第六章 エピローグ 下
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第六章 エピローグ 下
サイド なし
人竜と勇者達の奮闘により首を捥がれた竜が、氷の台座に乗せられて大河を運ばれている頃。
晴天の霹靂としか形容できない、大ニュースが帝国中を駆け巡った。
『アダム・フォン・ウィリアムズ、謀反』
各貴族達の元へと、半ば押し付けるように届いた書状。その内容を要約すると、以下の通りであった。
『クリス・フォン・クロステルマンは性別を偽っており、その本当の性別は女である。帝国法により、家督の継承権は男児優先のはず』
『彼女の母親はコーネリアス皇帝陛下と元老院を騙し、娘を息子とし権力を我が物にしようとした』
『クリス・フォン・クロステルマンは偽りの皇帝である。帝位の簒奪者から我らが祖国を取り戻す為、勇者達よ、立ち上がれ。アダム・フォン・ウィリアムズの旗の下に集うのだ』
この檄文とも呼ぶべき書状に、2つの勢力がすぐさま呼応した。
1つは、教会領。
帝国における信仰の中心地であり、その力は大貴族と並ぶ。彼らは神父達に『アダム様こそ正道を行くお方である』という言伝を任せ、帝国各地に送り込んだ。
更には軍役のなかった彼の地にて、大規模な徴兵を開始。まるでこの日を待っていたかのように、鍛え上げられた兵士達が潤沢な装備と共にすぐさま集まった。
ジョン大司祭は信徒達にアダムの正統性を訴え、聖都にまで声を届かせている。
もう1つは、グランドフリート侯爵家。
クリス政権における、2大柱の1つ。当主の孫娘がクリスの婚約者であり、戦に内政にと皇帝を支え続けた名家が、アダム・フォン・ウィリアムズの下についたことに誰もが驚愕した。
当主であるギルバート・フォン・グランドフリートが自ら出陣し、領内にて兵士と物資を掻き集めている。
その移動と装備には、同じクリス閥としてストラトス家から供与されたハーフトラックや銃器が使われていた。
彼らの迅速な動きに、国内の誰も対応できない。
クリスへの糾弾を書いた書状が帝都に届いた翌日には、ようやく修復が完了した城門前に3000人の軍勢が揃っていた。
しかし、即座に集めたにしては多いが、帝都を陥落させるには少ない。
元老院はこの状況に、まず話し合いの機会を設けるべきと日和見の対応を選択した。
というのも、彼らは人竜の暴走を恐れていたのである。
彼とクリスの『真実の愛』は帝国内で知らぬ者がいない程有名であり、あからさまにクリスと敵対すればストラトス家が何をするかわからない。
かと言ってアダム・フォン・ウィリアムズに、彼に付き従った侯爵家や教会領に表立って歯向かうのも危険だと判断し、両陣営の仲裁役になろうとした。
事態が動き、自分達を高く売り込むことができ、なおかつそうすれば勝てそうな陣営につく。多少初動が遅れようと、この状況ならどうとでもなる。
そう、彼らは考えたのだ。
政治を行うものとしては、決して間違った判断ではない。元老院の選択を非難できる者がいたとしたら、それは完全な部外者か。
帝都の城門を文字通り『切り開く』ことが、アダムに可能だと知る者だけであった。
門その物と同じく、魔剣と同じ素材で作られた閂。それが、外側から両断される。
強度的にも刃渡り的にも通常なら不可能なことであり、大半の者達がその事態を想定していなかった。
数少ない、門の突破を想定していた帝都守備隊が真っ先に動く。アダムがそれを可能だったことは知らない彼らだが、人竜の存在により『そういった場合』も考えて訓練をしていた。
帝都守備隊はその名の通り、帝都の番人。皇位争いに介入することはないが、帝都の城門を切り裂かれたのなら話は別である。
拘束を主目的に駆け出した守備隊だが、相手を人竜相当の『常識外れ』と想定。殺すつもりで武器を手に走った。
だからこそ、真っ先に死人が出たのも彼らであった。
閂を切り裂かれた城門を、ギルバート侯爵が鉄槌によってこじ開ける。そうして出来上がった隙間からするりと入ってきたアダムが振るった魔剣により、2名の帝都守備隊が惨殺された。
限界を迎えたらしい魔剣を放り捨てたアダムを呆れた顔で見ながら、ギルバート侯爵とその手勢が帝都内へ突入。乱戦となった。
銃声と剣戟の音が響く中、アダムと侯爵は数十人の騎士や兵士達と共に帝城へ侵攻。
瞬く間に守備兵を無力化し、アダムは玉座の間に、ギルバート侯爵は皇帝の執務室へと向かおうとし───。
そこでもまた、銃声と剣戟の音が、鳴り響くこととなる。
* * *
通路の壁を壊し、広々とした会議室に出る複数の影。
机が片付けられ遮る物のない室内に広がった土煙は、すぐにその中を駆ける者達が起こした風に散らされた。
「しぃぃ……!」
兜の下から蛇のような息をもらし、クリス親衛隊がギルバート侯爵へと斬りかかる。
彼女らは1人1人が英雄か、準英雄と呼ぶべき精鋭。帝国の歴史が作り上げた、才ある者だけを掛け合わせ続けた近衛騎士の一族から選ばれし者達。
死に物狂いで努力した天才達と呼ぶべき彼女らは、この場にいるたった5人で100倍の兵数に匹敵する。
だが、しかし。
「ぬぅぅぅん!」
フェイントを織り交ぜた斬撃が、剛腕から繰り出された鉄槌でねじ伏せられる。
石造りの床に巨大なクレーターを作り出したギルバート侯爵が、兜の下から鋭い眼光を彼女らに向けた。
「良い太刀筋だ。日々の鍛錬を無駄にしていない、強者の刃である」
そう告げる彼の側面に回り込んだ親衛隊の1人が、ポンプアクションショットガンを発砲する。
兜ゆえに視界が狭まっている所への、容赦ない銃撃。対貴族を想定した一粒弾が侯爵の脇腹目掛けて放たれた。
だが、トリガーが絞られた時には既に射線上へと鉄槌の穂先が置かれている。
激しい火花と音が響き、侯爵は衝撃を逃がすように横回転。そのまま別の親衛隊が放った頭部狙いの弾丸を屈んで避け、先程ショットガンを撃って来た親衛隊隊員へと疾走する。
猪の突進のような、迷いのない踏み込み。それに対し、隊員は咄嗟に横へ避けながら発砲する。
だが、侯爵は再び射線上に穂先を置いた。着弾の衝撃を、先程と同じように横回転で逸らす。
違ったのは、その回転エネルギーを攻撃へと転用したこと。
ぐるりと回りながら、侯爵が片手で鉄槌を振るう。僅かに伸びた間合いと、増した速度。回避が間に合わず、発砲した隊員の胴に直撃する。
「かっ……!?」
「カティ!?」
轟音と共に、その隊員が壁へと叩きつけられる。彼女の胴はべっこりと凹み、ひしゃげた鎧の隙間から大量の血が室内を汚していた。
誰が見ても致命傷。ライフル弾ですら仕留めきるのが難しい頑強さの近衛騎士が、たった1撃で沈められる。
人竜が現れるまで、帝国第2位の武勇を誇るとされし英雄。ギルバート侯爵。
その剛腕は、竜の領域に手が届く。
「新しい武器をここまで使いこなすとは。これが若さか」
「貴様ぁ!」
激昂した隊員が、銃撃しながら距離を詰める。
「まっ───」
「だが」
ひょい、と。
そんな軽い動作で弾丸を避けた侯爵。オリビアの静止がその隊員に届くより先に、彼が放った鉄槌が彼女の頭を叩き潰した。
首から上が吹き飛び、そのまま飛んでいった鉄槌が壁を粉砕する。
砲弾じみた投擲が起こした衝撃波が、オリビアをよろめかせた。
「にー……な……」
呆然と呟く彼女の目の前で、首を失った体がゆっくりと倒れる。
姉妹同然に育った仲間の死を前に、オリビアの思考が一瞬止まりかけた。それでも、彼女の体は動く。
立ち止まってはならないと、鉄槌と侯爵を遮る位置に移動。剣を構え、不退転の姿勢をとる。
伊達に隊長と副隊長が不在の中、クリスの執務室の守りを任されたわけではない。
だが、他2人の隊員は違っていた。
「おのれぇええええ!」
「ぶっ殺す!」
「待て!陣形を崩すな!」
どれだけ鍛えていようと、彼女らはまだ10代の、戦争の経験の浅い者達なのだ。
立て続けに仲間が目の前で死ぬ事態に、明確な指揮官も、護衛対象もいない状況で。冷静に動ける者は隊の中でも少ない。
「その若さが、弱点でもある」
放たれた弾丸を籠手で受け流し、もう片方の手で斬りかかってきた者の腕を掴み取る。
即座に捕まれたのと反対の手でダガーを抜いた隊員だが、抗う間もなく侯爵の怪力に足が床から離れた。
そのまま振り回され、銃を撃ちながら近づこうとした仲間へと振るわれる。
「ぁっ」
咄嗟に、射線上へ入ってきた仲間の背に、その隊員は銃口を逸らすのが精一杯であった。
鈍い音が響き、2人の体から何かが砕ける音がする。
鎧だけではない。その下にあるモノが、壊れたのだ。
「アグネス!?」
首から上が潰れた仲間の名を呟くオリビアへと、腰骨が折れたらしいもう1人が投げつけられる。
まだ、息があると彼女は判断した。咄嗟に構えを解き、オリビアは受け止めて。
「ぬるい」
「がっ、あぁ……!?」
もろともに、ギルバート侯爵の体当たりを受けることとなる。
この場に21世紀を知る者がいれば、まるで大型トラックに轢かれたようと形容するかもしれない。
彼女らは天井へと強く叩きつけられた後、バラバラに床へと落下した。
どうにか受け身をとれたオリビアと、直前に大ダメージを受けた上にそのまま頭から落ちたもう1人。
彼女らの命運を分けるには、あまりにも明白な状況であった。
「ネーナ……!」
友の名を呼びながら、オリビアが剣を杖に立ち上がる。
湧き上がる憤怒と絶望を飲み込み、彼女は震えそうになる声を抑えながら口を開いた。
「銃弾をそうも簡単に避けるとは……コツがあるのなら、ご教授願いたいものですね」
ボゴリ、とめり込んだ鉄槌を引き抜いたギルバート侯爵が、オリビアに振り返る。
「すまんが、これ以上の時間稼ぎに付き合う気はない」
そう言って、鉄槌の先を床に触れさせた侯爵。
戦意を納めたわけではない。むしろその、逆。
「ふんっ!」
ずるり、と穂先が擦れたかと思えば、石の床が抉り取られ破片がオリビア目掛けて殺到する。
散弾銃めいたその攻撃に、彼女はあえて自分から跳び込んだ。
両腕を顔と胸の前に掲げ、吶喊。鎧で石くれを受け、貫通し肉を抉ろうと構わず前進する。
オリビアが持っている武器は、剣とダガーのみ。銃は会敵の瞬間に壊された。
刺し違えてもクリスの執務室に、皇帝の名を使える道具には触れさせない。その為に、彼女は強引に間合いを詰めた。
転びそうな程前傾姿勢となりながら、蛇行するように上半身を動かす。しかし、腰から下は揺るがない。
迎撃とばかりに振り下ろされた鉄槌を、寸前で左に回避。足捌きでは間に合わないと判断し、剣を掲げ刀身で受け流す。
激しい火花が鳴り響き、ビキリと嫌な音が刃と両腕から響いた。
構わないと、彼女は動き続ける。あと一太刀、放てれば良い。
「っ!」
側面へ回り込まれた瞬間、オリビアの眼前に石突が迫っていた。
だが、躱さない。兜の曲線を使い、受け流す───否、受け流そうとした。
半瞬、遅れた。石突が兜を砕き、彼女の左目をぐちゅりと潰す。
「ぬぅ……!?」
それでも、止まらない。むしろ加速する。
足の筋繊維が、骨が、千切れようが砕けようが構わないと、彼女は床を踏み砕きながら剣を引き絞った。
狙うはギルバート侯爵の首1つ。切っ先を鎧の隙間目掛けて、生涯最高の刺突を放つ。
だが。
───ドォォォン……!
間延びした銃声と、ほぼ同時にやってきた衝撃に。
彼女の切っ先は、空を切ることとなる。
「な、ぁ……」
「コツを教えてほしい、だったか」
腹部に強い衝撃を受け、たたらを踏んだオリビア。彼女に顔を向けながら、ギルバート侯爵は片手で器用に『ポンプアクション』を行う。
お手玉でもするような気安さで、排莢。そして装填。
ソードオフショットガンを左手で構えた彼が、引き金を絞る。
再び銃声が響き、一粒弾がオリビアの鳩尾に食い込んだ。
「か……はぁ……!?」
「弾丸は見えん。射手の動きを読み切れ。以上だ」
装弾数わずか3発の銃であったが……至近距離でくらえば、いかに親衛隊でも無事では済まない。
それでも戦闘を続行しようとした彼女の足が、鉄槌で砕かれる。片手で振るわれたそれが、容易く彼女の左膝を破壊した。
倒れ伏したオリビアの手から剣を蹴り飛ばし、ギルバート侯爵が再びポンプアクションで次弾装填する。
「……最期に……お聞きしたい、ことが、あります……」
自らの血でできた水たまりに沈むオリビアが、顔を上げることもできず問いかけた。
「あなた、方を……騙していた我々を、恨むのは、わかる……お家の存続に関わる、ことですから……ですが、まるで、全てを知っていたかの、ような……」
「くどい。時間稼ぎには付き合わぬと、言ったはずだ」
片手で鉄槌を振り上げ、オリビアの頭へと叩き込もうとする侯爵。
だが、その手が止まる。彼の意思に反するかのように腕からは力がぬけ、ゆっくりと横へ下ろされることになった。
代わりに、左手のショットガンがピタリと狙いを定める。
「……こういう所は、本当に優れた武器だ」
兜で彼の表情は見て取れない。しかし、その声は僅かに震えていた。
意識を失いかけながらも、オリビアは侯爵の声色に疑問を抱く。同時に、好機かと左手をダガーに伸ばした。
せめて、足だけでも。その意気で、彼女は刃を抜く。同時に、侯爵も引き金に指をかけた。
しかし、どちらの攻撃を放たれることはなく。
高らかに鳴り響く、蹄の音が通路に響いた。
「っ!?」
急速に近づくその音を聞いた侯爵が、咄嗟に飛び退きながら銃をそちらに向ける。
直感に任せて放った弾丸。それは正確に、部屋の大穴から跳び込んできた存在の頭を捉えていた。
だが、乱入者はそれをひょい、と首を傾けただけで避ける。
一切の減速なく行われる、ランスチャージ。城の中では有り得ない出来事に、ギルバート侯爵は寸前で対応した。
左腕の籠手を穂先との間に挟み、受ける。逸らす余裕はない。魔物の血を継いだ馬が出す力もあって、彼の巨体が吹き飛ばされた。
衝撃でしなった槍の柄が、虫の羽音のような音を出して震える。
城の中を馬で疾走してきた異常者が、高らかに声を上げた。
「カール・フォン・ストラトス、ただいま推参!いやぁ、元老院の爺どもを守っていたら、随分と遅れてしまってなぁ!」
鎧もつけず、返り血まみれの大男。2メートル前後の長身に対し、優しそうな好青年じみた顔立ち。
柔らかい髪を揺らして、朗らかに笑う姿は爽やかさすらある。
オールダーの者達からは『外道騎兵』『悪意の塊』『人とは異なる何か』と呼ばれし、ストラトス家先代当主であった。
「……儂には、出てくるタイミングを計っているように思えたがな。こちらの得物を観察していたか?」
「まさか。これでも本当に急いで来たのですよ。コレらが死ぬと、息子が悲しみそうなので」
床に転がる、最期まで勇敢に戦った乙女達。それを一切動じることなく『コレ』呼ばわりした彼に、ギルバート侯爵が兜の下で眉間に皺を刻んだ。
だが、己に何も言う資格などないと口を閉じ、鉄槌を両手で構えて突進する。
それに対し、カールは笑顔のまま素早く槍を逆袈裟の形で振るった。間合いに敵は入っていないというのに、渾身の力で。
彼は、倒れている親衛隊の鎧に穂先を引っ掻け、投げ飛ばしたのだ。勢いよく飛んできた死体に、ギルバート侯爵の視界が一瞬だけ覆われる。
咄嗟に罪悪感を飲み込んで、彼は肩で飛んできた死体を弾き飛ばした。直後、その肩に槍の穂先が繰り出される。
「行け」
〈───ブォォォッ!〉
カールの言葉に合わせて、愛馬が嘶きと共に四肢を踏ん張る。ほんの僅かだが減速したギルバート侯爵を押し返し、そのまま突進。
それは、かつて『黒蛆』の頭領が使った技に似ていた。伝聞で聞いただけのそれを、彼は愛馬と共に再現したのだ。
自身の膂力まで使われて、跳ね返されたギルバート侯爵。彼は背中から再び壁へと衝突し、今度は突き破って外へ放り出された。
空中へと放り出された彼は、しかし動じない。素早く鉄槌を伸ばし、壁に引っ掛けようとする。
だが、大きな影が侯爵を覆った。
「しかしまあ」
「づっ……!」
壁の穴から跳び出してきたカールとその愛馬。蹄鉄に覆われた足が、侯爵の胸を踏みつける。
人外の膂力で蹴り飛ばされた彼に、落下を抗う術はなかった。
凄まじい勢いで地上に落ちていき、石畳へと叩きつけられた侯爵。砂ぼこりが舞うその場所を見下ろしながら、カールは城の壁を馬に走らせて降りていく。
「クロノには『俺も彼女らも頑張ったが、それでも犠牲は出てしまった……』と伝えておくか。できるだけ褒め称えてやろう。その方が感動的だし、俺の評価も上がる。あの生き残りは、助けてやった恩を前面に押し出せば言いくるめられるな」
そう呟きながら、片手で手綱を操り勢いよく壁を駆けおりていく。
石造りの壁の、僅かな凹凸を器用に踏ませ、彼は愛馬と共にするりと地上に降り立った。
しかし、止まらない。そのまま馬を走らせるカールの視線の先で、轟音と共に土煙が吹き飛ばされる。
「ぬぅぅぅん……」
兜の隙間から白い息を吐きだし、左腕から血を流しながらも平然と立ち上がったギルバート侯爵。
鎧こそあちこち凹んでいるが、彼自身の動きが鈍る様子はない。その姿に、カールは驚く代わりに苦笑を浮かべた。
「流石は『無敵』、そして『鉄血』のギルバート殿。いやはや……これは少々、骨が折れそうだ」
すぐさま、彼の苦笑は獰猛な笑みへと変わる。
ケネス達古参の騎士達が憧れ、そして畏怖する『殺戮者』の顔。人殺しを心底楽しむ狂気の笑みは、敵となった自国の英雄へと注がれていた。
城の広い庭は、それでも魔法騎兵にとっては狭すぎる。だがそれがどうしたと、カールは槍を構えた。
それに答えるように、ギルバート侯爵も鉄槌を振り上げる。
激突は、すぐ。そう予感させる気配の中。
「手間取っているようだな、ギルバート」
愉悦を滲ませた第三者の声が、響く。
「───手伝ってやろうか?」
その瞬間、カールは思考するより先に体を動かしていた。
半生を共にしてきた愛馬の鞍から飛び退き、槍を胴体の前に掲げる。空中に身を放り出し、走行中の軍馬から落ちた彼は地面をゴロゴロと転がった。
勢いのまま距離をとった後、カールは片膝をついた姿勢で声のした方向に顔を向ける。
そんな彼の視界の端で、愛馬は走っていた勢いのまま地面へと崩れ落ちた。見れば、その首が綺麗に両断されている。
カールはいつの間にか斬られていた槍を手放し、剣を抜きながら立ち上がろうとした。
しかし、できない。
「……おや」
そう零しながら、彼は左手で自身の膝から下に触れようとした。
しかし、ない。カールの左足は、途中から切断されていた。
遅れて、彼の胴体から血が噴き出る。右肩から左脇腹にかけて、バッサリと斬られていたのだ。
どうやら、知らない間に『2回』も斬られていたらしい。
そう内心で呟き、カールは槍の穂先を地面に突き立てる。
かと思えば、右足だけで立ち上がった後に左足の傷口を穂先に残った柄へと振り下ろした。
ずぐり、と肉に木製の柄が突き刺さる。即席の義足だとばかりに、彼はあぶら汗を掻きながら剣を構えた。
その様子を見た、乱入者。青年らしき彼は、アダムは、小さく口笛を吹く。
「よいな。実によい。中々のイカレ具合だ」
「……すまん、フラウ。すまん、クロノ」
得物を構えるギルバート侯爵とアダムを前に、カールは人殺しの笑みを引っ込めて、ごく普通の苦笑を浮かべた。
それはまるで、子供に帰りが遅くなると伝える、父親のような笑みだった。
「これは、絶対に『伝えないと』だな……」
彼の視線が向けられるのは、アダムが右手に持つ魔剣。
皇帝のみが振るうことを許された、赤と金の刃。
「パパ、頑張るから……」
槍の穂先から血を滴らせ、赤い水たまりを作りながら。
「お前達は、幸せに生きてくれ」
渾身の力で、駆け出した。
* * *
帝都強襲から、2時間。
アダム・フォン・ウィリアムズは、軍を退いた。帝都を出て、付近の街へと向かったのである。
元老院及び帝都守備隊は、それを『我が方の勝利である』と謳った。
しかしその実態は違う。
『もういいや』
つまらなそうに呟いたアダムのその一言で、ギルバート侯爵は軍を撤収させたのである。
街を焼き、手ごろな娘や貴族の婦人や令嬢を攫い、帰路についたアダム。
それを邪魔しようとした騎士も兵士も、ぞんざいに切り捨てた彼の歩みを。
止められる者など、帝都にはいなかった。
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