第十話 行軍
今回ほんの少しショッキングな描写がございます。ご注意ください。
第十話 行軍
ストラトス領を抜け、お隣の領地を通って国境へ。
関所ではハーフトラックの牽引フックに縄を巻き、馬と繋げる事で『馬車ですが、なにか?』で通過した。
煙突と煙については中にパンを焼く為の窯があると嘘をつき、出陣に関する手形を見せて素知らぬ顔をしたものである。
蒸気自動車を知っている者からしたら『無理がありすぎんだろ』となるが、この世界では自動車なんておとぎ話の存在だ。勇者アーサーがちらっと自動車の存在を聖書の端っこに書いたぐらいである。関所の兵士は不思議そうにしながらも、特にツッコんでは来なかった。
まあ、父上の馬が魔物の血混じりの軍馬だと地元では有名なので、鉄の塊であるハーフトラックを引っ張る馬が凄いのだと勝手に納得してくれたのだろう。
『魔物の血混じりの軍馬』
馬の魔物はかなり希少だし、それを殺さずに捕まえられるケースは更に珍しい。
だが初代ストラトス家当主、シャルル・フォン・ストラトスが見事魔物化した野生馬を捕らえたと伝えられている。
彼は自領の馬とその魔物化した馬を交配させ、混血の馬を産ませたとか。その血を父上の愛馬も継いでいる。……代を経て、その血も薄くなり明確にそう言えるのは1頭だけになってしまったが。
こうした魔物の血を受け継ぐ馬は、帝国内でも一部の貴族しか持っていない。子爵家で保有しているのはうちぐらいである。
周辺の貴族から売ってくれと頼まれたり、断った結果逆恨みされる事も多かったとか。
ちなみに、帝国の北にあるモルステッド王国はそういった馬の名産地らしく、強力な魔法騎兵の軍団を保有していると聞く。
閑話休題。そうして合流地点に向かい、現地の領主やこの辺りを纏めている子爵への挨拶。その他諸々を済ませ、数日間野営。
他の貴族達も集った辺りで、鎧を着てレオ以外の面々が集合地点に顔を出しに行く。
〈ブ……ブホォ……!〉
「頑張ってくれ……!」
鎧の重さで大変な事になっている馬を励ましながら、どうにか集合場所である平原に到着した。
それにしても、とんでもない数である。
総勢5万人。たぶん、実際の数字は脱走やら遅刻やらでもっと少ないのだろうけど。それでも数万人単位が武装して一ヵ所に集まっている。テレビ越しに見たのを除くのなら、前世でもこんな経験はない。
その端っこで、馬に乗ったまま周囲を見回した。
他の貴族達も騎乗したままなので、彼らの装いが見て取れる。自分の鎧はかなり派手だと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
首が心配になる様な、装飾過多な兜を被った者。背中に煌びやかな羽をつけた鎧を着ている者。伯爵など、全身金色の鎧を纏っていた。
恐らく、皇太子殿下の初陣だからだろう。誰も彼もが、見栄を張る為にド派手な格好で参加していた。
そんな事を考えていると、どうやら出陣式が始まったらしい。
らしい、というのも。殿下や陛下がおわす壇上が非常に遠いのである。
自分の様な田舎貴族では、近くに立つ事すら許されない。まあ、別に出世とか考えていないので、特に困らないが。
風の魔法を使って声を大きくしているらしいが、それでなお遠い。何を言っているのかわからないが、後で陛下や殿下の御言葉は文章にしたためられ配られるからそれを見る予定である。
今はただ、前方に並ぶ貴族は兵士に合わせて拍手したり声を上げたりするだけだ。
何がなんやらわからないうちに、出陣式は終了。まとめ役の伯爵から自分達の行軍ルートが書かれた紙を受け取り、解散となった。
で、その紙をハーフトラックまで戻って見たわけだけど。
「もの凄い端っこですね」
「もの凄い端っこですな」
もの凄い端っこだった。
この世界、地図なんて手書きだし戦略上トップシークレットである。他所の国の地図なんて、商人達や商人に紛れ込ませた密偵の情報から、『たぶんこうなんじゃないかな』的なノリで書かれた大雑把なものだ。
それでも何年もかけて作られたものなので、バカには出来ない。そんな地図には、自分達はひたすら端っこ。しかも最後尾近くを進めと書いてある。
「……手柄の奪い合いとは聞いていたけど、ここまでなんですね」
「やはり、我々は1度も敵軍と接敵しそうにありませんな。背後や側面を奇襲するにしても、この位置はまず狙われない。手柄の上げようがない位置です。分かり易いほど数合わせですな!」
笑うしかないという様子のケネスだが、自分は正直ホッとしていた。
勝ち戦でも、人は死ぬ。その中にこの身が入っていない保証はないのだ。
ストラトス家の中では歴代でも最高クラスの魔力量を持つが、それでも人間である。敵兵の群れに飲み込まれたり、相手の貴族に槍で首を貫かれたら死ぬのだ。
ビビりで結構。こんな、自分にもストラトス家にも何の得にならない戦争で、命なんて懸けてたまるか。
「ま、それでも村を焼かれた村人が野盗になって襲ってくるかもしれないので、油断はできませんがな」
「わかりました。兵達にも言い聞かせておきましょう」
「私も目を光らせておきます」
そうして、自分達はオールダー王国へと進軍したのである。
* * *
他の部隊が通ったのだろう、踏み潰された草花を自分達も踏みつけて。ひたすらに前進を続けた。
敵兵どころか野兎すら見かけぬまま進み、日が暮れ始めたら停止。野営の準備を始める。
「若様。本当にハーフトラックの中で眠らなくて良いので?」
「兵達と同じ場所で眠った方が、連帯感もうまれるでしょう。それに、あの中よりは土の地面の方がまだ柔らかい気がするので……」
「はっはっは!たしかにそうですな」
うちのハーフトラック。第二次世界大戦で出た不評を覚えていたので、きちんと屋根と壁がついている。だが、床の上に毛布を敷いてもあの硬さは洒落にならない。
なお、同じく不評だったハンドルの重さは改善できていなかった。パワステは、無理だよ……。
何はともあれ、トラックから降り魔法で出した水の球を使い手洗いうがいを済ませる。
そして兵士が荷台から持ってきてくれた桶にも魔法で水を出し、更に鉄鍋にも水を出していった。温めるのはレオに任せ、自分は野営地の周囲を土壁で囲う作業に移る。
本日の食事は、インスタント麺である。前世では普通だが、この世界では恐らくストラトス家の軍隊だけだ。ちなみにフライ麺である。
前世でアレを最初に開発した人には、もはや頭が上がらない。硬いパンを詰め込むより簡単で、なおかつ美味な食事を行軍に持って行けるのだから。まあ、味は流石に再現できなかったけど。
他にも、蒸気機関を使った試験工場で作った缶詰もある。といっても、こっちの方はまだまだ実験段階で、蓋の接着が不安だが。
何もかも、形だけはそっくり。しかし技術の不足が目立つ。自分が当主になる頃には、少しでも前世のクオリティに近づけたら良いのだが。
追い付けるのは、何代先になるだろう。そんな事を考えていると。
「お前ら!若様がせっかく水を魔法で出してくれたのだ。手洗いうがいを怠った者は、首を叩き切るぞ!」
「へい!」
テントの周りに浅い堀を作ったり夜間の見張りにつかう薪を確保していた兵士達に、ケネスが大声で物騒な事を言っていた。
うちの部隊は手洗いうがい。そして戦闘中以外は毎朝のラジオ体操を欠かさない予定である。
『行軍中になにしてんだこの平和ボケのアホ』と思われるかもしれないが、兵士にとって病気や怪我こそ行軍中で最も気をつけねばならない事だ。……と、ケネスが言っていた。
少なくとも、今回の行軍では。
なにせ、先行した部隊の糞尿がルート上のそこかしこにあるので。野営地に選んだここは大丈夫だが、少し場所を移したらたぶん異臭で眠る事すらできない。
前世だと軍隊って行軍中敵に場所を見破られない為に、排泄物は念入りに隠すか持ち運んだらしいが……この世界だと、まだそういう発想が一般的ではない様だ。
草むらや地面の上に、埋めてすらいない状態で放置されている。
薪を探しにいった兵士には、心から同情した。というか、明日からは現地調達ではなく持ち込んだ松明を夜は使った方が良いかもしれない。
魔法で大抵の怪我や病気は治せるが、それでも限界はある。
なんて事を考えながら、土魔法で壁と堀を作っていった。2カ所だけ人が通れるスペースを開けておいたら、そこからへとへとの様子で薪をとりにいった兵士が戻ってくる。
「ご苦労様」
「め、めっそうもございやせん……!」
顔をひきつらせた兵士が、ケネスの命令で即全身洗う事になったのは言うまでもない。
明日からは、夜間の見張りは持ち込んだ松明を使う事が決定した。荷台に積んである分がなくなる前に、領地へ帰れる事を祈る。
* * *
そんな汚いピクニック状態の行軍をしてきた自分達は。
オールダー王国に入って3日目で、遂に戦場の悲惨さを知る事になる。
「これは……」
ケネスが、『1回ぐらいは見ておいた方が良い』と言ってルート近くの村へ進路を向けた。
自分も、これも経験だと頷いた。
今は、それを後悔している。
「こいつぁひでぇ……」
「おぇ……」
「なんだよ、これは……」
今回が初陣の兵士達も顔を歪め、レオも口元を押さえて吐くのを必死にこらえていた。
眼前には、地獄としか言えない光景が広がっている。
燃えカスとなった家々。根こそぎ奪われた畑。そして、『玩具』にされた死体。
裸にむかれた年老いた男女の死体が、木に吊るされている。的当てでもしていたのか、矢傷が大量に刻まれていた。
比較的若い女性の死体が、燃え尽きた建物の近くで山になっている。その死因については、考えたくなかった。
そして、まだ子供と思しき死体も───。
「どうやら、逃げ遅れた村のようですな」
あっさりと、自分の隣でケネスがそう言った。
「たいてい、他国の軍隊が近づいてきたら動けない老人や病人だけおいて、山や森へと村人は逃げるものです。逃げた先で獣や魔物に食われるかもしれませんが、こうなるよりはマシですので」
表情1つ変えずに、彼はしげしげと村『だった』場所を眺めた。
この腐臭がたちこめ、虫がたかる空間が、まるで日常風景だとでも言う様に。
「しかし……どうやら、先行していた部隊はかなり急いでいた様ですな。軍隊の接近に気づくのが遅れて、といったところでしょう。後は、強行軍の不満を解消するはけ口として村人が消費された、と。奴隷にするにしても、速度が欲しい時は邪魔ですし」
「……そうか」
喉元まできた言葉を、飲み込む。
自分は、ストラトス家の長男としてここに立っているのだ。取り乱す事は、できない。
試す様な目を向けてくるケネスを軽く睨みつけ、小さく息をはく。
「……全員、元のルートに戻りますよ。絶対に死体へは近づかないでください」
自分の言葉に、スコップを荷台から持ち出そうとしていたレオが動きを止める。
「埋葬してあげたい気持ちはわかります。そういう領民達である事を、嬉しく思います。ですが、感染症の危険がある以上は許可できません」
「……はい」
「……へい」
死体の様な顔……とは、冗談でも今は言えないけれど。真っ白な顔で、レオや兵士達が自分と共に元のコースへと戻る。
ケネスが、小声で話しかけてきた。
「御立派です、若様。そして、これが戦場というものです。今後もこういった光景は見る事になるので、お覚悟を」
「わかっています。ですが……生き残りがいそうな村を発見したら、可能なかぎり治療を施します」
「それは」
「同情だけが理由ではありません」
ケネスの苦言を遮り、言葉を続ける。
「オールダー王国が滅びこの地が帝国領になろうと、ストラトス家が地理的に近い事には変わりありません。賊が増えれば、それだけ我が領地の不利益となる。この有り余る魔力で多少でも恩を売れるのなら、安いもの。もっとも、進軍してきた敵国に恩を感じるかは不明ですが」
「……やるだけ損はない、と。まあ、ボロボロの農民相手に、若様が万に1つも怪我を負わされる事はないと思いますが。魔力の方はそれほど余裕なのですか?」
「ハーフトラックの火夫をやっても、1割も魔力を消耗していない。そう言えば、貴方にはわかりますね?」
「っ……!?流石です、若様!まるで勇者アーサーの再来ですな!」
満面の笑みで褒めてくるケネスに、今ばかりは笑顔を返す事ができなかった。
同情だけではない。その言葉は嘘じゃない。本当に、この光景を見て頭の一部は冷静に損得勘定を巡らせていたのである。
あの、初めて人を斬った日から2年。賊の討伐で、規模こそ違うが悲惨な光景は何度も見てきた。それに、心が順応してきている。
貴族としては正しい事、なんだけどなぁ。
「はぁ」
誰にも聞こえない様にため息をついてから、ハーフトラックへと乗り込む。
前世の記憶は役に立つが、こういう時だけは忘れてしまいたかった。
読んでいただきありがとうございます。
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