第八十三話 託されたもの
第八十三話 託されたもの
「……グリンダ」
「はい」
心臓マッサージと治癒魔法の組み合わせにより、息を吹き返した父上。
治療の為に拘束を解かれた彼が、簡素な椅子に腰かけ己の目元を右手で覆いながら、話しを続ける。
「お前がクロノとそういう仲になコロスることは、予測していたコロス。あの手紙コロスを書いた時も、クロノの隣にはお前コロスがいるだろうことも、勿論わかってコロスいた」
「……はい」
「だが……コロス……ストラトス家は伯爵家となった。お前の身分コロスでは、正妻とはなれないコロス。それをわかったコロス上での、関係コロスなのだなコロス」
「はい」
すみません。殺意が溢れすぎていて聞き取りづらいです。
武装した他の騎士達を地下牢の入り口に待機させた状態で、父上とグリンダの会話に耳を傾ける。
「……お前コロスは、膨大な魔力を有してコロスいる。クロノとの子は、凄まじい才を持っているだろう。正妻コロスからは、確実コロスに疎まれるぞ。本当に、コロス良いのだな?」
「覚悟の上です」
「……そうか」
数秒の沈黙の後、父上が立ち上がる。
「俺はお前が嫌いだ」
2メートル前後の長身に、優男然とした顔立ちとは真逆の鍛えぬかれた肉体。
そして、それ以上に歴戦の猛者だけが放てる殺意を溢れさせ、猛烈な圧迫感を纏った父上が、彼女を上から睨みつける。
割って入ろうとした自分を、グリンダが視線だけで制した。
「クロノにつく悪い虫だと思っている。お前と話す時、あの子は楽しそうだ。俺といる時よりもな。それが妬ましい。悔しい。愛する我が子を奪われるという焦燥感は、言葉では言い表せない。何度、お前の首を刎ねる計画をたてたか」
「そう思われていたことは、存じています」
「その上で、俺と我が子の時間を奪っていたのか。酷い女だ。この外道め。クロエと俺の子を誑かした魔女。お前こそ聖なる炎で焼かれるべき悪だ。死んでしまえ」
淡々とした声音で罵倒する父上に対し、グリンダは真っすぐに見つめ返す。
「だからな、グリンダ」
父上が、ゆっくりとその巨体を折り曲げて。
「クロノのことを、よろしく頼む」
深々と、頭を下げた。
自分も、ケネスも、アレックスも。その場にいた全員が目を見開く。
普段の父上なら、頭突きや貫手、あるいは常人では想像もできない殺意に満ち溢れた術を放っていたはずだ。それが……。
「これはストラトス家当主としての命令ではない。ただの、父親としての頼みだ。あの子は強いが、甘い。貴族として足りない所を言い出したらキリがない。お前がそれを補えるとは思っていないが……傍に寄り添って、その歩みを支える杖となってくれ」
ぼそぼそと、父上は告げる。
心底言いたくなさそうに。しかし、まぎれもない本音として。
「お前になら、任せられる。あの子の笑顔を、守ってほしい」
その言葉を受け、彼女は。
「はい。クロノ君と、この生涯を共に歩みます」
力強い頷きで返した。
「……そうか」
ゆらりと顔を上げ、父上が地下牢に足音を反響させながら、歩き出す。
グリンダの隣を通り過ぎ、彼は牢屋を出た。
「クロノ」
「は、はい!」
慌てて背筋を伸ばす自分に、父上は小さく笑った。
「我が愛しき息子よ。俺はこれから、帝都の元老院に出頭する。証拠がない以上、公的に罰せられる可能性は低い。だが、当主の椅子に座り続けることはできなくなる。俺の後は、お前が継ぐのだ」
「……はい」
「励め。あの手紙にも書いたが、古き家臣達を頼り、若き家臣達を育てろ。お前自身と共にな」
「はい……!」
偉大なる今生の父の背は。
これまで見たことがない程に、小さく、儚いものだった。
視線で彼の背中を追っていると、隣にグリンダがやってくる。
無言で互いの手を握り、地下牢を去る父上を見送った。
カール・フォン・ストラトス。両親と妻を失った直後に20代の若さで当主となり、多くの難局を乗り越えてきた男。
彼の背負ってきたものを、これから自分が背負うことになる。その重さを理解できる程の見識を、この身はまだ持っていない。
しかし───それでも、父上の作ってくれた道しるべを頼りに、歩いていこうと思う。
「……お館様」
地下牢の入り口にいたであろう、レオの声が聞こえてくる。
そう言えば、万が一父上が暴走した時に備え、武装した状態で待機させていたのだった。彼らも解散させないと。
「レオ。お前達も、よろしく頼む。あの子と共に経験を積み、ストラトス家を支えてくれ」
「はい。それでその……」
レオが、戸惑った声で。
「お館様。そっちの道は、武器庫にしか繋がっていませんよ?」
そう、問いかけた。
おい、流れ変わったぞ。
「……ではな!」
「追えぇ!お館様を止めろぉ!」
「イーサン様を狙う気だ!者ども、出あえぇ!出あえぇえ!」
「1発!1発だから!帝都に行く前に1発叩き込むだけだから!」
「何を叩き込む気ですか!」
「らいふるほう」
「止めろぉおおお!」
「あの方が亡くなると、フラウ様まで後を追いますよ!?」
「そこは俺とクロノの愛でどうにかする。今ならクロエの愛もついてくる!」
「ダメだ!今日のお館様はいつもの3倍ダメだ!」
「そうだな。クロエ。また家族でピクニックに行こう!」
「いかん、妄想の深度が進んでいる!」
「フハハハハハ!貴様らでは俺を止められん!さーらばー!」
遠ざかっていく声と足音に、思わず頭を抱える。
「グリンダ」
「はい」
「ちょっと行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ……旦那様♡」
からかうように、こちらに笑いかけるグリンダ。
その言葉と表情に頬を赤くしながら、小さく頷く。その瞬間、彼女の顔が目の前にきた。
───ちゅっ。
『いってらっしゃいのキス。どう?やる気出た?』
『……はい』
唇に感じた、プルンとした柔らかさと温もりに、心臓が高鳴る。
あれから何十回もキスをしているのに、まったく慣れない。きっと、何十年経ってもこのトキメキは消えないだろう。
前世で、テレビでこういうシーンを見たことがあるが……なるほど。確かにこれはやる気が出る。早速、父上の捕縛に向かうとしよう。
そう思い地下牢を跳び出すと、何やら困惑の声が聞こえてきた。
「なんだ、お館様が突然倒れたぞ!?」
「ゆ、許せん……!いくら認めたとは言え、よくも俺達のクロノを……!ごふっ」
「お館様は何を言っているんだ?」
「わからん!わからんが好機だ!血を吐いて倒れている間に捕えろ!」
「治療は良いのか!?」
「不治の病だ!無視しろ!」
「了解!」
少し早足で声の場所に向かうと、廊下に人間の山ができていた。どうやら騎士達が父上の上に伸し掛かっているらしい。
大半が革製とは言え、鎧を着た男達が覆い被さっているというのに、父上は普通の人間が歩くぐらいの速度で匍匐前進を続けている。
ボロボロと山から振り落とされた騎士が、素早く起き上がって再び伸し掛かりにいった。
……なぁにこれぇ。
「放せぇ!クロノぉ!フラウぅ!俺は、俺はぁあああああ!!」
「うおおお!ストラトス家ばんざぁあい!」
「対ガルデン将軍用装備を持ってこい!今のお館様には対人用じゃ無理だ!新種の魔物と思え!」
「ケネス殿、あれを使うぞ!コンビネーションアタックだ!」
「応っ!どぉおおおりゃああああああ!!」
「おぉぉのぉおれぇええええええええ!!」
これから約30分後。カール・フォン・ストラトス、確保。
決まり手は通りがかった姉上の『お父様、うるさい。これからイーサン様との時間だから、邪魔しないでちょうだい』という言葉であった。
本日2回目の吐血をしたが、父上は元気です。本当に人類か?
* * *
そんな心温まる……心温まる?たぶん温まる話は終わり、仕事の話に。
父上の書斎に向かい、彼がいない間の領地運営について教わる。一応、前々から領主の仕事を学んではいたが、それは平時の話。戦中のものはまだだ。
ある程度マニュアル化されているが、臨機応変な判断が必要な場面も多いだろう。その辺りは、アレックスが頼りだ。
もっとも、自分も魔女裁判が始まったら、そちらに注力しないといけないのだが……。
そんなこんなで、引継ぎを終えた父上は『帝都へ行く前に睨み利かせてくる』と言って、傭兵達やアイオン伯爵領に向かった。
そんなこんなで、数時間。秋とは言え、空はすっかり暗くなっている。ストラトス家が大きくなった分、当主の仕事も増えた。事前準備有りでも、引継ぎは大変である。
肉体は元気なのに、倦怠感が凄い。自分の執務室に諸々の資料を移動させた後、強い疲労感に肩を回す。
そのタイミングで扉をノックされ、ケネスの声が聞こえてきた。
どうぞ、と言って招き入れると、彼はグリンダを連れ入室する。
「お疲れ様です。若様」
「ええ。ケネス。そちらもご苦労様です。父上が不在の間、軍の指揮などは貴方に頼ることになるでしょう。よろしく頼みますね」
「はっ!お任せください。若様は若様のお役目に、全力をつくしてくださいませ」
「勿論です。魔女裁判が終われば、恐らくすぐにでもオールダー・スネイル連合は動き出すはず。帝都から軍が派遣されますから、その受け入れ等を」
「はっはっは。そちらではございません、若様」
「はい?ああ、他の業務についてですね。商人達とも改めて顔合わせをしないといけませんし、傭兵達にも」
「それらも大事ですが、もっと大切なことがございます」
キリっとした顔で、老騎士が続ける。
「たくさん子作りしてください。既に各騎士家から娘達を集めております」
……え、この流れで?
グリンダの妊娠が発覚したその日に、別の女性を抱けと言われた。
仮にも彼女の義父であるケネスは、それはもう目をキラキラとさせている。将来への希望に満ち溢れた、綺麗な瞳だった。
というか、いるんだけど。グリンダ、同じ部屋にいるんだけど。ケネスと一緒に僕の執務室に入ってきたから。そんな彼女の前で、こうも堂々とした発言である。
……うん。
文化が違ぁう!
「あ、あのですね。他の娘とも関係をもつと、宣言はしました。ですがもっとこう、タイミングをですね」
流石にこの場で頷くのはまずい。そもそも、できればもっと雰囲気を大事にしたい。
ここは、グリンダとよく話し合ってから───。
「若様」
グリンダが、ニッコリと笑みを浮かべながら、こちらの肩を掴み。
「抱け」
「……はい」
グリンダ。貴女、前に『この世界に染まったね』とか僕に言っていましたが……そちらも大概だと思いますよ?
左右から騎士に抱えられ、寝室へと出荷されることになった。
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