第5話 制裁とボス
「よーし、完璧だな」
ルロッタファミリーの屋敷は、なんと都合がいいことに崖に囲まれた山の上にあった。多分、四方を囲まれて攻められないようにこういう立地を選んだのだろうが、それが大きな失敗だったな。
屋敷、というか城まで繋がる道は俺が座って占拠したし、下の方で見つけた地下道は岩魔法でばっぽり塞いで置いたんだからな。
先ほど、街で買ってきた二週間分の保存食。ジャーキーやら硬いパンやらが入った袋を地べたに置いて、どしんと隣に座り込んだ。
「おい、お前、ここで何をしている?」
さっそく唯一の城門からやってきたルロッタファミリーの兵士に俺は短く答える。
「兵糧攻め」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「今からお前らはこの道を通れないし、食糧の補給もさせない。なぜならここに俺がいるからだ。近づけば殺す。俺は、ゾゾスファミリーのもんだ。やられたことはやり返す。お前らのボスに伝えてこい。マレンがきたってな。いいな」
俺の名前を聞いた途端、青ざめた兵士は無様に走って城へと戻っていった。
それから、何回か俺を倒そうと兵士たちがやってきたので、全員身包みを履いで門内に投げ込んでやったし、飛び道具での攻撃も全部かわしてやったら矢がなくなったのかすぐにおさまった。
外から帰ってくるルロッタファミリーの奴らも身包みを剥いで投げ込んでやる。運が良いことに食糧を買ってくるやつもいて、俺は新鮮なりんごやら肉やらを美味しくいただいた。
三日が過ぎた頃、浅い仮眠をとりつつ見張っていると何やら大きな音を立てて門が開き、やつれた様子の兵士に囲まれた、小太りの男が出てきた。そいつはごちゃごちゃした指輪をたくさんつけ、根性のひんまがった顔をしている。
「お前、マレンと言ったな。いくらだ。いくら渡せばそこをどいてくれる」
「おいおい、アンタ誰?」
「貴様、いい気になりおって。私はこのルロッタファミリーのボス・ガスだ。資金はうんとある。10万ゴールドか?100万か」
「悪いが、金は必要ないんでね。俺はゾゾスファミリーの人間だ。お前たちがうちのもんにやったことをやり返しているだけ。わかるか、おっさん」
ガスのこめかみがピクピクと動く。
「女も子供もいるんだぞ!」
「こっちだって女も子供もいた。餓死したけどな。腹減って苦しくてお前たちを呪いながら死んだんだ。わかるか?」
「貴様、下劣で穢れたヴァンパイアなどと一緒にするな!」
「そうかい、じゃあ交渉は決裂だな。さっさと帰んな。おっさん。みたところ、部下の飯まで奪って自分はたんまり食ってるんだろうなぁ? いつ、下克上が起きてもおかしくないぜ? それとも、今ここで俺に殺されるか? あ?」
俺は、じっと小太りの男を睨んだ。
「わかった。じゃあ、女だ! どんないい女でも用意してやろう!」
「一番いらねぇな?」
ボスッと大きな音が響いて、おっさんは倒れた。俺が鳩尾に一髪を食らわせたせいだが、彼の護衛であるはずの兵士たちはぴくりとも動かなかった。
「おねがいです、助けてください。妻も子ももう限界なんです」
「あぁ、マレン殿ごめんなさい」
「お前たちは、ゾゾスファミリーにしたことを忘れたのか? 交渉する余地も与えずに唯一の食い物を奪った。それがどんなに残酷で恐ろしいことか、少しはわかったか?」
兵士たちはやつれた表情で、涙を流し何度も俺に謝った。
「申し訳ありませんでした、でもボスの命令で」
「これから妻だの子だのが餓死していくのを見てもっと反省するんだな。お前たちは俺らに同じことをしただけでなく、小さな女の子を追いかけ回して殺そうと罠を張ったりもしたな? いいか。お前たちが今まで贅沢できたのはそのボスの命令で動いた結果だよな? なら今回のボスの命令で招いた結果もお前たちは受け入れなきゃならん。たとえ、死ぬことになってもだ」
俺に何も言えなくなった兵士たちは気絶したガスを引き摺って城内に戻っていった。
五日が過ぎた頃、今度はげっそりした様子のガスがふらふらと城門から出てくると俺の前にべちゃんと座り込んで悲痛な声を上げた。
「お願いだ、死にたくない。助けてくれ。あぁ、お願いだ。腹がへって死にたくない」
なお、俺が前にいた世界では、水さえあれば大体二週間は生き延びることができると言われていたが……まさか五日で泣きを入れてくるとは。
「頼み方ってもんがあるだろ? おっさん」
「申し訳……ありませんでした。助けてください」
「嫌だ。せいぜい苦しんで死にな」
俺はおっさんを軽々と持ち上げると、城の方へと投げ込んだ。ぐへっと変な声がしておっさんの醜い鳴き声が響く。
我ながらにひどい作戦だ。そういえば昔、歴史の授業の時にこの「兵糧攻め」について学んだことがある。ぐるっと大勢で城を取り囲む。そして、相手が降伏するのを待つ。
食料が尽きた城内は地獄絵図、餓死や病死した死体が転がるのだ。今、ルロッタファミリーの城はどうなっているんだろうか。
まぁ、城の中に井戸があるのは確認していたし死んだりはしてないだろうけど。いやわからんな、とち狂って殺し合いや共食いがおきてるかも。
同時に、ゾゾスの人たちが餓死するまで人間を襲わなかったことに俺はぎゅっと胸を締め付けられる想いになった。きっと、人間からの信用を得てファミリーを名乗るのに途轍もない信用値が必要だったはずだ。先日、あのガスがいっていたように「下劣で穢れたヴァンパイア」という考えはもしかしたら街の人たちも潜在的に持っているものなのかもしれない。
人の血を啜る生き物が、人と共生することはとてつもない努力があったはずだ。だからこそ、彼らは自らの命が脅かされても人間と交わした約束を守り切ったのだ。
もしかしたら、協力してくれる人間がいなかったのかもしれないけれど。
七日目、このところ毎日俺に土下座しにきていたガスがついに来なくなった。水があればまだ死なないはずだが、どうしたんだろうか。
「マレン殿!」
医者の爺さんが大勢を引き連れてルロッタ城への坂道を上がってくる。後ろの方には武器をもった軍隊のような人たちがずらっと並び、その胸には勲章が輝いていた。
「マレン・ゾゾス様。ご協力感謝いたします。我々は、デマルケット街、ギルド協会所属警察です。この度はルロッタファミリーによる大量殺戮と環境破壊を確認いたしました。彼らの逃亡を防ぐためここで見張っていてくれたとか。この後、ルロッタファミリーが違法にゾゾスファミリーから強奪したものは調査の上返却させていただきます。さぁ、あとは我々にお任せを」
警官のおっさんは俺に丁寧に挨拶をすると剣を抜いて、ルロッタ城の方へと走っていく。
「抵抗したらやむなし。いいか、世紀の大犯罪ファミリーだ!」
そんな掛け声に「うぉぉぉぉ!」と部下たちが返事をして砂煙を上げて走っていく。俺と医者の爺さん、それから賢そうな男性が取り残された。
「警察は血の気が多いですな。やや、はじめまして。私は環境部のものです。レッドブロッドチェリーの件につきまして報告書をボスである貴方にお渡しをと思いまして」
「あざっす」
報告書を受け取ってから気が付く。
——ボス?
「あの、今なんて?」
「え? ですから報告を……」
「じゃなくてそのあとっす」
「ボスである貴方に。だって、申請がありましたよ? ゾゾスファミリーの現当主・マレン様ですよね?」
メガネをくいっと上げて頷いたお兄さん。その隣の医者のおっさんは得意げに腕を組みながらニヤニヤと笑う。この人の仕業だ。絶対にそうだ。
「きっと、旧友のザックも君になら任せられるというと思ってな」
どうやら、俺は異世界転移一週間くらいでボスになってしまったらしい。それは別にいいんだけど、問題は……現状のファミリーメンバーの二人が「女性」だということだ。
俺、女性と関わらないようにして生きていきたかったんだけどな……。
逃げることもできるが、小さな女の子とあの儚げな女性を見殺しにすることはできない。かといって、女性2人と一つ屋根の下、というのは過去のトラウマ的に結構厳しい気もする。
「すんません、ちょっと寝てもいいですか」
俺は爺さんたちが乗ってきた馬車に飛び込むと、とりあえず瞼を閉じた。