第九十一話 祈りの弾丸
第九十一話 祈りの弾丸
街の中央広場。かなりの広さを誇るそこに、入りきらない程の民衆が押し寄せている。
元々、戦火に巻き込まれた街だ。住民は不満と不安を常に抱えている。それが、『お貴族様の魔女裁判』なんてイベントに来ないわけがない。
むろん、彼らが自分達に飛び火する可能性を危惧し、家にこもってしまう可能性はあった。
だからこその、出店である。
戦場近くの街というのは、どうしても食料は不足するし、蓄えがあっても出し時を考えなければならない。
だからこそ、比較的安めに食料を大量に、それも美味しく提供する店が立ち並べば我先にとやってくる。
……まあ、多少『さくら』の影響もあるだろうが。
しかし、凄い賑わいである。この場に集まっているのは、この街の住民だけではない。各国の代表達の護衛や、聖都の神官達、更には帝国とは隣接していない国の大使まで来ている。ついでに、イベントこと金の匂いに引き寄せられた商人達も。
おかげで、自分の魔女裁判は大盛況である。この大観衆。万を超えているのではないか。
控室に使っている天幕の屋根から、こっそりと周囲を見回す。屋根と同色の外套を羽織り、体勢を低くしていればそうそう気取られることもない。
魔女裁判の刑が執行される舞台近くに、フィリップ司祭が既にスタンバイしている。直接銃で撃つ神官……『執行官』に、入念に銃の手入れをさせていた。
出店の方は、予想以上に大繁盛である。既に完売したのか、看板を引っ込める店まであった。
……いや。なんか、繁盛し過ぎじゃない?
商品1つ1つの値段は安いので、輸送の費用を考えて赤字になると思っていたが……想定以上に売れているようだ。
もしや、結果的に薄利多売という形になって利益が出るかも?
……儲け次第では、毎月やろうかな。自分の魔女裁判。
などと、半分冗談でそんなことを考えながら、視線を観覧席に。
貴族や勇者教関係者を優先的に座らせているだけあって、華やかな装いの者達が多い。
少なくとも皆表面上はにこやかに会話をしている。だが、それにしてもモルステッド王国の者達は騒がしい。
酒や料理を存分に味わい、余興として演奏させている楽団にヤジまで飛ばしている。
かと思えば、そういう仲間達を心底侮蔑した目で見ているモルステッドの貴族もいた。そういう者達は、明らかに誰かをバカにするような表情で囁きあっている。
あ、喧嘩が始まった。モルステッド王国の者同士で。
……全体的に纏まりがないな。あの国。
そして、VIP席。
観覧席の中でも特にいい席かつ、壁と屋根が取り付けられた場所。そこには、各国の代表と教皇聖下がいらっしゃる。
中央の席に座る教皇聖下に、幾人もの貴族達が挨拶をしていた。
勇者教のトップと聞いてどんな人物かと思っていたが、遠目には理知的なお爺さんに見える。
豊かな白い髭と、長く垂れ下がった眉。そして腰近くまである白髪。切れ長の瞳。
勇者教のトップらしく、白を基調とした服にはふんだんに黄金の装飾が施されている。それでも成金感が出ないのは、本人の風格故か。
流石は、権謀渦巻く聖都で頂点に立っているお方である。
そして各国の代表達。なにやら、モルステッド国王がクリス様に話しかけて……いや、喧嘩を売っているらしい。
何を言っているのかまでは不明だが、あの表情からして上から目線で説教風の罵倒と自慢をしているのだろう。
クリス様本人は笑顔で聞き流しているが、VIP席後方で親衛隊とモルステッド兵が凄まじい顔でメンチをきっていた。誰が見ても一触即発な雰囲気である。
ちょっとムカついたので、シルベスタ卿を応援しておく。脛を狙え、脛を。
そう思っていると、アナスタシア女王が割って入った。二言三言モルステッド王に言うと、彼は顔を真っ赤にして何か怒鳴り散らし、端の方にある椅子にどかりと座った。
そして振り返ったアナスタシア女王が、クリス様と話し出す。先程と違い、赤い王女は穏やかな表情で喋っていた。だというのに、男装の皇帝は笑顔を引きつらせている。
無理もない。クリス様は責任感と事務処理能力は素晴らしいのだが、こと交渉ごとに関しては……うん。
しかし、芯の通った方である。女王の圧に飲まれて、不利な契約を飲まされるなんてないだろう。
最後に、スネイル公国の宰相。アナスタシア女王と同じく黒地に金の装飾を施した軍服を着た老人は、油断なく魔女裁判の会場を見回している。
っと、まずい。一瞬目が合った。
素早く屋根から降り、控室に戻る。あのご老人、細身で武人らしい気配はないのだが、まるで抜刀直前の日本刀めいた気配を放っていた。
その辣腕で小国の公爵の身から一代で帝国と戦える公国を作り上げた、スネイル公王。彼の右腕である宰相ともなれば、やはり一流ということだろう。
敵対する相手には、程々に無能であってほしいのだが。有能な敵は恐ろしいので、できれば突然ぽっくり逝ってほしい。
……もっとも。年齢的に公王も宰相も本当に突然死しても不思議ではないが。
───ブォオオオオオ……ッ!
角笛の音が響き渡り、楽団が奏でていた演奏を別のものへと切り替えた。
天幕の隙間から舞台を覗けば、壇上にうちの若手筆頭騎士、レオが上がっている。
その服装に、集まった民衆はどよめいた。
なんせ、彼の仕えている家の長男がこれから魔女裁判を受けるというのに、レオの服装は『赤い燕尾服』なのだから。
マイクのように加工した、魔物の骨。それは見た目通り、拡声魔法の増幅器である。
「お集まりの紳士淑女の皆様!お待たせいたしました!」
練習に練習を重ね、レオは本当に楽しそうな笑顔で民衆に呼び掛ける。
あるいは、ちょっと自棄になっているかもしれない。ごめんね、心労ばかりかけて。今月の給料には色をつけておくから。
「今日ここに!我らが皇帝クリス陛下と!オールダー王国、モルステッド王国、スネイル公国の代表の方々!そしてぇ!なんと教皇聖下までいらっしゃっています!」
レオが、大仰な身振り手振りで観覧席のVIP席を掌で示す。
そこにいる重鎮達を再認識し、民衆からどよめきと歓声が上がった。
「それは何故かぁ!何故、これ程の大物達が一堂に会したのかぁ!皆様が何故、こうして集まったのかぁ!その理由はぁ……ただひとぉつ!」
全力のマイクパフォーマンスを披露しながら、レオは叫ぶ。
「銀の弾丸でもって、悪が裁かれる瞬間を目撃する為、だぁあああ!」
───オオオオオオオオッ!
集まった民衆が、大声で叫ぶ。
それで良い。それが良い。もっと盛り上がってくれ。
レオが叫ぶことで、この場を『騒いでも良い場所』と彼らは認識する。美味い飯に、少しの酒。そして非日常的な空間。
それが、熱狂を呼ぶ。魔女裁判のトリガーとなる、熱狂を。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「貴族は皆死ねぇええ!」
「血を見せろおお!」
物騒な声が、そこかしこから聞こえてくる。何割かは仕込みだが、本物も混ざっているはずだ。
思惑通りにいって嬉しい反面、魔女裁判という名の処刑で喜ぶ民衆に、ちょっと引く。
「まずはこの魔女裁判の発起人!こいつが言い出したからこそのお祭りだぁ!壇上に上がっていただきましょう!フィリぃぃぃップっ……しーさーいー!!」
「FOOOOOOO!!」
「!?」
突然の名指しに驚いた様子で、フィリップ司祭が周囲を見回している。彼の取り巻き達も困惑した様子だ。
しかし、とても良い笑顔のうちの騎士達に促され、更に民衆からの呼び声に大量の冷や汗を掻きながら舞台へと向かう。
彼が、自分がこれ程までに祭りの準備をしていることを警戒し、当日に舞台周辺へ来ない可能性が怖かった。
しかし、無事に昨日の挑発が効果を発揮したようである。フィリップ司祭は今更になって警戒心をあらわにしながら、壇上へと上った。
「ある意味本日の主役の1人!フィリップ司祭!フィリップ司祭ですよ皆様!彼の顔と名前を、よぉく覚えてください!彼は必ず、歴史に名前を遺します!フィリップ司祭を、どうぞよろしく!」
民衆を囃し立てながら、レオがフィリップ司祭を紹介する。
ますますヒートアップする『観客』を前に、彼の元々青白い顔は更に白くなっていた。
どうやら、数十人の前に出て説法をした経験はあっても、万単位の人間の前に立った経験はないらしい。
自分もあんまり経験豊富ではないので、とっても不安である。こわい。
「そしてぇ!彼も忘れちゃぁならない。聖都からいらっしゃった、執行官様です!どうか皆様、拍手でお迎えください!」
民衆に紛れた『さくら』達が率先して拍手と口笛を吹けば、他の者達もつられて拍手をしだした。
あっという間に万雷の拍手となり、銃を抱えた魔女裁判の執行官が壇上へと上る。
まだ20前半といった見た目で、こちらもかなり緊張した様子だ。
「彼が持つは、聖都にて製造された聖なる武器!銀の弾丸を放つ、退魔の鉄槌!この世界最新の兵器、鉄砲です!まずはその威力を、皆様にご覧に入れましょう!」
レオが神官達のいた方とは逆側に腕を振るうと、うちの騎士達に連れられた大柄な男が出てきた。
悲しきかな。この時代、死刑囚には困らないのである。彼はその辺で捕まえた、凶悪な強盗殺人犯だ。
「この男は4日前、この街に向かう商人を殺し積み荷を奪った野盗集団のボス!殺した数は、10人か、20人か……とんでもない悪い奴!まずはこいつで、聖なる武器の威力を試しましょう!」
「おおおおおお!」
民衆が喝采を上げる。元々、人の処刑が見たくて集まった者達だ。盛り上がりこそすれ、見知らぬ誰かの死に怯えることはない。
必死に逃れようとする、猿ぐつわをはめた大男。彼の前で、レオが別の騎士から簡素な鉄兜を受け取る。
「皆様ご覧ください!この兜を!鉄で作られたこの兜は、矢の1本や2本簡単に弾きます!」
こんこんと、マイク型の骨をぶつけて鳴らした後、彼は罪人の頭に兜を被せた。
本来兜と頭頂部の間に布を挟むのだが、今回は勢い重視なので省略する。
「では、聖都の射手よ!祈りを込めて、銃の準備を!弾と火薬は、こちらで用意してあります!」
差し出されたお盆の上に置かれた、火薬と丸い弾丸。
それとフィリップ司祭を何度も見比べた執行官だが、彼に促されて装填を始める。
緊張からか、少し手間取っているものの、無事に装填が完了。その間はレオが頑張って場をもたせた。
流石、領内の宴会で最も笑いをとる男……!
無理矢理跪いた体勢にされた罪人の隣で、ストックを脇に挟み、火のついた縄を片手に狙いを定める執行官。
うちとは銃の構え方が随分と違う。タッチホール式の構えって、ああなのか……。
「さあっ!さあさあさあ!皆様、よぉく見ていてくださいね!よそ見は厳禁!カウントダウン、開始です!」
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
「ゼェエエロオオオオ!!」
カウントダウンの終りと同時に、火が銃身上部の穴へとねじ込まれた。
激しい炸裂音と共に、銃口が跳ねる。衝撃が強すぎるのか、執行官も少しよろめいた。
普通に撃ったら当たらなそうな銃だが、至近距離であったこともあり、弾は罪人の頭に直撃。
兜を貫通し、血肉を派手にぶちまけた。
喝采が上がる。安心した様子で、執行官が胸をなでおろした。
「ご覧いただけましたか!?鉄の兜ごしに、人の頭が砕け散りました!兜の様子を確認しましょう……ななな、なんと!大穴です!子供の拳なら入っちゃう、大穴が開きました!」
罪人の死体から兜を剥ぎ取り、銃弾が出た側を民衆に見せるレオ。
実際は子供というか、赤子の拳なら入る程度だが。距離と角度もあって、民衆には彼の言う通りの大きさに思えるだろう。
別の騎士に血まみれの兜を預けると、レオは控室側を一瞥した。
さて、そろそろだ。
「ふぅぅ……」
緊張で心臓がうるさい。目頭が熱くなってくる。それなのに、指先が妙に冷たかった。
「若様……」
そんなこちらを、心配そうな顔でケネスが見てくる。
自分よりも緊張した人間を見ると落ち着くという話は有名だが、なるほど。確かに、彼の顔を見たら少し冷静さが戻った気がする。
「大丈夫です。問題ありません」
胸ポケットに入れたハンカチを確認し、深呼吸1回。
大丈夫。練習通りにやれば良い。
「それでは……皆様、前座はここまで。遂に!本命の登場です!」
レオの言葉に、控室の天幕から堂々と外へ出る。
背筋を伸ばし、肩で風を切るつもりで、足を進めた。
「オールダー王国との戦で初陣を迎え、1万を超える敵軍を相手にクリス陛下と共に殿を務めた勇者。そして、かのノリス国王を……英雄王、ノリス陛下を討ち取った猛者」
民衆だけではない。観覧席からも、強い視線を感じる。
そこにのった様々な感情を、今だけは無視した。
「ノリス陛下は彼を指して、こうおっしゃいました。『人竜』と。その名に違わず、帝都を襲った某国の竜と一騎討を行い、見事勝利した『人中の竜にして竜殺し』」
会談を一段ずつ、ゆっくりと上り。
「クロステルマン帝国が誇る、最強の英雄!ストラトス伯爵家次期当主にして、その武功からクリス陛下直々に男爵位をお与えになった男!」
壇上へと上り、大仰に両腕を掲げてみせた。
「クロノ・フォン・ストラトス!その人の、入場だあああああ!」
───オオオオオオオオッ!!
「あいつが悪魔か!大陸に混乱をもたらした悪魔!」
「なんだあの服!?まさか絹か!?」
「クソ貴族!貴族は死ね!死ね死ね死ねぇ!」
「良い男じゃないか。殺すなんて勿体ない!処刑を中止しろ!」
「父上の仇!惨たらしく死ね!化け物!」
思い思いに叫ぶ民衆。いいや、他国の貴族達まで一緒になって騒いでいる。
殺意がのった視線を浴び、返って緊張が消えていくのを実感した。万を超える無辜の民の前に立った経験はないが、何人いるかも数えられない敵を前にしたことはある。
我ながら、嫌な経験だが。おかげで練習の成果を発揮できそうだ。
「なんという盛り上がり!これも一種の人望か!?では早速、魔女裁判の───」
「待った!」
ヒートアップする民衆を前にして、フィリップ司祭が進行にストップをかけた。
彼の言葉にうちの騎士達が動きを止め、民衆からブーイングが上がる。
「先に、奴が何か仕込んでいないかを調べさせろ!あんな『厚着』をしているんだ。絶対に、防具を隠している!」
彼の言う通り、今日の自分はちょっと厚着だ。
黒いズボンに、白いシャツと青いジャケット。ピカピカに磨かれたシューズ。
上半身の服は全て絹でできている上に、厚手である。フリルもふんだんにあしらった、前世の中世における貴族らしい格好だ。いや、中世の貴族、よく知らんけど。
レオからマイクを受け取り、拡声魔法を使いながら答えた。
「今日はクリス陛下だけではなく、他国の王達。そして教皇聖下がいらっしゃる。そして、自分が死ぬかもしれない日ですから。気合を入れた死装束を用意しました。ですが、ボディチェックおおいに結構」
大きく、両手を広げて立つ。
「存分に調べられよ!ベルトのバックル以外、一切の鉄は使っていない!私は、銀の弾丸をこの服のみで受け止めよう!」
自分の言葉に、民衆が声を上げた。
「何を偉そうに!この成金貴族が!」
「念入りに調べろ!どうせ卑怯なことをしているに違いない!」
「化け物め、鱗でも出すのか!」
「ボディチェックだと!?俺に代われ!入念にチェックする!」
「殺せぇえ!人竜を殺せぇええ!」
マイク型の骨をレオに返した自分を、フィリップ司祭が調べだす。
「おい、お前も銃を確認しろ!奴らに細工する隙を与えるな!火薬と弾も、持ち込んだ物を使え!」
「は、はい!」
彼に怒鳴られ、執行官が慌てて銃内部の掃除を始める。
チラリと銃身内部を盗み見れば、やはりライフリングはされていない。
横目で銃の様子を確認している間も、フィリップ司祭の手がこちらの体をまさぐっていく。
彼の手が胸ポケットのハンカチに触れた時は冷やりとしたものの、絹製だとわかったらしく指は離れていった。
「……防具となる物は、なかった」
先程より更に汗の量を増して、フィリップ司祭がぼそりと告げる。
絹は矢避けに使われることもあるが、鉄の兜よりは頑丈ではないと考えたのだろう。
彼の様子からして、何の仕掛けも見えないことが逆に怖いらしい。自分も同じ立場なら恐怖を抱くので、バカにする気はおきなかった。
それはそれとして、絹のハンカチは畳み直してキッチリと胸ポケットに仕舞いなおす。
「ボディチェックが終わりました!フィリップ司祭が調べた所、我らがクロノ男爵は一切の防具を身に着けておりませんでした!死装束のみで!彼は銃の前に立つのです!」
レオの言葉に、再び民衆が雄叫びを上げる。
ハンカチの位置を再度チェックした後、彼からマイク型の骨を受け取った。
「失礼!魔女裁判の前に、教皇聖下にお願いしたいことがございます!」
声を張り上げ、体ごとVIP席へと向く。
「御身に!これから放たれる銀の弾丸にご加護があるよう、我らが主へと祈ってほしいのです!」
そして、この場にいる全ての人間を見回した。
「ここに集まった皆様にも、祈っていただきたい!この聖なる弾丸は、悪しき者のみを貫くと!そうすれば、どれだけ頑丈な体をしていようと、邪悪なる者は血を流すことでしょう!何故なら!教皇聖下と、そして皆様の祈りに主はお応えくださる!いかなる悪魔も撃ち滅ぼす、浄化の弾丸となるのです!」
自分の言葉に、まずは民衆に紛れた『さくら』達が祈りを捧げ始めた。
次にレオ達が、そしてクロステルマン帝国の者達が。その流れにのって、多くの民衆が祈り始める。
こうなれば、教皇聖下や他の王達も祈らないわけにはいかない。その強制力が、万を超える民衆にはある。
自分も祈りを捧げた後、マイク型の骨をレオに返した。
「さあ!皆様の、そして何より教皇聖下の祈りが、主へと捧げられました!今この銃に込められた弾丸は、我らが創造神の一撃に等しいと、私は考えます!」
レオの言葉に、民衆が沸き立つ。
「執行官様!銃を構えてください!クロノ男爵の心臓を穿たんと、しっかりと、狙いを定めて!」
緊張した様子の執行官が、銃を構える。
距離は……舞台を広くし過ぎたか。10メートル近く離れている。
「待ったぁ!」
これではまずいと、大声でストップをかけた。
フィリップ司祭が待ったをかけた時以上に、ブーイングが飛んでくる。
「おおっと!?ここでクロノ男爵、まさかの待っただぁ!どうしたというのでしょう!ま、まさか命乞いを……!?」
「ちこう寄れ!!」
続く自分の言葉に一瞬、集まった民衆が固まる。
否、執行官やフィリップ司祭までもが、困惑した様子で口をぽかんと開けた。
「もっと!ちこう寄れ!」
「ち、違ったぁあああ!?命乞いではない!執行官様に、自分に向けられた銃口に、もっと近づけと言っているのだああああああ!!」
レオの言葉に、民衆がざわめく。
「近くに!もっと近くに!」
「執行官様!この『心意気』に応えなくちゃあ、男が廃る!前へ!前へ!」
困惑した執行官が周囲を見回すが、誰も止める者はいない。
むしろ、民衆はいっそう興奮して怒声とも喝采ともとれる声を上げている。
「前へ!」
皆の声に押されて、執行官がゆっくりと足を動かした。
「前へ!」
1歩、また1歩と進み。
「前へ!」
遂に、銃口が手に届く位置にまで来た。
「よろしい!!」
「っ!?」
自分が上げた大声に、執行官の肩が跳ねる。
そんな彼を無視し、銃身を左手でガッチリと握った。
この銃の構え方と、火薬の量では銃口が上に動き過ぎる。誰かが一緒に支えなければ、どこに飛んでいくかわからない。
「よろしいと!クロノ男爵がよろしいとおっしゃいました!な、なんとぉ!なんという近さかぁ!もはや手が届く、いや、実際に手が届いている!自らの手で、心臓に狙いを定めさせたぁあああ!」
うん。まあ、実際は心臓ってもっと中央よりなんだけど。
具体的な心臓の位置なんて、この世界だと大半の一般人は知らないので、左胸に照準を定めさせても違和感を抱く者は少ない。
「これにて準備は整ったぁ!さあ、執行官様!火種を構えて!」
彼は不安そうにフィリップ司祭を振り返るが、司祭は何も答えない。口を硬く引き結んで、大量のあぶら汗を掻いていた。
やがて、執行官は民衆の『殺せ』コールに耐え切れなくなったように、火種を銃身の上へと持ってくる。
「皆様ぁ!カウントダウンを、始めましょう!」
レオが、大仰に両手を振るう。
「5!」
ある者は、額に汗を浮かべ。
「4!」
ある者は、民衆と共に叫び。
「3!」
ある者は、訝し気に眉を寄せ。
「2!」
ある者は、猛禽類のような目でこちらを見下ろし。
「1!」
ある者は、その白い指を組んで祈りを捧げた。
「ゼェエエロォオオオオオ!!」
───ドォォン……!
民衆の叫びと、銃声が街を揺らす。
強い衝撃がこの身を襲い、よろめきそうになるのを踏ん張って堪えた。
魔力を巡らせ、全身の状態を確認。そして。
「民衆よ!」
銃身から手を離し、素早く自身の襟を掴み。
「見よ!我が肉体は、主の御心により守られた!」
絹の服を引き裂いて、上半身をあらわにする。
自身の胸板には、血の一滴どころか───痣すらも、ついていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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