98 エスコートしよう
意味がよくわからずに眉をひそめた私に、ロードリウスは不思議なまでに律義にその疑問に答えてくれる。
「勿論、勇者の人数は把握している。あの御者が勇者ではないことも承知の上だった。それでいて真っ先に彼女と馬を再起不能にせんと不意を打ったのだ、もはや私の望みは自明の理だろう?」
「いや、何もピンと来ないけど」
「……つまりだね、我が古き敵にして良き友人であったスタンギル。彼を討ち果たした者との闘争それ自体こそが私の目的だ、ということだよ。単に勇者の数を減らせばそれでいいというものではなく、また万が一にも逃走される可能性を潰えさせておくのは重要だ。私が望むのはあくまで誇り高き決闘であって追いつ追われつの追走劇ではないからね。このように、諸君が逃げも隠れもしない状況を作りたかったのだ」
「へー……なるほど」
ここまで懇切丁寧に噛み砕いてもらえれば、さすがに理解もできる。
確かにスタンギルの仇と戦いたくてたまらないロードリウスからすれば、不意打ちの初撃で肝心のその人物を倒してしまうことを考えたら手始めに勇者を狙うことなんてできないだろうな。
その代わりに、まず確実にスタンギルの死に関わっておらず、それでいて勇者の足の管理を担う重要な人材である御者から排除するのは理に適った作戦と言える。
そうやってバーミンちゃんを御者席から引き摺り下ろしたその次に、私たちの足そのものである馬を攻撃したのも実に徹底している。勇者の中にももしかしたら馬を操れる者がいるかもしれないし、そうでなくとも暴走した馬が勝手に街道を行けばまさしく望まない追走劇が繰り広げられることになる。
そんな小さな可能性すらも事前に排そうというのだからロードリウスもなかなかに──肝っ玉の小さい男だ。
もしかしたらここまでがザリークの指示なのかもしれないけど、それはそれで何から何まであいつに言われるがままってことで、なんともみみっちいのは変わりない。
大物ぶった態度に見合ってないでしょ。
「何やら物言いたげじゃないか。いやわかる、わかるとも。勇者ともなれば弱者が傷付けられたことに怒りのひとつも覚えよう。それでこその勇者、人類の希望。私はそれを侮らない──スタンギルを屠ったその在り方を、認めようじゃないか。その上で」
超えて、踏み躙る。
そう断じたロードリウスが放つ気迫は、凄まじいものだった。それこそスタンギルにも勝るとも劣らないくらいに。……こいつが精神的に大物か小物かはともかく、四災将を名乗るのに実力が不足しているってことはなさそうだ。
「では、今度こそいいかな? エスコートしよう、お嬢様方」
「え、場所を変えるの?」
「無論だよ、乱戦は好むところではない。君と、君だ。私が指名するのはね」
あー、そういうこと? シズキちゃんとナゴミちゃんに乱入されたら興醒めだって言いたいわけね。ロードリウスの目当ては、少なくとも最初の相手としては、私とカザリちゃんの二人だけに絞りたいと。
じゃあ実質的に、戦いは四対三ではなく二対一と二対二の二局面になるな……カザリちゃんと目配せする。それでいい、と彼女の顔は言っている。うん、私もそう思う。私たちでロードリウスを倒してしまえば、あとはこいつの部下二人を四人がかりで倒すだけ。
それまでシズキちゃんとナゴミちゃんには安全第一で無理をせずに戦ってもらえばいい。もちろん魔族を敵にしてそう都合よく事を運ばせられる保証はどこにもないけれど、乱戦を歓迎できないのはこちらも同じだ。
誰が誰の相手をしているのか混迷してしまえば、こいつら三人の内の誰かが馬車のほうを狙うかもしれないし……ロードリウスの口振りからして既に足を潰したと言える現状、そんなことをするつもりはないかもしれないが、それこそそんな保証はどこにもないわけだからね。用心に越したことはない。
コマレちゃんとバーミンちゃんを守るには提案に乗るのが一番だ。
「大丈夫だよシズキちゃん。パパっと勝って戻ってくるからさ。ナゴミちゃんもそれまでよろしくね」
「うん、りょうかい~。そっちも頑張ってね」
ナゴミちゃんは私たちの考えを察してくれているようで、緩めのファイティングポーズを作って了解と応援の意を示した。そんな彼女を見て、急展開にあたふたとしていたシズキちゃんも覚悟を決めたようだ。
「わ、わたしたちこそ……この二人を倒したら、すぐ駆け付けますから」
お、言うねえシズキちゃんったら。瞬殺宣言とは彼女らしからぬ強気っぷりだ。
ほら、部下二人組もピクリと反応したよ。これまで能面かってくらい見事に表情を変えずにロードリウスの両脇に立っているだけだったのに、初めて無感情を崩した。それは魔族らしい高いプライドを刺激されてのことだろう。
剣呑な眼差しがシズキちゃんに向けられるが、彼女は少しだけ体を震わせつつも目を逸らすことなく二人を見返している。ホント、日に日に強くなっていくねシズキちゃんは。
これなら安心して部下たちの相手を任せられるよ。……うそ、本音を言えばめちゃくちゃ心配。でも、心配のし過ぎも侮辱みたいなものだしな。ここは二人のことを信じよう。二人が、私とカザリちゃんを信じてくれているみたいに。
◇◇◇
──場所を移す、と言ってもそこまで長い距離を移動したりはしなかった。ロードリウスが潜んでいた林だか森だかの外縁を沿うようにしばらく歩いて、馬車もシズキちゃんたちも見えなくなったあたりで、私たちは何も言わずに互いに足を止めた。
「名を聞かせてもらえるかね」
「カザリ」
「ハルコ」
「カザリにハルコ。異世界よりの使者というだけあって不思議な響きだ。なかなか情緒があって悪くない」
改めて、と彼は胸に手を当てて、もう片方の腕をこちらに向けて。まるで舞台役者みたいな大袈裟な所作で先ほどは切りきれなかった見得を切った。
「四災将【栄達】のロードリウスだ。君らがこの世を去るまでの短い付き合いではあるが、どうぞよろしく頼むよ」
「……あのさ。ごめんだけどあとひとつだけ訊きたいことがあってさ」
「む、何かね? この際だ、なんでも訊ねたまえよ。これよりの決闘に僅かなりとも心残りを作らないためにもね」
「ああそう。じゃあ遠慮なく……そのほら、名前の前についてる栄達? っていう称号みたいなのは何? なんかスタンギルにも似たようなのくっ付けてたけど」
「まさに称号だとも。わかりやすく言えばその者を端的に表した二つ名だ。私の栄達に対してスタンギルは横暴。魔王様の再臨によって今代の幹部として選出された折、私が進言して名付けて頂いたのだよ。ふふ、どうだね。格好いいだろう?」
「え? いや、全然。むしろダサいなと思ったんだけど」
だから改めて名乗られて余計に何それ? って気になって仕方なかったんだよね。まあ二つ名的なものなんだってのは薄々わかってはいたんだけど、アンちゃんから押し付けられたんじゃなくて自分から貰いにいったって思うとなおさらダサく感じちゃうな。
「だ──ださい、だと。……ふ、理解してもらえないのは残念だが、それも道理だな。勇者が私たち魔族と相通じるはずもないのだから」
いやー、どうだろう? 勇者だから魔族だからってのは関係ないんじゃないかな。だってスタンギルも二つ名なんて一切口にしなかったしさ。それって私と同じくダサいと思ってるか、まったく興味ないかのどっちかだよね。
ってのを思ったまま素直に口に出したら、余裕ぶった笑みを浮かべていたロードリウスもすんと無表情になった。
あ、怒った?
「いいから、始めるぞ。ここが自らの死地になると知れ小娘共……!」
ほら呼び方がお嬢様から小娘にランクダウンしてるし。やっぱ絶対に怒ってるよねこいつ。
さて、挑発してやったのが吉と出るか凶と出るか。
それは戦ってみなければわからないことだ。




