第九十九話 『嵐がやってくる』
第九十九話 『嵐がやってくる』
刃がぶつかり合い、怪物どもが雄叫びを上げ、砲声弾雨がかき乱す戦場で、その移動音を正しく認識できた者はどれだけいただろうか。
履帯が回り、全長12メートル、全幅3メートル、総重量約15トンの巨体が進んでいく。
車体の後ろ側には煙突が伸びており、白い煙が上がっていた。
───ポッポォー!
汽笛を鳴らして、時速10キロ強で走行するは、鋼の移動要塞。
『スチームタンク───蒸気戦車』
父上が、自分とグリンダの知識を現実に落とし込み、そして職人達が工場を建てて作り上げた。
はっきりと言う。これは、前世の戦車兵が見れば鼻で笑うような性能だ。
蒸気機関搭載のハーフトラックを改造しただけの代物であり、どうにか装着させた傾斜装甲はライフル弾こそ防げるものの、対物ライフルなら正面装甲でも下手をすれば貫通する。
砲の性能も、第二次世界大戦時の軽戦車の装甲をどうにか抜ける程度。そもそも黒色火薬を使っている為、連射すれば白煙で視界が塞がれ、最悪砲身内部で燃えカスにより爆発する危険がある。砲撃の間隔を空け、時には内側から砲身にモップをねじ込む必要すらあった。
一応旋回砲塔ではあるものの、人力である為その速度はお察し。油圧やモーターを入れるだけの時間も技術も、自分達にはなかった。
あげく、どうにかロールアウトできたのは7両で、この戦場まで移動できたのは4両。しかも今動いているのは3両だけなあたり、持ってきたもう1両は起動直後にトラブルが起きたのだろう。
そんな、ポンコツと言わざるを得ない兵器。
されど。
「───、───!」
「───!」
連合軍部隊が、何かを叫んで戦車に矢を放ち、石を投げる。
その程度で壊れる戦車などありはしない。お返しの砲弾が、塹壕の前に積まれた土嚢を吹き飛ばした。
アナスタシア女王も、装甲を施したハーフトラックで乗り付けてくる可能性は考慮していたのだろう。あるいは、戦車の存在すら予期していたのかもしれない。
塹壕前には土嚢以外にも丸太を尖らせ、槍のように地面へ突き刺したものが並んでいる。
騎兵の突撃対策にも使われるそれは、確かに戦車の走行を妨害するのにも有効だ。しかし、その程度なら大砲で吹き飛ばせる。
ガルデン将軍のギザームを避けながら、視界の端で戦車部隊と、その傍にいる歩兵部隊を確認した。
戦車の装甲で矢と石による攻撃を防ぎながら、イーサン達サルバトーレ傭兵団がライフルを使って敵塹壕を牽制。更には迫撃砲を地面に置き、堡塁もどきや塹壕内目掛けて榴弾を降らせている。
戦車が歩兵を守り、歩兵が戦車を守る。
魔法の射程範囲まで魔法騎兵が近づこうにも、戦車の砲がそれを許さず、どうにか距離を詰めても歩兵達のライフルが敵をハチの巣にした。
更には、敵砲台があると予測される場所へ、帝国軍から砲弾の雨が降る。
連合軍がどれだけ砲を用意できたのか、どれだけ火薬を用意できたのか。それは不明ながら、帝国軍以上ということは絶対にない。
人口が違う。生産力が違う。スタートダッシュが違う。
ストラトス家がため込んだ火薬と、皇帝領で作られた火薬。砲弾や銃弾に加工したそれを、ハーフトラックのピストン輸送で運んだのだ。
大勢の兵士を連れた優秀な指揮官に勝つ方法。それは結局、こちらも『数』で対抗するという結論に至った。人間の数ではなく、弾丸の数で。
雨あられと降り注ぐ砲弾でもって相手の砲兵達を黙らせ、再び気球が上がる。上空から敵部隊の配置を調べ、より精密な砲撃が繰り出された。
「なんだ、アレは……!?」
ガルデン将軍の困惑する声が、砲声の切れ目に聞こえてきた。
その隙を逃しはしない。敵陣地側へと、自分達の戦闘範囲を寄せる。
「っ!?きさ───っ!」
彼の声が、戦車隊の砲声に塗りつぶされる。続いて自分達の刃がぶつかり、轟音を上げた。
袈裟懸けに振り下ろされたギザームを受け流し、敵塹壕に背を向けた状態で後退。土嚢に踵を当て、続く横薙ぎの刃を正面から受け止めた。
ずぐり、と。足が土嚢にめり込む。
「づっ……■■■■■■■───ッ!」
「ヌゥオ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
ギザームを弾き上げた直後に、左の巨腕が横薙ぎに振るわれる。それを上に跳んで避ければ、彼の手で連合軍の積み上げた土嚢が纏めて吹き飛んだ。
1つ1つが20キロ前後の重さをもつそれらが、木の葉のように宙を舞う。それらを踏みつけ、空中にて加速。地上に立つ怪物へと、大上段から斬りかかった。
「■■■■───ッ!」
「ガァァア゛ア゛ッ!」
掲げられた巨腕が、白銀の刃を受け止める。
双頭の竜を切りつけたのと似た感覚。あれと違い鱗はないが、それでも斬撃は数センチ食い込んだだけで停止した。
力任せに振り払われ、敵塹壕から遠ざけられる。その瞬間に、左手で腰の後ろから手投げ弾を取り出した。
グリップもあり、メイスのように見えるそれを敵塹壕へと投げ込む。ピンを、抜かずに。
ガルデン将軍の目が、かつて愛馬を吹き飛ばした兵器を捉えたのだろう。紫色の巨腕は自分への追撃ではなく、迎撃を選択。
「ガァァ!」
伸ばされた巨腕の指先が、着地するなり駆け出した自分目掛けて手投げ弾を弾き飛ばした。
高速で向かってくるそれを左手で掴み、今度こそ剣を握る右手の指先でピンを抜く。
「吹き飛べ……!」
既にこちらへ走り出していたガルデン将軍の足元へ、投擲。爆発によって白煙と泥が飛び散り、その中に赤い物が混じる。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
だが、その程度で彼が止まるはずもない。至近距離での爆発により右足を数十の鉄片に抉られながら、王国の怪物は雄叫びを上げ突進を続ける。
鞭のようにしなりながら繰り出された巨腕を横に避け、こちらもまた突進を慣行。正面から大剣とギザームが衝突する。
体格差は明白。されど、足を負傷した今なら……!
「■■■■■■■■───ッッ!!」
「ヌガァァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
強引に、押し込む。
袈裟懸けに振り抜かれた大剣と、彼の兜にぶつかるギザームの穂先。数トンはあろう巨体が、連合軍の塹壕の、第1の壕を飛び越えた。
地響きと土煙を上げながら、着地したガルデン将軍。それを追いかけ、自分もまた塹壕の中で縮こまる敵兵達を跳び越える。
視界の端で、ストラトス家の戦車隊も第1の壕を突破していた。姉上に無理を言って回してもらった、サルバトーレ傭兵団。彼らが塹壕内の敵を攻撃していく。
鋭角に曲がりくねった構造の為、手投げ弾や砲撃で一掃することはできない。それでも、一般的な兵や騎士では彼らを止めるのは不可能だった。そして、最前線の塹壕に立つ貴族などという例外ですら、近衛騎士相当の腕が無ければイーサンとその部下達に制圧される。
作られた塹壕の穴に、数台のハーフトラックが侵入していった。その後ろのハッチが勢いよく開かれ、中から鎧と槍を装備した男達が溢れるように出てくる。
掲げられた旗は、この作戦に参加した他所の貴族達のもの。
気球により、アナスタシア女王がいるだろう場所はおおよそ把握できているはず。彼らは雄叫びを上げ、迷いなく一方向に駆け出した。
当然それを妨害しようとする敵兵の頭に、戦車砲が飛んでくる。更に敵砲兵は機能停止したと判断したか、帝国の砲兵部隊が彼らの支援を開始した。
指揮官は後方に立つのが定石ながら、兵の士気を保つ為、そして指揮をする為にある程度目立たねばならない。
その上、アナスタシア女王の赤い髪はこの戦場でもよく映える。幹部級は揃いの軍服を着ていることもあって、気球からでも発見は容易なはずだ。天幕にいたとしても、その警備具合から割り出せる。
塹壕を乗り越えた、2つの戦力。即応できるのは、異形と化したガルデン将軍のみ。
彼は選択せねばならない。人の身をやめようと、その身体は1つしかないのだから。
「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
「■■■■■───ッ!」
互いに、咆哮と共に刃を振るう。すれ違いざまに得物をぶつけ、振り返りながら繰り出された巨腕の裏拳を大剣の腹で上へと受け流した。
突入した貴族部隊を一瞥することもなく、彼は自分へと猛攻をしかける。ならば、こちらはガルデン将軍を足止めするまで。
連合軍は、強力なカリスマで纏められただけの集団。アナスタシア女王さえ叩けば、烏合の衆となる。
父上が残した『土産』の2つ目も機能していれば、あるいは……!
賭けではある。しかし、分の悪い賭けではない。
巨腕が大量の土と石を掴み取り、散弾銃のようにこちらへ投げつける。土にまみれ、鎧で礫を弾きながら、強引に前進。間合いを詰めた所へ振り下ろされたギザームと切り結んだ、その瞬間。
───何故、彼は一瞥もしなかった?
ある、違和感を覚えた。
ぞわりと、背筋を嫌な感覚が襲う。
ガルデン将軍は護国の将にして、王家への忠誠厚き家臣として有名だ。
今はその肉体を怪物へと堕としていても、強靭な精神力でもって理性を失いきってはいない。
そんな彼が何故、女王のいる本陣へ向かう敵部隊を一瞥もしなかった。
『気球を落とした砲撃はアナスタシア女王のもの。なら、彼女は後方にいる』
『総大将が最前線に立つなど普通ならありえない』
『塹壕を少数精鋭で突破し、敵の頭を叩く』
『トップさえ潰せば、残るのは烏合の衆』
『ここに敵の怪物を足止めすれば良い』
全てが、裏返る。
「まさか……!」
咄嗟に、クリス様がいる帝国軍の本陣へと視線を向けた。
その場所は、前線からやや後方の丘の上。親衛隊を含め兵士達が警備を固めているが、そもそも多勢に無勢の為最小限の守りしかいない。そうしなければ、戦線の維持すらできない故に。
「ガァァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
「ぐぅ……!?」
よそ見をした自分へと、容赦なく繰り出されたギザームの一閃。どうにか剣による防御を間に合わせたが、『敵陣の奥』へと押し込まれる。
「者ども!」
砲声に幾らかかき消されながらも、護国の将は吠える。
「奴を、人竜を逃すな!その命を、儂と共に捨てよ!」
返事の声は、聞こえてこない。遠くから聞こえる怒声と悲鳴、そして炸裂音に塗りつぶされた。
だが、塹壕から1人、また1人と。兵共が姿を現す。
帝国の銃弾や砲弾がいつ飛んでくるかもわからぬまま。流れ弾によって倒れる者すらいる中で。
ただの人間達が、鋼の武器を手に怪物へと駆け出す。
ぽつり、と。雨粒が鎧にぶつかり、弾けた。
それを皮切りとするように、バケツを引っ繰り返したような雨が降り始める。
銃撃が弱まり、気球が熱を奪われ高度を落とし始めた。砲撃だけは絶え間なく放たれるも、敵への圧力と、何より『眼』が低下する。
まるで、天が彼女に味方しているようだった。
あの日の、ノリス国王と同じように。
「そこを……!」
剣の一薙ぎで群がる兵士達を斬り捨て、返り血に染まりながら、吠える。
「どぉけええええええ!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
雄叫びと刃がぶつかりあい、雨の中で火花が散る。
まばゆい光が本陣のある丘に落ち、僅かに遅れて雷鳴が轟いた。
嵐が、やってくる。
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