第百一話 嵐の終り
第百一話 嵐の終り
ほぼ同時に、走り出す。
泥を跳ね飛ばし、雨粒を鎧に打ち付けながら、眼前の敵へと吶喊した。
双方の得物が衝突し、甲高い音と共に火花を散らす。即座に刃を引いて横薙ぎの斬撃を放てば、相手もギザームを振るっていた。
刃が弾き合い、すれ違う。振り向きざまに将軍の背へと剣を振るえば、彼は自身の胴を軸に武器を横回転させた。石突が剣腹を打ち据えて軌道を逸らし、続けて穂先がこちらの首を狙う。
「っ!」
咄嗟に上体を反らし、回避。即座に放たれた蹴りを鍔で受け、衝撃に逆らわず数メートル後退。
「ぬぅぅぅううん!」
ぐるり、ぐるりと。ガルデン将軍が全身のバネを使いながらギザームを振るう。
遠心力を乗せた連撃を剣で受け、逸らし、大振りの首狙いを深く膝を曲げることで回避。そのまま彼の足を狙い、剣を振るった。
しかし、跳躍で避けられる。空中で将軍は身を捻り、こちらの兜へと穂先を繰り出した。
それを剣で打ち払えば、彼は間合いの外に着地する。雨で濡れた地面が、泥水を散らした。
ミシリ、と兜が異音を発し、先の一撃を防ぎきれなかったことを伝えてくる。同時に、ガルデン将軍の左の脛当てが割れ、赤い血が泥の上に広がった。
……魔物の力が、失われている。
あそこまで魔物と融合し、左腕と右足を紫色の肉塊で補いながら、彼は間違いなく『人』としての力だけで立っていた。
それについて、今はこれ以上語るべきことはない。
ただ、戦おう。最後まで。
「ぬおおおおおおお!」
「■■■■───ッ!」
走り出し、刃を振るう。顔面目掛けて突き出された穂先を切り払い、更に前進。間合いを詰め、腰の捻りを使い大剣を閃かせた。
しかし、更に将軍が一歩前へ出る。左腕で握るギザームの柄でこちらの鍔を受け止め、右の肘鉄を叩きつけてきた。
頭部への強い衝撃に仰け反り、続けて脇腹から内臓を揺らす打撃を受ける。地面を転がりながら、回し蹴りを放たれたのだと遅れて理解した。
転がる勢いを使って跳ね起き、両足でぬかるんだ地面を踏みしめる。そこへギザームを振りかぶりながら駆けてきた将軍が、勢いのまま左足で泥を盛大に跳ね上げた。
茶色で覆われる視界。それを引き裂くギザームの穂先を、魔力の流れで感知する。
両手で握った剣で穂先を打ち上げ、返す刀で斬りかかった。それを彼は横回転で避け、手元をくるりと回し逆手に握った穂先でこちらの首を狙ってくる。
柄の部分に左の裏拳を叩き込んで斬撃を中断させ、膝蹴りをガルデン将軍の腹に放つ。ミシリと鎧が罅割れ、その内側にまで衝撃が届いた感覚。彼の巨体が『く』の字になった所へ、すかさず顔面へと柄頭を叩き込んだ。
鼻骨がへし折れ、赤い血が将軍の鼻孔から噴き出す。
数歩よろめいた所へ逆袈裟の斬撃を浴びせるも、しかしギザームが剣腹を殴りつけた。
そのままこちらの首目掛けて穂先が突き出され、左に回避する。兜を魔力の籠った鋼がかすめ、火花と衝撃が視界を乱した。
次の瞬間、通り過ぎたはずの穂先が、横から押し切りにくる。踏ん張れば両断されると、足を地面から離して側転。兜の表面を刃が滑っていき、飾り角の片方を切り飛ばした。
獣に似た低い姿勢で着地し、突き上げるような体当たりを彼の腹に放つ。
「ぐ、おおおお……!」
「■■■■■■……!」
盛大に泥を跳ね上げながら押し込み、一息に数十メートルは行った所で殺気を感じ取って、体を離す。
こちらの後頭部を狙っていたガルデン将軍の肘鉄が空を切り、彼は間髪容れずにその腕で裏拳を自分に放ってきた。
半歩下がって拳をやり過ごせば、足首狙いのギザームが迫る。
跳んで穂先を回避し、彼の右肩を踏みつけるように蹴り、続けて大上段から剣を振り下ろした。
「しぃ!」
ガルデン将軍が手首を捻り、ギザームの柄をしならせた。鋼で作られたそれが、鞭のように動いてこちらの左上腕を打つ。
斬撃の軌道を強引に変えられるも、人の身に余る膂力で強引に急停止。着地から間を置かずに、返す刀で彼へと大剣を振るった。
斬撃を跳ね上げようとしたギザームの柄に刀身を載せ、火花を散らしながら滑らせる。
勢いのまま親指を切り落とすより先に、彼は得物から手を離した。
大きく足を広げて下がった彼の首近くを、大剣が通り過ぎる。
逃がしはしない。強く地面を踏みつけ、手首を捻る。背中と両腕の筋肉が軋むのを感じながら、強引に、止まることなく振り上げた剣を無手となった将軍の頭蓋へ振り下ろした。
だが、大剣の鍔を紫色の掌が受け止める。そして大きな彼の手がこちらの手首を掴んだかと思えば、地面が上下逆転していた。
投げられたのだと、地面に頭が触れる寸前で気づく。だが、視界には泥ではなく無骨な鉄靴が広がっていた。
兜越しに、サッカーボールのように頭を蹴り飛ばされる。急速に視界が流れていき、それもすぐに茶色へと染まった。
首に感じる凄まじい痛みに耐え、左手を地面につき体を起こしながら減速。見れば、ガルデン将軍が手放したギザームを蹴り上げて握り直し、こちらへと駆けている。
「どぉりゃあああああ!」
「■■■■■───ッ!」
振り下ろされる刃を切り払い、すぐさま剣を引き戻して突きを放つ。
切っ先が紫色の二の腕を抉り、そのまま刀身を横へ動かす前に膝蹴りがこちらの腹に直撃した。
胃液が喉までせり上がるも、歯を食いしばって左の鉄拳を将軍の顎に叩き込む。
「ぬ、ぅ……!?」
「ふぅぅぅ……!」
ほぼ同時によろめくも、先に動いたのは自分。剣を握る腕に力をいれながら、全身のバネを働かせる。
横薙ぎの斬撃。しかしそれをギザームが受け止め、弾き、お返しとばかりに振り下ろしてきた。
その穂先を柄頭で殴り飛ばし、肩から彼の脇腹に体当たり。強引に間合いを開かせた所へ、逆袈裟に大剣を振るった。
ギザームを引き戻し、将軍が防ごうとする。だが。
「■■■■───ッ!」
裂帛の気合と共に振り抜いた剣が、鋼の柄も分厚い鎧も引き裂いた。
ぶしゃりと、赤い血が噴き出る。
───浅い!
「があああああ!」
剣のように握られたギザームの刃を、半歩下がって回避。続けて彼の左手が柄の部分を鈍器のように振るうのを、鍔で防ぐ。
衝撃でよろめいた所へ、ギザームの穂先が突き出された。左籠手で防ぐも、バランスを崩していたこともあってたたらを踏んで後退する。
距離が開いた途端間髪容れずに投げられた、鋼の柄。眼前にきたそれが視界を覆い、反射的に剣の柄で弾き飛ばした。
直後に、己の失敗を悟る。
両手で穂先を握った将軍が、視界が覆われた半瞬に踏み込んでいた。
彼の放った横薙ぎの斬撃が、左脇腹に直撃する。びきり、と異音を上げて胴鎧が割れ、その下の肉に鋼が触れる感触。それは冷たさではなく、熱となって神経を燃やした。
血で宙に弧を描きながら、吹き飛ばされる。だが、まだだ。臓腑には、届いていない……!
「づっ……■■■■ッ!」
悲鳴を雄叫びに変え、突撃。大剣と穂先で切り結び、打ち上げ、斬りかかる。
避けられるも、切っ先が将軍の額を浅く裂いた。赤い血が彼の右目にかかる。
視界の半分を塞がれた彼の右膝に、横から蹴りを入れる。苦悶の表情でバランスを崩した猛将へと、剣を振り上げた。
獲ったと、そう確信した斬撃。しかし、その刀身が左右からの衝撃によって止められる。
白刃取り。自ら無手となった将軍が大剣を受け止め、ぐるりと体ごと捻った。
得物を奪われまいと、力を籠める。だがそれが狙いだったとばかりに、こちらの足が地面から離れた。
いつぞやのお返しとばかりに、巴投げに似た動きで蹴り上げられる。べこり、と胴鎧に足跡が刻まれ、宙を舞った。
大剣はこちらの手から離れ、彼の手に。腹部への強烈な衝撃で呼吸が止まったまま、地面へと叩きつけられる。
「か、はっ……!」
どうにか受け身をとりながら、呼吸を再開する。
跳ね起きた自分に、ギザームの穂先が迫っていた。咄嗟に左籠手を盾にすれば、ここまでの戦闘での損傷もあって鎧が砕け、刃が厚手の布も裂いて肉を抉る。
衝撃で仰け反ったこちらに、数メートル先からガルデン将軍が駆けてきていた。その腕には、自分の大剣が握られている。
「ぉぉおおおおおッ!」
「ぐぅ……!」
袈裟懸けの刃を、後ろに跳んで回避。盛大に泥が飛沫となって降り注ぐ中、左腕に食い込んだ穂先を引き抜く。
激痛と、出血。奥歯を噛み砕きながらそれらに耐え、右手で鉈のようにギザームの穂先を構えた。
両腕で振るわれる大剣を穂先で受け止め、左掌を峰に添えて支える。傷口から血が飛び散り、衝撃で足首まで地面に埋まりながら、どうにかギザームの曲線を活かして斬撃を滑らせた。
続けて先端で彼の右目に刺突を放つが、将軍の右肘がこちらの腕を打ち払う。
大剣は振るえない至近距離。そこから彼は剣の背でこちらの裏腿を『ラップショット』で狙ってきた。
そうはさせまいと、右の鉄靴による後ろ蹴りで刀身を弾き、その反動を利用して駆け上がるように左の蹴りを将軍の顔面へと放った。
右頬を抉り、彼の口から血と共に白い物が幾らか飛び散る。
「ず、おおおおおぁああああああ!」
「■■■■……ッ!」
雄叫びに唸り声で答えながら、互いに刃を振るう。
大剣と打ち合い、しかし押し負けた。片手では、両腕で得物を振る彼と切り結ぶのは難しい。
左腕は、まともに動かせてあと1回。骨にまで切れ込みが入っている。魔力で繋げ合わせるにも、時間がない。
そんな中、視界の端である物を捉える。
彼の斬撃で地面が爆ぜた時に飛んできたのだろう、それ。
思考を巡らせる間も与えないと、将軍が猛攻を仕掛けてくる。それらをどうにか避け、背を見せて駆けた。
仕切り直しを狙ったと思ったか、追撃してくるガルデン将軍。彼へと振り向きざまに穂先を振るうも、大剣で受け止められてしまった。
刃同士が噛み合った瞬間、将軍がくるりと刃を翻す。
刀身のぶつかった箇所を支点として、跳ね上がってくる大剣。咄嗟に穂先を手放し、顎から頭を縦に割ろうとする切っ先から逃れた。
兜の面頬に、赤い火花が散る。衝撃で視界が上に向くのを感じながら、ムーンサルトのような動きで縦回転。左足で将軍の顎を蹴り上げ、直後に右足裏を顔面へと放った。
反動で宙を舞い、目的の場所へと着地する。
蹴りで左頬を抉られたのか、紫色の頬から青い血を流すガルデン将軍。
彼は痛みで怯んだ様子もなく、両腕で大剣を握りこちらへと駆け出した。
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
それは、まるで騎兵の突撃。ロクスレイ・フォン・ガルデンという戦士の人生を表すような、迷いない踏み込みであった。
無手となった自分へと、彼は剣を振りかぶる。
同時に、こちらは強く、右足で地面を蹴り上げた。
一瞬だけ広がる泥のカーテン。その下に埋まっていた大きな岩までもが露出する中、浮かび上がった物。
ギザームの柄。将軍の怪力に耐える為に鋼で作られたそれは、剣で切断されたことで槍のような鋭さを持っている。
泥のカーテンを突き破って踏み込む、ガルデン将軍。その斬撃の軌道上に、籠手が割れた左腕を掲げた。
魔力を張り巡らせ、筋繊維を補強。それでなお、彼の刃を止めることは叶わない。
骨と刀身がぶつかり、腕が押し込まれる。その中で、自分は右腕でギザームの柄を握り、足と地面で石突を支えた。
こちらの頭蓋を叩き割ろうと、更に踏み込む将軍。押し込まれた刃が兜に届き、打ち砕く。
同時に、ここまでの戦いで砕け、裂け、ひしゃげた彼の胴鎧。その隙間へと、鋭い柄の先端を滑り込ませた。
露出した石と、鉄靴に包まれた右足。それらが、凄まじい衝撃を受け止めて。
自らの踏み込みにより、将軍の分厚い胸筋が貫かれた。
「───ぁぁ……」
「づぅぅ……ッ!」
彼の吐息と、こちらの苦悶の声が重なる。
大剣はこちらの左腕を切断寸前まで引き裂いても止まらず、兜を砕いて頭蓋骨にまで切れ込みをいれていた。
ギザームの柄は将軍の心臓を正確に抉り、深々と突き刺さっている。深紅の血が、泥に濡れた柄を伝い落ちていった。
ほとんど同時に、後ろへとよろめく。大剣と柄が互いの体から離れ、地面を転がった。
大の字に倒れたガルデン将軍を視界にいれながら、右手で煩わしいと頭に巻いた布を剥ぎ取る。
そして、傷口を押さえながら魔力を練った。幸い、脳までは斬られていない。
「ふぅぅ……!」
深く息を吐き、詠唱を開始する。
「白き光の加護をここに……癒しの、風。慈愛の息吹……救いの抱擁よ、きたれ。『治癒』」
光が一瞬だけ全身を包み込み、それが弾けるように消えた後。万全となった肉体を魔力の流れで確認しながら、ガルデン将軍を見つめる。
彼はまだ、動かない。足元に転がるギザームの柄を拾い上げ、ゆっくりと警戒しながら近づいた。
将軍なら、あと数秒は戦えるはず。それだけの時間があれば、この首をねじ切ることも不可能ではあるまい。
眼球か、喉。あるいはこれまでの戦いでできた傷口に、この柄を突き刺す。そうすれば、いかに彼といえども……っ!?
ゆっくりと持ち上げられたガルデン将軍の右腕に、咄嗟に構えをとろうとする。そして。
「みは……える……」
その言葉に、不思議と柄を握る指が緩んでしまった。
それは、親愛なる者へと向けた声。しかし虚空へと手を伸ばされた手は、当然ながら誰も握り返すことはない。
……騙し討ちの可能性は、ある。
念には念をいれて、今すぐ止めを刺すべきだ。そう考え、柄を握り直し。
そっと、彼の傍に近づいて。
「……ここに」
ギザームの柄を地面に置き、片膝をついて彼の右手を両手で握った。
馬鹿馬鹿しい。自分は、何をしているのだろう。
だが不思議と、そうしてあげたいと思った。死闘の相手である戦士に、同情などするべきではないのに。
しかし……『敬意』ならば、いいだろう。自分自身に、そう言い訳をする。
「みはえ、る……やはり、ぶじで……こうてい、は……コーネリアス、は……」
「死にました。コーネリアス皇帝は、オールダーの戦士によって討たれたのです」
ミハエル。それは彼の愛馬の名前であり、そして……。
「おお……おお……そうか……おまえは、わしの、じまんの……子、だぁ……」
朗らかに、優しく笑うガルデン将軍。
それに、こちらも笑みを浮かべる。少し、ぎこちないかもしれないけれど。
彼とこうして笑い合うなど、初めてのことだから。どうかそこは、勘弁してほしい。
「……父上。どうか、今はお休みを。戦は終わったのです。コーネリアス皇帝は、死にました」
「……そうか……そうだな……」
握っていた手が、将軍に強く握り返される。
「───演技が、下手だな。お前も」
「…………」
不敵な笑みを浮かべるガルデン将軍に、少しだけ申し訳なくなる。
どうやら、人のことを言えないらしい。
若干呆れたような笑みを浮かべた後、将軍は真剣な面持ちでこちらを見つめてくる。
「クロノ・フォン・ストラトス殿……頼めた立場では、ない……だが……」
先程よりも少しだけ明瞭になった声で、こちらの名を呼んで。
しかしすぐに、彼の口から溢れ出た血の泡が言葉を聞き取りづらくする。
治療は、しない。ガルデン将軍は敵であり、彼も『自身』への慈悲など、望んではいないのだから。
ただ静かに、彼の言葉に耳を傾ける。
「ごふっ……!……ひ、えさ、ま……じょお、う、へいか……をぉ……たの……」
それは、『誰か』の身を案じての言葉。宿敵とも言える存在への、末期の頼み。
数秒だけ目を閉じた後、はっきりと彼に頷いた。
「……力は、尽くします」
「すま、ぬ……すまぬ……ぁり……が……ぉ……」
丘を、1人の女性が下ってきている。
黒と金色の軍服を泥と草で汚し、あちこちから血をにじませた女王。
紅い髪のあちこちに泥を塗ったままの彼女が、レイピアを杖代わりにして必死にこちらへと向かってきている。
全身ボロボロで、もはや戦う力などないアナスタシア女王が、将軍を挟んで自分の反対側に座り込んだ。
「ロック爺……!ロック爺ぃ……!」
「どぉ……か、しぁわ……せに……な、て……ひめ、さ……」
紫色の指で、女王の瞳からこぼれた涙を拭った後。
ガルデン将軍の視線が、虚空を向く。
「なん……だ……むかぇ、に……みは、え……」
紫色の左腕は、灰へと変わり。
ボロボロの右腕から、力が抜け落ちる。
いつの間にか、雨の勢いはなくなっていた。雲の切れ目から、太陽の光が差し込んで、走り続けた男の身を照らす。
穏やかな笑みを浮かべたまま───ガルデン将軍は、息をひきとった。
嵐は、止んだのだ。
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