第4話 ゾゾスファミリーの美人メイド
「くっそ……こいつ強すぎる」
最後の一人が力尽きる(気絶する)と俺はロンナちゃんに目を閉じるように言って身包みを剥いだ。ざっと、ゴールデンチェリーの低木の周りにいた輩は三十人程度。ものの数十秒で片付いた。
「あー、どいつもこいつも黒ドラゴンの装備使いやがって。ルロッタファミリーってのは金持ちなんだなぁ? よし、ロンナちゃん。チェリー採れたよ」
さくらんぼの低木に実っていたゴールデンチェリーは4粒だった。ギラギラと光る結構大粒のさくらんぼ。それをみたロンナは嬉しそうに笑顔になった。
「うん! お兄ちゃん、ありがとう! 早くお姉ちゃんのところに行こう」
「おうよ」
レッドブロッドチェリーの木は見事に枯れ果てていて、幸い森の中の見晴しはとても良かった。煉瓦造りの大きな建物は怖いくらいがらんとしていて、すぐ近くの広い土地には墓が大量に作られたあとがあった。
建物の玄関が見えてくると、ロンナちゃんは俺の肩からぴょんと飛び降りて走っていく。
「お姉ちゃん! おじちゃん!」
彼女の声に応えてドアを開けたのは白衣をきたおじいさんだった。彼は、笑顔で彼女を出迎えると俺をみて眉を顰める。
「どうも、クエストを受理してゴールデンチェリーを持ってきました。マレンと言います」
「あぁ! まさか! どうぞ、お入りください。すみませんね、すごく大きな布袋を持っているので山賊かと」
そういえば、俺はあいつらから拝借した装備品を布袋にいれてサンタクロース状態だったことを思い出した。
「あぁ、これはルロッタファミリーの奴らからもらったもんで」
「そうだよ! お兄ちゃん、パパより強いんだよ!」
さっと医者のじいさんの表情がこわばった。
「まさか、暴力で解決を? ファミリー間同士の抗争は大変な事態になるゆえ、この辺りでほとんどが話し合いや交渉で行われるのです。こちらが手を出したとなればどんな報復があるか……」
俺はじいさんの言っていることがよくわからなくて反論する。
「あのさ、でも言ってたぜ。ルロッタの奴らがここの人たち殺したんだって。その上、ロンナちゃんみたいな小さい子を刃物もって追いかけ回して殺そうとしてた。そんな奴ら、殺されなかっただけマシだと思って欲しいけど?」
「ロンナ様が……なんとひどい。やや、ロンナ様。チェリーを一粒お食べなさい。あなたももう限界でしたでしょう? ミレイナには私が渡してきますからね。マレン殿、すこしロンナ様とお待ちを。お話を伺いたい」
「どうも」
俺は食堂のような場所に通されて、ロンナちゃんと隣同士で座る。彼女は金色のさくらんぼを受け取るとかぶりついた。
と同時に鉄臭い血の匂いが広がる。彼女の口元を見ると、ゴールデンチェリーの断面はどろっとした血のような果汁で溢れていた。
「それ、うまい?」
「うーん、美味しいよ。でも、ロンナはサンドイッチが好き」
「そっか……バゲットサンドあるけど食う?」
俺はホテルで包んでもらったバゲットサンドをバッグから取り出した。チーズとハムのシンプルなものだが、ロンナちゃんは目を輝かせた。
「ほら、どうぞ」
「お兄ちゃんは食べないの?」
「ん、今日はいいや。でも、なんでチェリーが必要なんだ?」
「わかんない! ありがとう!」
彼女はバゲッドサンドを受け取ると勢いよくかぶりつき、てろっとはみ出したハムを啜るようにして頬張った。正直先ほどまで腹は減っていたが、ゴールデンチェリーの独特な血の匂いのせいで食欲は失せてしまっている。
「おや、マレン殿。すみませんね」
「あぁ、全然。メイドさんの方は?」
「問題ございません、ただの飢餓状態ですから」
「飢餓……?」
「ロレッタファミリーの者はなんと?」
俺の質問を無視して、医者の爺さんは迫力たっぷりに言った。俺は、ロンナちゃんを助けた時のことを覚えている詳細に話した。
「なるほど……このゾゾスファミリーがヴァンパイア族だというのはマレン様もご存じでしょうか」
「あぁ、それはなんとなく?」
「彼らは普通の食事と並行して『人間の血』が必要なのです。血をすすることで魔力や不死身の力を得ていると言われています。ですが、全当主ザック様は人間との友好関係を築くためにレッドブロッドチェリーのみを摂取することにしたのです」
レッドブロッドチェリーは人間の血に近い成分をもった植物でヴァンパイアのチェリーと呼ばれているそうだ。ゴールデンチェリーはその中でも稀に実る力の強い果実でレアってことだ。
「へぇ、不死身……。太陽の光とかニンニクとかそう言うのは? 銀の杭は打たれたら人間でも死ぬっすけど」
「あぁ。多くのヴァンパイア族は太陽の光は問題ございませんよ。赤くなって痛んでしまうのでおすすめはしません。ただ、ニンニクの方はほとんどが致命傷になります」
なんでもヴァンパイアがニンニクの成分が入っているものを食べると、顔や喉が腫れ上がり呼吸ができなくなって死ぬ……らしい。なんだか、アレルギーっぽい感じなのか。
「じゃあ、俺がみた森で枯れてたレッドブロッドチェリーの木がニンニク臭かったのって」
「あぁ。おそらく、ルロッタファミリーがニンニクをすりつぶして水に溶かしたりなんだりして与えたのでしょう。レッドブロットチェリーはヴァンパイアのチェリーとも呼ばれその由来は近くにニンニクを植えると死んでしまうからだそうで」
「で……餓死って?」
「血が定期的に飲めないと、ヴァンパイア族というのは最終的に死に至ります。ザック様やその他のファミリーたちはロンナ様に最後まで食料を渡し……ゴールデンチェリーが実をつける頃には魔力も体力もなかった。メイドのミレイナがここまで持ったのは彼女がヴァンパイアと人間の子だからでしょう」
「へぇ……じゃあ、そのルロッタって奴ら許せないな。力では敵わないから兵糧攻めしたわけだ」
「ただ、貴方の証言があればギルド協会に告発しルロッタファミリーに一矢報いることができるかもしれませんぞ。ただ、そのためにはギルド協会環境部の調査や抗争解決部の調査などに時間がかかりすぎる。一週間は……」
「なぁ、爺さん。そっち任せてもいいっすか。俺にいい案があって」
「暴力はいけませんぞ」
「あぁ、暴力はしない。兵糧攻めには兵糧攻め返しだ。結果、餓死するまでそのままお返ししてやる」
別に、文句を言われて追放されたらまた新しい街を探せばいいし。もちろん、触らぬ神に祟りなしってことでこのまま金だけ持って逃げてもいいけれど小さい子を殺そうとしたような奴らがこのまま幸せに暮らすのは見過ごすわけにはいかない。
「あの……貴方が助けてくださった方?」
声の主は美しい女性だった。寝巻きの白いローブにふわふわのスリッパを履いていて顔色はまだ悪い。ロンナちゃんと同じラベンダー色の美しい髪と同じ色の瞳。おっとりとしたような垂れ目で優しそうな子だった。
「ミレイナ、休んでいなさい」
「お医者さま、私なら大丈夫です。これは今までの報酬です」
ミレイナは金貨の入った巾着袋を医者の爺さんに渡した。
「私はザック様の旧友だ。報酬なんて……」
「貴方が、クエスト依頼書を貼ってくださったから私の命が少しばかり伸びたのです。少なからず、地下倉庫で待っている方々を早く埋葬してさしあげないと。お医者様は、ロンナ様が生きていけるだけの『献血者』をお探しいただけると嬉しいです。チェリーは土壌汚染のせいですぐに全て枯れてしまうでしょう。つまり、私の命も持ちません。だから……」
細い腕にはあざがいくつもあった。
家の敷地内、たくさん建てられた墓は彼女が作ったのだろう。大きいもの、小さいもの。ファミリーという絆で結ばれた家族をたった一人で埋葬し続けた彼女の気持ちを考えると涙が溢れそうになった。
「あの、旅のお方。こちらは報酬です。お約束の一万ゴールドです。本当にありがとうございました」
ミレイナは俺に巾着袋を渡してくると最敬礼のようなお辞儀をした。彼女の表情は、悲しみも寂しさももうすべてカンストして覚悟が決まったような儚いものだった。きっと、この家でまだ眠っているファミリーの体を埋葬したら自分の人生も静かに閉じてしまうのだろう。
「あのさ……、チェリーの木が育つまでどんくらいかかるの?」
俺はさっきロンナちゃんが食い終わって吐き出した種を指差して言った。
「成長魔法をかけて、最高級の肥料を使っても少なくとも数ヶ月はかかります」
ミレイナの言葉に俺は口角を上げ、応えた。
「じゃあ、育つまで俺でよければ血を分けるよ。幸い、俺は治癒魔法が使えるし。乗りかかった船だ。助けさせてくれ」
「いいんですか……?」
「あぁ。先代の当主さんが決めた約束は破っちまうことになるが。死ぬよりましだろう。ちなみに、あと二個のチェリーで何日持つ? ちょっと野暮用があってね」
「えっ……ゴールデンチェリーはレアで密度が非常に高いんです。おそらく私とロンナちゃん二人で二週間はもつかと」
「じゃ、決まりだ。爺さん、ギルド協会にルロッタファミリーについての告発を頼む。俺の名前をだせば多分トニー名誉会長が協力してくれるはずだ。」
俺は、とりあえず一旦街に戻って準備を整えようと立ち上がる。
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」
立ち上がった俺に声をかけたロンナちゃんは、今にも泣き出しそうな顔だった。この子も父親やファミリーを失って悲しいはずなのに、たった一人の仲間のために命をかけて走り回っていたんだ。こんな小さな子が、たったひとりで。
「俺が、お父さんたちの仇をとってくるから。ちょっと待っててな」
俺、他人のことなのになんてこんなに熱くなってんだろ。でも、見過ごすことはできなかった。小さい頃、警察官になりたかった俺は「貴方は後継ぎなんだから」と夢をひん曲げられたけど正義感だけはまだ心の奥底にあったみたいだ。
「あの、どうしてここまで私たちに?」
ミレイナさんの言葉に俺は答えを持っていなかった。自分でもわからない。だけど、彼女が不安そうにするのがみていられなくてパッと思いつきで口を開く。
「俺、身寄りがなくて。ファミリーネーム名乗れたら嬉しいなって思って。ほら、家とか借りれなかったし。あはは……」
「そう、ですか。ゾゾスファミリーの名をいくらでも使っていただいて構わないときっと……ザック様も言うはずです。ロンナ様の救ってくださったのですから」
ほんの少しだけ、彼女が口角を上げた。視線は申し訳なさそうに俯いていたがその笑顔がとても綺麗だった。