第11話 心地よい大浴場
陽が傾き、空はオレンジ色のグラデーションに美しく染まっている。俺はたんまりもらった報酬の金貨を持って、玄関の扉を開けた。
「おかえりなさいませ、マレン様」
まっさきに出迎えてくれたのはミレイナだった。彼女は家のことをしていただろうに涼しい顔でにこりと笑った。相変わらずの美人にどきりとしつつ、自分の分の500ゴールドを抜いた残りを彼女に手渡した。
「今日の報酬分だ。管理をお願いできるかな」
「はい、かしこまりました。私とムーンさんの報酬分も含めてしっかりと計算させていただきます。マレン様、本日は地下にあります大浴場の準備ができておりますのでよければどうぞ。今日はムーンさんが手料理を作ってくださっているので、完成までもう少しかかりそうです」
「わかった、大浴場?」
「はい、本日やっと掃除とメンテナンスが終了しまして……。私たちヴァンパイアは大の風呂好きなのです。前当主様こだわりの大浴場ですので是非、ごゆるりと」
ピカピカの大理石の床にレッドカーペットが敷かれた長い廊下を歩き、大浴場らしき重たい扉を開けた。扉のすぐ先は着替えなどができる広い脱衣スペース、奥にはガラス戸がありその先にはまるで古代ローマの「テルマエ」を彷彿とさせるような広い石造りの風呂場が見えている。
俺が想像していた日本風温泉の大浴場とは違って何もかもが広い、でかい、豪華。まるでプールのような浴槽の真ん中にはヴァンパイアをかたどったオブジェ風の噴水が聳え立っている。
そっと、足を入れてみるとお湯の温度は適温で特殊な魔法がかかっているのか乳白色ですこしとろっとしたような感触だった。甘いミルクのような香りがすっとあがり、座って足を伸ばせば体の力がふっと抜けた。
「あ〜、最高か」
湯船のへりに後頭部をのせるようにして肩までつかって仰向けになり、両腕、両足もぐわっと大の字に広げる。暖かいお湯に全身が包まれて蕩けてしまいそうな心地よさにすっと瞼を閉じる。
うとうとしそうになりながらも、少し首を動かして筋肉をほぐすように肩を動かして、またうとうとしていると、柔い声が聞こえた。
「お加減はいかがですか?」
「あぁ、最高だよ」
——?!
返事をした後に違和感に気がついた俺はまどろんでいた瞼を開き、声の方を振り返った。
「ムーンさんが、私もお先にどうぞというので」
まだ湯に浸かっていないというのに顔を真っ赤にしたミレイナが薄いタオルを一枚体を隠すように前に持ちながらこちらへ歩いてきていた。
普段はさらさらロングのラベンダー色の髪を下ろしているが、今は頭の後ろでお団子にまとめ上げ印象ががらりと変わって見えた。
普段は清楚なロングスカートに隠れている腰は柔らかいカーブを描き、足はすらっと真っ直ぐで長い。そして、こぼれんばかりの大きな胸がタオルと彼女の腕の奥で揺れていた。
「?!」
「お隣失礼しますね」
白い足がすっと湯船に入り、彼女が肩まで湯に浸かると乳白色の湯がタオルの代わりに彼女の体を包み隠した。けれど、二つの大きなものが湯に浮かびつやつやと輝いて俺の視線を独占しようとする。見てはいけないと、俺はそっぽを向いた。
「あの、この街は混浴……するのか?」
「初めてです」
「えっ?」
「ですから、混浴をするのは初めてです。この前、マレン様が言ったんじゃありませんか。段階を踏んで恋愛の先に、その子供を作る行為があるって」
それは言った覚えがある。
いきなり、夜中に押しかけてきた彼女を嗜めるために言ったことだったがまさか彼女は「行為」より前の行動が恋愛とか手を繋ぐとかキスとかじゃなくてすっ飛ばして「風呂」になったってことか?
待て待て、いきなり裸の付き合い? 彼女は恋愛小説が好きだと言っていたがいきなり風呂に入る恋愛があるか?
ヴァンパイアはそうなのかもしれない、俺だけの常識で測ってはダメ……か。
「いきなり、混浴はびっくりするよ」
「そ、そうでしたか。私、本で読んだんですけども」
「ちなみに何の本を?」
「男性は女性の裸に目がないと。子を作る前の段階、男女はお互いの体でスキンシップをと」
もしかすると、ミレイナはスーパーメイドだが天然なのかもしれない。
俺が伝えたかったのは「ちゃんと恋愛をして信頼関係を築いてから」という意味だったが、彼女はほんのちょっと手前を想像していたらしい。これは、彼女自身の距離感がバグっているのか、それともこの世界では普通……?
前に住んでいた世界でも国によってはハグやキスも挨拶だったり、混浴が普通な国があったりそういう文化の違いみたいなのって結構あったし、異世界ならあり得る話だ。
「とりあえず、俺としてはそのちゃんと恋愛をしてから将来の伴侶は決めたいと思っているよ、はい」
「体の関係だけではダメということですか?」
「そりゃそうでしょ!」
思わず突っ込むと、彼女はほっとしたような笑顔になって小さく「すみません」と言った。
「よかった。マレン様はやっぱり誠実な方だった」
「こんな体張った試し方あります?!」
「すみません。でも、生前の父が言っていたのです。もしも私がお嫁にいくことになったら目先の心地よさだけでなくちゃんと私自身を見てくれる男性を見つけるのだよと」
「確かに、そういう男は多いかもなぁ……」
「もし、マレン様がそうならそうでも私はいいとも思ってました」
「どっち?!」
くすくすと彼女が楽しそうに笑った。
もしかしたら、いや確実に俺は彼女の掌の上で踊らされている。真面目で清楚なイメージを勝手に抱いていたが、彼女は小悪魔なのかもしれない。
「だって、マレン様は私とロンナ様の命を繋いで下さった命の恩人ですよ。その上、父とファミリーたちの仇も売ってくれた。本日、見てきたのです。公開処刑」
「処刑? あぁ、もしかして」
「はい。ルロッタファミリーの幹部の公開処刑です。マレン様のお部屋にもお知らせの書類をお渡ししたのですが見てませんでした?」
まったく見てなかった。
「見てなかった」
「お誘いすればよかったですね。すみません」
「あ〜、まぁでもそういうのは見ても面白いもんじゃないしさ」
どんなタイプの公開処刑かはわからないが、まだ人間が殺されるところを見たことがない俺はちょっと怖かった。前世ではそういったグロい映像とは無縁の世界で生きていたし俺はホラースプラッタとかも苦手なタイプである。
「ゾゾスファミリーに対する罪も、環境破壊に関する罪も、スラムの女の子たちにしていた罪も全部公表の上、ファミリーネームの永久剥奪。処刑にならなかったファミリーメンバーも今後どのファミリーに所属することができないとのことです。少しだけ、心の奥がすっきりしたような気がします」
「そりゃ、よかった」
あの情けなく土下座していたおっさんの姿もミレイナさんに見せたかったなと思いつつ。俺自身が行動したことが間違いじゃなかったとわかって少しホッとした。
「まったく見知らぬ私たちを助けてくださって、悪を成敗してくださって。ありがとうございました」
すっと湯が動いた。
彼女が動いたからだ。
水音が響いて、細い腕が俺の首にからまって、湯の中で肌が触れるのがわかった。一瞬、時が止まったように感じたが、自分が抱きしめられていることに気がついて、身体中の血の巡りが早くなる。
直後、頬に彼女の吐息と唇が当たって可愛らしい音がした。
「ミレイナさん……?」
頬にキスされた後、彼女の方に視線を向けると優しく微笑みながら美しいラベンダー色の瞳が俺を見つめていた。うっとりと俺を見つめる甘い視線に、俺の心臓が止まってしまいそうになる。
「私だって、恋愛くらいできますよ?」




