第十一話 転生者は出会う
第十一話 転生者は出会う
「白き光の加護をここに。癒しの風、慈愛の息吹、救いの抱擁よきたれ。『治癒』」
目の前の、手足を失い目も潰された村人に魔法をかける。
傷口を覆う赤黒い血で染まったぼろ布が解け、白い光が彼の手足を形成。そして、傷1つない腕と足が数秒後には出来上がっていた。
内心でほっと息を吐く。ここまでの重傷を治したのは初めてだったが、無事に上手くいった様だ。
「こ、これは……」
目を覆っていた包帯代わりの布もはらりと落ちて、呆然とした顔を見せる村人。
そんな彼に、妻子が泣きながら抱き着く。
「父ちゃん!」
「あなた!」
「お、俺は……たしか、帝国の兵士達に……」
「手足と目。それと潰されていた内臓も治しました。まだ痺れはあるかもしれませんが、それも数日でひきます」
「あ、ありがとう……ございます……?」
呆気にとられた様子で礼を言う村人だが、子供は怯えた様子で彼の後ろに隠れ奥さんは嫌悪感丸出しの視線を向けてくる。
……うん。わかってはいたけど、地味に辛い。
それでも微笑みを崩さず、優雅にその場を後にした。
「ケネス。他に怪我人や病人は」
「おりません。後は死体だけです」
「わかりました。埋葬は生き残りに任せ、我々は離れます。くれぐれも、彼らの前で食料は出さないよう兵士に徹底してください」
放置されていた死体は、魔法である程度燃やしておいた。最初の村では内心吐き気を堪えるので必死だったから忘れていたが、生き残りがいるのなら余計に感染症に注意せねばならない。
「勿論ですとも。しかし、若様の魔法は本当に素晴らしい。ご覧ください、あの村人達を」
ケネスが上機嫌で指さす先には、こちらに跪き手を合わせる村人達がいた。
「勇者アーサーよ、貴方の御使いに感謝を……!」
「クロノ・フォン・ストラトス様……!勇者様の末裔……!」
「奇跡だ……奇跡だ……!」
いや誰が御使いだよ。
ついでに。確かに貴族はだいたい勇者アーサーかその弟子達の子孫とされているけど、ストラトス家はその辺りだいぶ血が薄くなっているのだが。
「なにあれ」
「はっはっは!あれほどの光魔法、勇者教の大司教とて使えませんからな!天から使わされたお方だと、勘違いするのも無理はありません。むしろ、私も『もしや』と思っております」
「えぇ……」
まあ、自分でも規格外の魔力量だとは自負しているが。転生者ゆえか、自分もグリンダも、そして伝説に聞く勇者アーサーも並の貴族を遥かに凌駕する魔法の才を有している。
なくなった手足や潰れた内臓まで治せるのだ。奇跡を起こしたと思われても不思議ではない。
だが、大司教は同じ事が出来ないのは意外だった。自分は魔力量のゴリ押しでどうにかしているが、彼らは専門家だし技量でどうにか出来たりしないのか?
信仰心が足りない……というわけではないだろう。自分とて信心深い方ではない。せいぜい、領内にいる間は朝のランニングがてら教会に寄ったり、食前食後に祈ったりする程度である。
父上みたいに、毎晩1時間も聖書の内容を教会で呟いたりなんてしていない。なんでも、若い頃は教会騎士を目指した事もあるとか。嫡男であったので、周囲が全力で止めたらしいけど。
というか、光魔法は呪文こそ天への祈りの様だが、実際は使い手の信仰心や清廉さは関係ない。
そうでなければ教会領の腐った豚どもが使えるわけがないと、父上が笑顔で言っていた。目は笑っていなかったけど。
『教会領』
クロステルマン帝国には、教会が持つ土地がある。正直、あり方は貴族と変わらない。だが防衛用の戦力を揃えられるのに軍役がない等、色々と優遇はされている。
特に今の皇帝陛下が教会と懇意にしているらしく、依怙贔屓し過ぎて貴族達は彼らを毛嫌いしていた。しかも勇者教の教会は色々と……その、美少年や女体、あと酒や肉への関心が強い神官が最近多いと有名だし。
それはともかく、傅かれるのには流石に慣れたものの、祈られた経験はあまりない。ちょっとだけ足を速める。
「あと、ケネス。別に全員が祈っているわけじゃないですからね」
視線を、祈っている人達とは逆側に向ける。
そこにいる村人達は、焼け落ちた家屋を背に自分を睨みつけていた。それも当たり前である。彼らを傷つけ、家や畑を壊したのは帝国軍なのだから。
むしろ、そういう視線に安心すら覚える。普通こうだよね、と。
「なんと恩知らずな奴らか。若様が治療を施し、更に仮の住居となる土と石の家まで用意してやったのに。ちょっと待っていてください。吊るしてきますので」
「いや、良いですから。やめて。マジで」
青筋を浮かべたケネスが向かおうとすると、睨みつけていた村人達が蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
老騎士の首根っこを掴み、強引にハーフトラックへと歩いていった。
「一々ああいう視線に対応していたら、本隊から遅れ過ぎます」
「良いではないですか。どうせ戦に我々が関与できる事などない。軍役を果たしたという体裁さえとれれば良いのです。貴族が平民になめられるなど、言語道断ですぞ!」
「こっちをなめている様だったら、僕だって見せしめに2人か3人首を刎ねていますよ。あの視線は、恐怖ゆえです。それは貴方にもわかるでしょうに」
「だって、シンプルにむかついたので」
「面倒くせぇなこの爺……」
思わず本音がもれるが、他の兵士達も似た様な空気になっているのが少し問題である。
この前まで自分と一緒に死体を見て吐きそうになっていたのに、今ではこちらを睨む村人達にいつ斬りかかるかわからない雰囲気だ。
どうにも、思った以上に自分は慕われているらしい。それは嬉しいのだが、暴走は勘弁である。何の為に同情半分。人気取り半分で治療やら何やらしていると思っているのか。
「あいつら、俺達の若様に治療されたくせに……!」
「そうだ。俺達の、俺達の若様なのに……!」
「誰を睨んでんだ、こいつら。ぶっ殺すぞ……!」
なにあれ怖い。
偶に父上の巡回についていって、怪我人の治療とかは領内でもやっているのだが……もしや、ケネスみたいに自分の事を魔法の強さから転生者かもと考えていたりしないよね?
父上が何も言わずにニコニコしていたので、大丈夫かと思っていたが……帰ったら、あの親バカを問いたださねば。
比較的冷静なレオと共に老騎士と兵士達を誘導して村を離れる。これで3つめ。この地道な活動が、将来実を結んでくれると良いが。
まあ、そうでなくとも治療の経験を積めたと思おう。ただでさえ気が滅入る光景が自軍によって作られているのだ。無理矢理にでもポジティブでいないと。
「……しかし、先行している部隊は占領後の事を考えているんですかね?あまりにあんまりな有り様ですけど」
「はっはっは」
何度目かの野営中、ケネスにそう尋ねると。
「考えているわけないじゃないですか、若様。今回先行している部隊は、帝都周辺に領地を持つ者達か、日頃末端の事なんて考えていない大貴族様ばかりですぞ?」
「おぉう」
非常に残念な答えが返ってきた。
「つまり、自分の領地じゃないから、同じ帝国貴族が困ったところで知った事ではない……と?」
「むしろ、将来ここを管理するだろう貴族の力を削げたらなお良し。と、考えていても不思議ではありませんな」
「……帝国貴族って、仲悪いんですかね」
「普通ですぞ?若様も、よその領地で飢饉が起きても基本的には何もせんでしょう」
「……まあ、それもそうですね」
為政者たるもの、自分の領地を第一に考えねばならない。他人の所まで気にするのは、よっぽどの余裕があるか、今回みたいに自領に影響が出る場合のみである。
非情ではあるが、必要な事だ。神様でもない身で出来る事など、たかが知れている。
ケネスの言葉に納得すると同時に、『でもやっぱりこの無茶な行軍は、ストラトス家的には勘弁してほしいな』と内心でため息をついた。
この辺りが野盗だらけや反乱軍まみれになったら、対策のため絶対に帝都の方から軍役としてうちにも兵士と金を出せって言われる。それを考えると、今から頭と胃が痛かった。
そうしてあちこちの村で治療しながら進軍する事、2週間。
結局ただの1度も敵兵と戦う事もなく、決戦の地……オールダー王国の首都近くにある、平原へと自分達は到着した。
ここまでの道のりで剣を振るった事はあるが、それは偶然遭遇したクマを切り捨てた時だけである。人ですらない。
なお、そのクマの肉は燻製にしてハーフトラックの中だ。毛皮は流石に邪魔だし加工が面倒だったので、その辺の村に置いてきた。
もはや、道中の糞尿と腐った肉の臭い以外はピクニックとしか言えない行軍。
そして、決戦の地について伯爵へ挨拶に行ったら戦場のはずれもはずれ。矢どころか投石機すら届かない位置に陣を敷く様に命令された。
「……正直、拍子抜けしている自分がいます」
「まあ、敵の魔法騎兵を止める肉壁にされなかっただけ幸運と思いましょう!アレは本当にきついですからな!」
豪快に笑う老騎士に、苦笑で返す。
とことん、帝国貴族達は手柄の取り合いで必死らしい。こんな勝ち戦だから、当然と言えば当然だが。
しかし、だからと言って浮かれ過ぎな気もする。
伯爵へ到着した事を報告しに行った時に見かけたが、従軍娼婦や商人達の所でバカ騒ぎする兵士達や騎士達。
宴会を開いて、酒池肉林している各貴族達の本陣。噂では、皇帝陛下の陣では三日三晩終わらぬ宴が催されているとか。
鎧を纏っている比較的真面目な貴族も、出陣式で見たおよそ実戦では使えなさそうな装飾過多な格好ばかりである。
初陣の自分が緊張し過ぎているのか。彼らがアホ……じゃない。リラックスし過ぎているのか。前者である事を祈るばかりである。
「ん?」
ぽつり、と。頭頂部に水滴を感じる。顔を上げてみれば、どうやら雨が降り始めた様だった。
「こりゃいけませんな。すぐに天幕を張らねば」
「ですね」
雨がだんだんと強くなり、宴会を中止する貴族達。流石に従軍経験豊富な者が多い帝国軍だけあって、その動きは俊敏である。
自分も慌ててレオ達と合流し、戦場から遠く離れた位置で天幕を張った。
堀を作って雨水が入ってくるのを防ぎ、魔法で光源を確保しながらぼんやりと辺りを見回す。
あの平原近くの山に見える明かりは……皇帝陛下の本陣か。あそこから戦場全体を見下ろしているらしい。
麓にも多くの明かりが見えるので、防備は厳重だ。流石に、幾ら油断しているとは言え陛下の守りまでおろそかにしている事はないらしい。今回は皇太子殿下の初陣でもあるのだから、なおさらだ。
それより。
「……明日決戦の予定ですが、騎兵の動きが心配ですね」
「ええ。まだまだ降りそうですし、明日は防備を厚くして、決戦は明後日にずれ込むかもしれませんな」
ケネスとのんびりとそんな事を話した、翌日。
オールダー王国の、大攻勢が行われた。
敵は王都にこもって籠城戦をし、まだ無事な都市から援軍を待つ。そう、帝国軍は考えていた。そうして少しでも有利な交渉を望むだろうと。
彼らの考えを責める事はできない。それが、この世界の戦における常道である。
だからこそ、相手はその隙をついたのだ。
「マジか……」
思わず、気の抜けた声が出る。
雨は日の出と共に止み、ラジオ体操も終えた後。何やら平原の方が騒がしいと陣を少し離れて小高い丘から平原を見下ろした。
すると、あちこちで帝国軍の陣地から火の手が上がっている。黒煙がまだ灰色の雲が残る天へと昇っていき、悲鳴が木霊していた。
「……これはまずいですな」
ストラトス家お手製の双眼鏡を覗き込みながら、ケネスが頬に汗を伝わせる。
「若様。皇帝陛下の陣がある場所をご覧ください」
「……まさか」
そう思い、山の方へと視線を向けると。
きちんと守りを固めていたはずの場所から、盛大に煙が上がっていた。
「……えぇ」
「恐らく、雨に乗じて山をのぼり、中腹にあった陛下の陣を襲ったのでしょうな。しかし、幾ら地元とは言え軍隊で登山とは……かなりの博打ですぞ」
「……いえ。博打とは言えないかもしれません。少なくとも、相手は準備をしていたはず」
平原へと視線を戻し、ぽつぽつと呟く。
「帝国の騎兵部隊は動きが鈍いのに、敵の騎兵は平然と走っている。恐らく、事前に魔法で足場を固めておいたんです。相手は最初から、これを狙っていた」
「え、どこです?相手の騎兵」
「ほらあの辺」
「あー……流石若様。良い目をしていらっしゃる。2つの意味で」
「それはどうも」
ケネスが持つ双眼鏡を向けさせた先では、泥で足が鈍った帝国軍の騎兵を置き去りにし、悠々とヒットアンドアウェイをしている王国軍騎兵の姿があった。
帝国の部隊はまともに動けないまま、魔法によって燃やされている。
それでも、数の差は絶対だ。指揮系統が乱されてはいるが、相手の魔法騎兵は少ない。これならすぐに押し返す……と、思っていた。
だが。
「あ、王都の門が開かれ……んん?」
オールダー王国が小国とは言え、首都は高い城壁に囲まれている。当然、こっそりと出入りする事は難しい。
だと言うのに、どこにつまっていたんだと言いたくなる大軍が雪崩の様に門から外へと吐き出されていく。
戦場全体を見た感じ、明らかに開戦前聞いていた6千を軽く超えていた。
「……え、なにこれ」
「若様。取りあえず鎧を着ておきましょう。どう戦場が動くにしろ、準備はしておいた方がよろしいかと」
「わ、わかりました。それと、レオにも蒸気機関に火を入れる様に言っておかないと……」
ハーフトラック。というか、蒸気機関全般はきちんと稼働するまでに時間がいる。
今回の戦闘で自分達にやる事はないだろうと、帰りの為に炉を止めて整備を行っていたのが裏目に出た。
兵士達にいつでも動ける様に指示を出し、ケネスに手伝ってもらいながら鎧を纏う。
右の腰にダガーを。左の腰にソードオフショットガン……銃身を切り詰めた散弾銃を装備。
兜の面頬を下ろし、大剣を担いで再び丘へと戻る。少しでも敵に目を付けられない様に、鎧が汚れるのも構わず片膝をついた。
さて、帝国軍が押し返してくれているのが理想だけど……。
「嘘でしょ……」
「……正直、信じられませんな」
滅茶苦茶だった。決して練度が低いわけではない、数で勝っているはずの帝国軍が、陣形をズタズタに崩されている。
もはや連携は出来ない。これは、各個に逃げるしかないのでは?
そう考えるが、むしろそれが敵の狙いなのかもしれない。魔法騎兵がここぞとばかりに逃げようとする帝国軍の背中に攻撃し、いとも容易く粉砕している。
勝ち戦だと思っていたら、これだ。呆然としていると、こちらに近づいてくる騎兵を発見する。
「っ!」
「む?若様?……ぬ!」
ケネスも少し遅れて気づいたらしく、双眼鏡をおろし代わりに槍を握った。
こちらに向かって来ている騎兵は、4騎。うち1騎は帝国の旗を掲げている。
伝令ではない。なにせ、後ろの3騎は王国軍の旗を掲げているのだ。
「……彼から話を聞けるかもしれません。助けてきます」
「若様!?」
今は少しでも情報が欲しい。左手で地面を掻く様にして加速しながら、立ち上がり走り出す。
相対速度もあってこちらに向かって来ていた帝国軍騎兵とあっという間にすれ違い、王国軍騎兵の眼前に。
目を見開き、動揺した様子の敵と視線がぶつかる。
謝罪も、躊躇もしない。迷いなく大剣を逆袈裟に振るい、相手の馬を両断した。刃は馬体を裂くだけではとどまらず、騎兵の胴も斜めに切断する。
血と肉片が飛び散る中、分かたれた敵の体が後方へと流れて行った。
すぐさま反転し、友軍を追いかける残り2騎へと迫る。片方が憤怒の形相でこちらに馬を向け、槍を構えた。
「このばけも」
「遅い」
足を緩めた騎兵などただの的である。跳躍し、敵兵の脳天に大剣を叩き込んだ。馬もろとも両断し、着地と同時に最後の1騎へ。
自分は、父上の様に優れた騎兵にはなれない。
何故なら、馬に乗る時毎回思ってしまう。
自分で走った方が、速い。
「───であり、火矢であり、敵を薪へ」
最後の1騎は、こちらを振り返らず一心不乱に帝国軍騎兵を狙っている。よほど、彼を逃がしたくないらしい。
俄然、助ける価値が出てきた。全力でぬかるんだ大地を踏みつけ、強引に跳ぶ。
「息吹となれ!『炎───』」
詠唱が終わる直前、敵騎兵の真横に到達。突き出された右腕へと剣を振るい、掌から胸まで刃を通過させた。
真っ二つになり、後方へと落下する胸から上。優秀な騎兵だったのだろう。残された体は落馬する事なく、しっかりと両足で鞍を挟んだままだった。
だが、その死を悼んでやる余裕はない。すぐさま逃げていた友軍に駆け寄る。
既に限界だったらしく、彼の乗っていた白馬は力尽きて倒れてしまった。投げ出された騎手を受け止め、顔を確認する。
「大丈夫ですか!?意識は……」
問いかけようとして、言葉が止まる。
出陣式では遠すぎて顔がわからなかったが、しかし肖像画は何度か見た事があった。
「皇太子……殿下?」
兜もなく金髪を汗で頬に張り付かせた、ため息が出るほど美しい中性的な人物。
『クリス・フォン・クロステルマン』。今回の戦争の、最重要人物がそこにいた。
読んでいただきありがとうございます。
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