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第五章 エピローグ 上

第五章 エピローグ 上




サイド なし



 雨が止む。


 それに対し、両軍のリアクションは大きく異なっていたが、しかしその後に行おうとしたことは同じだった。


 帝国軍は、火薬が濡れる心配はないと弾薬箱の箱をこじ開けてライフルの装填作業を始めた。連合軍も火薬のことを多少は周知されていたこともあり、敵のライフルが正常に作動し始めることを察している。


 故に、両軍共に歯をむき出しにして、ギラギラと目を見開き、敵を蹂躙せんと四肢に力を籠めた。


 停滞していた戦場が、再び燃え上がる───はずだった。



 ───ゴォォォッ!



 炎が、空を駆け抜けた。


 それは戦場全体を覆うには足りない出力であったが、しかしその場にいた全員の視線を奪う程の輝きを持っていた。


 誰もが思わず身をすくめ、塹壕に隠れる。そんな中、戦場の端でせり上がる巨大な土の山があった。


 ぽつりぽつりと、それに気づき始める兵士達。アレはなんだと注目を集めるそこへ、大きな影が立った。


 一瞬だけ、連合軍の兵士が歓声を上げそうになる。その巨体は見間違えようもなく、彼らの最高戦力であるガルデン将軍のものなのだから。


 だが彼の体には遠目に見ても力は入っておらず、左右から支えられているだけで立つこともできていない。その上、片足と片腕を失っている。


 何より、右手側を支えている人物。その血と泥にまみれた鎧の少年が何者なのか、戦場の誰もが察していた。


「聞けえええええ!両軍、直ちに戦闘をやめよ!」


 拡声魔法により、彼の声が戦場の端々にまで届いた。



「この戦い───帝国軍の勝利である!」



 その宣言に、帝国の兵士達が歓声を上げる。だがそれに冷や水を浴びせるように、彼、クロノの声は鋭かった。


「各々方!持ち場を離れるな!指揮官の方々には、兵士達が軽挙妄動をせぬよう見張っていてもらいたい!クリス陛下のご命令が下りるまで、その場にて待機を!負傷者の救助と周辺の警戒のみに集中をなされよ!」


 それは敵兵からの勝手な略奪、及び追撃の禁止。


 軍隊として、最高権力者にして軍の最高司令官である皇帝の命令を待つのは、正しい。しかしそれを、まだ15歳である若手貴族が参戦した帝国貴族達へと、高い場所から吠えるのは間違っていた。


 だが、反論できる者などいない。


 人竜と魔馬の、人外としか思えない神話の世界で語られるような殺し合いを、全員が見ていた。


 あの暴威がその身に降りかかることを考えると、この場で何かを言おうとは思えない。


 しかし、確実に『しこり』が残る。そのような、行動であった。


「聞け!オールダー・スネイル連合軍!」


 続けて、ガルデン将軍の左側。そこに立つ赤い髪の女王が声を上げた。


 アナスタシア女王。事実上の連合軍トップが、兵達に告げる。


「我々の、負けだ。私はクロステルマン帝国に、正式に降伏を宣言する。武器を一カ所に纏めた後、その場にて待機せよ」


 拡声魔法で告げられた言葉に、連合軍の兵士達は2つの反応を示す。


 大きく目を見開いた後、絶望に満ちた表情で雨に濡れた地面へ座り込む者達。


 憎悪に満ちた目で罵詈雑言を彼女に向かって叫んだ後、武器を構え直す者達。


 戦闘を続けようとする後者と、迎撃に動こうとする帝国軍。彼らの耳を、雄叫びが突き抜ける。



「■■■■■■───ッッ!!」



 ビリビリと、空気を引き裂く咆哮。それを誰が発したのかは、考えるまでもない。


 誰も彼もが、身をすくませる。アレに立ち向かえたのは、『希望』があったから。


 その希望は、もう……。


「これ以上この場で戦いを続けようとする者、全てに告げるッ!」


 クロノ・フォン・ストラトス。


 帝国の守護竜にして、王国と公国にとっての邪竜。


「まだ血を流したいと言うのならば!自分が相手となろう!」


 切っ先から柄頭まで、鎧同様泥と血にまみれた大剣を掲げながら、彼は吠える。



「死にたくなければ武器を置け!両軍!共に!!」



 それは紛れもなく、怪物からの脅迫であった。



*    *     *



 帝国の西側を揺るがした、一大決戦。それは、帝国軍の勝利で終わった。


 そのニュースはすぐに帝都へと届けられ、民衆は『やはりクロステルマン帝国こそ最強なのだ』と歓声を上げる。


 コーネリアス皇帝が討ち取られ、暗いニュースが例年より多かった帝国。その不安が解消されつつあり、帝都の民は普段以上に飲み、騒いだ。


 だがそれも、西側から流れてきた雨雲によって中断させられる。と言っても、各々の家や酒場では飲兵衛達が酒を飲む理由として帝国の勝利を称えているが。


 そんな中、黙々と仕事を続けている者達もいる。


「以上が、連合軍との戦争についてのご報告です」


「……ご苦労」


 かつては、クロノが帝都にて借りていた部屋。そこを執務室代わりして、カール・フォン・ストラトスが家臣の報告を聞いていた。


 彼は両肘を机につき、口元で指を組みながら小さく笑う。


「よく伝えてくれた。雨の中、大変だっただろう。湯を用意させたので、温まってからゆっくり休め」


「はっ!ありがとうございます!」


「下がってよろしい」


「はっ!」


 領地から連れてきた騎士を見送った後、カールの顔から表情が抜け落ちる。


 感情が一切浮かばない顔で、彼は手元の報告書を改めて眺めた。


 帝国軍、死者約3百人。負傷者約8百人。


 連合軍、死者約1千2百人、負傷者約8千5百人。


 ただし、負傷者の大半は戦闘終了から3日以内に治療が完了。クロノが中心となり、彼らの傷を癒してまわったのだ。敵味方、問わずに。


 ただし、降伏した連合軍は約半数がその場で武器を捨てることはなく、ばらばらに撤退。スネイル公国内の砦へと向かった。


 そして───公王の死亡が判明。


 公王の3人の息子達。彼らは横から国をかっさらおうとしたアナスタシア女王に、当然ながら強い反感を抱いており、彼女を出し抜こうと躍起になっていた。


 普段仲の悪い兄弟達だが、この件においては協力したのである。


 しかし、彼女が軍を連れて国境に向かった直後に、互いの足を引っ張りながら我先にと公王の元へと急いだ。


 アナスタシア女王がいない間に、公国の支配権を取り戻す為である。だが、これを予期していた公王は迎撃態勢を整えていた。


 あっという間に息子達の反乱は鎮圧される……かに、思われた。


 しかし、公王の予想以上に充実した装備を息子達の軍は持っており、城の守りを突破してしまったのである。


 その後は、公王と兄弟達の4勢力が殺し合う乱戦となった。


 血で血を洗う激闘の結果、公王とその右腕である宰相は深手を負ってしまう。そして、高齢であったこともありそのまま亡くなったのだ。


 残された兄弟達は、父親の死に悼むことも手を取り合うこともなく戦闘を続行。


 公王の遺体と、蝋印用の指輪、その他後継者を名乗るのに必要なものを、奪い合ったのである。


 従えていた兵の数が多いのは長男だったが、武器が充実していたのは次男と三男の方であった。


 結果、決着はつかず膠着状態だった所へ、アナスタシア女王の敗北が伝わる。


 首都を空けるわけにはいかないと、城に留まった長男。軍権を掌握するチャンスと前線近くの砦に向かった次男。慌てて自分を支持する貴族の所へ逃げ込んだ三男。


 ばらばらに動いた兄弟達の陣営は、そのまま睨み合うこととなった。


 だが忘れてはならない。スネイル公国は、元々スネイル公王が強引に吸収した小規模国家の集まりであり、実態は『小さな帝国』である。


 既に、あちこちで反乱が起きつつあった。今後、公王の息子達はこれらにも対応しなければならないだろう。



 大変だなー、と。カールは思った。


 なお、4割ぐらいこいつのせいである。



 彼は関所破りや密輸をやらかす手癖の悪い商人達に、武器や食料、彼のへそくりの何割かと手紙を持たせて、公国へと放流していたのだ。


 それらは3兄弟の所へと流れつき、彼らの力を強めることとなる。そして、手紙には『貴方こそ次の公王に相応しい。後で見返りをくれるのなら、私は貴方に協力する』と書いて野心を煽っておいた。


 だがこの手紙、全くの空手形である。後々これを手に3兄弟が何か言ってきても、カール側が知らんふりできるような詐欺まがいのことしか書いていなかった。


 何なら、アイオン伯爵を殺す前からしっかりとクロノへ家督を継がせる準備をしていたのは、この為である。もう当主じゃないから、と言う為に。


 そのくせ、もしも状況が変わって公王の息子達を頼ることになったら、この手紙を利用する気満々であった。シンプルに外道である。


 これこそが、カールが愛する子供達の為に残した2つ目の『置き土産』。


 アナスタシア女王もこれに気づいていたのだが、彼女の立場から何を言おうと公王の息子達が聞くわけもなく、公王に忠告するのが精一杯。結果、連合軍は終始大きな罅が入った状態で戦うはめになったのだ。


 連合軍が戦闘中に空中分解しなかっただけ、彼女は優秀だったのである。


 そんな能力の高さと性格の悪さについて、子供達や古参の家臣達から厚い信頼を受けているカールだが、現在は帝都にて籠の鳥となっていた。ちょっと羽が汚い鳥である。


 ───コンコン。


 ノックの音がして、先程出て行ったのとは別の騎士が報告をしにやってきた。


「どうぞ。入ってくれ」


「はっ。失礼します」


 タオルで拭いたのだろうが、まだ少し髪が濡れている騎士が、帝国式の敬礼をした後に報告を行う。


「ご報告します。ウィリアムズ伯爵家をお訪ねしたのですが、お館様の予想通り女伯とアダム様は教会領の奥へと向かってしまった後のようです。アダム様の容態が急変した為、設備の整った教会領にて療養していただくとのことで……」


「そうか」


「また、ウィリアムズ女伯と、ジョン大司祭へお館様が面会を望んでいる旨を書いた書状をお届けしたのですが、どちらもその場で執事の方から『主はご多忙の為、すぐにはお会いできない可能性がある』と……」


「……わかった」


 真剣な顔で報告を聞いたカールは、騎士を気遣うように笑みを浮かべて労う。


「すまなかったな、雨の中。宿の主人に、温かいスープを用意してもらっている。1階でそれを飲んでくると良い。それと、俺はもう『お館様』ではない。少し前に、クロノに家督を継がせる正式な書類がクリス陛下の元へと送られた」


「はっ!あ、も、申し訳ありません……!」


「そう畏まるな。ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」


「はっ!ありがとうございます!」


 騎士が退室した後、カールは椅子から立ち上がり窓の外を見た。


 彼が宿泊している宿の前には、雨の中だというのに兵士が4人、見張りとして立っている。見えない所にも15人程、『元老院』から送られた兵士達が配置されていた。


 アイオン伯爵殺害の容疑がかけられている今、カールは自由に出歩くことはできない。


 しかし、カールは仮にもストラトス伯爵家の元領主。そして人竜クロノの父親である。本来なら、ここまで厳重に見張られるようなことはない。


 彼は、これが元老院全体の意思ではないと睨んでいた。だが、具体的に誰の差し金なのかはわからないでいる。この前まで田舎子爵家の領主でしかなかったカールには、帝都での伝手が少な過ぎた。


 ジョン大司祭ではないと、彼は思考する。あの神官は今、コーネリアス前皇帝の遺体を運ぶことに集中し過ぎて他のことはおざなりだ。


 では誰が、と。カールは僅かに眉間へと皺を寄せる。


 帝都へと、強い雨が降り注ぐ中。



 雷鳴が、どこか遠くで轟いた。






読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
それにつけても汚奴はカール♪
信◯の野望シリーズで1番現実的でない部分、「敵将を吸収」を達成しましたね。それも、とびっきりの有能かつ理性的な国家元首を。 いかがいたしましょうやアナスタシア様。 あ、人竜とストラトス家はご自由にお…
人竜の父は猛毒の蛇であった。
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