第八十七話 再会
第八十七話 再会
あれやこれやと、準備に追われて数日間。
そんな中、ジョン大司祭の使いが『魔女裁判で使われる銃』を持ってきてくれた。
より正確には、それと同じ銃であるが。
「ふむ……」
屋敷の一室で、教会領の司祭が見守る中よこされた銃を確認する。
「これは、うちで作られた銃ではありませんね」
「はい」
自分の呟きに、壮年の司祭が頷く。
「ストラトス家の鉄砲は、今や大陸中にその名を轟かせています。ですが、有名になるよりも前から鉄砲について調べている家はあったらしく、そこから聖都にも……」
「なるほど」
今はうちに吸収された4家。そしてアイオン伯爵あたりか。
彼らがうちの工場に探りを入れていたのは知っているし、データを盗まれている可能性もあった。そうでなくとも、戦場での目撃者は多い。
それが、こうして形になったのだろう。
ゆっくりと、机に置かれた銃に指を這わせた。
銃床があり、持ち手があり、銃身がある。遠目に見れば、うちで作っているライフルに似ているかもしれない。
だが、これは『タッチホール式』である。ようは、『火薬に直接火種を押し付ける』のだ。
火縄銃よりも、更に旧式。手で持った火種を、銃身の手前部分に空いている穴から突っ込むのである。当然ながら、トリガーはない。
しかし、これができたということは、いずれマッチロックやフリントロックにも到達する。そして、雷管ができればストラトス家の銃に追いつくだろう。
火薬の製法も既に流出したと見ていい。元より、各村からちょくちょく肥溜めの土やら、家畜小屋の土を集めているのだ。ハーバーボッシュ魔法では、生産が追い付かないので。
そんな派手なことをしていれば、火薬の材料に気づく者も出てくる。それが、雷管の方でも出てくるはずだ。現在は皇領の方でも生産を行っているし。
絶対に暴かれない秘密などない。前世の知識という『反則』で得たスタートダッシュも、そのうち無に帰るだろう。
だが、今ではない。
グリップを握り、火付け用の穴から火薬が入っていないことを確認。くるりと前後逆にして、銃口から内側を覗き込む。
「……やはり」
つるりとした銃身内部を見て、確信する。
聖都の者達は、うちの銃を『鉄砲』と呼ぶことはあっても、『ライフル』と呼ぶことはなかった。
勇者教の、勇者アーサーの遺産にもしかしたら……と思っていたが、どうやらライフリングは書き残していなかったらしい。
「男爵……?どうなさったのですか?」
「いえ、何でもありません」
不思議そうにする司祭に微笑み、銃を机に置く。
この銃はライフリングがない為、銃身内部に弾丸が食い込むことはなく、そのまま弾が発射される。
ライフル銃と比べれば、飛距離も命中精度も、そして貫通力も劣る銃だ。使われる弾丸がこの口径にピッタリと嵌るダーツのような形ならともかく、この分なら普通に球体だろう。先込め式だし。
だが、この銃は人を殺せる武器だ。なんせ、口径がでかい。
親指が入ってしまいそうな大きさである。どれだけ火薬を詰め込む気だ?聖都の者達は。
これは、とんでもない反動がありそうである。
「ジョン大司祭がおっしゃっていました。その銃は鎧を貫通し、騎士並の魔力をもった賊を殺めたそうです。その……クロノ男爵。御身でも、無防備に受ければ……」
気まずそうな司祭に、小さく頷いた。
「ご心配なさらないでください。自分は父上程ではありませんが、なるべく教会には行っておりますし、主への祈りも捧げています」
机に置いた銃を布でくるみ、司祭へと渡した。
「きっと、我らが創造神はほほ笑んでくれることでしょう」
* * *
気づけば、9月も中旬。
オールダー・スネイル連合との停戦期間もあと少しで終わりという中で、自分の、クロノ・フォン・ストラトスの魔女裁判が始まろうとしていた。
場所はスネイル公国との国境付近。公国は後継者の問題で帝国に大攻勢を仕掛けることができないでいたが、それでもこの辺りはかなり荒れている。
それでも、家臣達を大勢連れてくることはできない。自分は今回裁かれる側であるし、何よりクリス様を含め4カ国の代表達が集うのだ。下手をすれば、政治的にいらぬ諍いが起きる。
王侯貴族というものは、面子商売をやっているのだ。他所から見て『あいつビビってんの?』というまねはできない。
最低限の人員で、裁判前日に現地へと到着した。
ハーフトラックから降り、魔女裁判の『舞台』を確認する。
「おお……立派なものですね」
古びた街の、大広場。その中央に、2階程の高さがある舞台ができあがっていた。
更に広場の一角には20人から30人程が座れる観客席があり、その1番良い席は天井と壁が取り付けられている。あの席に、教皇聖下と各国の代表達が座る予定だ。
「ケネス。後で職人達に酒1樽を届けてあげてください。いい仕事をしてくれました」
「……はっ」
老騎士は、複雑そうな顔ながらも頷いてくれた。
その様子に苦笑していると、司祭の格好をしたキノコ……間違えた。
フィリップ司祭が、ニヤニヤと笑いながら歩いてくる。彼、わざわざこの辺を見回っていたのだろうか。
そんなに楽しみだったんだな……僕の魔女裁判。
「これはこれは。お久しぶりですなぁ、ストラトス男爵。お元気そうで何よりです」
「ええ。そちらこそ、フィリップ司祭。後ろの方々はお友達ですか?」
彼の背後には、歳の近い司祭や神父達が立っている。何人かは真面目くさったすまし顔だが、大半がフィリップ司祭同様ニヤケ面をしてこちらを見ていた。
「彼らは同志ですよ。この地上から悪魔と契約した者達を一掃し、世に平穏をもたらす為に、力を合わせると誓ったのです」
「ほう、そうですか。しかし、悪魔と契約ね……やはり、聖都の神官ともなれば、その辺りの知識も豊富なので?」
「……なにをおっしゃる」
一瞬面食らった表情をした後、フィリップ司祭が眉間に皺を寄せた。
「我らがそのようなおぞましい知識を持っているはずがないでしょう。無論、教養の1つとして大まかなことは知っていますが……詳しい、などと。口が裂けても言えません。むしろ、そう言うクロノ殿の方が詳しいのでは?」
「そういった知識はないですね。そもそも、悪魔がどういう存在かもよくわかっておりませんから。たしか、勇者アーサーが討伐した異教にて神と崇められていた存在達……でしたか?」
「左様。その霊魂が、聖なる鎖で縛られた今でも人間界に干渉しているのです。ええ、貴方のような人間に、ね」
バカにするように笑うフィリップ司祭に、ニッコリと笑みを返した。
前へ出ようとしたケネスを手で制し、口を開く。
「それは不思議ですね。何故、勇者アーサーに敗れた異教の神々は、今も人界に影響を及ぼすことができるのでしょうか。勇者アーサーは神の国よりやってきた、創造神の使い。何故、異教の神々を消滅させなかったのでしょう」
「簡単なことです。勇者アーサーは慈悲深きお方。どのような者であれ、更生の機会をお与えになるのです。異教の悪魔どもは、今も牢獄にて反省を促されていることでしょう」
「ほう。では、僕にも更生の機会があるのでしょうか?」
「ええ。その魂を天に返した後、地獄にて反省をなさるのなら、ですが」
クスクスと笑う神官達に、笑みを崩さぬまま問いかけた。
「もう2つ……いえ、3つお尋ねしたいのですが、よろしいですかな?」
「構いませんよ。現世にて顔を合わせるのは、明日まででしょうから」
「異教の神々は牢獄にいるとおっしゃいましたが……それは神の国の牢獄のはず。そこから人界に干渉できるのは、おかしくありませんか?」
「……それは、あえて創造神が見逃しているからです。主は我ら人類ならば、その魔の手を振りほどけると信じておりますから。これは試練なのです」
「なるほど。では次の質問です。あなた方が普段暮らしている聖都こそ、天の国に最も近き場所だと聞きます。その牢獄とも、距離が近いのでは?」
「神の国はこの世全てを見守っています。人間が語る距離など、我らが主には関係ありません」
「主に関係なくとも、それより弱い存在である異教の神々には関係あるのでは?これが3つめの質問なのですが……」
前回同様、青白い顔のフィリップ司祭に、囁くように告げる。
「異教の神々は我らが主より怠惰な者達と、聖書にありました。であれば、もっと手近な者達にこそ、手を伸ばすのでは?」
「───なにが言いたい!」
フィリップ司祭が、あっという間に顔を真っ赤に染めた。
「貴様、我らこそ悪魔の使いだと申したか!」
「なんと不敬な!我らは神罰の代行者であるぞ!」
「口を控えろ、この魔女め!」
「この薄汚い悪魔つきが、この場で成敗してやろうか!」
口々に罵声をあびせてくる神官達、演技ではなく素で肩をすくめた。
魔女裁判がしたくてたまらない者達だから、血気盛んとは思っていたが、ここまで煽りに弱いのは予想外である。
だがまあ、これなら『十分』か。
「だいたい、貴様は」
「───何を、こんな所で騒いでいる?」
それは、あまりにも唐突だった。
ずるりと、『彼女』の言葉が聞こえてくる。
まるで、水がドアの隙間から流れ込んできたようだった。足元から体が冷えていく。無意識に一歩後退しながら、声のした方へと視線を向けた。
真っ赤な、炎のような髪をした女性が、こちらに歩いてきている。
周囲で作業していた者達が一斉に手を止め、その姿を凝視した。次々と人々が平伏する中を、僅か20人程度の配下を連れ、『女王』は進む。
肩口で切り揃えられた深紅の髪。顔立ちからしてまだ少女であろうに、鷹のように鋭い瞳からは、凄まじい覇気が放たれている。
その華奢な体を包むのは、黒地に金の飾りが施された服。前世における軍服に近い装いで、肩には似たデザインのロングコートを羽織っていた。
彼女の後ろを歩む者達も、コート以外は同じ格好をしている。左斜め後ろを歩く人物は、肖像画で見たことがあった。たしか、スネイル公国の宰相のはず。
揃いの装いの者達を率いた、赤髪の女王。腰に下げたレイピアの柄頭を左掌で撫でながら、まるで野生の獣のように彼女は笑みを浮かべていた。
その両眼が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
ああ、自分は彼女を知っている。あの日、あの戦場で。今日のような晴天ではない。土砂降りの雨の中で、すれ違った。
「『初めまして』だな、人竜。クロノ・フォン・ストラトス」
「……ええ。『お初にお目にかかります』。アナスタシア女王陛下」
敵国の女王である彼女へ、片膝をつきながら答える。
自分を人竜と呼ぶ英雄は、こちらが顔を伏せる間際。
「クハッ……!」
堪えきれないとばかりに、悪魔のように笑っていた。
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