最終章 プロローグ
最終章 プロローグ
街道をハーフトラックが走っていく。
雪を蹴散らし、泥を跳ね上げ、踏み固められた道も、そうでない道も選ばず踏み越えて。ひたすらに帝都を目指す。
砕氷船は船長達に任せ、戦車隊や砲兵隊と共にストラトス領への帰還を命令した。こちらはたった3両のハーフトラック。兎に角速度が欲しかった。
だからこそ、否が応でも足がうずく。やはり、自分で走った方が良いのではないか。
ハーフトラックの荷台に取り付けた座席から、立ち上がろうとする。瞬間、隣から華奢な腕が伸びてきた。
ぽすり、と。アナスタシア殿の拳がこちらの胸を叩く。
その手には力が籠められていなかったが、不思議と自分の動きを止めるには十分だった。
「貴様もわかっているはずだぞ。いかに足が速かろうが、全力疾走できる時間を考えると、ハーフトラックで向かった方が結果的に早くつく」
車内に響く蒸気機関の音で、普通の声量では聞き取れない。
だが、胸に当てられた彼女の手もあってか、不思議とその声はハッキリと聞こえてくる。
「理解したのなら、大人しく座っていろ。護送中の者達もいる。それを忘れるな」
「しかし……」
彼女の言っていることは、100%正しい。
だが、それでも口からは感情に任せて言葉があふれ出す。
「家族、なんです。家族が、死んだって……そんな……!冷静でなんて、いられませんよ……!」
「……だろうな」
夜の湖のように、澄んだ声。
それを聞いて、ハッとする。
「私にもその気持ちはわかる。立場を忘れて泣きわめきたくなる、その気持ちはな」
「…………すみません」
「謝るな。謝って、くれるな」
一度引いた腕が、再びぽすりとこちらの胸を叩く。
たったそれだけで、自分は椅子に押し戻された。硬いシートに腰を下ろし、己の膝に肘を乗せて、顔を覆う。
自分の無神経な発言が、信じられなかった。
だがそれ以上に、やはり冷静ではいられない。
父上が、今生で最初に『転生者の自分』を認めて、家族だと言ってくれた人が、死んだ。
いいや、殺された。
オリビア卿の治療をした後、彼女から大まかな話は聞いている。アダム・フォン・ウィリアムズが、謀反を起こしたのだ。そして、彼とギルバート侯爵の手によって父上は討たれた。
未だに信じられない。アダムの回復も、その異常な戦闘能力も。
だが、事実は事実として受け入れなければならない。この状況で、オリビア卿がこのような嘘をつく理由はないだろう。
彼女がクリス様への報告を他の者に任せてまで、自分の所へ来た理由は察していた。グランドフリート侯爵家に続いて、ストラトス家にまでクリス様派閥から抜けられては困るからだろう。
敵対しないでも、ストラトス家が1つの国家として独立する可能性や、穴熊を決め込む可能性を恐れたのだ。
真っ先に自分の所へ来てアナスタシア殿が……アナスタシア女王が新生オールダー王国の建国を言い出さないか、監視に来たのだろう。今も同じ車両に乗って、こちらに全神経を向けているのが感じられる。
ついでに、何か計画する前に『父親の敵討ち』に意識を持って行かせたかったのかもしれない。
だがそれだけなら、ギルバート侯爵が父上を討ったと言えば終わる。アダムの名をわざわざ出す必要はない。
ここは剣と魔法の世界。あれ程の重病人が突如回復することも、あるのだろう。
外法の手段かもしれないが……もはや、そんなことはどうでもいい。
兎に角、父上が本当に亡くなったのかを確かめたい。あの人が、死ぬだなんて、信じられなかった。
そして、もしも亡くなっていたのなら……。
きちんと、弔ってあげたい。彼は熱心な勇者教徒であった。領に遺体を運んだ後、司祭に埋葬を頼もう。葬儀をして、彼岸へと送り出さねば。姉上にも、きちんと報告しないと……。
遺品の整理や、親しい人への報告。あとは……それと……。
殺す。アダムも、ギルバートも。確実に殺す。
ギチギチと、音がする。
それは、どうやら自分の指や口からしているらしい。
だがどうでも良い。爪が食い込んで額から血が滲もうが、どうせすぐに治る。歯が歪んでも、それも勝手に治る。
だからこの心のうずきだけを、癒す為に。ただ個人的な感傷に従って。
拳を、叩き込みたかった。
* * *
到着した帝都は、酷い有り様だった。
街の半分が黒焦げになり、あちこちに焼け出された市民がたむろしている。
栄華を誇った帝国の都は、今や随分と死の臭いが濃い場所と成り果てていた。
だが今は、彼らの心配や同情をしていられる精神状態ではない。殺到する視線を無視し、ハーフトラックから降りるなり話せそうな人間を探す。
すると、前方から帝都守備隊らしき近衛騎士が近づいてきた。
「ストラトス伯爵。私は帝都守備隊所属、マッケンジーと申します」
「……クロノ・フォン・ストラトスです。お忙しいところ申し訳ありません。お尋ねしたいことがあります」
「はっ。ストラトス家の方は、あちらに……城の、東側の天幕にいらっしゃいます」
「ありがとうございます。では」
彼に小さく頭を下げ、歩き出す。
「あの、副隊長……」
「ジェラルド……」
マッケンジー卿に、ジェラルド卿が話しかける。彼らの会話を待つ暇はないと、足を動かした。
この状況では馬車を探しても無駄だろう。かと言ってハーフトラックで進むには、人や瓦礫が邪魔だ。
幸い、人の方は自分の姿を見るなり道をあけてくれる。
ぐるぐると、嫌な感情が頭の中で渦巻くのを感じながら、マッケンジー卿が言った場所へと向かった。
十数分か、数十分か。長く感じていた道のりは、いつの間にか終わっていた。
時間の感覚が、少しおかしい。思考が散漫としている。
自然と眉間に皺が寄るのを自覚しながら、なおす気にもなれず視線を動かした。
「若様」
「……えっ」
だが、予想外の人物を発見し硬直する。
ゆったりとした服装でもわかる程お腹を大きくした、グリンダであった。
その姿を見た瞬間、全力で接近。直後に驚かせてはまずいと急ブレーキしつつ、万が一にも彼女へ砂や石が飛ばしてはならないと方向を調整。
目の前に立ち、肩を掴もうとして……それが正しいのかわからず、わちゃわちゃと宙を引っ掻くことしかできなかった。
「ぐ、グリンダ!?どうしてここに?あ、危ない。危ないから。屋敷に戻りましょう。危険が危ない!」
「落ち着いてください。お医者様から安定期に入ったと教えてもらいましたから」
「そ、そうなの?でも冬だから!冬はまずい。体を温かくして……!」
「これ以上厚着をするのは、逆にお腹の負担になりそうなのですが……」
「そ、そうか……!え、ど、どうしよう……?」
確かに、彼女は冬らしく厚着をしている。だが、それでも妊婦さんってどこまで厚着するべきなんだ?そもそも冬場に外へ出て良いのか?
わからない。何もわからない。どうすれば良いのかと、周囲に視線で助けを求める。
「落ち着いて下され、若様。いや、お館様。今日は比較的暖かいですので、平民の妊婦でも日中なら問題ない気温ですぞ」
ケネスが、若干呆れた顔でそう言ってくる。
「で、ですが……!」
「偶には外の空気を吸うことも大事です。ただまあ、何故グリンダ様がここにいらっしゃるのかは、疑問ですが……」
「そう、それです!何故!?領地で安静にしてください!お願いだから!土下座でも何でもしますから!」
「落ち着いて下さい。いや本当に落ち着いて。お館様。伯爵家の当主が土下座はやめましょう」
ケネスとレオに羽交い締めにされ、強引に立たされる。
そんな自分に苦笑した後、グリンダは表情を引き締めなおした。
「私がここに来たのは、お家の一大事だからに他なりません。貴方様の妾である前に、私はストラトス家の騎士です」
「し、しかし……」
「それよりも、お会いするべき方がいらっしゃるのでは?」
「っ……」
凛とした彼女の言葉に、ここへ来た理由を思い出す。
自分の内側で渦巻いていた、復讐心とでも呼ぶべきものは霧散していた。今あるのは、寂しさだけ。
グリンダがここまで言うということは、やはり……。
「……父上は、どこに」
「恐らく、あちらの天幕かと」
「……わかりました。顔を、見てきます」
グリンダが示した天幕へと向かっていく。
ケネス達は配慮してくれたのか、自分をただ見送るだけだった。古参の騎士達だって、父上のもとへすぐにでも行きたいだろうに。
重い足を動かして、天幕へと入る。そこには、大きな棺があった。
人が2人は入れそうな、大きな黒い棺。伯爵家の前当主が入る物としては、十分な立派さであろう。
だが、それがどうした。棺が立派かどうかなんて、どうでも良い。
「ちち、うえ……」
まだ、一緒にいてほしかった。まだ、生きていてほしかった。
心の準備なんて、できていない。戦場に立つ者としてあってはならないことだろうけれど、それでも覚悟なんて決められなかった。家族が死ぬなんて、考えたくもなかったから。
前世では、自分が先に亡くなってしまい、死別した両親。
今生では、自分が生まれてすぐに母上が亡くなり、そしてまだ15の身で父上が旅立ってしまった。
どちらの人生でも、あまりに別れが早すぎる。
もっと、思い出がほしかった。どうしてこんなことにと、疑問が浮かぶ。
だが言葉が出てこない。意味をなさない嗚咽があふれ、地面に敷かれた布の上へと跪く。
「あ、ああ……!ああああ……!」
「……泣いて、くれるのか」
傍から、声が聞こえる。
「正直、もしかしたら嫌っているのかと思っていた。あまり、会いに来てはくれないから」
「そんな、こと……!たしかに、直してほしい所はあったけれど……!それでも……大好きだった……!」
「そうか……ありがとう」
こちらの肩に、優しく手が置かれる。
「ならば、俺と一緒に泣いてくれ。心を籠めて、送ってやろう」
「はい……父上……!」
────んんん?
今なんか、おかしかったような。というか、この声と魔力に覚えがあり過ぎるのだが。
そっと、こちらの肩に手を置く人物を見る。
柔らかい金髪に、ぱっと見は誠実そうな顔立ち。40代のくせに20代で通じそうな美丈夫で、首から下は服の上からでもわかる程に鍛え抜かれている。
カール・フォン・ストラトスが、そこにいた。
「ぎゃああああああああああああ!?」
「うぼああああああああああああ!?」
自分の右ストレートが父上の顔面に直撃する。2メートル前後の長身が盛大に吹き飛び、天幕の壁部分に頭から突き刺さった。壁尻状態である。
……幽霊って、殴れるんだ……!!
読んでいただきありがとうございます。
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今作もいよいよ佳境に入ってまいりました。どうか最後まで、お付き合いの程よろしくお願いいたします。




