第十三話 怪物か、英雄か
第十三話 怪物か、英雄か
皇太子殿下を前に、頭の中で情報を整理する。時間はないが、かと言ってミスもできない。胃がキリキリとしはじめた。
敵の策に嵌り帝国軍は敗北。指揮系統が崩壊し現在は各個撃破されている。
このままでは王国が逆侵攻してくるにしろ、帝国が再侵攻するにしろ、国境近くにあるストラトス領への被害が大きい。
どうにかして、王国の逆襲を妨害しつつ再侵攻の際に味方から略奪されないだけの功績をあげ、なおかつ自分とストラトス家の者達。そして皇太子殿下を無事に帰還させねばならない。
……やる事が多い!
「殿下。意見具申よろしいでしょうか」
「構わない。クロノ殿の考えを教えてくれ」
「まず、今から帝国軍を『統率』するのは不可能かと。ですが、『意思を統一』する事は可能なはずです」
「……つまり、全員に『撤退』を告げるのだな?」
「はい」
丘から見た限り、各貴族が思い思いの行動をし過ぎている。
真っ先に逃げ出す者。逆に突撃を開始する者。その場に留まって周囲を窺う者。兵達を置いて逃げる者。
これだけ混乱していては、敵は各個撃破し放題だ。相手が陛下の陣を占拠したのなら、上から状況を把握できるはずなのでなおの事。なんなら、軍の配置図も取られているかもしれない。
「一斉に撤退すれば、敵はまずどの部隊を追うか迷います。そして、追撃された部隊以外は逃げる事ができる。なおかつ、狙われた部隊を我々が援護すれば」
「撤退できる帝国軍の数は多くなる、という事か」
「はい。また、撤退時に食料も持っていけと伝えねばなりません。国境に着く前に飢え死にするかもしれないので」
ここまでの道中、略奪され尽くした村ばかりだった。行きの様な『補給』は出来ない。
正直、ここを逃れた後は敵兵に討たれるより餓死や村人の落ち武者狩りでの死者数の方が多そうだ。王都での略奪でどうにかしようと、先行した部隊は既に物資を使い果たしている可能性もある。
怖いのは、国境を越えた後敗走した帝国軍が野盗の群れになって、ストラトス家を襲う可能性だが……その辺は父上が何とかしてくれると信じるしかない。賊になったのなら、もう味方ではないのだから。
「私が各部隊の掩護をしながら、その旨を伝えて回ります。殿下のお名前を使わせていただいても、よろしいでしょうか?」
「ああ。頼んだぞ、クロノ殿」
「御意。それと、殿下達にはストラトス家の兵達とあそこの森に───」
* * *
手短に作戦を伝え、大剣を肩に担ぐ。
我ながら、穴だらけの策だ。というより、策と呼んで良いのかも疑わしい。
だが、奇策だろうと愚策だろうとやらないよりはマシなぐらい、今は切羽詰まっている。
ゆえに、
「すぅぅ……」
吠えろ。
「■■■■■■■■■───ッ!!」
風の魔法を使い、雄叫びを増幅させる。人とは思えぬ咆哮となって、辺りに響き渡った。
丘の上に立つ自分へと、視線が集まるのを感じる。それに答える様に大剣を掲げた後。一気に丘を駆け下りて、血と雨水で濡れた平原を走り始めた。
雑草を踏みつけ、泥を跳ね上げ、転がる敵か味方かもわからぬ遺体を蹴散らし加速する。
地面とほぼ平行になるほど体を前に傾け、必死に足を動かした。
まず狙うは、撤退中の帝国軍を追いかけている敵魔法騎兵部隊。
「───い長!敵がこちらに!」
「騎兵か!」
「馬ではありません!ですが、凄まじい速さでこちらに!」
敵の声が、兜越しに聞こえてくる。
それが、どんどん近くになっていき。
「徒歩ならば捨て置け!軽騎兵には追い付け」
「■■■■■■■■───ッ!!」
「は?」
指揮官らしき騎兵の胴を、背後から両断する。
そのまま進路上にいた敵騎兵の馬2頭の足を斬り捨て、追い越した。泥を盛大に吹き飛ばしながら急停止し、反転。衝撃を膝で吸収しながら、剣を腰だめに構え直す。
先頭を走っていた馬が倒れた事で左右に散った敵部隊に、再突撃をしかけた。
「なんだ!?なにが」
動揺しながらも手綱を巧みに操る騎兵の腹を、馬ごと逆袈裟に切り裂く。そのまま返す刀でもう1騎を馬の首もろとも腹を叩き切った。
残り2騎。左側に行った方に視線を向ければ、弧を描く様な軌道を取りながらこちらに腕を向けている。
それを視認するのと同時に、拳大の火の玉が射出された。真っすぐに飛んでくるそれらに、姿勢を低くして突撃。
頭上を高熱の物体が通過するのを感じながら、前傾姿勢で走る。
「えっ」
目を見開いた2騎へと跳躍し、通り過ぎ様に横回転。纏めて首を刎ね飛ばし、着地する。
鎧の重さもあって足首まで泥に埋まるも、強引に蹴散らして再び走り出した。向かう先は襲われていた帝国の歩兵部隊。
「なんだ!味方なのか!?」
「そうだ!クリス皇太子殿下の命で来た!撤退せよ、帝国軍!国へ帰る!食料を忘れるな!走れ!」
相手の返事も聞かず、次の部隊へと足を動かす。
視界が狭い。音が聞き取りづらい。何より動きづらい。だが鎧の防御力がなければ、恐怖で立っている事すら出来そうになかった。
四方八方から向けられる殺意。この戦場の全てから、切っ先を向けられている様な錯覚を覚える。
賊退治とは違う圧倒的不利な状況。兜の下で涙目になりながら、恐怖を誤魔化す為に叫んだ。
「■■■■■■■■───ッ!!」
自分でも何を叫んでいるのかわからないが、とにかく『目立つ』のが自分の役割だ。
敵騎兵部隊の横っ腹に突っ込み、間合いに入った端から斬り捨てる。
「クリス皇太子殿下の命令である!撤退せよ、帝国軍!食料を持てるだけ持って、国境を目指せ!走れ!走れ!走れ!!」
飛び散った肉片が、武器の残骸が、鎧に当たり不愉快な音を発する。今兜にべちり、とぶつかったのは、敵兵の耳か。
吐き気がする。精神的なものか。それとも、疲労からか。
「はっ……!はっ……!」
疲れを自覚した瞬間、息が乱れ始めた。手足の動きが鈍るのを実感する。
くそったれ……!敵はどれだけいる……!
「奴だ!あの化け物を殺せ!」
「追いかけろ!仲間の仇だ!」
背後から矢が射られ、魔法が飛んでくる。
それを直感で左右に回避し、進路を森に変えた。この世界、森も山も前世以上に危険地帯だが、その恵みは生活から切り離せない。必ずと言って良いほど、街や村の近くには木々が生い茂る場所がある。
そして、首都の近くともなれば魔物狩りは念入りに行われ、怪物に襲われる危険はほぼない。
一瞬だけ背後を振り返れば、追いかけてくる騎兵は7。憤怒の形相で腕をこちらに向け、魔法を放っていた。
すぐに顔を前に向けながら、首を傾けて飛んできた炎弾を回避。続けて右斜め前に跳んで足狙いの風弾を避け、剣腹を背に這わせて石弾を受ける。衝撃で更に加速し、森を目指した。
1度死んだからか。『死の気配』というものが、わかる。
グリンダと出会った時に父上から感じたものと、似た感覚。違うのは、それが自分に向けられている事。
───怖い。
兜を被っていてよかった。きっと、今自分は貴族の長男がしてはいけない顔をしている。
「森に逃げるか!」
「行かせるな!報復せよ!」
「槍の穂先を絶対に下げるな!石突を地面に!」
進路上に回り込まれた。馬上の貴族が声を張り上げ、歩兵部隊が槍襖を展開する。
避けては通れない。今の自分では軽騎兵に追いつかれる。ならば、大剣の真価を発揮するのみ。
「どぉ、けぇええええ!!」
痛む喉から声を絞り出し、体を無理矢理動かす。汗と泥にまみれながらも、怒りに燃える顔で歩兵部隊は槍を構え続けた。
このまま突っ込めば頭から穂先にぶつかる。自身の加速で鎧を貫かれ、死ぬ。
その直前、剣を横一線に振るった。槍の柄を切断し、道を作る。
直進する中、槍を切り飛ばされた歩兵と目が合った。どこにでもいそうな、平々凡々とした男。
きっと、家族がいる。この戦争で、あるいは帝国に村を焼かれた人かもしれない。自分が燃やした死体の山に、もしかしたら───。
「っ……!」
足を止めるな。クロノ・フォン・ストラトス。
肩からの体当たりで敵兵を撥ね飛ばし、続けて後列を切り殺す。血と肉と泥を全身に浴びながら、ひたすら前へ。
歩兵部隊を真っすぐ縦断し、森へと跳びこむ。枝がぶつかるのを無視し、藪の中へと駆けて行った。
背後からは怒声と馬の走る音が聞こえてくる。相手にこちらの位置がわかる様に、大剣を掲げた。
「あそこだ!」
「殺せ!絶対に殺せ!」
足が重い。何キロ走った。戦場の半分は横断した気がする。
だが、あと少し。
「ひけぇえ!」
ケネスの声が聞こえてくる。直後に、馬の嘶き。
振り返れば、王国の騎兵部隊が止まっていた。馬達が棹立ちになるか、前のめりになって急ブレーキをかけている。
仕掛けは単純かつ古典的なもの。木が障害物となって、奴らの走るコースを限定。先回りしていたケネス達が、罠を張った。
騎兵の前には、その辺で折った木の枝が結びつけられたロープが張ってある。軍馬の様な賢い馬なら、絶対に足を止めるか跳んで超えようとするはずだ。
どちらにせよ、動きは止まる。
「かかれ!」
続けて殿下の声が響き、近衛騎士達の風弾や石弾が騎兵達に殺到した。貴族や騎士がどれだけ頑丈でも、無敵ではない。
「がっ!?」
「おの、ごぇ」
鎧がべこりとへこみ、落馬していく。馬達も折り重なる様に倒れ伏した。
そこへ得物を手に近衛騎士達が駆けていき、止めをさしていく。それを見ながら、大剣を杖代わりにして息を整えた。
吸って、吐く。口と鼻に鉄の臭いが充満するが、呼吸は安定した。疲労で鉛の様になっていた手足が、感覚を取り戻していく。
「若様、これを」
ケネスが水の入った木のコップを差し出してくれたので、兜の面頬を上にあげる。
ひったくる様にコップを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷは……ありがとう、ございます。ケネス」
「いえ。それよりも大丈夫ですか、若様。お怪我は」
「一切ありません。無傷です。……たぶん」
正直、自分ではよくわからない。足元がどうにもフワフワする。これが噂に聞く、戦場の高揚というやつか。
どうにも、自分は好きになれない感覚だ。
「クロノ殿!」
「殿下」
「貴殿は凄いな!意識を失う前の幻かと思っていたが、まさか生身で馬より速く動けるなんて!」
目をキラキラさせて、クリス殿下が顔を近づけてくる。
いや、本当に近いな。鼻先がぶつかりそうである。この人が実は少女だと知っている身としては、心臓に悪い距離だ。なんか良い匂いがする。
「まるで勇者アーサーの様だ!身の丈を超える大剣に、傷つかぬ鎧!一刀にて馬を裂き、大地を砕いて」
「落ち着いてください殿下。クロノ殿も困っています」
興奮する殿下をシルベスタ卿が引きはがしてくれた。
そこでようやく冷静になったのか、男装の麗人は頬を赤らめて慌てだす。
「す、すまない。ボクはその、勇者アーサーの話が好きで。つい……」
「いえ。自分の父上も聖書に書かれた彼の話をよく聞かされて……あっ」
そこまで言って、眼前の人物がほんの少し前に父親を失った事を思い出す。
冷静でなかったのは、自分もか。
「申し訳ありません。配慮の欠けた事を……」
「いや、気にしないでくれ。……命の恩人だから言うが、ボクはあまり陛下と話した事がないから……驚きはあっても、悲しさはあんまりないんだ」
苦笑を浮かべる皇太子殿下に、思わず目を見開く。
とんでもない横紙破りで後継者に指名したので、陛下はうちの父上以上の親バカかと。
「……こんな事を言うと、陛下への忠誠が足りないと思われてしまうな。やっぱり、聞かなかった事にしてくれ」
「いえ、その。はい。わかりました」
忠誠、か。
皇帝陛下と皇太子殿下では、明確な上下関係がある。だが、親子間で。しかも片方が亡くなったばかりにこの言い方は、本当に仲が良かったわけではないらしい。悪かったわけでも、なさそうだが。
となると、殿下の母親。元男爵令嬢とやらが余程愛されていたのだろうか?
などと。思考が逸れていくのを自覚し頭を振る。
「自分はもう1度敵部隊を攻撃。味方に殿下の御言葉を伝えて回ります。御身は、ケネスらと共に次のキルゾーンへ移動をお願いします。敵騎兵部隊を、少しでも減らさねば」
「わかった。頼むぞ、クロノ殿」
「ええ。まだまだ『序盤』。この様なところで、倒れるわけにはいきませんから」
そう、まだ帝国の撤退は始まったばかり。
面頬をおろし、剣を握り直す。白銀だった鎧や刀身も、随分と汚れてしまったものだ。ある意味、こっちの方が戦場らしい装いかもしれない。
この命懸けの突撃も、まだ『本命』ではないのだ。
夜はまだ、遠い。
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