第九十四話 祭りの後は
第九十四話 祭りの後は
祭りは終わり、翌日には民衆の熱狂など消え去っていた。
残っているのはあちこちに散らばったゴミと、二日酔いで頭や腹を押さえる大人達。
はしゃぐ子供達も、その余韻は魔女狩りではなく、祭りの余熱に過ぎない。
もとの、敵国との国境線近くにある街へと、ここも戻る。彼らに真の平穏が訪れるのは、いつになるのか。
魔女裁判の復活を見定める為に遠方から来ていた各国の大使や、金の臭いに釣られて来ていた商人達はもう街を出ている。
モルステッド国王も、護衛を引き連れて国へと帰った。本人は最後まで教皇聖下に聖人認定を受けられないか交渉していたが、それは叶わず。
家臣達に背中を押されるようにして帰路へつく彼は、まるで囚人のようであった。
閑話休題。モルステッド王国の事情を気にしていられる程、帝国に、そしてストラトス家に余裕などない。
場所は、昨日魔女裁判が行われた広場。時刻は昼過ぎであり、既に舞台は解体され撤去されている。
そこに、クリス様とその親衛隊。自分とストラトス家の者達。そして、今朝この街に到着したジョン大司祭とその護衛が集まっている。
彼は魔女裁判の顛末を聞き大いに驚いた後、自分が無事なことを祝福してくれた。
彼は現在、舞台があった場所でフィリップ司祭の冥福を祈っている。悪魔に誑かされた魂が、地獄で受ける罰をきちんと終え新たな命に生まれ変われるように。
そうして待つこと、およそ15分。待ち人がやってくる。
広場の反対側から向かってくる、オールダー・スネイル連合。先頭にはアナスタシア女王がおり、斜め後ろをスネイル公国の宰相が歩いていた。
更に、別の道を使って教皇聖下と彼の護衛である教会騎士達も到着する。広場の中央で、3つの陣営が顔を合わせた。
ジョン大司祭も立ち上がり、教皇聖下と各国の代表達へ一礼する。それを横目に、アナスタシア女王とクリス様がお互い前へ出た。
「ごきげんよう、クリス陛下。昨夜はよく眠れたかな?」
「……ええ。そちらこそ、ご機嫌はいかがか。アナスタシア女王」
不敵な笑みを浮かべる赤髪の女王と、硬い表情をした男装の皇帝。
「すこぶる良い……とは言えないな。だが、悪くはない。奇跡を目撃できた余韻を、楽しみながら眠ったよ」
ちらりと、彼女の視線がこちらを向く。
「いっそ、クロノ男爵を我が国に招待したいぐらいだ。彼に尋ねたいことが、山ほどあってね」
「……それならば、貴女が我が国に来ると良い。客人としてもてなそう」
「おや、ナンパかな?まさか皇帝陛下から誘われるとは、私も捨てたものじゃないらしい。どうだろう。いっそこのまま、我らの婚姻でもって和平でもしてみるか?」
「は?え、ち、ちがっ……!」
慌てて否定するクリス様に、アナスタシア女王はくつくつと笑う。
「冗談だ。お互い、和平など言える状態ではない」
彼女が、ゆっくりと左手を上げる。
すると、連合の兵達が左右に別れ、その間を豪奢な棺が運ばれてきた。
「我らは兄、ノリス国王を失った。貴殿らは、コーネリアス皇帝を失った」
ジョン大司祭が、涙を流しながら棺を凝視する。
その中に誰が納められているのかは、考える間でもなかった。
「ノリス国王を返却してくれた礼として、こちらもコーネリアス皇帝の遺体をお返ししよう。損傷は可能な限り修復し、腐らせもしていない」
「……父上の遺体を丁寧に扱って頂いたことを感謝する。アナスタシア女王」
「構わんよ。我らも『偉大な為政者』に対し、敬意を払う心はある。たとえそれが、怨敵だったとしてもな」
連合の兵士達を盗み見れば、彼らの表情は硬い。眉間には皺がより、何人か拳を震わせていた。
スネイル公国も、オールダー王国も、帝国への恨み骨髄だろう。特に、両国にとって寒い時代を作っていたコーネリアス皇帝への憎悪は、計り知れない。
交渉材料にできるから大事にしていただけで、実際は万回剣を突き立てても彼らの怒りが晴れることはなかったのだろう。それが、兵士達の表情から察せられた。
あのクリス様ですら、コーネリアス皇帝に対して複雑な思いを抱いている。この場で彼の死を心から嘆いているのは、ジョン大司祭ぐらいだ。
「さて。それでは教皇陛下をあまりお待たせするわけにはいかない。受け取れ、クリス陛下。貴殿の御父上だ」
「……改めて感謝を。これでようやく、我が父を墓所にて弔うことができる」
親衛隊が連合の兵達から棺を受け取り、ゆっくりと運ぶ。
そこに、ジョン大司祭が飛び出してきた。
「ちょっ」
「陛下!コーネリアス陛下!ああ、そんな……うう……本当に、本当に……!」
涙どころか、鼻水まで垂らして大司祭が棺に縋りつく。
それだけ2人の間に絆があったのか。何にせよ、あの落ち着いた雰囲気の人物とは思えない取り乱しようだ。
思わず困惑する帝国陣営をよそに、教皇聖下が重々しく頷いて1歩前へ出てくる。
「うむ。死者を悼むこと。尊敬の心を持つことはとても大事だ。彼らは皆我らが主の元へと向かい、そして長い時を経て転生する。コーネリアス皇帝の来世が良いものであることを、儂も祈ろう」
瞳を閉じ、首から下げていた勇者教のエンブレムを手に祈りを捧げる教皇聖下。それに倣い、周囲の者達も指を組んで祈る。
正直、コーネリアス皇帝への心象は最悪だが。それでも死ねば仏。何より、外聞の為に形だけでも祈っておく。
1分程祈りを捧げた後、教皇聖下が口を開いた。
「敵国の皇帝であっても、敬意をもって遺体を保護したこと。良い心がけだったぞ。アナスタシア女王よ」
「ええ。私も国を背負って立つ身。コーネリアス皇帝との間に遺恨は数多くありますが、同じだけ敬意をもっていますから」
ニッコリと、貼り付けたような笑みを浮かべるアナスタシア女王。
その言葉に教皇聖下は満足そうに頷いた後、彼はクリス様に顔を向ける。
「クロステルマン皇帝。貴殿も、父の仇によく礼を述べた。人類は皆兄弟。恨みだけではなく、感謝と友愛の心を忘れてはならんぞ」
「はい。教皇陛下。いついかなる時も、平和への道について考えていこうと思います」
「けっこう。貴殿らの諍いが一刻も早く終わりを迎え、互いに手を取り合える日がくることを願っているぞ」
これにて、帝国と連合間での停戦は終わりを迎える。
それでも、即座に戦闘が始まるわけではない。この場では、互いに帰路へとつく。ここで騙し討ちのようなまねをすれば、勇者教を今度こそ敵に回しかねない。何より、『面子』が傷つく。
別れ際に、アナスタシア女王と目が合った。
視線の交差は、ほんの数秒。しかし、それだけで十分。今話すべきことは、あの四阿にて全て話した。
これ以上語るべきことがあったとしても、それは剣を相手へと振り下ろしてからになる。
互いに背を向け、歩き出した。
───『戦場にて』
あの日交わした最後の言葉を胸に、帰路へつく。
戦の準備を、する為に。
* * *
クリス様達と共に、ストラトス領へと帰還する。
コーネリアス前皇帝の遺体は、一足先にジョン大司祭が帝都へと持ち替えることになった。
それにしても、凄まじい泣きっぷりであった。顔から出るもの、全部出ていたと思う。何か話そうにも、まともに会話が成立しない程であった。
下世話な考えだが、彼もアンジェロ枢機卿と同じくコーネリアス前皇帝と『真実の愛』を結んでいたのではないか。
……いや、よそう。流石に、死者の性事情について考えるのは不道徳すぎる。
何にせよ、これにてアンジェロ枢機卿の遺言は果たされた。父上はその死について強い疑いを抱いていたが……自分の立場では、あれこれ調べることはできない。
クリス様にも一応情報の共有は行っているものの、彼女も命をもって庇われた手前、アンジェロ枢機卿のことを詮索することはできないだろう。無理に調査すれば、臣民の心が離れる。何より、彼女もああ見えて多忙だ。
あとは、帝都にいる父上が個人的に調べてくれるはず。こちらは、戦争に集中しよう。
数日かけてストラトス家の領都へと帰還すれば、姉上とアレックス達。
そして、意外な人物が出迎えてくれた。
「おーっほっほっほっほっほ!」
絵に描いたようなお嬢様ポーズをとる、赤髪縦ロールの侯爵令嬢。1キロ先にも聞こえるのではという、大声で高笑いをする人物など、自分は1人しか知らない。
「お待ちしておりましたわ、クリス様!そしてクロノ様!このワタクシ、シャルロット・フォン・グランドフリートが、助太刀に参上しましたわよ~!おーっほっほっほっほっほ!!」
高笑い、まさかの二度うち。
というか、助太刀って?グランドフリート侯爵家がこの戦いに参加してくれるのなら、それは確かに吉報である。しかし領地の方は良いのか?
「若様ー!わーかーさーまー!」
その横で、対抗するようにアレックスが両手を振っている。
いったいどうしたのか。皇帝であるクリス様がいるのに、執事である彼が大きな声を出すのはあまりよろしくは───。
「ルーナ達5人が、若様の子を身籠ったかもしれませーん!!」
「……ええ!?」
彼女達と関係をもって、3週間と少し。アレックスがこう言うということは、グリンダも診察したはず。彼女なら、魔力の流れで妊娠の有無がわかるだろう。となれば、正しい情報の可能性が高い。
まさか過ぎる情報に、目が点になる。
だが驚いたのは自分だけではないようで。
「ええええええええ!?」
「おーっほっほっ……ほげええええええ!?」
現皇帝陛下と、未来の皇妃様が自分以上の大声を上げる。
そして。
「───ごふぅお!?」
「シャルロット殿ぉ!?」
赤髪縦ロール氏が、盛大にむせながら倒れた。
吉報と吉報。どっちも嬉しいけど、同時にぶつけるのはやめてほしい。こんな感じで交通事故起きるから。
「誰かぁああ!?医者を!いや、クロノ殿!治療を!」
「げぶ、ごべ……く、クリス様……貴方のことを、愛して……ごふぉ!」
「シャルロット殿……シャルロット殿ぉおおお!」
ちょっと令嬢が出しちゃいけない物を鼻と口から出すシャルロット嬢。それを抱き上げて助けを呼ぶクリス様。
もうダメかもしれん。うちの国。
読んでいただきありがとうございます。
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シャルロット嬢
「赤髪に高貴な身分のスタイル抜群な美女ですって!?ワタクシ知っていますわ……これが、キャラ被り!ですわね!」
アナスタシア女王
「なん……だと……!?」




