第百話 守るもの
第百話 守るもの
「■■■■■───ッ!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
振り下ろした大剣とギザームが衝突し、轟音を上げる。
雨で濡れた大地が弾け飛び、泥と石が舞い上がった。衝撃によってお互い弾き飛ばされた所へ、連合軍兵士達が駆けてくる。
「おおおおお!」
「死ねぇええ!」
「邪魔、だぁあ!」
槍を突き出してきた兵士の胴を両断し、左手で別の兵士の頭を握りつぶす。
瞬間、自分に降り注ぐ雨が途切れた。考えるより先に飛び退けば、先程までいた位置に紫色の巨腕が叩きつけられる。
クレーターを作った異形の腕が、そのまま横薙ぎに振るわれ追いかけてきた。避けようとした所へ、連合軍兵士達が取り囲むように駆けてくる。
「将軍、俺達ごと!」
「帝国に死を!」
「ヌオ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
兵士達の声と、ガルデン将軍の雄叫びが混ざり合う。強くなる雨の音と、砲声にも負けず、彼らの咆哮は大気を打ち震わせた。
それは勇気か、あるいは復讐心か。どちらにせよ、戦場を彩る兵共の、魂の叫び。
「■■■■■■■■───ッッ!!」
だからどうした。
組み付いてくる敵兵士達を轢き殺し、切り払い、殴り飛ばして前進する。
鎧にこびりついた泥に血肉が混ざり、白銀だった装甲は地獄のような色と成り果てた。この戦場に、相応しい色に。
兵士達を蹴散らした所へ迫る巨腕。回避する暇はないと、柄を両手で握り自分から紫色の塊へと剣を叩きつけた。
瞬間、四肢が砕けたかと錯覚する程の衝撃が襲う。両手足が悲鳴を上げ、鎧が軋み全体に罅が走った。
喉がかすれる程に雄叫びを上げ、強引に巨腕をかち上げる。自分の身長より僅かに高い位置へと浮かび上がった紫色のそれへ、間髪容れずに回転斬りを叩き込んだ。
衝突の際に刃が食い込んだ箇所へと、刀身が滑り込む。竜の筋繊維を彷彿とさせるそれが、青色の血を散らした。
「ヌゥゥ……!」
僅かに怯んだガルデン将軍へと、全速力で斬りかかる。泥を跳ね上げ、鎧の内側を雨水で濡らしながら、足を動かした。
「■■■■───ッ!」
「ガァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
袈裟懸けの斬撃が、ギザームの穂先に受け止められる。
構わない。そのまま強く刀身へと力を籠めた後、一瞬だけ『引く』。
押し返そうとしていたガルデン将軍が僅かに体勢を崩した所へ、左足を折り畳み両者の間にねじ込んだ。
直後に、前蹴りを彼の腹に放つ。戦車の装甲じみた鎧に足跡を刻み、その内側にある肉を、内臓を蹴り飛ばした。
数メートル程宙を舞いながら、ガルデン将軍は咆哮と共に巨腕を引き絞る。そして、投げ込むように腕を伸ばしてきた。
五指が広げられ、蹄鉄が取り付けられた指の腹がこちらの頭蓋を潰しにくる。前進してそれを回避し、彼の落下地点へ。
重力に引かれて落ちてきた将軍の首目掛けて剣を振るうも、それは異形の腕のみで彼が巨体を支えたことで空を切った。
空中に浮かんだ状態のまま、ギザームを振るうガルデン将軍。だが、今更驚きはしない。振り向きざまの斬撃で穂先を横から打ち払い、返す刀で右手首を狙って剣を振るった。
しかし、浅い。鎧の下に身に着けている厚手の布だけを斬って、将軍の腕は間合いの外へと逃れる。
「デェヤアァ!」
器用にも、左腕で自身を支えたまま彼は空中で体を上下反転。頭を地面に向けた姿勢で、こちらの足元にギザームを振るう。
飛び退いて回避すれば、腕を伸ばして間合いを詰め、同時に蹴りをこちらの頭に放ってきた。
左籠手でそれを受け止め、お返しとばかりに馬型の兜へと蹴りを繰り出す。
しかしガルデン将軍はぐるりとまた回転し、地面と水平になりながらギザームを横薙ぎに振るってきた。
刀身で穂先を受け止め、衝撃に逆らわず跳ぶ。ただし、行き先は帝国側へ。
連合軍の塹壕を跳び越え、両軍の中間地点近くで土砂を巻き上げながら着地する。そんな自分を逃すまいと、ガルデン将軍が全力で駆けてきた。
片足を負傷しているが、彼は左腕を伸ばし地面を掴んで己を引き寄せることで加速。あっという間にこちらへ追い付いて、得物を振るう。
「■■■■……!」
「ヌゥゥゥ……!」
袈裟懸けのギザームを受け流しながら後退すれば、バトンでも操るように将軍は手首を捻り、連撃を繰り出してきた。
逆袈裟の斬撃をいなせば、石突の横薙ぎ。打撃を胴鎧で防いだかと思えば膝蹴りが繰り出され、それを鍔で受けた瞬間、いつ持ち替えたのか逆手に握ったギザームを大鉈のように振るってくる。
兜の飾り角を、頭突きの要領で前へ出して柄の部分を受け止めた。それでもやってくる強い衝撃に、一瞬視界が揺れる。
歯を食いしばって飛びそうになる意識を維持し、足元を踏み砕きながら横薙ぎの一閃を放った。将軍もまた、こちらの斬撃にあえて踏み込んでくる。
加速が乗り切っていない、鍔近くの刀身を胴鎧で受け止め、僅かに食い込ませた状態から右肘でこちらの顔面を殴りつけてきた。
衝撃に、ゴロゴロと地面を転がる。だが、骨に異常はない。転がる勢いのまま顔を跳ね上げれば、視界一杯に紫色の巨大な拳が迫っていた。
回避は不可能。ギリギリの所で刀身を間に合わせ、刃で受け止める。
指に剣が食い込むのも構わず、振り抜かれた拳。大剣が押し込まれ、刀身の背が自分の右肩に食い込んだ。
肩鎧に切れ込みが入り、刃がその奥まで進み血が服に滲む。
「ぐぅ……!」
数メートル程足裏で地面に2本線を刻みながら、後退。戦場の丁度中央へと躍り出た自分達に、両軍の攻撃が降り注ぐ。
恐らく、狙って放たれたものではない。それでも、兎に角数が多い。岩が、石が、矢が、弾丸が、砲弾が。周囲を埋め尽くした。
砲弾以外は、無視する。それはガルデン将軍も同じようで、クロスボウの矢と弾丸で鎧表面に火花を散らせながら、構わずこちらに斬りかかってきた。
互いの刃をぶつけ、打撃を繰り出しながら、移動を続ける。
目指す先は、クリス様のいる本陣。アナスタシア女王の現在地は不明だが、兎に角現場に急行しなくては……!
帝国軍の塹壕へと近づきながら、吠える。
「どけ!クリス様の救援へ向かう!本陣が狙われているぞ!」
「どくな帝国の兵士共!そこで待っていろ!」
自分達の声が聞こえたのか、それとも単純に戦闘の余波に巻き込まれるのを恐れたのか、塹壕で構えていた帝国兵達が進路上から逃げていく。
土嚢を跳び越えた自分に、ガルデン将軍が腕を伸ばしてきた。掴みかかる巨腕に空中で剣を振るい、反動で自身を横に押し出して回避。着地と同時に、再度跳躍する。
「───、───!」
「───!」
雨音と砲声で聞き取れないが、連合軍の一部が帝国軍へと突撃を開始した。
塹壕から跳び出し、盾を掲げて走ってくる。雨のせいでライフルの不発が増え、銃撃の圧力は減少していた。
だが、屋根のある堡塁もどきは健在である。
そこから銃口を突き出した『ガトリングガン』が、塹壕から跳び出した連合軍兵士達に火を噴いた。
金属薬莢は、コストの問題であまり作ってはいなかった。だが、作ろうと思えばある程度生産はできる。
堡塁もどきの内側でストラトス家の兵士達がハンドルを回し、大量の弾丸をばら撒いた。
木や鉄の盾を貫通し、連合軍兵士達が倒れていく。すぐにガトリングガンも弾切れを起こすが、マガジンを交換して再度連射。
更に帝国軍の塹壕から、手投げ弾が接近する敵兵に放られる。ピンを勢いよく抜けばグリップ内の導火線に火がつく仕組みの為、雨の中でも大半が無事に炸裂した。
それにより、連合軍の進撃が止まる。指揮官達が慌てて後退を命じたのか、一部の狂乱した兵士達を除いてすぐに塹壕へと戻っていった。
どうにか接近戦を割けた帝国軍。もしも乱戦となれば、数で圧倒されるこちらに勝ち目はない。
「ガァア゛ア゛ッ!」
「っ、しまっ!?」
螺旋軌道を描いて、巨腕が迫る。掴みかかるその指先に、縦回転をして大剣を打ち込んだ。
骨に切っ先がぶつかり、青い血が弾け飛ぶ。衝撃で上へと逃れた自分に、巨腕がのたうった。
「ぐぅ……!?」
今度は、剣が間に合わない。大蛇のようにうねった巨腕に弾き飛ばされ、地面に叩き落される。
第2の壕近くに、頭から落下。受け身もとれず、斜めに地面へと落ちたことで土砂を撒き上げながら、10メートル近く滑走してようやく停止。
明滅する視界の中、どうにか立ち上がった所へ頭上から振り下ろされる巨腕。
咄嗟に飛び退いて回避すれば、そのまま地面を掴んだガルデン将軍が高速で降下してくる。
「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
「■■■■■───ッ!」
脳天に振り下ろされたギザームを受け止めれば、膝近くまで地面に打ち込まれた。
ギシギシと骨が軋むのを感じながら、大剣を斜めに傾ける。ギザームの穂先が刀身を滑り落ち、大地を粉砕した。
その衝撃で両足を抜き、平突きを放つ。噴火のように舞い上がった土砂を突き破った切っ先を、将軍は首を抉られる寸前で穂先を横からぶつけ軌道を変える。
兜の下で、彼の目が見開かれるのを感じ取った。突きの力が弱いことに気づいたのかもしれない。
だが、何かするより先に、こちらの左腕が動く。
親指の付け根で撃鉄を押し上げながら、ホルスターからソードオフショットガンを引き抜く。そのままガルデン将軍の顔面へと押し付け、引き金を絞った。
───ガキィッ!
激しい火花と共に、彼の顔が仰け反る。どういう兜をつけているのか、血が噴き出ることはなかった。
しかし、隙はできた。
右腕で握る大剣を、腰の力も使いながら振るう。狙うは将軍の右足。手投げ弾で傷ついたそこへ、刃を叩き込んだ。
ずぐり、と。割れた鎧を押しのけて、刀身が肉へと食い込む。
止まることなく大剣は動き、骨を叩き割り振り抜かれた。青色ではない、人間の赤い血が噴き上がる。
「グ、オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
「このっ……!」
絶叫とも雄叫びともとれる声を上げ、ガルデン将軍は左腕で地面を掴みながらギザームを振るってきた。
それをどうにか右手の剣で受け、再び衝撃に合わせて後ろへ跳ぶ。
その時、背後から鋼がぶつかる音を聞いた。
泥を跳ね上げながら着地すると共に、振り返る。たしかこの位置は、帝国の砲兵部隊が───。
「でぃやあああああ!」
聞き覚えのある声が、響く。
兜の隙間から赤いドリルヘアーをこぼした、全身鎧の人物。両手で握る、身の丈程もある鉄槌を豪快に振り回す姿は、間違いなくシャルロット嬢である。
対するは、全身を血と泥で汚したアナスタシア女王。各所から血を流した満身創痍の有りさまで、特に左前腕はへし折れている上に風穴が空いていた。
「手柄首!置いてけですわぁ!」
「この、猪娘が!」
レイピアで鉄槌を受け流しながら、悪態をつくアナスタシア女王。砲兵部隊は槍や銃剣を装備しながら、手が出せずに遠巻きで構えている。見れば、両者の足元には騎士や兵士が転がっていた。装備から恐らく、侯爵家の義勇兵。
何故アナスタシア女王が砲兵部隊を襲っている?それをシャルロット嬢が防いだ?彼女が『手柄首』と言っているということは、クリス様は無事なのか?
意味不明の状況に思考が乱れるも、体はほぼ自動的に動く。
隻足になりながらも、左腕で地面を掴み突撃してくるガルデン将軍。彼のギザームを大剣で受け止め、両足で踏ん張った。
堪えきれずに数メートル程押し込まれるも、どうにかひき潰されかけた砲兵と大砲を守る。
「!?」
衝突音と衝撃波により、僅かに遅れて気づいたらしい3者。砲兵達が悲鳴を上げる中、そこから最も速く動いたのはアナスタシア女王であった。
「しぃ!」
「づぅ!?」
彼女のレイピアが閃き、鎧の隙間。シャルロット嬢の右肘に刃を振るい、一刀で切断する。
振り上げていた鉄槌ごと腕が飛んでいき、バランスを崩したシャルロット嬢。追撃を放とうとする女王へ、牽制の弾丸を放つ。
ショットガンの弾は外れるも、追撃は止まった。そこへ、シャルロット嬢が残った左腕を叩き込む。
レイピアの鍔で受けるも、衝撃で吹き飛ぶアナスタシア女王。彼女に斬りかかろうとするも、ガルデン将軍が割って入ってきた。
「ガア゛ア゛ッッ!」
「■■■■……ッ!」
弾切れとなったショットガンを捨て、両手で剣を握り直す。地面を踏み砕きながら振るった逆袈裟の斬撃が、彼のギザームを押しのけ胴鎧に届いた。
隻足となったことで、踏ん張りがきかないらしいガルデン将軍。その傷口へと左足で蹴りを放つ。
魔力操作で止血したらしい右足の傷を、鉄靴で抉った。激痛で怯んだ将軍にすぐさま剣を振り上げるも、左の巨腕が既に迫っている。
咄嗟に大剣を引き戻し、刀身の腹で拳を受け止めた。盛大に吹き飛ばされ、野戦砲の1つに叩きつけられる。
鋼がひしゃげる音と、激痛。歯が歪む程に食いしばりながら、壊れた車輪を左手で掴んでガバリと跳ね起きた。
左足とギザームの石突で巨体を支えたガルデン将軍。異形の腕を振りかぶる彼へと、剣を構えた自分。
倒れた兵士の槍を拾い上げて、戦いを続けるシャルロット嬢。レイピアを構えながら、本陣側に警戒の視線を送るアナスタシア女王。
その中で、視界の端に動く影を見つける。
討たれたと思っていた、義勇軍の騎士と兵士。それが砲兵から野戦砲を奪い、照準を定めている所だった。
「シャルロット様!」
「合点!」
彼らの声に、シャルロット嬢がアナスタシア女王に突っ込む。左手に握っていた、槍を手放して。
動揺しながらも、レイピアで迎撃する女王。その刺突を左の籠手で受け流しながら、侯爵令嬢は斜め前へと跳んだ。
彼女の狙いは、たった1つ。アナスタシア女王の視界を自分の体で埋め尽くし、野戦砲の動きに気づかせないこと。それのみ。
だが、あの位置では……!
「おおおおおおお!」
「ガァァアアアア!」
自分とガルデン将軍の咆哮。そして、半瞬遅れて砲声が轟く。
砲弾の着弾地点から近すぎるシャルロット嬢に抱き着き、地面へと押し倒しながら。
無意識に、アナスタシア女王の方を見ていた。
衝撃波で地面を転がりながら、目撃する。野戦砲と女王の間に飛び込んだ猛将が、異形の腕で砲弾を受け止めようとする姿を。
紫色の筋繊維が弾け飛び、青い血が雨に混ざる。それでも、肘から先を失いながら彼は砲撃を受け流してみせた。
耳鳴りが響く中、砲兵達がすかさずガルデン将軍とアナスタシア女王へとライフルを発砲する。
半数近くが不発するも、幾らかは雨に濡れていない弾を使ったらしい。どこか遠く聞こえる銃声が複数響いて、白煙と共に鉛玉が女王と将軍を襲う。
ガルデン将軍は、避けられたはずだ。しかし彼の背には、守るべき主君がいる。
故に、その選択に迷いはなかったのだろう。異形の姿となった将軍は背中を砲兵達に見せ、弾丸を浴びながらギザームを握る手でアナスタシア女王を抱きかかる。
自分との戦いで罅割れた鎧の隙間から血を噴き出しながら、彼は左肘を地面に叩きつけ、その衝撃で宙を飛んだ。
弾け飛んだ泥をかぶった辺りで、やっと聴覚がまともに機能し始める。
「なんて……無茶を……!」
腕の中のシャルロット嬢にそう悪態をつきながら、体を起こした。
吹き飛ばされた時に兜が脱げたのだろう。顔を泥で汚した侯爵令嬢は、口の中の土を『ぺっ』と少量の血と一緒に吐き出しながら、地面にお嬢様座りをした。
「クロノ様。助けて頂き感謝しますわ。あの大砲とやらの効果範囲を、ワタクシもうちの兵も甘く考えていたようです」
「言いたいことは山ほどありますが、今は治療と情報共有を……!」
「治療は不要。その魔力は戦いにお使いくださいませ」
兜を被る為に巻いていた頭の布を解くと、彼女は器用にも片手で止血を開始する。
そして、シャルロット嬢は顔に泥をつけたまま、上品な笑みを浮かべた。
「クリス様はご無事ですわ。傷1つございません。貴方様は、どうかアナスタシア女王の追撃を。これは女の勘ですが、あの方を倒せばこの戦は終わりますわ。それはワタクシの身よりも、重要なことのはずです」
「……承知しました」
喉元まできた言葉を飲み込んで、立ち上がる。
真っ青な顔で駆けてくる義勇軍の兵士達に彼女を預け、剣を握り直した。
そして、走り出す。今は何よりも、あの2人を追いかけねばならない。
戦場から離れた位置にある、帝国の本陣とも違う小高い丘。そこへ向かう、もはや小さな影しか見えない相手。
決着をつける為に。嵐の中を、駆けていった。
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