第9話 ファミリーの役割
「契約じゃなくて、ファミリーが増えました!」
食堂のテーブルに座ったミレイナとロンナ、それから緊張した面持ちのムーンさん。俺は、先ほど起きたアーゼット農園での出来事を事細かに話した。もちろん、勢いで「彼女を貰う」とは言ったが、恋愛的にではなくファミリーとしてであるとも説明した。
「そこで、役割の分担と休日の定義を決めようと思います。まず、週五日、俺はクエストを受領して金を稼ぐ。ミレイナさんは家事、ムーンさんは農業。ロンナちゃんはお勉強!」
ロンナちゃんが元気に「やだ!」と返事をしたが無視をする。
「そして、土曜日と日曜日はお休み。それぞれ、好きなように過ごす。こうして、大人たちは俺が一ヶ月に稼いだ分のお金から1割ずつお小遣いとし分配、のこりはファミリーの資金として貯蓄する。いったんこれで良いか? 意義がある人は手をあげて」
すっと手をあげたのはミレイナだ。
「はい、ミレイナさん」
「あの、御言葉ですが、お掃除はどうしても毎日します。少しでも怠れば虫が攻めて参りますから。絶対にします」
「わ、わかった。掃除は任せるよ。その代わり、土日は料理はお休みしてくれ。出前を取るとか」
「わかりました」
次に、ムーンさんが控えめに挙手をする。
「あの、菜園も土日だから休むというのは難しいかと。お天気にもよりますし」
「確かにそうですね。じゃあ、代休として土日に働いたら翌週の平日にどこかでお休みをとったりして調整をしてください」
「それなら可能ですね! 成長魔法はマレンさんが?」
「あぁ。俺が定期的にかけておく。ミレイナさんももしムーンさんが手伝える家事があったらいい感じに分配してください」
ミレイナは「虫退治」と呟き、ムーンがくすくすと笑った。なんだか仲間が増えてほっこりした雰囲気にロンナも嬉しそうだった。
男の菜園士をお願いする予定が、まさかの女の子。かつての自分をムーンに重ねて、思わず彼女を勧誘してしまった。
でも、俺の見込み的に彼女は相当優秀な菜園士だと思っている。なぜなら、彼女の手だ。毎日、土に触れているのがよくわかる手。手首までちょっとした切り傷があるのは葉で擦って切れてしまったあとだったり、指の先が少し硬くなるのも水仕事をしながらも農具を持ってふるっているからだ。
そのうえ、彼女の洞察力は鋭く聡明で、なによりあんな男のことを信じて尽くしていたくらい思いやりのある人だ。
農業には物言わぬ植物の経過を観察する鋭い目が必要だから。彼女はぴったりの存在だとも言える。
「そうだ、明日はレッドブロッドチェリーの栽培の勉強をしに図書館へ行って、作物の種を買ってきますね。みなさん、お好きなお野菜はありますか? こちらには温室もありますし、成長魔法が使えるならどんな季節のお野菜もすぐに食べられますよ!」
「トマト!」
「カボチャ!」
「ズッキーニ!」
好きな野菜を口にするみんな、ひとときの団欒が温かく食堂を包んでいた。
***
風呂上がりのぽかぽかした体をベッドに沈め、俺は今日の出来事を振り返った。またしても俺は別のファミリーに喧嘩を売ってしまっただけでなく、ファミリーに女性が1人増えた。それも若くて綺麗な女性だ。
そのうち、俺がゾゾスファミリーの新しいボスとして「すけべな男」とか「ハーレム男」とか言われるんじゃないかと考えてゾッとした。
ただ、ムーンがここに来るまでの途中で
『しばらく、恋愛はいいかな。また男の人を信用して好きになるのきっと胆力がいるはずだから』
と言っていたから、ファミリー内で恋愛沙汰が起こるような若い男をすぐにいれるのもなんか違うような気もした。まぁ数ヶ月、チェリーが成長するまでの間ゆっくりしてもらって彼女にはレッドブロッドチェリージャムの露店とか表にでる仕事も振って外の人間と恋愛もできるようにしてやればいいか。
幸い、彼女は人間だしとても綺麗で優しい人だから貰い手はいくらでもあるだろう。ああ、そうだ。ムーンさんに旦那さんができたら家族丸々うちのファミリーに迎えればいいのか!
俺にしちゃ妙案。
いくら女の子が増えてもその子達が恋愛して結婚して男を連れてくる。みんな幸せだ。素晴らしい!
「マレン様、少しいいですか」
と俺の部屋のドアを少し開けたのは、ミレイナだった。
「どうぞ」
と言ってベッドから起き上がって腰掛ける。彼女はベッドサイドチェアへ腰掛けた。夜、風呂上がりなのかいつもよりさらさらと綺麗なラベンダー色の髪、ほんのりと薫るミント。彼女の優しい垂れ目気味の目がやけに色っぽかった。
「どうかしたか?」
「いえ、ムーンさんとは本当に恋人ではないのですか?」
「おぉ、直球だな。違うよ。確かにムーンさんの恋人から奪う形で彼女をファミリーに引き入れたけど、そういう恋愛的な意図はない」
「少しもですか? 相当の美人ですよ?」
「そりゃ、確かに美人だと思うよ。けどさ、あの人の価値ってそれだけじゃないだろ? 美人だから付き合う付き合わないとかじゃなくて。俺はもし、次に恋人を作るならちゃんと心から信頼できるって思えるような人がいいなと思う」
「人、ですか?」
「あぁ、ごめん。俺が昔いた場所は人間ばっかでさ。言葉を間違えただけ、人でもエルフでもなんでもさ」
「ヴァンパイアもですか」
ミレイナの視線が真剣に光る。
「はい、ヴァンパイアも」
「その信頼って。例えば?」
「うーん、難しいなぁ。俺も過去に彼女1人しかできたことないし、そいつには殺されかけたし……」
「殺されかけたんですか?」
「あぁ。ブスッと刺されてな」
正確には死んだんだけど。
目の前のミレイナの顔がぞっとしたような表情になって引き攣った。
「こんなに……お強いマレン様を殺しかけることができる女性。ドラゴンですか?」
ドラゴンなんかと比べたらドラゴンに失礼なくらい凶暴で自己承認欲求が強くて傲慢な女性だった。ある意味ではドラゴンより強いかも。
「まぁ、そうかも?」
「そうですか……。強い女性ですね」
「つまるところ、俺はしばらく恋人は作らないよ。もし、ミレイナさんが後継ぎとかを気にしてるならそれはロンナちゃんだろう? 俺はヴァンパイアでもなんでもないポッと出の旅人だから。ザックさんの意思をちゃんと残すべきだと思う」
「なるほど、では」
「では、マレン様の子を産むのは私でも問題ございませんね」
さぞかしほっとしたように彼女は笑った。何がなんだかわからない俺は「へ?」と喉の奥から変な声がでる。
「ザック様の意思を残す。そうおっしゃったじゃないですか」
「あぁ。だから彼の子供のロンナちゃんを時期当主にすればいいじゃないって言ったんだが?」
「ヴァンパイアの成長速度をご存じで?」
「シラナイデス」
「ヴァンパイアは不死身でその寿命も長いのです。幼児期に500年、少年期に1000年ほどかかりますが? ロンナ様はあぁ見えてもう10歳です。人間の見た目は幼児ですが。つまり、人間であるマレン様の寿命、彼女が立派な大人になる前に尽きてしまうのです。ですから、ザック様の血をひく私と子を」
「ごめん、頭がごちゃごちゃしてる」
「説明不足でしたね。私はザック様と人間の母の間に生まれたいわばロンナ様の腹違いの姉なのです。ですから、ザック様の血を引いた子を産めます。その上、ヴァンパイア属性の血を引いた子が生まれればその子は長い寿命を持つでしょう。ほら、隔世遺伝というやつが出るまで子を産み続けるのです」
とんでもない早口で彼女は捲し立てる。 子作り……? ってことはそういうことだよな?
彼女が白い寝巻き用のローブのスカートを掴み、ゆっくりと、恥じらいながらたくしあげる。きゅっと締まった足首から細い脹脛、桃色の膝、太もも……。
いかがわしいシーンの妄想が一瞬頭をよぎったがふと俺は我に還る。
「でもさ、それってファミリーのためにはなるかもしんないけどミレイナさんの気持ちは?」
「わたしの……きもち?」
「あぁ。恋愛って知ってるよな?」
「はい。恋愛小説は好きでよく読みますよ」
「ほら、子供を作るとかって恋愛の先の話だろ? 本当に好き同士になってからだ。でも今ミレイナさん話していたのは違うだろ? そりゃ美人からの誘いは嬉しいけど……。やっぱり少しでも関わりのある奴らには、自分の幸せを見つけてほしいって思うからさ」
めちゃくちゃ綺麗事を言ってみたが、近場で肉体関係になると色々と面倒なことになりそうなのでかわしただけである。美人でスタイルも抜群のミレイナさんとそういうことをしたくないといえば嘘になる。けれど、その代償がデカすぎる。流石にどんなに強い力があっても父になる覚悟はまだない。
「恋愛……幸せ」
「そうそう、だから一旦後継ぎの話はもっとゆっくり考えようぜ。まずはファミリーを立て直さないと」
「はい、かしこまりました。それでは、今日は部屋に戻ります。おやすみなさい」
彼女が出ていくと、俺は大きなため息をついた。毎晩あんなふうに誘惑されちゃたまらない。でも、さすがに出会って数週間で子作りというのは勇気がいるものだ。
あれ、俺彼女に「恋愛しろ」とは言ったけど「他の男と恋愛しろ」と言わなかったんじゃ……ないか?
あぁ、さすがにニュアンスは伝わってるよな。うん。だって俺、しばらくは恋人とか妻とかそういうのとは無縁ののんびり独身貴族ライフを楽しみたいんだし!
俺はそう自分に言い聞かせて再びベッドに寝転んだ。




