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第3話 ヴァンパイアの幼女とゴールデンチェリー


「こちら、焼きたてブレッドですが、バターとシロップどちらになさいますか? お客様」


 超豪華なスイートルームをとりあえず一週間借りた俺は、プロの執事に「バターで」と答えた。ふわふわのクッションが貼られたテーブルセットの椅子は座り心地がよく、バルコニーから見える景色も緑がいっぱいだ。

 あつあつで湯気が上がっているブレッドは丁寧にナイフでスライスされて、これまた手作りであろうクリーム色のバターがじゅわっと塗られる。

 飲み物もおしゃれな細長いグラスに注がれたオレンジジュースとミルク、水の三種類が用意されゆで卵も謎の卵置きに乗っかってインテリアみたいだ。


「お客様、私のような年寄りで良いのでしょうか。我がホテルは若くて麗しいメイドも多いのですよ」

「いや、俺はあんたみたいなベテランの丁寧な接客がいいんだ」

「光栄でございます」


 金持ちとの玉の輿目当ての女性のあのギラギラした目は本当に怖い。

 俺の前世、実家は結構広い田畑を持っている農家で俺の婚約者だったあの女も「土地を持ってて実家が太いならまぁ」みたいな本音をこぼしていた。

 つまり、俺のことなんてはなっから好きになろうと努力なんかしてなくて、俺の親の遺産目当てだったわけだ。

 この一泊500ゴールドのスイートを借りている俺なんかそういう女たちの恰好の的だろう。だから、受付の時点でこの部屋の担当をベテラン執事のおっさんにしたわけだ。


 執事のおっさんはローストビーフをスライスして皿に盛り付ける。俺は熱々のパンにかぶりついた。芳醇な小麦の香りにバターが合わさって、ふかふかのそれは口の中ですぐに溶けてしまう。それとは対照的にカリッとした耳は香ばしい。


「サラダのドレッシングは、バルサミコ、バジル、オニオンがお選びいただけます」

「うーん、オニオンで」

「かしこまりました、ではこちらで。少ししたら片付けに参ります」

「あぁ、ありがとうございます」


 俺はポケットから金貨を数枚取り出してチップを渡す。執事のおっさんが出ていくと、マナーなんか忘れてローストビーフを掴んでパンに乗せてかぶりついた。

 ジューシーで柔らかい肉、熱いパン、うまい。オレンジジュースを飲み干し、最後のローストビーフを口に突っ込んだ。



***



 今日もクエスト掲示板へ向かって、いい案件がないか眺めていると突然後ろから声をかけられた。


「おや、お噂はかねがね。マレンさん」


 トニー名誉会長は、俺の肩をぽんっと叩いて微笑んだ。


「あ、どうも」

「あの黒ドラゴンを倒したとかでね。いやーあっぱれ! 私が見込んだだけのことはある!」

「いやぁ、まぁ、ありがとうございます」

「実は、街のはずれの農村が被害を受けていてね。本当に困っていたんだ。あぁ、ありがとう、マレンさん。これで有力なファミリーからオファーがたくさんきますぞ。この国ではファミリーに参加していないと信用値が低くなりますからただの旅人からの昇格だ。あっぱれあっぱれ」


 どうやらファミリーというのは俺が想像しているのはずいぶん違って一種の信用値らしい。例えば、ファミリーの国への貢献度や地域への好感度などによって不動産を借りれたりとか、そういうメリットがあるらしい。


「おっ、あんたが噂のマレンさんか! よければ俺たちのクエストに同行してくれないか?」

「ねぇ、うちのファミリーに入らない?」

「いやー、いい男だねぇ」


 トニー名誉会長の大声のせいで俺の存在に気がついた周りの傭兵やらファミリーの人たちが俺に声をかけ始める。聞いてみれば俺はなんでも今日の朝刊で存在を報じられ一躍有名人になっているらしい。


「すみません、まだそういうのはちょっと」

「すごいじゃろ? 名誉会長である私がマレンさんをこの街につれてきたんじゃよ!」


 なんて、俺を褒めちぎるお偉いさんにちょっと喜びつつお誘いを断っていると、ロビーに響いたのは賢そうな若い女性の声だった。


「おじいちゃん! 会議サボってこんなところにいたの?!」


 俺の前で自慢げだったトニーさんの顔からさっと血の気が引くのがわかった。まるで主人にいたずらが見つかったシュナウザーテリアみたいに彼は縮こまった。


「もう、今日は大手ファミリーのボスたちが集まる会議があるって言っていたでしょう? あら、この方は?」


 名誉会長であるトニーさんにやけに強気に出ている女性はまだ二十歳くらいの若者だった。綺麗な黒髪をサイドで三つ編みにする「幸薄な母親にありがちな髪型」をしている彼女はやけに気が強そうでじっと俺をみていた。


「あぁ、おじい様を引き留めてしまってすみません。俺はマレンという旅人で……えっと、おじい様にこの街まで導いてもらったご縁で……」


 俺の名前を聞くと、その女性は少し驚いたように目を見開いて俺を上から下まで品定めするみたいに見つめると柔らかい笑顔になった。


「昨日、祖父を助けてくれた方ですね。その節は大変お世話になりました。私は、孫娘のスズと申します。普段はこの協会で祖父の補佐をしています。まぁ秘書みたいなものですね。どうぞよろしく」

「どうも」


 スズは俺に向かって綺麗に微笑み、トニーさんの方に向き直って「行きますよ」と言った。


「じゃあ、トニーさんまた」

「がんばりたまえよ」


 俺はクエスト掲示板の方に戻って、今日も高そうなクエストを探す。


『ベビードラゴン(赤)の捕獲 1000ゴールド』


 さすがに、母親から赤ん坊を奪うのはなぁ。


『ゴールデンチェリーの奪還 1万ゴールド』


 なかなかに良さそうな依頼だった。ただ、注意書きに『ルロッタファミリーとの戦闘が発生する可能性あり、任務中はゾゾスファミリーを名乗って良い』と書かれていた。

 どうやら、ゴールデンチェリーなる果物をルロッタファミリーが守っており、それをゾゾスファミリーが取り返すというものらしい。

 ファミリーというものに興味があるし、相手が人間なら殺さずにボコる程度でよいから楽勝。その上、いい報酬でゾゾスファミリーとやらに恩を売ってもいい。金払い良さそうだし。

 

 俺はべりっと依頼書を剥がしてクエスト受領し、受付で地図に場所をメモしてもらった。どうやら、街から少し離れた森の中に、レッドブロッドチェリーの群生地がありその中央にゴールデンチェリーが生えているらしい。なんだか、不吉な名前のフルーツだが、ゾゾスファミリーというのはどんなファミリーなんだろう? 農家かな。

 俺、異世界スローライフもので農業をのんびりやるような作品も好きだしそういうファミリーに入って稼ぎつつゆっくりすんのもいいな。

 いや、でも農家って結婚だの後継ぎだの言い出すかな、俺の元親みたいに。そういうのはもう本当に勘弁なんだよなぁ。



***


 森の中に入ると、見慣れないスライム的なモンスターや、ゴブリンっぽい奴らが襲い掛かってきて、俺は何なく倒していく。地図とコンパスを使ってレッドブロッドチェリーの群生地の近くへ向かっていた。しかし、おかしなことに地図の場所に行くにつれて低木の枯れ木が増えていた。まるでそこだけ除草剤がまかれみたいみに枯れているのだ。


 これでも俺は一応農家の息子。果物なんかは完全に管轄外ではあるが、さくらんぼの木は手入れをして低木のまま実らせることくらいは知っている。


——枯れている木は全部同じ種類、同じ大きさ。これは……意図的に誰かがレッドブロッドチェリーの木を枯らしている?


 俺はそっと枯れてしまった低木に触れてみる。


「うっ……」


 ひどいツンとした香り、鼻がもげそうになる刺激臭は、ニンニク……?


 俺がニンニクのような匂いにクラクラしているとすぐ近くから男たちの怒号と小さな子の悲鳴のようなものが聞こえた。


「おい待ちやがれ!」

「きゃー! だれか、たすけて!」


 あまりにも悲痛な幼い少女の声に俺はいてもたってもいられなくなって声の方へ走り出した。すぐに目に入ったのは数人の男が小さな少女を追い詰めている様子だった。大きな木の幹を背に幼女は動けなくなっていた。


「お前が死ねば、ゾゾスファミリーは全滅だ! へへへ、殺してやる!」

「まってよ兄貴、せっかくのヴァンパイアの幼女ですぜ。売り飛ばしましょう」

「ボスの命令は銀の杭を打って殺せだけど……うっぱらうのもありだなぁ」


 ギラギラした黒い鎧をつけた三人組は、ジリジリとヴァンパイアの幼女に近寄っていく。


「なぁ、ゾゾスファミリーのもんだけどさ。今すぐ武器防具置いて立ち去るか、ボコられんのどっちがいい?」


 俺が声をかけると、三人組はこちらを振り返った。


「なんだぁ? ゾゾスファミリーはうちのボスがニンニク大作戦で全滅させたは……いけね。言っちゃダメだったんだ」

「あぁ、兄貴、なにしてんすか。じゃあこいつも殺すしかないっすねぇ」

「みろよ、これは上等な武器なんだぜ。なんでも黒ドラゴンの鎧に黒ドラゴンの牙を使った短剣さ! ボスはゾゾスファミリーを潰して大儲け! にいちゃん残念だったなぁ」


 勝ち誇った顔の阿呆三人衆に俺は思わず、「ふっ」と笑ってしまった。


「なんだ? 嘘だと思ってんのかぁ? 俺らはルロッタファミリーの精鋭だぞ!」


「いや、黒ドラゴンの素材持ってきたの俺だし。いいか、俺が、討伐したの。俺は一時的にゾゾスファミリーに所属してるマレンって者だ。悪いが、その子がゾゾスファミリーってんなら俺の大事な雇い主でね。さ、荷物置いてどっか行きな」

「兄貴! こいつ噂の新人冒険者じゃないです? 一夜にして有名になった!」

「やばいぞ、でもコイツ山賊みたいなこと言ってないか?!」


 俺の言葉をきいて、わなわなと震え出す三人。しかし、「負けるもんか!」といって襲いかかってくる。まぁ、つい昨日ドラゴンと戦ったもんで人間の攻撃なんて俺にとってはスローモーション。さっと交わしてうなじや鳩尾を思い切り剣の柄で殴ってやれば簡単に気絶した。


「はい、お嬢さん。目を瞑っといてね」


 俺は幼女が目を手で塞ぐのを確認してから男たちの装備をパンツ以外は身包み剥がしてしまった。ダサいパンツをみて笑いつつ、装備品を袋にまとめて背負った。


「お嬢さん、ゾゾスファミリーなんだって?」


 ヴァンパイアの幼女は人間で言うと四歳くらいだろうか? まだ頭身も育ちきっておらず頭がでかい。可愛らしいくるくるのラベンダー色の髪、背中には小さなコウモリの羽と悪魔の尻尾。キラキラのラベンダー色の目が俺を見つめる。


「うん。ロンナ・ゾゾス。ついこの前パパたちが死んじゃって……お家のみんなも……メイドのお姉ちゃんもゴールデンチェリーがないと死んじゃうの。ロンナもいつも食べてるチェリーが全部枯れちゃったの。お兄ちゃん! たすけて!」


 悲痛に泣き叫ぶ子供を前に、俺は流石に見過ごすことはできなかった。


「ロンナちゃん、ゴールデンチェリーの場所はわかるかな」

「うん……でも意地悪なお兄さんたちがいるの。ロンナを殺すためにそこで待ってるの」


 なるほど。多分、バンパイア族が食べるレッドブロッドチェリーを壊滅させ、さらにはゾゾスファミリーをもほぼ全滅。なんらかの奇跡でこのロンナとメイドだけが生き残った。ゴールデンチェリーの周りを巡回することでメイドを助けようとやってくるロンナを殺す計画でも立ててるんだろう。


「お兄ちゃんに任せとけ。悪い奴は全員、ブッこ……懲らしめてやるから」


 コクリと頷いたロンナちゃん肩にのっけて、俺は道案内を彼女にお願いした。



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