのも自由だ。ボクを殴るのも、良い。……まだ死ねないから、手加減はしてほしいけど」
真っ直ぐに、クリス様がシャルロット嬢を見つめ返す。
彼女はその答えに目を細め、見定めるような視線を男装の皇帝へ向ける。
「ワタクシを騙したことについて、償ってくださると言うのですか?」
「うん。ボクにできることなら、何でもは無理だけど、可能な限り」
「今、何でもするとおっしゃいましたわね?」
「えっ。いや、そこまでは……」
「ならば!」
彼女のヒールが、高らかに足音を鳴らす。
「ワタクシがしてほしいことは決まっていましてよ!」
くわっと、目を見開き、ズンズンとクリス様のもとへ近づくシャルロット嬢。
鉄球とアリシアさんを引きずって歩く彼女が、何をするのかわからない。万が一力加減を間違えた一撃を放った場合、最悪クリス様が死ぬ。
そう思い動こうとした自分や他の親衛隊を、他ならぬクリス様が手で制した。
横槍は無用。彼女に向き合う、と。
「クリス様」
「うん……」
覚悟を決めたように瞳を閉じ、攻撃を待つクリス様。
しかしシャルロット嬢が提示した『償い』は。
「今後も───ワタクシを貴女様の婚約者でいさせてくださいまし」
少々、予想外の内容であった。
「うん……うん?」
頭突きされると思っていたのか、クリス様はその言葉に目をパチクリとさせる。
自分もよくわからなかったので、とりあえずアリシアさんを助け起こすことにした。
うわ、本当に無傷だこの副隊長……人間やめてんな。
「ありがとうっす……あとあんたが言うなっす……」
バカな……!心が読まれている……!?
自分とアリシアさんの若干気の抜けたやり取りを背に、シャルロット嬢はクリス様の正面に立って淡々と言葉を続ける。
「クリス様は今度も、ご自身を男性であると主張なさるのでしょう?」
「うん……そうしないと、皇帝は続けられないから」
「でしたら、ワタクシも皇妃の地位を捨てませんわ」
「いや、まだ皇妃じゃないっすよね……婚約者っす……」
「なら結婚して皇妃になりますわ!」
こちらに抱えられた状態のアリシアさんに振り返り、シャルロット嬢は大きく胸を張る。
拘束で強調された爆乳から視線を上に向ければ、彼女がいつもの自信満々な笑みを浮かべているのがわかった。
「アダム様が勝てばお爺様は間違いなくアダム様の側近!右腕!陞爵間違いなし!クリス様が勝てばワタクシは皇妃!帝国令嬢の中で最高位の身分!政治的に超☆重要ポジション!」
ジャラリと鎖を鳴らして、シャルロット嬢がお嬢様ポーズをする。
「誰がどう見ても帝国の未来を賭けたこの大戦で、グランドフリート侯爵家はどう転んでも大勝ですわぁ!勝ち確というやつでしてよ!おーほっほっほっほっほ!!」
高らかに笑った後、彼女はぽつりと呟く。
「そう……ワタクシとお爺様。どちらが死んだとしても、グランドフリート侯爵家も、帝国も残るはずですもの。それだけが、ワタクシの望みですわ。領民と家臣達の為にも、これは譲れないのです」
鉄球を引きずりながら、シャルロット嬢がクリス様に向き直る。
その顔を背後から見ることはできないが、確信があった。
彼女は今、いつも通りの自信満々な笑みを浮かべているのだと。
「それに、今更新しく婚約者を探すとかワタクシ無理ですわよ!?帝国令嬢としても、ワタクシ程戦場で活躍し過ぎた例はいませんもの!嫁の貰い手が見つかりませんわ!責任とってくださいまし!」
「……逞しいね、シャルロット殿は」
そんな彼女に、クリス様が笑う。
安堵したような、そして楽しそうな笑顔が、男装の皇帝を彩った。
「……あとついでに、帝都にあるグランドフリート侯爵家のお屋敷!そこにお爺様からの書置きがありましたの!」
「それは……どんな?」
「『お前は好きにしろ。二度と儂の前に顔を出すな』ですって!あっっったまにきましたわぁああ!好き勝手言いやがりましてぇえええ!事前になぁんの相談もなしに、ワタクシがクリス様のお傍にいる状況で事を起こしといてぇえええええ!」
ぶんぶんと髪を振り乱し、その勢いでぶんぶんと振り回されるアリシアさん。
どうにか床に叩きつけられる前に、彼女をキャッチする。
この似非ギャル女騎士、首から下は鎧を纏っているので、地味に痛い。
「というかお爺様!絶対にクリス様の性別を知っていましたわ!ワタクシ思わず心臓が止まるぐらい驚きましたのよ!?その後お爺様がアダム様と一緒に帝都を焼いたと聞いて、再起動しましたわよ!嫌な心臓マッサージですわ!」
それは怒って良いと思う。
でもどうか振り返ってほしい。親衛隊副隊長が新手の鈍器になっているから。
「上っっ等ですわぁ!初めての反抗期を、お爺様の脳天に叩き込んでやりましてよ!」
鼻息荒く語るシャルロット嬢が、一通り吠えた後にクリス様を見る。
「先ほどの続きですが、ワタクシを皇妃にしたままだと色々とお得でしてよ!」
「うんうん。例えば?」
「まず戦争後グランドフリ―ト侯爵領を不良債権にせず済みますわ!親戚はいますが、ワタクシとお爺様が揃っていなくなれば、継承権で絶対にもめますもの!周辺貴族も黙っていませんわ!ただでさえ帝国が疲弊しているのに、侯爵家が原因でもう1回内乱が起きるリスクまでありますわよ!」
「ふむふむ。他には?」
「ワタクシが連れている義勇軍を、そのまま戦力にできますわ!彼らも今更あちらに合流するのは物理的に難しいですし、何よりお爺様がワタクシに預けた者達。つまり、お爺様から『いらない子』認定されている……と、言いくるめられますわ!真実は知りませんけど!」
「そうだね。戦力は今、1人でも欲しいね」
「ならばなお更!ワタクシ自身も戦力として中々のものでしてよ!純粋な身体能力だけなら、親衛隊の方々にも負けませんわぁ!」
「シャルロット殿の力は凄いからね。この前の戦いでも、大手柄だったし」
楽しそうに相槌を打つクリス様に、シャルロット嬢は更に胸を張る。
「だから───ワタクシを娶ってくださいませ、クリス様!」
「───うん。これからもよろしく、シャルロット殿」
彼女らの間にあるのは、きっと恋愛感情ではない。お互いに、好き嫌いで相手を選べる立場ではないと、物心ついた頃から覚悟を決めている。
そして、政治的な事情だけでも、ない。そんな冷え切った関係ではありえない程に、2人の雰囲気は溌溂としているのだから。
もしもその関係に名をつけるのだとしたら、きっと誰もが同じことを思い浮かべるだろう。
『友情』、と。
「……あっ。でも、その。公的には男で通すつもりだけど、ボクは女だから。君と子供を作ることは……」
「ワタクシに考えがありますわぁ!先ほど、アリシアさんから色々聞きましたの!苦肉の策ですが、この状況ならベターと言えますわね!」
「そう、なの?アリシア、どんな策が?」
机から身を乗り出し、クリス様が親衛隊副隊長に視線を向ける。
だが。
「あーし……あーし……」
「あ、アリシアぁああああああ!?」
彼女は既に、限界を迎えていた。
無理もない。モルステッドでの竜退治から、砕氷船での帰国。そしてハーフトラックでの強行軍で帝都へ戻って来たのだ。
その後に暴走特急シャルロット嬢に縛りつけられれば、こうもなろう。
こちらの腕の中でぐったりとするアリシアさんに、クリス様が縋りついて涙を流した。
アリシア・フォン・シュヴァルツ準男爵。ここに眠る。
「すぴ~……」
……鼻ちょうちん膨らませる準男爵兼令嬢とか、初めて見たかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
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