第九話 15歳。初陣へ
第九話 15歳。初陣へ
クロステルマン帝国から、オールダー王国へ宣戦布告が出された。
理由は王国から麻薬が大量に密輸されており、それにオールダー王国政府が関わっていると、帝国が判断したからである。
当然オールダー王国側はこれを否定。話し合いによる解決を求めていたが、『アレクサンドル・フォン・クロステルマン皇帝』はこれを無視した。
……確かに麻薬の密輸は問題になっていたが、決め手になったのはそれだけではない。
クリス皇太子殿下が、今年で15歳になったのだ。貴族として初陣を経験するには、丁度良い年齢とされている。
彼の箔付けの為に、かねてより邪魔だったオールダー王国を滅ぼそうと、帝国上層部は思ったのだ。
皇帝陛下御自身も出陣なされるそうで、国中の貴族に声がかかり約5万人もの大軍勢が組織される。
ストラトス家も軍役を果たす為、領民を率い参戦する事となった。
「やっぱり俺が行く!クロノに戦争はまだ早い!」
「いやいやいや」
半泣きで吠える父上に、ケネスやアレックスと共に首を横に振る。
何言ってんだこの人。
「父上。今回ほど勝ちが決まった戦争なんてそうそうないので、初陣を済ませてしまいたいのですが」
「矢が飛んできてクロノに刺さったらどうする!?」
「クロノ様の頑丈さなら、矢どころか槍でも無傷かと……」
「味方に肉壁として使い潰されるかもしれない!」
「むしろ、我らは後方で放置されるかと。皇太子殿下の初陣ですので、どこの貴族も手柄を求めて我先にと突っ込むので」
「俺が寂しい!!」
「父上が行く場合でもそれは同じでは……?」
まぁた父上の知能が低下している……。
45歳にもなって子供みたいな駄々をこねる当主に、3人揃って眉間を押さえた。これさえなければ、理想的なお館様なのに。
それから1時間近くかけて、どうにか父上を説得する。
「ぐすん……ケネス……クロノに何かあってみろ。俺はお前を絶対に許さんからな……!」
「勿論です。もっとも、私の方が守られかねないと不安ですがな」
「いえ。頼りにしていますよ、ケネス」
「勿体なきお言葉」
謙遜しているが、この老騎士は幾度も戦争を経験したベテランである。殴り合いなら貴族である自分の方が強いが、『生き残る』事に関しては彼の方が上だ。
そもそも、自分は知識でしか戦争を知らない。盗賊狩りとは何もかもが違うだろうから、うちの実質的な指揮官はケネスである。
今回は、その隣でのんびり学ばせてもらおう。
「それとクロノ。初陣に行くお前に、渡したい物がある」
「はい?」
父上達に連れられ、蔵に足を運ぶ。定期的に手入れされている事もあり、埃っぽさはない。
家宝である槍や盾。プラチナの短剣が並ぶそこに、見慣れぬ鎧と大剣があった。
「これは」
「お爺様の鎧をお前に合わせて大きさや意匠を変えておいた。そして、帝都の職人に依頼して作らせた『魔剣』だ。これを装備して戦場に行け」
その鎧は、随分と煌びやかなデザインだった。
白銀のフルプレートアーマー。関節は動きやすさの為か意外と隙間があるが、全体的に装甲が分厚い。
青い飾り布や模様が描かれ、フルフェイスの兜には側頭部から一対の捻じれた角が生えている。金色のリングで彩られた、こげ茶色の捻じれた角であった。
一緒についている青い腰布の裏面には、鎖帷子が見えている。幾らしたのだ、この鎧。
そして、魔剣。これは、鍛える際に職人が魔力を込める事で作られる。その具体的な製法は門外不出であり、一子相伝なのだとか。
生産数は当然少なく値段もはるが、その性能は並の剣を容易く上回る。
使い手によっては馬ごと騎士を両断し、側面から斧を叩きつけられても歪みすらしないとか。
ただし。魔力を籠めるには大きさが重要なのか、魔剣の類はどれも人間が振り回す事を想定していない様なサイズである。
目の前のこれも例にもれず、非常に大きい。父上の身長と同じぐらいなので、柄頭から切っ先まで2メートル10センチほど。刃渡りは1メートル70センチといったところか。
刀身は根本のところで拳1.5個分もあり、切っ先にかけて細くなっている。厚さは、パッと見2センチ近い。
騎士でも振り回すのが難しそうである。
「さ、持ってみてくれ」
「わかりました」
だが、このチートボディなら。
青く塗られた柄を掴み、大剣を片手で持ち上げる。
重いが、妙にしっくりくる握り心地だ。振り回す時はしっかり踏ん張らないと、体が揺れてしまいそうである。
金色の柄頭に、刀身に見合った分厚い鍔。白銀の刀身の根本には、青と金で模様が描かれている。親指大の宝石まではめ込まれ、もはや宝剣と呼ぶにふさわしい美しさであった。
「ありがとうございます、父上。よく馴染みます。しかし、高かったのでは……?」
「安心しろ。お前がこのストラトス家にもたらした富に比べれば、ちょっと痛い程度だ。クロノの初陣に相応しい装備を用意できて安心したぞ!」
豪快に笑う父上に、思わず頬が引きつる。
自分で言うのは何だが、グリンダの協力もあって知識チートによりストラトス家は10年前と比べ倍以上の税収を叩きだす様になった。
その上で『ちょっと痛い』となると、もはやこの剣と鎧だけで貴族が1年や2年普通に暮らせる程なのでは……。
ちょっと使うのを躊躇う様な代物だが、ケネスとアレックスは満足気に頷いている。
「良かったですな、クロノ様。まさに、これらは御身の為にある鎧と剣です」
「まったくです。御身に何かあれば、どのみちストラトス家は……おほん。初陣が楽しみですな!」
あ、この2人はあれだ。単にいつもの期待が重いパターンだわ。
胃がちょっとだけキリキリした気がするが、この頑丈チートボディの胃壁にこの程度で穴があくわけない。どうにか笑顔を浮かべ、父上に改めて礼を言う。
「ああ、それとなクロノ」
「はい。何でしょうか、父上」
専用の鞘におさめ、魔剣を慎重に台座へと戻す。
「戦場には、例の『ハーフトラック』を持っていけ」
「……流石にやり過ぎでは?アレはストラトス家の秘中の秘ですよ?」
『ハーフトラック』
ようは、後ろ側の車輪が履帯に覆われたトラックである。速度やコストこそ普通のトラックより嵩むが、不整地での踏破性は圧倒的にこちらの方が高い。
2年前に蒸気機関のプロトタイプが完成し、それを搭載した蒸気自動車が1年後に完成。トラクターやロードローラーとして、ストラトス家の開拓に大きく貢献した。
その内の2両を、ハーフトラックとして運用している。主に物資の輸送に使っているが、少し装甲を足せば軍用としても使えなくはない。
だが、こんな勝ち戦に出す物ではない気がする。
「この戦。明白な勝ち戦だからこそアレが必要になる。載せられるだけ食料を載せて、向かった方が良い」
「私も賛成です。現地で食料の確保は出来ないと考えた方がよろしいですからな」
ケネスが父上の言葉に大きく頷く。
「この戦。敵兵に討たれるよりも、餓死者の方が多くなるかもしれません」
「そう……なんですか?」
「はい」
「まあ、その辺りは口で説明するより初陣で知った方が良いだろうが……それとは別に、どうにも嫌な予感がしてな」
「嫌な予感ですか?」
「ああ」
父上が、40代とは思えない若々しい顔で眉間に皺を寄せる。
「何の確証もないが……この戦、どうにも荒れる気がする」
* * *
そうして、初陣へと向かう日がやってきた。
「やっぱり俺もついていく!」
「領地の守りはどうするつもりですか。姉上も屋敷にいるんですけど?」
「……じゃあ俺が行ってクロノはフラウと留守番!」
「このやり取りこの前もしましたよね」
当日になって駄々をこね始めた当主を、アレックス他数名の騎士達がなだめる。
それを横目に、姉上がこちらの鎧の肩を軽く叩いてきた。
「頑丈そうね」
「ええ。僕には、過ぎた装備かもしれませんが」
「私に鎧や剣の価値はわからないわ。でも、ま。せいぜい怪我をしない様に気をつけなさい」
「はい。姉上。そちらも怪我や病気にお気をつけて」
「大きなお世話よ、弟」
長い髪をファサリと掻き上げ、相変わらずの無表情のまま父上を宥めに向かう姉上。
ああ見えて優しい人なので、本気で心配してくれているのだろう。
入れ替わりで、グリンダがこちらへやってきた。
「若様。どうかご無事で。私も教会にて御身の無事を祈っております」
「ありがとう、グリンダ。僕が留守の間、工場や畑関連で何かあれば父上やアレックスの補助を頼んだ。あと、ないと思うが……いざとなったら、戦力としても頼りにしている」
「ええ。ハーバーボッシュ『魔法』の研究も進めておきます」
ニコリとほほ笑んだ後、彼女がこちらの肩に手をのせて背伸びしてくる。
桜色の唇が迫ってきてドキリとしたが、グリンダの口元は耳へと近づいていった。
『初陣だからって、焦ったりしないようにね。戦力差は凄いけど、戦争に絶対はないって言うし』
『……ええ。肝に銘じておきます』
『あと、従軍娼婦とかを抱く時は前に教えた事を思い出して。いきなり激しくじゃなく、最初は』
『その話を今しないでもらえます?』
『はいはい』
顔は見えないが、クスクスと笑っているのがわかる。
あと、あまり密着しないでもらいたい。彼女の推定100センチ越えの胸が、鎧に押し付けられて形を変えている。感触はわからないが、とても柔らかそうで目に毒だ。
それになんかいい匂いがする。
……父上がここ数日ずっと自分の傍に張り付いていなければ、姉上とアレックス達により僕とグリンダは寝室に閉じ込められる予定だったらしいのだが、その事を彼女は知っているのだろうか。
『実際に戦う事はないだろうけど、とにかく気を付けて』
『ええ。そちらも』
『さて。そろそろ離れないとお館様に殺されそうだし、日本語はここまでだ』
彼女が数歩分離れるのと同時に、視線を周囲に向けてみる。
アーリー達使用人が満面の笑みでグリンダと自分を見つめ、アレックスやケネス、そして姉上と数名の騎士が父上に縄をかけてどうにか押さえこんでいた。
うわぁ……父上が憤怒の形相で、その状態でもじりじりと前進している。本当に人間か、あの人。
「それでは若様。ご武運を」
「はい。行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
可憐な乙女の様に手を振るグリンダに、小さくため息を吐く。
帰ってきたら、本当にこの人と結婚する事になりそうだ。前世の姿を知らないので、自分には彼女が『彼』だった実感がない。
なので抵抗はないというか、正直その肢体に興奮するけれど……。
この関係が。同郷の友人という関係が変わってしまいそうで、それが少し怖かった。
戦場に行くというのに、そんな事を気にしている場合かとも思う。だが、心配事というのは往々にしてそういうものだ。
姉上にバックドロップをくらい、アレックスらに伸し掛かられて拘束されるストラトス家当主をよそに、やってきたケネスと共に今回ついてくる者達と合流する。
「では、これより出発する。皆の者、頼むぞ」
「はい!」
自分は馬に乗り、8人の領民は槍を担いで徒歩。そしてケネスともう1人の騎士、『レオ』はハーフトラックへ搭乗する。
レオは20代の若い騎士であり、彼も今回が初陣だ。金髪に彫りの深い顔立ちをしたナイスガイである。
彼はこの1年間、蒸気自動車を運転する為の訓練をずっと行っていた。今回ハーフトラックの操縦は彼が行う。
蒸気自動車とは、前世ではフランスのキュニョーさんが開発したものだ。大砲を運ぶ為に作り出し、5トンの大砲を載せて走ったとされる。
ただし、15分おきに給水が必要であまり長時間の移動はできなかったとか。
しかし、この世界には魔法がある。困った時はだいたい魔法で何とかなる気がしてきた。
ストラトス家のハーフトラックは、前世で米軍が使っていたハーフトラックに煙突をくっつけた様な見た目をしている。
ただし、それと比べて車高が明らかに高い。バランスをとる為、幅も少し増している。
運転席の隣には魔法使いが必ず搭乗し、上下に突き出た杖を握るのだ。
この世界では、基本的には魔法の発動に杖を必要としない。使っても威力や精度は上がらないとされている。
ならば何故用いられているのかと言えば、製鉄を生業とする貴族の家で『炉の炎を保つため』によく使われているのだ。大昔に、そういった家の当主が考え出したらしい。
ストラトス家でも、生石灰を作る為によく使っている。材料は主に魔物の骨。奴らの骨は、魔力を流し込む限り並の鉄より頑丈だ。
下の杖から炎の魔法を流し込み、上の杖からは水をいれる。更に、下の杖は横のレバーで角度を切り替えて上を向かせ、水の温度を保つ魔法を使う事も可能だ。
これにより、石炭が未だに採掘できていないストラトス家でも蒸気機関を用いた『蒸気自動車』や『蒸気船』が使えるのである。
「では……出陣!」
「おお!」
小さく深呼吸をしてから、剣を掲げ号令を出す。それに領民達も槍を突き上げて答え、歩き出した。その後ろをハーフトラックも進んでいく。
泣きながら吠える父上や、その上で山となるアレックス達。更にその横で小さく手を振る姉上。アーリー達とお辞儀をしているグリンダに見送られ、自分達は戦場へと向かった。
なお。
「ごめんな。よく頑張ったな」
〈ボ、ボフ……!〉
領都を出てすぐに鞍から降りて乗っていた馬を労い、ケネスに手綱を任せた。自分は鎧を脱いで剣と共にハーフトラックの荷台に載せ、彼の代わりに『火夫』……火と水の管理につく。
鎧と剣が重すぎる。父上が普段使いしている魔物の血が混じった馬以外は、うちの馬だととてもじゃないが長距離の行軍は無理であった。走らせるなどもってのほかである。
やっぱりこの装備、色々とやり過ぎでは?
この後オールダー王国へ入る前に他の部隊と1回合流するのだが、その時はハーフトラックを隠し自分は馬に乗っていく予定である。
……もってくれよ、我が愛馬!
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
年齢がプロローグに追いついたので、年単位のダイジェストはここまでとなります。