プロローグ
俺は、女性が苦手だ。
どくどくと脈打つのは心臓ではなく俺の腹の傷口だ。ひんやりと冷たいナイフの感触が今は焼けるように熱くて痛い。
俺のそばに座り込んで泣いている女は「こんなはずじゃなかった」と繰り返している。
なーにが、「こんなはずじゃなかった」だ。お前がさっき途轍もない殺意をもって俺を刺したんじゃないか。
「蓮、死なないで」
お前さっきは「死ね!」って言ってなかったですか? お得意の嘘ですか。そうですか。
田舎も田舎に住んでいた俺は、優雅な独身ライフを許してもらえず両親に懇願されてお見合いして同棲をしたんだった。けれど、女性が元々苦手で関係なんか上手くいくはずもなかった。俺は、彼女の辛さや悩みに寄り添ってあげることができなかったし、彼女も彼女でそもそも同棲が理想のそれではなかったことで俺に強く当たっていた。
俺は、泣いている彼女を見た。理不尽極まりないわがままだったな。友達にマウントが取りたいのかなんなのか俺の仕事にケチつけたり、世間体のために軽自動車は嫌だのブランド品じゃないと恥ずかしいだの。
車なんか軽自動車で問題ないし、バッグも服も清潔感もって着られたらなんでもいいだろ。そもそも、マウントを取り合うのって友達じゃないだろ。
お前は俺に散々言ってくれた上、刺してもきたわけだけど。俺だって思うところはあったぜ?
せっかくの熱々ご飯が冷めるまでSNS用の写真に付き合わされたり、俺の趣味は「ヲタクっぽくてキモいし子供かよ」とかいうから新居には運べなかったし、ヲタク友達がいる彼氏なんか嫌だから連絡先を消せと強要もされた。
「お願い、死なないで」
彼女が俺の手に触れようとした。俺は、最期の力でその手を振り払った。ゴボゴボと溢れる血泡を拭きながら言う。
「俺に……触るんじゃねぇ」
ブツッとモニターの電源が切れるみたいに、視界が暗く……じゃなくて切り替わった。
***
俺がいたのは自分の部屋で、彼女に言われて持ってこられなかった大きなゲーミングセットの前。モニターに写っているのは、なんだがファンキーな白髪に白髭のおじいさんだ。
「で? 俺は人間としてどっかに飛ばされるんですか?」
「よもや、転生が良いか? 赤ちゃんからやり直すのは面倒なんじゃよ。わしが」
気だるげに白い髭を撫でたおじいさんは自分が「神」だと名乗った。
俺は、死んだけれど若いこともあってこのままの姿で「転移」するか、他の輪廻転生をする人と同じ「転生」をするかを選べるという。
というのも、不慮の事故や病気、事件などで本来予定しているよりも早く死んだ若い人にはこう言ったチャンスが与えられるらしい。
もしかしたら、現実では俺は病院で鋭意治療中かもしれないが。
「じゃあ、転移で。正直、知識もったまま動けない赤ん坊は暇そうで嫌なんで」
「じゃろ。んで、転移先はこの辺がいいかの。お前たち好きじゃろ、異世界ふぁんたじい」
「え、まぁ。あの力とかって」
「できるぞ」
「え? まだ何も」
「強くしてほしいんじゃろ。知っとる知っとる。他には? あるじゃろ? ケモ耳やらなんやら」
なんだが、小慣れている神様に疑問を抱きつつ、俺の脳裏には一つの希望が浮かんでいた。
「じゃあ、女性と関わらないでもいい世界とかないっすか? 見たでしょ。神様も」
「あ〜、おっそろしい女じゃったな! ガハハ」
「いやいや、笑い事じゃないですよ。俺死んだんだし」
「迫間連か、この名前じゃ馴染めんから今日からマレンとして生きていくが良い」
「え? まじっすか」
「おおまじじゃ。そうじゃの。ちなみに、初期ヒロインオプションはなしっと」
——初期ヒロインオプション……?
「いやー、わしの妻。めっちゃ怖いんじゃよ。浮気するたび殺されるからたまったもんじゃ……」
「それ、浮気してるからでしょ」
「ぐぬぬっ、でもかわいい女神たちに迫られたら……ぐふふ」
「はいはい、じゃあ俺の強さは最強クラスで、そのヒロインオプションはなしでお願いできますか」
「うむ。本当にヒロインオプションなしでいいのかい? ぷりっぷりのかわいい女の子、ケモ耳……」
この神様はケモ耳が好きらしい。
「いや、いいです。ちなみに、男の友情オプションとかあります?」
「んなもんあるか。お前たちが『かわいい女の子が横にいてほしい』だの『素敵な伯爵と恋愛したい』だのいうから……わしが妻に怒られつつ作ったオプションだというのにじゃな。ほれ、さっさと転移しなさいっ」
また、俺の意識はブチっと切り替わり、次の瞬間に俺は異世界へと転移していたのだった。