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第15話 もふもふ? 回復魔法も俺に任せろ


 どん、と俺の目の前に置かれた書類の山のせいで担当のアカリさんの顔が見えない。彼女はドワーフ族のためちょっと小柄で華奢だから。


「これ、まさか全部?」

「これでも私がかなり厳選したんですよ。はぁ、すごいですねゾゾスファミリーのマレンさんの人気は」

「なんか、びっくりです」

「あのドラゴンを倒したのですから当然ですよ。それで、あっちの山が応募の方ですね。まだ厳選しきれてないので明日以降でお願いしますね」

「そうだ、うちのファミリーメンバーからの意見をまとめたので渡しときますね」


 アカリさんは俺からメモを受け取ると「助かります」と口角を上げた。家庭教師・門番・庭師・料理人。女性希望である。


「あまりにもクエスト依頼が多いのでもう少し条件を絞りますか? 例えば、一万ゴールド以上とかですね。ギルド協会としてもマレンさんのような貴重な人材にはマレン様にしかできないクエストを消化してほしいと考えています」

「な……なるほど?」

「簡単に言いますと、今着ているマレンさん宛てのクエスト依頼はマレンさんでなくてもできるクエストが多いんです。でも『強い人なら安心だから』なんていう理由で出されているんですよね。結局、成功しないと報酬は出さないくせに優秀な人を自分の安心のためだけに雑用させようなんて傲慢です」


 アカリさんはもううんざりだと言わんばかりにため息をついた。多分、ずっと俺宛てにくるクエスト依頼書の選別をしてくれていたんだろう。意外とこういう地味な事務作業はしんどかったりする。新卒時代に営業事務を担当したときに嫌ってほど経験したからなんとなくわかる。


「そうっすね。報酬が高いものにかぎりましょうか……別にやろうと思えばできますけど俺が他の冒険者たちの仕事を奪うことになりかねませんし。お願いします」

「そうしていただけるとこちらとしても助かります。では、一番高いクエストをご確認ください」



***


 クエストの受領をした後、俺は一旦家に帰ってきているのだが少し様子がおかしい。いつもの美人メイド・ミレイナ。美しいラベンダー色の髪は今日も綺麗だし凛とした美人、どことなく好感度が上がっているのか俺に対する視線は優しい。


——彼女はこぐまを抱えている。


 田舎者の俺にとってはちょっと恐怖の存在。けれど、圧倒的なビジュアルともふもふ、きゅるきゅるの目に、犬のようなマズル。耳なんかはびっくりするくらい可愛い半月型で、圧倒的に太い手足には肉球がくっついている。

 どうしてテディーベアが子供に人気なのかは一目瞭然、可愛いからだ。


「あの……熊拾ったのか?」

「いえ、子熊がここを訪ねてきました」


 さも当然のごとく答えた彼女に続き、子熊の方が口を開いた。


「貴方が噂のマレンさんですか? お願いです! ママを助けて!」


——しゃべった!!!!!


 短くて太い手足を動かし必死に説明する子熊は、目を潤ませて俺を見つめた。淡い栗色のもふもふにそっと触れると触り心地は秋田犬より柔らかく猫より硬い。まだ子供の毛皮だ。


「わかった。お前のママとやらはどこに?」

「ゾゾスファミリーさんの森の中だよ。洞窟の隙間に落ちちゃったんだ。普段なら上がって来られるんだけど、足を怪我しちゃって登って来られないんだ……」

「案内頼んでもいいか?」

「うん、僕、コタっていうんだ。お願い、マレンさん」


 案内を頼んだのだが、コタは俺にぴっと前足を伸ばした。そのまま、ミレイナが俺に彼を受け渡すようにして抱かせる。ふわふわの毛皮に指が食い込み、ポジション調整を何度かすると彼が安心したように息を吐いた。彼の可愛い後頭部からは甘い香り、はちみつだろうか。


「僕が案内するね! お屋敷を出たら大きな木を見ながら森に向かって歩くんだよ!」

「いってらっしゃいませ、マレン様」


 ミレイナに見送られた俺とコタは、屋敷を出る。グリズリーか、ヒグマか、結構大きくなりそうな体。ただ、以前俺が倒したモンスター熊とは違って野生動物だ。熊がいるということは、このゾゾスファミリーの森にはもっとたくさんの動物がいるんだろう。

 全部、しゃべるのかは不明だが。


「あっ、見えてきたよ! 洞窟だ! ママー!」


 パタパタと足を動かし、体をくねらせ、コタが俺の腕からするりと降りるとぽっかりと口を開けた洞窟に向かって走り出した。森は深い、この辺はベリーを植えるわけでもなく、ただ領地として管理をしていたのか。


「おいこら、危ないぞ!」


 洞窟は山に掘られたようなものではなく、土地がいきなり割れてクレバスのようになっており、中は深くそして暗い。地べたに這いつくばるようにして覗くと、少し下の岩影に大きな熊が横たわっていた。


「ママ、僕を庇って落ちちゃったの」

「わかった、すぐに助ける」

「でも、あんなに危ないところ、どうやって……」


 不安そうなコタを横目に俺は一気に飛び降りる。風魔法を全力で使って体をふわりと浮かせ、彼女の隣に着地する。血の匂いが漂い彼女の荒い息が聞こえた。


「コタがいるんだ、死ぬなよ」

「あなたは……?」


 首だけ起こすようにして俺を見た母熊は穏やかな声だった。体はやっぱりグリズリーくらいの大きさがあり、牙も爪も人間なら一振りで屠れそうだ。


「ゾゾスファミリーの新しいボスだ。あんたの息子からの依頼で助けにきたよ。今から回復魔法をかけるからじっとしていてくれ」


 回復魔法、そっと患部のそばに手をかざすだけ。初めて使うが、チート級の能力がある俺には容易いものだった。


「あぁ、痛みも痺れも……消えていくわ、ありがとう優しい人間さん」

「そりゃどうも。登れるか?」

「はい、もう大丈夫」


 ガリガリと爪をたて、ほとんど垂直の壁を登っていく母熊。恐ろしい身体能力である。俺も彼女が落ちないようにサポートしつつ、魔法で上に戻った。


「コタ、それから人間さん。助けてくださってありがとうございます」

「いや、気にしなくていいよ。こちらこそこの辺の森を管理しているのに何もしてなくてすまなかったな。まさか言葉を話せる動物がいるとは、驚きで」

「ふふふ、そうですよね。この森は世界でも稀に見ぬ安全な森でした」

「でした……?」

「ヴァンパイアは、動物を襲いません。でも、人間は違う。我々の毛皮や肉、ときには殺した快楽を求めてハンティングをするでしょう。だからこの森の仲間の多くは各地方から逃げてきたものが多いのです」

「なぁ、今は安全じゃねぇってこと?」

「だって、人間である貴方様がボスなのでしょう? ずっとお会いしていなかったけれどザック様はもういらっしゃらないのですね」


 しょんぼり、という言葉がぴったりなくらい俯いた母熊に俺はいう。


「俺は人間だが、別に森を壊そうなんて思っちゃいねぇよ。前と変わらず伸び伸び暮らしてくれたら嬉しい。ヴァンパイアじゃないからできないこともあるかもしれないけどさ。ここにきたばかりで頼りにならないかもしれないけれど、まぁほらそれはご愛嬌ってやつさ」

「すみません、私ったら。助けてもらったのに失礼なこと」

「いや、いいんだ」


 俺は、少しだけ気持ちはわかる。野生動物やペットに「いたずら」と称して暴力を振るったり殺す奴もいたし、それで抵抗されて人間が怪我をすれば動物側が駆除される。山を切り開き居場所を奪い、美しい毛皮のために狩り尽くす。

 確かに、動物側から見ればたまったもんじゃないだろう。この世界でもどうやら前の世界と似たようなことはあるらしい。


「うちの領地にハンターを入れることはない。ボスである俺が決めた。俺の許可なくここにいる人間は密猟者だから見つけ次第教えてほしい」


 母熊の目をじっと見つめる。大きくて、それでも優しい目が何度か瞬きをした。


「私は熊族の長・ヌイと申します。新しいボスさん、今後ともよろしくおねがいしますね」


 ヌイは大きな体を翻し、コタと一緒に森の奥へと消えていった。





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