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第12話 デートと金持ち男の転落


「あら、ムーンちゃん久しぶりねぇ」


 俺とムーンさんがやってきたのは街中にある大きな園芸店。街一番を名乗るのも伊達じゃない、三階建ての立派なレンガの建物と、広い外売りスペースを確保しありとあらゆる園芸用品や苗、種子、肥料などが販売されている。


 カサンドラ園芸店。カサンドラファミリーが経営しているらしい。ムーンはニコニコと楽しそうに苗や種子のゾーンで何を買うか選んでいる。


「こんにちは、ムーンちゃんの新しいカレシ?」


 店主のおばちゃんは、THE肝っ玉かあちゃんといった風貌で優しい笑顔を俺に向けた。彼女の手は農家のおばちゃんたちを思い起こされるような逞しい手でなんだかほっとする。


「いえ。ムーンさんは俺のファミリーになりまして。菜園士としてうちのファミリーで活躍してくれています。マレン・ゾゾスと言います」

「そう? 美男美女でお似合いじゃない? あら、ゾゾスさんって言った? 本当にご愁傷様だったわねぇ。ゾゾスさんの所のレッドブロッドチェリーにはうちもお世話になっててね。そうそう、私はナビア・カサンドラよ。よーく知ってるでしょ?」


 とドヤ顔のおばちゃんに言われたものの知らない。


「すみません、俺は最近この街にきたばかりで」

「あらあら、息子ったら私の話をしてないのかしら? うちではあなたの話はするのにね?」

「息子……?」

「ほら、ギルド協会の環境部。ちょっと洒落た眼鏡の子よ」

「あっ!」


 ルロッタファミリーの件などで知り合い、最近じゃ少し世話話をする中になった環境部のお兄さん。確か名前はトム。そうか、彼もファミリーの一員だったんだな。


「トムの」

「そうそう。あの子はうちの跡取り息子だけどもお勉強が得意でね? お役所で研究もするできた息子なのよ。今日は上の階で店員もしているわよ」

「後でご挨拶に伺いますね」

「えぇ、是非」


 満足したのか、ナビアさんは「いらっしゃい」と言いながら他の客に話しかけに行く。俺も、ムーンの方へと戻った。


「マレンさん、ジャガイモはやっぱり二種類は必要ですよね。煮崩れするタイプとしないタイプ。種芋は重いので持ってくれますか?」

「了解、そうだ温室でフルーツを育ててもいいかなと思ったけど負担大きいかな?」

「いいえ、フルーツは私もみんなも大好きですから是非育てましょう。ベリー系の苗とシトラスがいくつか欲しいですね」


 ムーンは、いつになく幸せそうな横顔でベリーの苗を眺めた。俺は、前世農家の息子だったけどあまり農作業は好きじゃなくて、なんならそれから逃れようと必死だった。

 嫌いな人間がいれば好きな人間もいる。ムーンは、うちで伸び伸びと植物を育てることがまるで幸せみたいに感じているようだ。少し変わり者……なのかもしれない。


「そうだ、ムーンさんは何か挑戦したい野菜とかあるか?」

「人気がある野菜でいうと一式買う予定なんですけど……魔法きゅうりですかね」

「魔法きゅうり?」

「はい。魔力いっぱいの土で育ったきゅうりなんですけどなかなか成長が難しいんです。でもそれを育てて一人前といいますか。買っちゃおうかな」

「買っちゃえ、買っちゃえ。失敗したって肥料になるし」

「うふふ、そうね。そうしましょ」


 お互い顔を合わせて笑う。それから、園芸用具を実際に手に取ってみたりあれやこれや言いながら肥料を選んだり。俺も徐々に農家の血が騒いでなんだか楽しくなってきていた。ただの荷物持ちでついてきたのだが、ちゃっかり自分用の長靴も買ってしまっていた。


「じゃあ、そろそろいきますか」

「ですね。あー楽しかった。もしかして、マレンさんも園芸がお好きで?」

「いいえ、俺は実家が農業してたんで」

「まあ! 素敵ね。農業はお休みなんてないしお天気のせいで生活が苦しくなったりするし……でも自分が作ったお野菜がお店に綺麗に並べられて、お客さんが嬉しそうに買っていくのを見るとすごく幸せですよね」

「そ、そうかな?」

「えぇ、そうですよ! 早く、レッドブロッドチェリーが育ってジャムを売れるようになって……あぁ野菜もたくさん採れるようになったら楽しみです」


 大量の荷物を持って店を出ると、しわくちゃのスーツをきた男が俺を……じゃなくて俺の隣にいたムーンさんをみて駆け寄ってきた。大柄で顔は整っているのにスーツは皺だらけでシミがついているしカットシャツの襟はひんまがっている。


「ムーン、すまなかった!」


 という声で俺は気がついた。ムーンさんの元カレことアーゼットファミリーのボス・ジェイクだった。たった数日でこんなにひどくなるか? というくらいのひどい身なり、そこそこの色男が台無しである。ムーンは俺の服の裾をきゅっと掴むと背中に隠れるように身をひいた。


「今更何だよ? うちのファミリーに何か?」


 俺の言葉なんか聞こえていないみたいに、ジェイクはムーンを見つめつらつらと語り出した。


「俺、お前の大切さがわかったんだ。お前がいなくなってから部屋はぐじゃぐじゃだしご飯も出てこないし、重要な書類がファイリングされてないし、服だってシワが伸びないんだ!」

「いや、自分でやれよ。やんなきゃどうにもなんないだろ」


 あまりの阿呆さ加減に俺は思わずツッコんだ。魔法でどうにかするとか手はあったろうにただ黙って部屋に座ってたのか? コイツは。


「俺はお前がいないとダメなんだ! 戻ってきてくれ!」

「嫌だね。彼女はもううちのファミリーだ。こんな優秀なメンバーをみすみす渡すわけないだろう。帰った帰った。シッシッ」


 と追い払ってみたものの、ジェイクはなんと土下座の体制をとった。そのせいで、カサンドラ園芸店の外売りスペース中の視線を集めていた。


「すまなかった。もう殴ったりしないからぁ! 戻ってきてくれ!」


 先ほどまで、俺の後ろに隠れていたムーンが、すっと前に出ると声を上げた。


「貴方が私に帰ってきて欲しいのは家事や仕事の補佐をする都合のいい家政婦で、ストレスを受け止めて貴方が満足するまで謝って殴られ罵倒されてもやり返さないサンドバッグでしょう? 私は、もう戻りたくない。今が幸せなの! 邪魔しないで!」


 土下座していたジェイクの拳がぐっと握られるのが見えて、俺は反撃の態勢を静かにとる。ムーンの言葉を聞いた野次馬たちがざわざわと噂して、ジェイクを口々に罵った。

 彼は、そんな観衆の声も聞こえたのか震え出す。耳も顔を真っ赤になって……


「何もできない女のくせに……! 生意気言うな!」


 立ち上がり、拳を振り上げて走ってきた大男、俺はすっとムーンの前に出る。そのまま、彼の勢いを利用してラリアットで地面に沈めてやった。ぐはっと情けない声と共にすっ転んだジェイクはまだ俺に立ち向かってきたので鼻っ面に一発拳をぶちこめば、鼻血を吹き散らしてやっと戦意喪失したようだった。


「おいおい、うちのファミリーに手を出そうとしたな? なぁ、文句があるならボスである俺に言えよ? ボス同士もっと話そうか? あ?」

「ひぃっ!!!」

「なんだぁ?」

「ムーンが……いなくなってからとにかく大変なんだよ! 従業員はみんないなくなっちまうし、家もぐじゃぐじゃになって、ビジネスだって」

「はっ、お前言ってたよな? ムーンさんは役立たずの気の利かない女だって。なのに今更帰ってこいって? 吐いた唾は飲み込めねぇぞ? あ〜、それとお前はもっと心配することがあるんじゃねぇのかな」

「へっ……?」


 鼻血を垂らしながら、情けない顔で俺を見上げるジェイク。俺は、野次馬の中にいた背の高いエプロン姿の男に手招きをした。


「トム、このアーゼットさんは知ってるよな? アーゼット農園の。完全無魔法野菜のさ。実は、俺一度そこのクエストに行った時に甘味系の魔法を使っているような気がしてさ。調べてくれないか?」


 ジェイクは大声で遮るように言い返してくる。


「なんだ? 甘味系の魔法を俺が野菜に使ったなんてなんの証拠があるって言うんだ! そもそも園芸店の店員なんかにそんなこと言ってなんになる? 訴えるぞ!」


 俺よりも大きな声で疑惑を野次馬たちに広げるバカさ加減に呆れつつ、目の前にいたトムの顔が不敵の笑みでいっぱいになるのを確認する。

 彼は真面目で優しく、頑張り屋な一面もあるが、植物に対する愛情がかなり特殊で植物に対して不誠実な輩に対しては容赦ないのである。


「やや、それは大問題だ。マレン殿、ムーン殿。来週にでも聞き取り調査にご協力を。アーゼットさん、マレン殿の話が本当であれば貴方は数々の罪を犯したことになる。貴方に騙されて野菜を買った顧客一人一人に訴えられかねない上、詐欺によって得た金銭は全額返金しないと」

「そ、そんなことされたら! 殺される! うちの顧客には怖いファミリーがたくさんいるんだぞ」

「えぇ。そうでしょうねぇ。完全無魔法野菜は高価ですから。それでは首を洗って待っていてくださいね。調査が終わりましたら逮捕の運びとなるでしょうが……」

「その前に殺される! 助けてくれ! 俺を守ってくれ!」

「僕たちが貴方を守る義理がありますか? ありませんよ。アーゼットさん」


 淡々と、しかし圧力のあるトムの言葉に、ジェイクは青ざめていった。俺は、一応約束を守ってこのことを黙ってやっていたがムーンを殴ろうとしたんだから約束なんて守る義理はない。


 そして、そんな空気を破ったのはトムの母、店主のナビアさんだった。バケツいっぱいの水をばしゃーんとジェイクにぶっかけて


「暴力行為を働くようなバカは出て行きなさい!」


 と一喝、野次馬たちから拍手と怒号が走りジェイクは怯えた様子で敗走していくのだった。

 




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