第七十九話 クロノ殿の首はどうでもいい
第七十九話 クロノ殿の首はどうでもいい
大急ぎで支度を済ませ、帝城へと向かう。
すぐにクリス様の執務室へと通され、挨拶もそこそこに緊急の会議となった。
この場にいるのは自分、クリス様、ギルバート侯爵、そしてシルベスタ卿の4人のみ。事実上の『クリス様派閥』による会議である。
「その……この度は、誠に申し訳なく……」
「いやいや、クロノ殿が謝るようなことじゃないから。まずは相手の、勇者教の言い分を確認しよう」
クリス様の言葉に、ギルバート侯爵が頷く。
「あちら側の言い分としては、『クロノ・フォン・ストラトスの作った鉄砲という武器は、神に選ばれし存在である貴族を、必要以上に死なせる武器である。ましてや貴族に導かれるべき存在である平民が、貴族をこの武器で殺害するなど不幸でしかない。世界の理を乱す悪魔の所業である』とのことですな」
「それは、また……」
剣と魔法の世界に転生した身なので、神仏の存在を否定はしないが……流石に勝手過ぎる言い分に思える。
「なんなのだその言い方は!まるでクロノ殿を悪魔みたいに……!」
「恐れながら、陛下。勇者教は、実際に彼を悪魔と契約した不届き者と評しております」
「っ~!」
クリス様が耳まで真っ赤になって、怒ってくれる。
その様子に若干冷静さを取り戻し、小さく咳払いをした。
「クリス様。私の為に怒ってくださるのは嬉しいのですが、どうか冷静に……」
「……うん。ごめん。ギルバート侯爵も」
「いえ。それと、これはついでなのですが……」
ギルバート侯爵が、その太い眉を八の字にする。
「フィリップ司祭という人物から、クロノ殿が民衆を洗脳し、自らを唯一神と並ぶ存在として崇めさせている……という、告発もあったそうです。帝都へ巡礼に訪れた彼が、今回の聴罪司祭に名乗りをあげているとか」
「……彼ですか」
大聖堂で会った、三下司祭を思い出す。
「知り合いなの?」
「知り合いというか、実は───」
あの日あったことを説明すると、クリス様が底冷えする声でぽつりと呟いた。
「そのフィリップ司祭に、クロステルマンの名のもとにさつ……抗議文を送ろう」
「お、落ち着いてください。クリス様……!」
今この人、殺害命令って言いかけなかった?
直前で理性が勝ったようだが、ここまで怒ったクリス様は初めて見た……ちょっと怖い。
「殺すのなら、その場でクロノ殿がスパっと殺しておくべきでしたな。まったく……優しさは美徳だが、そのような輩は首をきちんとねじ切らないといかんぞ?」
ギルバート侯爵が、『やれやれ』とため息まじりに言って、鶏の首をしめる動作をする。
いや教会で司祭を、それも大司祭の前で殺すのは流石にどうなの。
そう思うも、今回は自分の落ち度である。
「申し訳ございません……」
「まあ、その場でフィリップ何某を殺したとしても、貴殿が告発されたのは確実だったがな!」
「えっ」
ギルバート侯爵が、そう言って笑う。
「クロノ殿。そしてクリス様。これはあくまで私の予想ではあるのですが、しかし個人的には間違いないと思っております」
「なにがなの?ギルバート侯爵。フィリップ司祭関係なしに、勇者教がクロノ殿を敵視しているということ?」
「いえ、そうではなくてですね」
老将は、ゆっくりと首を横に振った後。
「勇者教の、聖都の者達にとって、『クロノ殿の首はどうでもいい』のです」
「……はい?」
彼の言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「あの。フィリップ司祭のことが関係ないのなら、オールダーやモルステッドにとって僕が邪魔だから狙われていると思ったのですが」
「例の3カ国については、その認識でよろしい。しかし、聖都の者達は別に俗世の戦争など、自分達の懐に入る金の量以外興味はないだろう。まあ、もしかしたら一部の神官は真面目に祈りを捧げているかもしれんがな」
彼は、自身の髭を軽く撫でながら続ける。
「オールダー戦争。あの戦で、多くの貴族が、騎士が、そして平民の男達が死んだ。現在、クロステルマン帝国には未だかつてない程の数、未亡人がいる」
「はあ……」
「クロノ殿。未亡人の主な収入源を、知っているかな?」
「それは、土地の運営や針仕事、あと金貸し……あっ」
「気づいたようだな」
ギルバート侯爵が満足気に頷く。
「魔女狩りは、教会の判断だけで行えるものではない。『民衆の祈り』によって……彼らの欲望によって魔女狩りは行われるのだ」
彼の猛禽類を彷彿とさせる瞳が、戦場と同じ鋭さをもつ。
「家族や友人が亡くなった不満や悲しみ。それをぶつける先が欲しいのは、当然だ。だが中には、そうして夫の遺産で暮らす未亡人達から金を巻き上げようとする下衆共も魔女狩りを望むのだ」
「借金を踏み倒す為に、ですか」
「左様」
村や街によっては、女性の働き先がない所もある。そして、ある程度歳がいっていると針仕事なども上手くできない人もいる。
そういった未亡人達が、金貸しで生計を立てるのはよくある話だ。工場の建設は、彼女らの働き先の斡旋の意味もあると、クリス様は言っていた。
工場のことは、今は置いておくとして。そういった人達から金を借りたが、返すあてのない者達が、魔女狩りを望んでいるのだ。
ビキリ、と。自分のこめかみに血管が浮かぶのを自覚する。
彼女らの夫や息子達は、自分達の命令で死んだ。彼らが何の為に戦い、命を落としたかはそれぞれの理由があるだろうが……その遺族を借金の踏み倒しの為に魔女認定などあってはならない。
命と財産だけでも許せないのに、名誉まで奪おうというのだ。
「落ち着け、クロノ殿。為政者がその程度で冷静さを失うな」
「……失礼しました」
ギルバート侯爵の鋭い眼光を浴び、ゆっくりと深呼吸をする。
彼の言う通りだ。今は、感情に流されて良い時ではない。
「しかし、ギルバート侯爵。魔女狩りで裁かれるのは、大抵身寄りのない老婆で、あまり財産をもっていないケースが多いと、聞いたことがありますが」
「それは『後半』だな。魔女狩りの前半は、先程言った通りの金貸し関連が中心。それが終わると、今度は聴罪司祭と、各地の委員会が報酬目当てに動き出す」
「聴罪司祭は分かりますが、委員会……?」
「うむ。各村、各街の若者達が集い、魔女狩りを手伝う。あるいは、先導する。彼らには魔女裁判においての費用と、報酬が支払われるのだ。その支払い元は、誰だと思う」
「え、それは……勇者教が魔女裁判を行うのだから、教会が出すのでは?」
「いいや。国。あるいは、その地の領主だ。基本的に国だな」
「ええ!?」
そんなのありかと、大声を出してしまう。
「これは委員会だけでなく、聴罪神官に対しても支払われる。『お前達の国に巣くう魔女を討伐してやったのだ。感謝しろ』、とな。委員会を担当した者達や、聴罪司祭。そして、聴罪神官や、勇者教御用達の店からの寄付で、聖都は潤う」
「……そんなことが、許されるのですか?」
「当然、各国の王達が魔女狩りの費用に頭を痛め、揃って魔女狩りの廃止に動いた。なくすことには至らなかったが、それでも停止には持ち込めたのだ。この100年はな」
不機嫌さを隠す気がないようで、ギルバート侯爵が鼻を小さく鳴らした。
「オールダーどもも、魔女狩りの厄介さは知っているはず。それでも、貴殿を魔女認定できるのなら安いと判断したのだろう。このやり口は、スネイル公王か……あるいは、アナスタシア女王か。モルステッドの『盆暗』は、考えついても実行はできんだろうな」
「……事情は、わかりました」
「ここに来る前に、先の戦で亡くなった者達の供養について教会領のジョン大司祭と話していてな。その際に、クロノ殿の魔女裁判についても話してある。あの方からも、聖都に抗議の書状を出してくれるはずだ。しかし……」
ここまで饒舌だったギルバート侯爵だが、視線を僅かに彷徨わせる。
「アンジェロ枢機卿ならともかく、ジョン大司祭では階級と実績が足りん。聖都は強引に貴殿の魔女裁判を行おうとするだろう。時間稼ぎには、なるだろうが……」
「……参考までにお聞きしたいのですが、魔女裁判の前に尋問が行われるはず。その内容は、どういったものなのでしょうか」
「私もそこまでは詳しくない。だが、現役の貴族を相手にそこまで酷いことは……しない……はず……恐らく」
「では、恨みのある相手……そう言えば、以前シャルロット様を襲撃した犯人達の尋問を侯爵にお願いしましたが、彼らは現在どうなっていますか?」
「…………」
そっと、ギルバート侯爵が顔を逸らす。
「……誰だって、加減を間違えることはある」
「ですよねー」
何となく察していた。あの一件から何度か犯人達のことや、どこまで調査が進んだかを侯爵に尋ねていたが、毎回はぐらかされていた。
ギルバート侯爵、やり過ぎちゃったらしい。
「まともな尋問は、されそうにないですね。恐らく行われるのは拷問か……」
前世にネットやゲームで見聞きした拷問方法が脳裏をよぎり、背中に嫌な汗が流れる。
爪を剥がしたり指を折るのは序の口で、錆びたノコギリで少しずつ体を切られたり、冷えた水の中に何度も沈められたり。他にも、想像するだけで吐きそうになる内容が浮かんでくる。
この肉体の頑強さなら、大概の責め苦に耐えられそうだが、限度はあるのだ。それこそ、拷問内容にライフルを使ったものがあれば、どれだけ頑丈でも耐えきれはしない。
以前、銃の試験中に大怪我をしたことがあった。その破壊力は、身をもって知っている。ライフル弾の1発2発では死なないが、10や20なら話は別だ。
かと言って、力づくで魔女裁判を跳ねのければ勇者教全てが敵になる。
ストラトス領の民は、勇者教の信徒が多い。なんせ父上からして熱心な教徒だ。
父上なら『やはり今の勇者教は腐っている!』と槍を振り回すだろうが、領民の反応がわからない。
なんにせよ、ストラトス領の兵士達は……そして、共に戦うクロステルマンの兵士達の士気は大きく下がるはずだ。
この世界、この大陸において、勇者教は皇帝以上の権威をもっている。
下手をすれば、士気の低下どころかどこぞの一向宗みたいに、あちこちで反乱が起きかねない。
最悪だ。僕1人を排除するのに、例の3カ国はそこまでやるのか。魔女裁判を復活させたら、自分達だって大きなデメリットを負うだろうに。
どうも、自覚していた以上に恨みを買っていたらしい。フィリップ司祭ではなく、敵国の王達から。
「そう気落ちするな、クロノ殿。解決策は必ずある。ジョン大司祭も、今方々を回って全力で対処してくれている。貴殿の心が先に折れては、奴らの思う壺だぞ」
「……はい。すみません、侯爵」
「謝るな。なぁに。敵からの恨みは武人の誉だ!胸を張れ、胸を!」
「うっ……!」
盛大な音と共に背中を叩かれ、一瞬呼吸が止まる。
流石はシャルロット嬢の祖父と言ったところか。凄まじい剛力である。ガルデン将軍に匹敵するのではないか?
しかし、彼のおかげで少し思いついたことがある。
「あの、ギルバート侯爵。勇者教において、破邪の武器と言えば、『銀の武器』ですよね?」
「うん?そうだな。随分昔にクロスボウが邪悪な武器認定されかけた時も、銀の矢と銀の弦を使って的当てをし、その命中率で神がお許しになるかを試していたぞ」
「……なるほど。それともう1つお尋ねしたいのですが、勇者教は『鉄砲』と言ったのですね?『ライフル』ではなく」
「そのはずだが……一応、後で確認しよう」
「お願いします。……あ、いえ。自分で調べます。申し訳ありません。侯爵に色々とお尋ねしてばかりで」
彼は年齢的にも階級的にも格上。どころか、本来なら雲の上の人物である。
あれこれと、お願いごとをして良い立場ではない。
だが、ギルバート侯爵はニッカリと笑う。
「気にするな、クロノ殿!貴殿の働きは素晴らしい。優秀な者は、然るべき評価を受けるべきだ。クロノ殿の功績を考えれば、ストラトス家は辺境伯に任命されても不思議ではないと私は考えているぞ!」
「きょ、恐縮です」
辺境伯はちょっと……うち、マジで人手が足りていないので。
そんなことを考えていると、クリス様が妙に静かなことに気づく。
「あの、クリス陛下……?」
そっと彼女の方に視線を向ける。
うつむいた姿勢になっているので、長めの前髪でクリス様の顔がよく見えない。
「クロノ殿の命が、どうでもいい……?勇者教は……勇者アーサーの教えは……」
「ひぇ……」
「おぉぅ……」
自分の喉が引きつり、ギルバート侯爵がそっと天を仰ぐ。
どうやら、ずっと小声でぶつぶつと何かを呟いていたらしい。僅かに見える口元や首は、元々白かったのが、今は余計に白くなっている。
まるで幽鬼のような姿に、2人して少しだけ彼女から距離をとった。
我関せずとばかりに直立していたシルベスタ卿が、ようやく口を開く。
「どうなさいますか?いっそ、聖都を少数精鋭で奇襲し、教皇聖下を人質にして秘密裡に交渉しますか?」
「シルベスタ卿!?」
「正気か!?」
「…………」
「悩まないでくださいクリス様!?」
「落ち着いてくだされ……!勇者教と事を構えては、本当に帝国が滅びますぞ……!」
「……流石に、それはダメだ」
「でしょうね」
数十秒の沈黙の末に、クリス様が答える。
それに対し、シルベスタ卿が当然とばかりに頷いた。
「では、顔をお上げください。クリス様がするべきは、自問自答や宗教観を見つめ直すことではないはず。ましてや、フィリップ司祭に対する呪詛でもないかと」
「……うん。ごめん、リゼ」
「お気になさらず。むしろ、近衛騎士の身でありながら会議中に不要な発言をし申し訳ございません」
「許すよ。むしろ、ありがとう」
「はっ」
クリス様が椅子から立ち上がり、自分に近づいてくる。
その碧い瞳にはいつもの輝きが灯っており、彼女はそっとこちらの手をとってきた。
「安心して、クロノ殿。絶対に、君を死なせたりしない。絶対に守る。その為なら、どんなことでもするよ……!」
「あ、ありがとうございます」
「あの、婿殿。じゃなかった、陛下。どんなこともの中に、聖都襲撃は絶対に含めないでください」
「……うん」
こちらの手を握ったまま、ギルバート侯爵の言葉に頷くクリス様。
彼女は数秒程自分の方を見つめた後、何やらハッとした顔で手をにぎにぎしてきた。
妙に顔が赤い。異性の手に照れているのだろうか。
まあ、兎に角。
「クリス様。では、お願いがあるのですが……」
「う、うん!な、なにかな!?何でも言ってね!あ、で、でも!何でもって言っても、え、エッチなことはダメで……!」
「はい。それでは」
彼女の柔らかい手の感触に少し胸が高鳴りつつも、冷静に言葉を紡ぐ。
「裁判をせず、直接僕の『処刑』にまで話を進めたいのですが、可能ですか?」
「……ひゅっ」
「クリス様!?」
ガクン、と脱力し、気絶したクリス様を咄嗟に抱き支える。
この後、シルベスタ卿から滅茶苦茶怒られた。
どうやら、自分は冷静な言葉選びができなかったらしい。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.処刑しようにも、クロノの首ってギロチンでも斬るの無理じゃね?
A.
ガルデン将軍
「今から教会に行って『ギロチン』という洗礼名を賜ってくる」
クロノ
「気軽に人間やめないでもらえます!?」




