第百二十五話 私怨
第百二十五話 私怨
『クリス様の陣営につきたい』
当主としてではなく、一個人としての我儘を発した自分に、ストラトス家のブレーン達が答える。
「え?ああ、うん。良いんじゃないか?」
「それで良いと思うぞ」
かるぅい!
「いやいやいや!もっとこう、あるでしょう?」
「あるとは、何がだ」
「俺とクロノの親子の絆が、だな」
「ほう。なら私との間にも親子の絆があるかもしれんな。義父上よ」
「コロス」
「今真面目に話していますので!」
ナチュラルに戦闘態勢をとる2人に、机を壊れない程度の力でバンバン叩く。
「こう、反対意見はないんですか!?ここはどちらの陣営にもつかず、ストラトス領に引きこもりたいとか!」
……いや、反対されたくないけども!
この2人に理論だって反対されたら、ぐぅの音しか出せないから!
自分の言葉に、父上は苦笑を浮かべ、アナスタシア殿は両掌を上に向けて肩をすくめた。
「クロノ。うちが引きこもった場合、デメリットが大きすぎるんだ。まず忠義を蔑ろにする行いで『商人を始めとした平民からの信用が落ちる』。まあ、これはそう大した問題じゃない。挽回は可能だ。だが一番の問題はそこじゃない」
人差し指を上に向けた父上が、真剣な面持ちでそう告げた。
それにアナスタシア殿が続く。
「大陸全土を巻き込んだ、大きな戦が起きる。帝国は大国だ。しかし、大陸にある大国はこの国だけではない。帝国の力を他の国に奪わせない為に、遠くで静観していた国々が一斉に動き出すぞ。そうしなければ、他国が力をつけすぎるからな」
「お前が昔言っていた、『世界大戦』に近いことが起きる。そうなった場合、ストラトス家は『俺の傘下に入れ。じゃなきゃ殺す』と複数の大国から言われるだろうな。そして、どこの陣営についても真っ先に狙われるはずだ。持っている技術が欲しいだろうし、敵にいたら邪魔だからな。似たようなことは前にもあったが、その時とは状況が違う。なんせ帝国からの援軍はない」
「ストラトス家には技術がある。英雄もいる。だがマンパワーが足りていない。機械の力で補おうにも、世界大戦の中心に立つには足りないモノが多すぎる」
「お前や俺がいる戦場では勝てても、それ以外の戦場ではすり潰されるだろう。それが続けば、ストラトス家は終わりだ」
2人の言葉を、どうにか自分なりに咀嚼する。
ネットも飛行機もない世界なので実感しづらいが、帝国はあくまで大陸にある国家の1つでしかない。ここまでの戦いも、大陸全体で見ればそこまで大きな事件ではないのだろう。
だが、帝国ごとこの辺一帯が『狩り場』となれば、離れた位置の国々にも影響が出る。
帝国という『パイ』を奪い合う為に、世界大戦が起きてしまう。外交に譲り合いの精神なんてない。自国を守る為、あるいは野心を満たす為、睨み合いをしていた国々が一斉に走り出す。
「ええっと……つまり、『このままだと世界大戦が起きるから、一刻も早く内乱を収めないといけない』?」
「そういうことだ」
「周辺国が無事な間なら、帝国が潰れても4つの中小国家が帝国を切り分けて終わるはずだった。遠い地の大国からすれば、多少中小国家が力をつけても脅威にはならんと考えただろう。だが、その周辺の中小国家が全て潰れた後だからな。ほぼほぼ貴殿の頑張り過ぎだ」
アナスタシア殿がこちらに皮肉気な笑みを向けてくる。
「それは……すみません」
「謝るな。貴殿の行いは、貴族として当然……と言うには、クリス陛下に肩入れし過ぎではあるが、間違いではない。というか、謝るなら最初から私か兄上の下につけ」
「おっしゃる通りです……」
「クロノを虐めるなー!負け雌犬のくせに!弱小国家出身の敗戦の将のくせにー!」
「父上。その発言は僕が怒ります。撤回し、謝罪してください」
「くぅん……」
「どやぁ……」
どこから出したのかハンカチを噛む父上と、こちらの隣でドヤ顔をするアナスタシア殿。
もうこの2人の漫才は無視した方が良い気がしてきた。
「と、兎に角だなぁ!ストラトス家は早急にクリス陛下か、アダム様のどちらかについて、戦争を終わらせる必要があるのだ!」
「一応、ストラトス家が覇を唱え、帝国を完全支配するという道もあるが」
「無理だろう。絶対。人手が足りないし。あちこちで『じゃあ俺も』と反乱を起こすアホが出てくるぞ。それの統制はできん。下剋上の前例を出してしまってはな」
「だろうな。それにストラトス家や攻め込んでくる大国には勝てずとも、領地を広げた後にどこかしらの陣営に下った方が得だと考えるだろう」
2人の言葉に、頷く。その辺りは、フリッツ皇子の裏切りの時にも考えたことだし。
「では、その……アダム様ではなく、クリス様につく理由について」
「教会領を焼くにはクリス陛下についた方が手っ取り早い!!」
「私怨」
父上の素直過ぎる言葉に、思わず真顔になる。
こいつ、人が凄い覚悟を決めて我儘言ったのに……。いや、まあ今の教会領は非常に危険な存在なので、感情だけの発言とは言い切れないが。
「クロノ。俺は信仰と家族なら、後者をとってしまうなんちゃって勇者教徒だ……」
いや、貴方世間一般の基準だと狂信者に片足突っ込んでいると思います。
賄賂要求してきた神父を『不心得者がぁ!』って言って生きたまま馬で引き回すとか、普通の貴族ならやらんのよ。
「それでも、此度の一件は看過できん!教会領は……燃やす!」
やだ……うちの父上、瞳孔が全開。
「旦那様よ」
「あ、アナスタシア殿。貴女からも父上に何か言ってあげて───」
「コーネリアスぶち殺してぇ……」
「私怨」
ブルータス、お前もか。
「現状、アダム様の中身がコーネリアス皇帝の可能性がある」
「いや、まあ。あくまでまだ疑いの段階ですが……」
「万に一つでも奴本人であるのなら、今度こそ地獄に叩き落とさねばならない。オールダーの人間として、それは譲れん」
彼女の口角が、限界までつり上げられた。右掌を自身の頬に這わせ、人差し指で眉の端を撫でる。
「いやはや……是非とも、コーネリアス皇帝には生き返っていてほしいものだ。二度も奴を殺せるとは、なんたる僥倖!じわじわと嬲り殺しにしてくれる……!」
「お嬢様……素敵です……!」
悪魔みたいな顔で殺害宣言をするアナスタシア殿に、ドロテアさんが頬を赤らめて潤んだ瞳を向けている。いつものおふざけには見えない。オールダー王国では、とっても格好いい台詞なようだ。
どんだけ恨まれてんだあの皇帝。いや、不思議でも何でもないけども。
片や信仰心がそのまま殺意になっている狂信者予備軍。片や殺意が溢れすぎている復讐者。
どうしよう。うちの頭脳担当が揃ってバーサーカーに……。
「まあ、今更クリス陛下を裏切るのも外聞が悪いしな」
「そもそも義父上が既に交戦している。アダム様陣営には簡単に転べん」
「すみません。急に冷静になるのやめてもらって良いですか?」
スン……と平常運転に戻る頭脳担当2名。冷静なバーサーカーとかたち悪いな。
この人達実は狂気担当だったりしない?
「というわけで、クリス陛下に味方するのは俺も賛成だ」
「クリス陛下は性別を暴露されて苦しいお立場だが、アダム様も帝都の占領に失敗し状況は良くない。どちらについても大差はない以上、好みで良いだろう。私も賛成だ」
「……わかりました」
何にせよ、ストラトス家全体でクリス様の味方につくことに賛成というのなら、自分に不満はない。ちょっとビックリしたけど。
一度天幕の中を見回すも、反対意見は出てこない。ならばと、当主として首を縦に動かす。
「ならば我らはこれより、クリス様の旗の下につき、帝国の平穏を脅かす反逆者達と矛を交えるとします」
「異議なし」
「同じく」
視界の端で、グリンダがこちらを見ながら小さく肩をすくめた。
まるで、こうなることが分かっていたようである。彼女の政治的な見識は自分と大差ないはずだが。
グリンダの視線は、『どうせ君、その2人が反対してもどうにかごねるでしょ?最終的には、こうなったさ』と言っているようだった。
……見透かされているようで、少し恥ずかしい。
だが否定もできないので、頬を少し赤くしながら目を逸らすことにした。
そのタイミングで、天幕の外が少し騒がしくなる。
「クロノ様。レオです。クリス陛下が先程帝都に御帰還なされたとのことです」
「わかりました。会いに行く準備をします。誰か、使いの者を出してください」
「はっ」
天幕の入り口から報告してくれたレオにそう告げ、小さく深呼吸をする。
さてはて……クリス様は今、どのような心境なのやら。穏やかとは、とても言えない精神状態だろう。
それに、同行されているシャルロット嬢も気になる。
彼女の実家が参加した反乱。そして婚約者が実は女性だったという情報。
未だにクリス様の性別について、『本当は女性』と『アダム様派の嘘』で帝国内での意見は割れている。アダム様に街を燃やされたこともあって、帝都では後者が優勢のようだが。
何にせよ、フォローが必要だろう。カウンセラーでもネゴシエーターでもない自分が、何を言えるかはわからないが。
「では、準備を……そう言えば、ずっとケネスが無言なのですが。どうしたのですか?」
普段なら『クリス様に会いに行く』と聞いた瞬間発狂していた老騎士が静かなことを疑問に思い、視線を彼の方に向ける。
すると、グリンダがため息まじりに答えた。
「ケネスさんなら、ずっと感動に打ち震えています」
「クリス陛下が女……クロノ様はノット『真実の愛』……ストラトス家は、安泰……!」
鎧越しに自身の胸に手を当てた古参の騎士が、天を仰ぎ涙していた。
父上の暗殺を警戒しなくてよくなったことで、時間差でクリス様の性別について思考がいったらしい。
ケネスは心底安心したという顔で、頬に涙を伝わせていた。
「はっ!?そうか、あの小娘が性別のカミングアウトを機に、クロノへ近寄る可能性が……暗殺しなきゃ」
「カール様。そのようなことをなされたら、ストラトス家は終わります。貴方様は、自身の感情に任せて若様やフラウ様を危険にさらすのですか?」
「ぐぅ……!」
そして父上がよからぬことを計画し、グリンダに諭されて再びハンカチを噛んでいた。
いつの間にあっちも上下関係が逆転したのだろう……。
「……やはりおかしいだろう、この家。常識をどこに置いてきた」
それらの光景を見て若干引いているアナスタシア殿の肩を、そっと叩く。
「なんだ、旦那様」
「貴女も既にストラトス家ですよ。それはもう、間違いなく」
「 」
アナスタシア殿が目と口を限界まで開き、硬直した。
そのリアクションがもう、証拠だと思います。元女王陛下。
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