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第8話 察してちゃんは俺が貰います。


「おかえりなさいませ、マレン様」

「あぁ、ただいま」


 ミレイナの手厚いお迎えを受けて、俺は大きなリビングルームへと向かう。ソファーに座ると彼女が手際よくアイスティーをテーブルにおいた。


「ありがとう」

「外はお暑かったでしょう」

「あぁ、暑いのにでかいなめくじが……、そうだ。これ」


 俺はムーンさんからもらった冊子をミレイナに渡した。


「これは?」

「なんか、アーゼットファミリーでは菜園士さんを派遣してくれるらしい。これからチェリーの世話をもうだし全部をミレイナさんに押し付けるのはと思ってさ。どうかな」


 彼女はパラパラと冊子をめくり、少し顔を赤くして


「お願いしたいです」


 と言った。なんでも、ゾゾスファミリーの裏庭には大きな家庭菜園がありかつてはたくさんの野菜が採れたらしい。


「へぇ……裏庭見に行っても? 悪いけど案内してくれるか?」

「えっ、あ、はい。かしこまりました」


 どこか、不安そうな彼女に俺はアイスティーを飲み干してからついていく。この屋敷は結構広い洋館で裏庭へ続く扉まで結構な廊下を歩いた。森の中だから土壌も良いだろうしいい作物が育つんじゃないか?

 と元農家の息子の俺は推察した。ラディッシュや大豆なんかを育てられたらいいな。意外と、植物というのは可愛いものだから。

 なんて可愛い畑を想像していたが、実際に裏庭へのドアが開いて見えた景色は立派なものだった。


「すげぇ」


 畑は綺麗に整備されて四面、支柱がたった畑が一面。その上、丸々畑一面が入る温室が2室。専用の井戸や道具小屋も完備されており、中の農具はどれも使い込まれているのに綺麗に手入れされていた。前任者が農業をどれだけ愛していたかが伝わってくる。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴と共に、俺の腕に彼女の腕が絡まった。ぎゅうぎゅうと体がくっつき、何かあったのかと彼女を庇うように背中に隠しながら声をかけると


「虫が……」


 と目の前を飛ぶ小さなハチを指差して彼女が震える声で言った。

 小さなハチは俺が伸ばした人差し指にぴとっと止まって羽を休めると可愛らしい瞳をこちらへ向ける。こいつは益虫も益虫。ミツバチだ。


「ミツバチだから、大丈夫。刺したりしないよ」

「わ、わ、わ私虫がダメなんです! 大きいのも! 小さいのも。ごめんなさいっ」

「もしかして、それで裏庭に来るのが嫌で?」

「はい、前任の菜園士はできるだけ虫の駆除をしなかったんです。だからここにはありとあらゆる虫がいっぱい、ひいっ」


 ミツバチが俺の指から飛び立つと、ミレイナさんはぎゅっと俺の背中から抱きつくようにして身を隠す。色々な感触に戸惑いつつ「戻りましょうか」と行って俺たちは裏庭をあとにした。

 弘法にも筆の誤り、完璧メイドも虫が怖い。なんだか、彼女の可愛い部分が見れたような気がする。



***



 翌日、アポがとれたので俺はアーゼット農園の社長室……ボスの部屋? にやってきていた。アーゼットファミリーのボス・ジェイクのデスクは非常に散らかっており、契約書やら何やらが乱雑に置かれている。


「やや、まさか。住み込みの菜園士派遣サービスを利用してくださるとは。しかももちろん、喜んで。念の為サービス料ともろもろの従業員の経費、さらには休日や定時についての契約事項の読み合わせを。おい! ムーン、お茶はまだか!」

「すみません! すぐに!」


 部屋の外から声が聞こえた。先ほど、ムーンさんは俺以外の来客の対応をしていたはずだ。彼もここに来る間にそれを目にしたはずなのに、横暴な野郎だ。

 多分、俺が提示したプランは年間で結構な金額が動くので舞い上がっているのだろう。


「すみませんね。ムーンは僕の恋人だからっていうだけで雇ってやっているんです。ですが、気が利かない上に『察してちゃん』で困りますよ。いっそ別れてやろうかな。ガハハ」


 彼はデスクに散らかった羽根ペンではなく、新しい羽根ペンを出してなにやら契約書にサインをし、その新しい羽根ペンもデスクの上に散らかした。

 俺はそのデスクと向き合う形で置かれたソファーに腰掛けている。まるで社長室に来たみたいでちょっと緊張する。

 しばらくすると、ムーンさんが冷たいお茶をもって入ってきて俺は礼を言ってそれを受け取った。


「すみませんね。こいつ、本当に気が効かなくて」

「いえ、そんなことは。美味しいハーブティーですね。ありがとうございます」

「まったく、こまっしゃくれたものを……。今日は暑いんだからガス入りの水が良いに決まってるだろう?」


 おいおい、仮にも商談中に炭酸水なんか出されたらゲップ我慢するの大変なんだが? 風呂上がりだったらいいけどさ。

 こいつはバカか? いや、バカだな。


「とても美味しいですよ。清涼感のあるハーブですね」

「よかったな? マレンさんが優しくて。あーそもそも、商談のお相手にお茶を出すのにエプロンくらいつけたらどうだ? お前は野暮ったいだけでなく女としてもマナーすらなってないんだな?」

「ごめんなさいっ、ついさっきまでお客様の対応を……あなたも見ていたでしょう?」

「はぁ……また察してちゃんか? できないならできないと口で言えと言ったろう? すみません、マレンさん。うちの菜園士はみなこのような無礼な者ばかりじゃありません。これはコイツが俺の金目当てに、言い寄ってきたから付き合って仕方なく雇っているだけで」

 

 ムーンさんがぐっと唇を噛んで俯いた。彼女が必死に涙を堪えている横で、俺の堪忍袋はもうパンパンに膨れている。次、コイツが……


「女なんかろくなもんじゃないですよ。どうしてこんな女に引っ掛かっちゃったかなー」


「おい、いい加減しろ」

「おっ。マレンさんも叱ってやってくださいよ」

「いいんだな?」

「えぇ、もちろん」


 俺はすっと立ち上がると、近くに立っているムーンさんの横を素通りしてジェイクのデスクの目の前まで歩み寄った。


「あのさ、さっきからムーンさんが『察してちゃん』だとか言ってるけどそれの何が悪いんだよ。お前が今日、そのピンピンのシャツを着れているのは彼女が今日ファミリーボス同士の商談があるからと察してシャツの皺伸ばしてくれたんじゃないのか? 靴だってそうだ。彼女が察してピカピカなものを準備したんじゃないか? ペンを元の位置にしまうのもできないお前にはできない芸当だよなぁ? あ?」

「そっ、それは……」

「彼女は口に出さなくても、お前のことを考えて動いてくれてたんじゃないか? それが察するってことだ。お前が好きだから、お前が損をしないように、お前に喜んで欲しくてサポートしてたんだ。それに気が付きもせず、愛情を返すどころかお前は……他人の前で自分の恋人を貶して何が楽しいんだ?」

「謙遜です……謙遜」

「彼女はお前の所有物じゃねぇ。1人の人間だ。褒められりゃ嬉しいし貶されりゃ悲しい。傷つくんだ。わかるか? 謙遜の下に人のこと傷つけてんじゃねぇよ」

「いや、その、あの……」


 きょどるジェイクに俺は続ける。


「俺は、察することができないような人間はお断りだ。小学校で習わなかったか? お友達の気持ちを考えましょうって。察することができない人間は信用できない。お前とはビジネスなんかするもんか」

「それは困ります!」


 俺は懇願するジェイクを無視して、ムーンさんに向き直った。


「あんたもあんただ。嫌だとか辛いとかそういう気持ちは口に出して伝えないと。こういうバカには一生伝わらない。あんたの愛情だけ搾取される」

「ごめん……なさい」


 ついにダムが決壊したみたいにムーンさんが泣き出した。恐れ、不安、色々な感情が溢れたのだろう。


「なぁ、お前さっき言ったよな。察してちゃんな彼女とは別れるって。なら、ムーンさんは俺がもらう。うちのファミリーとして雇う。ファミリーの入会、退会は自由意志。彼女次第だ」

「んなっ、何を……、ムーン。ここにいるよな?」


 ジェイクは突然のことに混乱して、懇願するような目でムーンさんを見た。彼女は涙を拭い、それからぎゅっと拳を握ってじっと彼を見つめ、静かに口を開いた。


「私……貴方なんか大嫌い! もうこんな所、こりごりよ! 私こんなところにいたくない! お金なんかどうでもよくて貴方のこと好きだったのにそんな風に思っていたの? 私のお父さんの寄付で農場を広げたくせに!」


 この男……ほんとクズだな。


「貴様……ただで抜けられると思うな……」


 とジェイクが彼女を脅そうとするのを俺が間に入って止める。俺の笑顔をみてジェイクは一歩引き下がった。


「なぁ、俺さ。なんであのキャベツだけになめくじが近寄ったのかわかったんだよ。あんた、キャベツに甘味系の成長魔法使ってるだろ? もしかしたら、他の野菜もそうか?」


 俺の服の裾をきゅっとムーンさんが握った。多分、彼女も知っていたんだろう。ジェイクの顔がどんどん青ざめていく。


「完全無魔法の野菜。だよなぁ? もしこれをギルド協会の環境部や今までそれを信じて買ってきた顧客はどう感じるかな?」


 ジェイクの額には脂汗が浮かび、目が泳ぎ出す。


「んなら……もっと優秀な菜園士を」

「まだいうか、ムーンさんは十分優秀で、努力家な菜園士だ。手を見りゃわかる。俺も小さい頃は農業をかじってたもんでね。俺は彼女がいい。わかったな」

「わかった、わかったから黙っていてくれ。わかった、お前とは別れてやるから荷物をまとめて好きにしてくれ」


 彼はさっとファミリー退会の書類にサインをして俺に寄越してきた。俺の後ろでまだムーンさんがひくひくと泣いているのはこんな簡単に捨てられたからだろう。彼女がこのファミリーに尽くした時間も努力も、この男に対しての愛もさも簡単に捨てられて悲しいのだろう。


「あの、外で待ってます」

「はい……ありがとう。マレンさん」


 ジェイクを一瞥して、彼女は部屋を出ていった。




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