第2話 クエスト掲示板で最難関のクエストをクリアする
宿での夕食は割と質素で、パンとスープ、焼いただけの肉だった。洋風な世界観だったから仕方ないと思ったものの、ミドルグレードにしてはどうなんだろう?
「とはいえ、金が正義なら稼ぐしかないっしょ! いってきます」
宿のおばさんに声をかけてから、俺はギルド協会へと向かった。街の一番賑やかな中央に聳える大きな建物。まるで大聖堂と呼ばれるような中世風な建築だった。ギルド協会の前は大賑わいでパンやらピザやらの出店が並んでいたり、武器商品やアイテム販売店などもあった。
なんとか人ごみを抜けて協会内に入ると、中は区役所のような窓口がずらりと並んでいて、まずはギルドへの登録を行う形だった。その他には冒険者・傭兵の年金への加入や抗争・揉め事の解決窓口までさまざま。
「マレン様、これにてデマルケット街ギルドへの登録が完了しました。お持ちの身分証にこちらのギルド協会員証を挟んでおいてくださいね。ギルド協会員になりましたことでさまざまなサービスが受けられます。こちらが冊子となりますのでお時間があるときにお読みください」
俺の受付を担当してくれていた人は耳が長くてとんがったいわゆる「エルフ」のお姉さんで、まるで機械みたいに無感情な話し方をする。多分、毎日何回も同じ説明をしているせいだろう。
「あの、クエストを受けるには……?」
「あぁ、クエストですね。クエストは一階のロビーにありますクエスト掲示板でクエスト依頼書をお探しください。受けたいクエストの依頼書を掲示板から剥がして、四番カウンターにて受理作業をお願いします。他に、個人宛のクエストも受け付ける場合は三階にありますクエスト課に行って個人受理用のボックス設置のお手続きができますよ。ただ、いくつか条件がありますので詳しくはクエスト課でご確認ください」
「は、はい」
「そちらの冊子にも書いてありますので」
「ありがとうございました」
「いえ、仕事ですから」
お姉さんに礼を行って、俺はとりあえずクエスト掲示板へと向かった。掲示板というと画鋲かなにかで紙がくっつけられるようになっている学校の黒板くらいの大きさのものを想像していたが、全く違った。
ロビーの一角の壁全面が「掲示板」になっており無数の依頼書が貼られているのだ、
『水スライム除去 6ゴールド』
『ダークスキュアラル退治 木三本分 10ゴールド』
『住居清掃 4ゴールド』
ずらっと並んでいるクエストを確認していると、横から手が出てきてどんどんクエスト内容が変わっていく。俺が目を回しそうになっていると、一人の男性が声をかけてくれた。
「よぉ、お兄さん。あんたも傭兵かい?」
「えっ、いや旅人ですね」
「あ〜、そうかい。装備みるにモンスター討伐をお探しで?」
「それはそうっすね。でもすごいな、入れ替わりが激しくてなかなかいいのが見つけられないっす」
「そりゃ、お兄さんがみてる方はグレードの低い依頼さ。駆け出しの冒険者やファミリーの新人たち用って感じかな。人だかりが少ないところを見てみな。そっちは結構難しい依頼が多いからじっくり選べるはずだ」
「あの、ありがとうございます。あなたは……?」
お兄さんは傭兵、ではなさそうなしっかりした格好をしていた。いわゆるスーツに近い執事みたいな格好をしていて、脇には大量の書類を挟んで抱えている。
「あぁ、、俺はここのクエスト課で働いていてね。クエスト依頼書の掲示をしつつ慣れてなさそうな人に声をかけてるんだよ」
「そうだったんすね。ありがとうございます」
お兄さんに言われた通り、あまり人が集まっていない場所をみつけてクエスト依頼書を眺めてみる。
『おばけ洋館の幽霊退治 1000ゴールド』
『空飛ぶ馬車の捕獲 2500ゴールド』
なんだよ、幽霊退治に空飛ぶ馬車って……。さすがにもっと単純な討伐依頼にするか。
『ホーンベアの討伐 300ゴールド(ツノの確保ができた場合は+300ゴールド)
これは昨日俺が真っ二つにしたやつか。一応取っておこう。
俺は掲示板からベリっと依頼書を剥がして手に取った。すると隣にあった依頼書がふと視界に入る。
『黒ドラゴンの討伐 3万ゴールド』
「おい、それは最近上級の傭兵が何人も死んだものだ。やめておけ」
協会員のお兄さんの忠告を俺は無視し手を伸ばす。
「いや、いけます。多分……」
よし、これだ。俺は黒ドラゴンとやらを倒すべく、依頼書を剥がしてカウンターへ持っていった。
***
クエスト受理カウンターでもらった情報を手持ちの地図に書き込んでみると、ホーンベアの巣と黒ドラゴンの寝床はほとんど直線状にあったので一気に討伐してしまうことにした。協会の出入り口で一番でかいリヤカーと荷物を縛るためのロープを借りてすぐに出発した。
街から一番近くの山の頂上、そこに巣食う黒ドラゴンは「ドラゴン」というほどの大きさではなく全長4メートルくらいのリトルドラゴンだった。
と言っても、こいつの悪評はすごいものでこの数週間で農村の村人数人を食い散らかし家畜は全滅、畑もめちゃくちゃ。人の味を覚えてしまったのか行商人や旅人も何人か食っちまってるらしい。
1 雷で丸焦げ
2 首を落とす
大きな唸り声にも俺の体はびくともしない。周りの木々から鳥たちが飛び立ち、森の雰囲気がぐわんとかわるのが肌でわかった。
まてまて、多分こいつの素材は高く売れそうだし、またもや2か。魔法使ってみたいなぁ……。
黒ドラゴンの大きな体は艶やかな黒い鱗に覆われていて、サイズは二階建ての家くらいの全長で前足が小さく翼が大きいタイプの西洋風ドラゴン。頭がでかいのはちょっとTレックスみたいで可愛らしい。ただ、牙が思ったよりでかいのと臭い。ドラゴンがふしゅるふしゅると吐く息がこれでもかってほどに臭くて……こいつ普段何食ってるんだよ。
と思いつつ、昔実家で飼っていた俺の相棒・ミケちゃんもキャットフードだけでも口が臭かったのを思い出した。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
変な考え事をしていた俺に炎を吐いてくる黒ドラゴン、俺はさっと横っ飛びで避けて、そのまま木の幹を蹴って空中に舞い上がると、唖然としている黒ドラゴンに剣を振り下ろした。
ぐっと腕に力を入れ、鱗ごと押し込むように叩き切る感触、上腕から指先に至るまで恐ろしい力が俺に宿っていた。
ごろん、と落ちた首。吹き出す黒い血を浴びながら「ドラゴンの血って錬金とかに使えそうじゃね?」と傷口を始めて使う火の魔法で焼いて血を止めた。
山の麓に置いてきた巨大なリヤカーにドラゴンの死骸とホーンベアのツノをなんとか詰め込んで、縛り付けて街へと戻る。やっぱり、俺の物理的な力も上がっているらしい。多分、何百キロもあるが結構楽に運べている。チート級の能力ってすごいな、跳躍もそうだったがそもそもの脳の動きが違うような気すらする。
まぁこれで3万ゴールドゲットしてスイートグレードのホテルに泊まろう。
なんて考えながら、ギルド協会の前にリヤカーを停めて、報告の準備をしていると一気に人だかりができてしまう。みんな俺の方をみてヒソヒソ、ただ視線からそれが悪口ではないことはなんとなくわかった。
「すみません、その黒ドラゴンの素材。売ってもらえませんか! 言い値で買い取ります!」
「待て待て、俺もだ! ドラゴンの心臓は俺のもんだ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 牙は私たち武器加工に譲ってもらうわよ! だって黒ドラゴンが討伐されるのなんて百年ぶりなんだから!」
一人が声をあげたのを皮切りに、俺に群がる人たち。
「あの、ギルドに報告してからで……ちょっと待ってて!」
ホーンベアのツノだけ持って、急いでギルドの受付に駆け込んで報酬を受け取ると俺は群がる商人たちとの交渉を始めた。
このことがきっかけで、俺は一躍「ギルドで一番人気の冒険者」になるのだった。