第百十九話 情報整理
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第百十九話 情報整理
崩壊する城から、突き出された赤く巨大な前足。地面を鷲掴みにして起きあがったそれは───見たこともない程、強大な竜であった。
もはや、『ケモノ』などと呼ぶことのできない威容。神話の怪物としかいいようのないソレは、無造作に王都を破壊していく。
暴力の化身から逃げようとする民衆。その中の1人と、目が合った気がする。
街の外へ、雪原へと逃げようとする人々の中で、母親に抱えられた小さな子供がこちらへ手を伸ばした。その子供が、自分を認識しているのかはわからない。
だが無意識に、こちらも左手をその子供へと伸ばして。
「ストラトス伯爵!」
鋭い叱責と共に、引き戻される。
剣を握る右腕を掴まれ、伸ばされた左腕はそのままに。ジェラルド卿が片手で激しく手綱を振るった。
魔物の血を引く軍馬が嘶きを上げ、疾走する。雪煙を巻き上げて、船へとひた走った。周囲の車両達も、態勢を立て直し再び履帯を動かしている。
「優先するべきものを、忘れないでください……!貴方はストラトス家の、当主なのでしょう?」
「……ええ」
彼の言葉に頷き、何も掴まぬ左手を引っ込めた。
代わりに。
「為すべきことを、為しましょう」
城壁を融かし、王都を火の海へと変える1匹の竜を見上げる。
城門があった場所も城壁の崩壊によって潰れ、こちらに手を伸ばしていた子供の姿は見えなくなった。
吹雪がやってくる。強大な怪物も、燃え盛る王都も覆い隠す、白いカーテン。
びゅうびゅうと風が吹く中で聞こえてくるのは、馬が雪を蹴る音、履帯が回転する音、
───GGGGGGGGOOOOOOOOOOッッッ!!!
そして、バケモノの雄叫びだけだった。
* * *
砕氷船に全員が乗り込んだ瞬間、ハッチが閉じる。
軍馬から降りた自分に、混乱する兵士達を掻き分けてアナスタシア殿が近づいてきた。
「無事の帰還なにより、とは言えない状況だな。何があった?」
「……僕達にもわかりません。突然地震が起きたかと思えば、城の下から竜が姿を現しました」
「そうか。兎に角、船長には帝国へ引き返すように命令しておいた。現在、180度回頭中だ」
「ええ……。適切な判断です。ありがとうございます」
「なに。貴殿の名を使えば、乗組員は全員素直に従ったよ。勝手に名前を使ったことを謝罪しよう」
「いいえ。婚約者ですから。僕の名を使うことに、とやかく言うつもりはありません」
不敵な笑みを浮かべるアナスタシア殿に、どうにかそう答える。
恐らく、兜の下で自分の顔は真っ青なままだ。
目の前で起きた惨劇に対する、怒りと悲しみ。もはや『ケモノ』とは呼べない存在への恐怖。そして、最後に目撃した奴の動きから予測される未来への、絶望。
色んな感情がないまぜとなっている自分の胸へ、手袋に包まれた彼女の拳がコツリと当たる。
「思考を巡らせろ。動きを止めるな。まずは兵達に指示を出せ」
「っ……!」
「兄上とロック爺に、そして私に勝った男があまり無様をさらしてくれるなよ。泣くぞ?」
ニヒルな笑みを浮かべて肩をすくめる彼女を前に、深呼吸を1回する。
気づけば、不安そうな顔でストラトス家の騎士も兵士も自分を見ていた。縋るような、瞳で。
「総員、傾聴」
できる限り、凛とした声を出す。
空元気だろうと、胸を張って、背筋を伸ばせ。クロノ・フォン・ストラトス。
「王都強襲作戦は成功しました。これより我らは帝国領内へ向かいます。しかし、油断はしないでください」
自分の肩に、ストラトス領全員の命が懸かっている。
うつむいている暇など、あるものか。
「奴と……あのでかいトカゲと、一戦交える覚悟を持っておいてください」
「───はっ!」
騎士が、兵士が、自分へと帝国式の敬礼をする。
それに返礼をし、彼らと同じく敬礼をするアナスタシア殿に視線を向けた。
「……ふん」
彼女は『及第点』だとばかりに鼻を鳴らし、こちらを猛禽類のような目で見上げている。
まったく、頼りになる婚約者様だ。
結婚前から尻に敷かれてしまったと肩をすくめ、兜を脱いで歩き出す。
自分1人の頭では、状況の整理すら覚束ない。
ここは素直に、皆の知恵を借りるとしよう。
* * *
吹雪は段々と勢いを増し、1時間経った頃には自分の手元すら見えない程になっていた。
流石にこれ以上移動するのは砕氷船でも難しいと、一旦停止。2隻を繋げ合わせ、片方の会議室へと主要なメンバーが集まった。
自分、ゲーマウス伯爵、アナスタシア殿、伯爵の側近、アリシアさん、ケネス、そして船長達。
全員が集まった所で、ゲーマウス伯爵が口を開く。
「して。あの巨大な竜はいったい何なのか。誰か知っている者がいたら、教えてほしい」
「…………」
無言で、アナスタシア殿が手を挙げる。
それに自分が頷くと、彼女が口を開いた。
「シュヴァルツ卿が持ち帰った宝物の中に、奴に関して書いた本が1冊紛れていた。それを大雑把ながら読んだ所、どうにも『勇者アーサーが封印した魔物』であるらしい」
「勇者アーサーが封印……?それは本当ですかな、アナスタシア殿」
「ええ、ゲーマウス伯爵。信じがたいことですが、確かにこの本にはそう書いてあります」
彼女が机に置いた、古びた、しかししっかりとした作りの本。
タイトルも書かれていないその本の表紙を、彼女の細い指が叩く。
「奴の名は『ルベル・ラケルタ』」
「ルベル・ラケルタ……」
ラテン語、だったか?ルベルは『赤』という意味だった気がする。ラケルタは……『とかげ』?
外国語には詳しくないので、断言はできないが。しかし、アーサーが考えそうな名前ではある。
「この場では『ラケルタ』と呼びましょう。ラケルタの討伐に乗り出した勇者アーサーでしたが、失敗してしまったようだ。彼は討伐から封印へと切り替え、夏の間にラケルタを北の大地へと誘導。冬の訪れまで耐え忍び、用意した大穴へと竜を落として土と雪で埋めた……と、書かれていますな」
「バカな!勇者アーサーが敗れただと!?」
船長の1人が、声を荒げる。
「その本は出鱈目だ!創造神の加護を受けた勇者が、竜に敗北するなどありえない!」
「知るか。今は勇者アーサーなんぞどうでも良い」
「どう……!?」
彼の言葉をバッサリと斬り捨て、彼女が続ける。
「この本によると、ラケルタは長い眠りについていた。それが今日、目覚めてしまったようです」
「自分が王太子妃から聞いた話とも一致するっす」
アリシアさんが眉間へと僅かに皺を寄せながら続く。
「先程まで彼女から事情を聞いていたんすが、モルステッド王家は代々ラケルタの『精』の分配と、眠りの維持に従事していたそうなんす」
「精の分配?まさか、モルステッド王国の軍馬や竜は……」
「ラケルタの子供っすね。数年に1回夢精するらしいんで、それをガラスの容器で回収。馬やトカゲに与えて運よく受精したら……って感じだったらしいっす」
小さく肩をすくめ、彼女は続ける。
「王家はそうして魔物の血を色濃く継いだ軍馬を家臣に分配することで権威を強める一方、ラケルタに餌をやっていたらしいんすよ」
「餌、ですか。寝ていたと聞きますが……」
「空腹で起きてしまわないよう、食料を与えていたんす。大漁の肉や魚、時には人間も。……例えば、死んだ高位貴族や王族の死体なんかっすね」
「なんと……」
ゲーマウス伯爵や、彼の側近が口を手で押さえる。船長達も顔を真っ青にしていた。
「しかし去年あたりから目覚めが近づいていたらしく、来年の秋……下手すると夏頃には目覚めると予想していたそうっすよ。モルステッドの大貴族達は」
モルステッド国王は、それで……。
彼は、自分の息子や孫だけでも、奴の暴威から逃したかったのか。
それは王族として血を残す為だったのか、1人の人間としての情なのかは、わからない。全て、瓦礫の下に隠れてしまった。
「少し前に、王妃様もその身を犠牲にしたそうっす。生きたまま食われることで、大量の魔力を摂取したラケルタが再び深い眠りにつくことを祈ったそうっすが……効果はなかったようっす」
アリシアさんは、そこで少しだけ目を逸らした。
「目覚めが早まったのは、あーしらの強襲のせいって可能性が高いっすねー……。眠っている所に戦車砲がバンバン降ってきたら、そりゃあ跳び起きますよ」
「……帝国にいては、誰にもわからなかったことです。その辺りの責任を考えるのは、やめておきましょう」
「っすね!」
「うむ、その通りだ」
発案者は自分で、許可したのはクリス様。そして真っ先に乗っかったのはゲーマウス伯爵。
ちょっと、責任の所在を明確にするのはまずい面子である。
何より、今はそんなことを話している余裕がない。
「しかし、正直我らには関係ないことなのでは?」
ゲーマウス伯爵の側近が、冷や汗を浮かべながら口を開く。
「あの怪物がいるのは敵国の王都だ。このままラケルタが暴れまわったとしても、その被害はモルステッド王国だけのこと。クロステルマン帝国にとって、どうでも良いことではないでしょうか?」
「希望的観測はよせ。貴様もわかっているだろうに」
ゲーマウス伯爵が、眉間に深い皺を寄せながら彼の言葉を切り捨てる。
「儂は見た。あの竜が、熱したナイフでバターを切り分けるように城壁を破壊した後、南を見つめていた姿をな。ストラトス伯爵も、目撃したのではないか?」
「ええ。ラケルタが南を見つめていたのは、偶然とは思えません」
伯爵の言葉に頷く。
「先程アナスタシア殿が、『勇者アーサーは夏の間にラケルタを北へ誘導した』と言っていました。もしかしたら……寒いのが、嫌いなのかもしれません」
「まあ、トカゲだしな」
アナスタシア殿が、皮肉気に笑う。
「魔物や魔獣と呼ばれる奴らだが、ようは魔力を大量に内包しているだけの獣だ。その結果骨格の形状が変化しようが、口からブレスを吐くようになろうが、基本は変わらん」
「……基本からだいぶ外れている気がするが。まあ、良いか」
彼女の言葉に、ゲーマウス伯爵が小さくため息をつく。
そして、アリシアさんに視線を向けた。
「して。色々と重要なことがその書物には書いてあったようだが、シュヴァルツ卿は何故その本を持ち帰ろうとしたのかな?もしや、他にも重要な情報を持っていたりするのかね」
「残念ながら……」
アリシアさんが、首を横に振る。
「あーし……私がこれを宝物庫から持ち帰ろうとしたのは、モルステッド国王陛下のお孫様達が彼の国の正統な後継者である証拠になるかと思い、『善意で』目についた書物を袋に詰め込んだだけですので」
「なるほど。彼らの価値が高い方が、クリス陛下にとって有利になると考えたか。銅貨1枚自分の懐に入らないとしても、彼らの身柄が帝国にあればそれだけで主君の助けになると。素晴らしい忠誠心だ」
「はっはっは。黙秘するっす~」
「まあ、その話は良いとして……問題は、これからどうするかですね」
そう告げると、皆一様に難しい顔で視線を伏せた。
数秒程室内を沈黙が包み込んだ後、部屋の扉がノックされる。
「ジェラルドです。今よろしいでしょうか」
「どうぞ。入ってください」
「はっ。失礼します」
キビキビとした動きで、ジェラルド卿が入ってくる。
彼は鎧をキッチリと着込んだままの姿で、その上から厚手のマントを被った姿であった。鎧の表面には融けた雪がまだ残っており、素手で触ると大変なことになりそうである。
「偵察を終え、戻ってきました」
「ありがとうございます。危険な任務をお願いしてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。馬での移動の方が静かですし、この吹雪でしたから」
そう。彼には例の鹵獲した軍馬を使い、ラケルタの様子を確認しに行ってもらっていた。
この吹雪では普通の馬が走れるわけないし、かといってスチームタンクやハーフトラックは音がでかい。そうでなくとも、雪に埋もれる可能性がある。
魔物の血を引く軍馬は、やはり凄まじい。それを乗りこなす騎手あってのことだが。
「それより、あの竜についてです。奴は自分が燃やした王都の中央で、丸くなっていました。四肢を折り畳み、身を伏せています」
「もしや、眠りに……!?」
伯爵の側近が、僅かに希望を瞳に宿しながら問いかける。
だが、ジェラルド卿は静かに首を横に振った。
「いいえ。目が動いていました。あの姿は、寒さに耐えているような印象を受けましたが……」
「やはり、ラケルタは寒さに強くないようですね」
「そして、温暖な地を目指す可能性が高い……か」
自分とゲーマウス伯爵が互いの顔を見て、小さく頷く。
「ならば、やはり」
「うむ」
ほんの1週間前までは、死にそうな顔だった老貴族。
その瞳が、今はギラギラと輝いていた。
「竜退治しか道はあるまい。我らの手で、奴が帝国に向かうのを阻止するのだ」
ギチリ、と音をたてて。
彼は皺だらけの顔に、戦狂いの笑みを浮かべるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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