第一章 プロローグ
よろしくお願いします。
第一章 プロローグ
「総崩れですな」
「ですねぇ……」
馬から降り、小高い丘の上でうつ伏せになりながら眼下の景色をぼんやりと眺める。
ネット小説でよくある転生をしてから、15年。交通事故で死んだと思ったら、剣と魔法の異世界の子爵家嫡男となっていたりと、普通ならあり得ない様な経験をしてきた。
それでも、これは完全に想定外である。
「あの逃げている部隊、友軍の侯爵家ですな」
「あ、やっぱり?」
敗走である。圧倒的有利だったはずのお味方が、今は陣形をズタズタに引き裂かれ各個撃破されている最中であった。
隣国から大量に流れてくる麻薬が発端となった、この戦争。それは、紛れもない勝ち戦であったはずである。
自分が転生した国。『クロステルマン帝国』は、大陸でも有数の軍事力もつ大国。今回皇太子殿下の初陣という事もあり、5万人の軍勢で攻め入った。
対する敵国は、国中からかき集めても8千人が限界の小国である。帝国はまだまだ余力があり、やろうと思えば倍の兵数を揃えられる事もあって、戦力差は歴然だ。
実際、ここまでの道中は連戦連勝。皇帝陛下ご自身も出陣なされたという事もあり、帝国中の有力貴族が参戦しているのも大きい。
自分の様な田舎貴族の嫡男は、戦闘にも略奪にも参加していなかった。僕らが通った村々は、既に何もかも奪われた後だったのである。
まあ、元々これといってそういう行為をするつもりはなかったが……。どうせこうなるとも思っていたし。
流石に哀れだったので、敵国の村人でも治療や救助活動をしていたぐらいには暇な行軍であった。
そんな戦争であったのだが……いつの間にか、こうなっていたのである。
何があったんだよ、マジで。
「くっ……!」
「殿下!まだ動いては……!」
偵察するふりして現実逃避していると、後ろの方から声が聞こえてくる。
皇太子殿下と、その親衛隊の女騎士だ。年齢的には、少女騎士と言った方が相応だろうけど。
鎧を脱ぎ、血の付いた厚手の服を纏っているだけの殿下。先ほど自分が治療したお方である。
「放せ。傷ならクロノ殿のおかげで完治した。それより、味方の撤退を指揮せねば……!そうでなくとも、敵の足止めを……!」
「なりません、殿下。ここはお引きを。国に戻り、態勢を立て直してから」
「父上が討たれた今!ボクが頑張らないといけないんだ!」
「殿下!」
戦場の臭いと、出血のショックで興奮気味の殿下を前にしながら、少女騎士が慌てて周囲を見回す。
あ、目が合った。どうぞお構いなく。
皇帝陛下がお隠れになった事は、既に察していた。なんせ、敵軍が先ほどから大声で陛下の死を喧伝しているのである。
それに対し本陣から何の否定も出ていない辺り、そういう事なのだ。
ボケーっとしていると、隣の老騎士。我が家に仕えてくれている、『ケネス』が肘で小突いてくる。
「若様。そろそろご決断くだされ。撤退しましょう」
「あ、はい」
これは皇太子殿下の初陣でもあるが、自分にとっても初陣であった。
山賊退治の経験はあるが、この様な大規模戦闘は初めてである。勝ち戦だし、軍役もあるしと。自分の事を『転生者だと知りながら』親バカを発揮している今生の父親を騎士達と説得して、初めての戦争に来たペーペーだ。
それに比べて、ケネスは父上と共に戦争を経験している。頼りになる騎士だ。
彼の言葉に、ようやく意識を今起きている事に戻す。
ケネスの言葉は尤もだ。ここでぼうっとしていては、いつ敵軍に捕捉されるかわからない。
こちらは、自分とケネス。そして領民も合わせてたったの11人である。しかも、敵軍の数が事前に聞いていたより明らかに多い。
見覚えのない旗もあるので、恐らく別の国が敵国に援軍を送ったのだろう。
このままここにいれば、死ぬだけだ。とっとと逃げよう。
未だ興奮状態の皇太子殿下の事だけが、気がかりだが。
あくまで皇帝と各貴族は対等であるものの、それは表向きの話。実際は主従関係と言える。
陛下が亡くなった今、皇位継承権第1位の殿下が帝国のトップであった。
たとえ、皇帝陛下のとんでもない横紙破りで選ばれたお方であったとしても。
そんな方を置いて逃げるのは、あまりにも外聞が悪い。さて、どうしたものか。周囲には彼……彼?……殿下の他にも、全員女性で構成された近衛騎士10人がいる。
このタイミングで殿下を見捨てれば、後でどうなるか。
1回負けただけで、帝国は未だ強国である。そして、帝国で1番広い領土を持っているのは皇族だ。
ここまで見かけた村々の様に、うちの領地を燃やされるわけにはいかない。
……あっ。
「やっべぇ」
「若様?」
そもそもの話……うちの領地は、敵国との国境線近くである。
今すぐ逃げる事ばかり考えていたが、敵が逆侵攻してきたらうちの領地だって無事では済まない。
どうにか撃退出来たとしても、陛下の仇討ちに今回以上の軍勢が帝国から派遣されるだろう。
そうなった時、国境近くにある田舎子爵家で、しかも陛下が亡くなった戦場からおめおめと逃げて来た家とか……『補給』に使われる可能性も十分にあった。
この世界の軍隊における補給とは、略奪と同義である。計画的な略奪の事を、補給計画と呼ぶのが常識だ。
……あれ、詰んでる?
「ケネス。撤退はちょっと待ってください。考えさせて」
「……承知しました」
何やら期待する様な目でこちらを見てくる老騎士を余所に、ない頭を必死で捻る。
軍隊の通り道にされない功績と、敵がすぐには逆侵攻できないだけの打撃が必要だ。
そんな事、出来るだろうか?
───できる。
「うぅぅ……!」
知恵熱でも出るんじゃないかと頭に血を集中させながら、今回の戦に持ってきた『前世の知識由来の物品』と、ここまで村々を回って治療やら何やらしてきた時に得た土地の情報をすり合わせていく。
アレして……コレして……かぁなりのハッタリをかませば、どうにかなる。はず。
だがかなりの無茶をするので、色々となすりつけられる『旗』が必要だ。
「ボクがやらねばならない。ボクが、守らないと……!」
「落ち着いてください、殿下!」
いたわ。旗。
「ケネス。兵達に移動の準備をさせて。同時に戦闘用意も」
「承知しました、若様!」
うつ伏せになっていた丘を慌てて駆け下り、殿下のもとへ向かう。
こうなったら気絶させて連れて行くかと、親衛隊が拳を握り始めた所へ。強引に割り込んだ。
「なっ、何を!」
「殿下。クリス皇太子殿下」
片膝をつき、胸に手をあてて首を垂れる。
この見た目は優しそうな王子様……いや、皇子様然とした『男装の麗人』に深々と頭を下げた。
「御身の旗の下で、私共ストラトス家がこの戦場で槍を振るう許可をください。共に、友軍の撤退支援をしたく思います」
「クロノ殿……!」
「貴公は……!」
喜びに顔をほころばせる殿下と、背後から怒気の混じった声を発する近衛騎士殿。
申し訳ないが、この際近衛騎士達にも手伝ってもらう。うちの領の為に。
「協力感謝する、クロノ殿。ストラトス家の武勇、あてにさせてもらうぞ」
「はっ。つきましては、私に1つ。策がございます」
「なんだ。言ってくれ」
興奮気味に顔を寄せてくる皇太子殿下。あ、なんかめっちゃ良い匂いがする。
父上の親バカのせいで未だ童貞記録更新中の身としては、中々に毒なお方だ。
臣下の礼をする自分に、膝をついて目線の高さを合わせてくる皇太子殿下。その碧眼を見つめ、こう続けた。
「逃げながら戦いましょう。徹底的に、嫌がらせをします」
これまた数多の異世界戦記もので使い古された戦法。ゲリラ戦である。
さてはて。前世ではそういった作品ばかり読んでいて、ちゃんとした軍事知識なんて皆無な身であるが……。
どこまで、この剣と魔法の世界に通用するのやら。
表面上は真面目くさった顔を維持しつつ、つい、この世界に生まれてからの事を思い出してしまう。
そう、自分がハッキリと前世の記憶を思い出した幼少期の事……。
あれ、これ走馬灯じゃね?はやくなぁい?
魔力で頑丈なはずの胃壁が、ちょっとキリキリいった気がする。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。創作の原動力となりますので、いただけたら幸いです。
次の話から主人公、クロノの幼少期が始まりますが、15歳の戦場までは巻きでいく予定です。1話で1歳か、3、4歳ぐらい進むかと。偶に1歳も進まない話もあるかもしれません。
異世界戦記には慣れておりませんが、今作をよろしくお願いいたします。