第7話 巨大なめくじ退治
『庭の巨大なめくじ退治 1000ゴールド』
なめくじといえば農家の大敵である。俺も元農家の息子としてちょっと同情しつつクエスト依頼書を手に取った。
「あの、これお願いします」
クエスト受理カウンターに持っていくと受付のお姉さんが俺をみて顔を真っ赤にした。いつもの若い人だが依頼書を受け取る指先は震え、うるうるした目で俺を見つめる。
「あの、なにか?」
「いえ。えっとご説明しますね」
「お願いします」
「こちらは、アーゼット農園というアーゼットファミリーが経営する小さな農園でのクエストになります。完全無魔法のオーガニック野菜について被害が出ているとかで。巨大なめくじの退治をお願いしたいとのことです」
なるほど、完全無魔法というと成長魔法や害虫駆除魔法などを使わないということ。つまり完全無農薬的なアレだ。手間がかかる分値段が高くなるしそういうのは一定の層に人気があるのはこの世界でもどうやら同じらしい。
「場所は近いっすね。ありがとうございます」
俺はさっと依頼書を手に取るが、受付のお姉さんはきゅっとそれを止めるように紙を押さえた。
「あのっ。ゾゾスファミリーのマレン様ですよね? その、よかったら今度お食事でもいかがですか?」
「あ〜、ごめん。そういうのはちょっと」
「でも私……こう見えてお料理も得意だし学校ではミスになったこともあるんですよ?」
「悪いけれど、職務中に私的な誘いをするような人は信用できないな」
俺の言葉に彼女はしゅんとすると「すみません」と言って下がって行った。やっぱり、名声や金があるとなるとこうやってそれ目当ての女性が寄ってくる。仕事中だというのにナンパなんて言語道断。もううんざりだ。
***
アーゼット農園は俺が思っている十倍は狭い小さな農園だった。
「すみません、ご協力ありがとうございます。私はアーゼットファミリーに所属するムーン・アーゼットと申します」
アーゼットファミリーの女性が俺の方に駆け寄ってきて申し訳なさそうに頭を下げた。オレンジ色の明るい赤毛をきゅっと頭の後ろでお団子にして、美しいエメラルドの瞳を持った若い女性だった。しかし、どことなく気弱そうでビクビクとしていた。
「巨大なめくじはどちらに?」
「はい、キャベツ畑の方に」
「やや! すみません、貴方が退治に来てくださったんですね」
急に声をかけて振り返ると、そこには大柄でスーツを着た男が立っていた。涼しげな半袖のカットシャツに靴はぴかぴかに磨かれていて一眼で彼が「ビジネスマン」としてこの野菜を売っているのだとわかった。
彼はムーンさんの隣に立つと俺にへこへこしながら
「すみません、キャベツ畑の彼女がどうしてもなめくじは触れないとゴネるもので。早く相談すればいいものの。こいつ『察してちゃん』なので私が気付くまで言わなかったらこんなに育ってしまって」
キャベツ畑にいたなめくじたちは猫ほどの大きさがあり、小さいなめくじでは見えない皮膚の細かい粒々とか粘膜の中に埋まったヒラヒラした何かがよく見える。控えめにいってグロい。
「あぁ、うまいこと処理はできますよ。お任せください」
「よかった。じゃあ、私は商談なのでこの辺で。そうだ、よければうちのファミリーの派遣サービスもご検討ください」
「派遣サービス?」
「えぇ。うちのファミリーは庭いじりが得意なメンバーが多くてね。ご家庭の菜園のお世話を。一日1ゴールドから行います。おい、ムーン。冊子を用意しろ。まったくお前は気が効かないやつだな」
「でも……」
「いいから持って来い。まったく……ムーンは俺の彼女でね。ほら見た目がいいから付き合ったものの……察してちゃんで本当に困りますよ。やってほしいことがあれば口で言えってんだ。ほんと、女ってのは」
彼の言葉に、俺は前世の記憶がフラッシュバックした。
***
「あのさ、蓮。そうやって察してちゃんするのやめてくれる? 男のくせに女々しいよ」
「そうじゃなくてさ。ちょっとくらい俺のこと考えてくれてもいいんじゃないか?」
「はぁ? だーかーらー、やってほしいことがあったらその口でいいなよ!」
今考えると、あの言葉が俺と彼女の溝が深まった一番の原因かもしれない。「察する」というのは「相手のことを想い、考えて動く」ということだ。
だから俺は彼女に寄り添って関係を築くために彼女が口にしなくても、彼女のことを考えて動いた。買い物に行ってくれた彼女のために暑い日は麦茶を作って冷やしておいたり、彼女がTVを見て食べたそうにしていた新商品をこっそり買っておいたり。 具合が悪そうであればさりげなくコンビニに行って彼女の好きなプリンを買ってくるとか。
そうやって、相手のことを想い彼女が過ごしやすい環境やちょっとした喜びを感じられるようにたくさん動いた。
だから、いつまでたってもその愛情を彼女が返してくれないことが辛かった。俺が、寝込んでいたのに彼女が何もしてくれなかった時に、ついにイライラとして言ってしまった
「少しは察してくれてもいいんじゃないか」
それはほとんど悲鳴に近いようなものだった。親切には親切で返してほしい。まがいなりにも恋人なのだから愛情は愛情で返してほしい。
だから、「言ってくれなきゃわからない」は「お前のことなんか考えてやらない」に同義だった。
そこから人間関係は壊れて行ったような気がした。
***
「すみません、ゾゾスファミリーの皆さんに家庭菜園のすすめなんて烏滸がましいですよね。果樹園を長く運用していたんですもの」
ムーンさんはそう笑って俺に冊子を寄越してくれた。すでにあの彼氏とやらはどこかに行き、キャベツ畑には俺とムーンさん2人。
「あの人、いつもあんな感じ?」
「えぇ。亭主関白って感じで。私がまだうまくできないのが悪いんです。察してちゃんも彼のいう通りです。私、小さい頃から感情や気持ちを言葉にするのが苦手で……」
「わかります。俺もそういう感じ。でも、言葉にしなきゃわからなくなったら友情も恋愛も終わりだって俺は思いますよ」
「えっ?」
「だってそうでしょう? なんでもやってほしいことを言葉にしないと伝わらないなんて犬以下だ。犬だって言葉にせずとも飼い主が泣いていたら頬を舐めるでしょう? でも、言われなきゃわからないとほざく人間には『泣いているんだから慰めて!』って言わなきゃならない。そんなの友情でも愛情でもない。おかしな話ですよ」
「ふふっ、マレンさんって面白い」
「そうですか?」
「でも、ちょっとスッキリしました。でも、私も悪いんです。察することを相手に強要するってすごく失礼だから」
ムーンさんは悲しそうに俯くと木のバケツを持って、俺の魔法の範囲外へと避難した。
巨大なめくじの退治方法
1 火の魔法で乾燥させる
2 剣で切り刻む
3 成長魔法(甘味)を使ったキャベツで誘き寄せる
俺は、「ファイアー」の応用魔法でなめくじをカラっカラに乾燥させてしまう。猫サイズから人の親指くらいまでに縮んで干物になったなめくじをコロコロと手に持っていたバケツに突っ込んだ。おおよそ二十匹。
畑からなめくじが消え去る頃にはムーンさんが咲くような笑顔になっていた。彼女はなめくじがとても苦手らしい。ちなみに、農家歴四十年だったうちのおかんはなめくじを素手で摘んで熱々の道路に放り投げることで駆除していた。
畑やってるおばちゃんは最強なのだ。
「ありがとうございます! 本当に助かりました」
「あぁ、いえいえ。仕事なので。ところで……ここの農園って完全無魔法が売りですよね?」
「はい、もちろんです。そもそも私をはじめとしてほとんどのファミリーメンバーが魔法が使えないんです。どうかされましたか?」
「いや、このなめくじ。どうやら甘味系の成長魔法が使われているキャベツが好物みたいなんすよね。この農園には他にも野菜や果物があるのにどうしてキャベツだけと思いましてね」
「すみません、私……当主のジェイクと付き合いだしてからここに来たのであんまりよくわからなくて……でもキャベツはうちで一番の売れ筋なんです。甘くて美味しいって」
「そうですよね、すみません。なめくじはただでかいだけだったんで、畑の周りにコーヒーの搾りかすや、お酢なんかを撒いていくと近寄ってこないですよ」
「やっぱり、ゾゾスファミリーの方はお詳しいのね。ありがとうございます。これ、報酬です」
俺は1000ゴールドを受け取る。ムーンさんは綺麗なエメラルドの瞳をきゅっと細めて笑うとやっぱり申し訳なさそうに頭を下げた。
きっと、他人の前で「謙遜」の名の下に自分を貶す恋人になれすぎて自身がダメな人間だと勘違いしてしまっているんだろう。ムーンさんはかつての俺のようだ。
男女で立場の違いはあるかもしれない。けれど、本当なら自分を一番に愛してくれるはずの恋人や親が他人に「本当にダメな男(子)で」というのを聞くのは心が抉られるように辛い。
だから、笑顔ですら……自分が笑顔になることすら申し訳なく感じてしまうのだ。
「じゃあ、また。もし何かあれあゾゾスファミリーまで」
俺はアーゼット農園をあとにした。




