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95 音が消え去ったような

 そんでもって翌朝だ。

 快眠マクラを使う権利を譲ってもらった私は(ふたつあるけどひとつは快眠マクラでないとちゃんと眠れない繊細なシズキちゃん専用になっている)、おかげでぐっすりすやすや。夢も一切見ることなく気持ちよく寝ることができた。


 起きる時間は早いけど床につくのも早かったから九時間から十時間くらいは眠ったかな。目覚めた瞬間に復調してるのがわかったよ。身体が昨晩より断然に軽いし、もうお腹が減ってグーグー鳴いている。こういうのは健康な証拠だ。


 手早く朝風呂を済ませて、ルームサービスのモーニングを食べて、荷物をまとめたのちにチェックアウト。先にホテルを出て馬車組合から次の馬と馬車を調達していたバーミンちゃんと合流。

 道すがらに役場に寄って街頭人さんと夜を徹して働いていたギルドの人たちに挨拶だけして、それから私たちはトラウヴを出発。入ったのとはちょうど反対側の門からドワーフタウンを目指すべく街を出たのだった。


「ふう。試練が終わったと思うと風が一段と気持ちいいねー。なんか清々しい気分だよ」

「そんなに試練が嫌だったんですか?」

「そりゃねぇ。私はほら、散々な目に遭いっぱなしだったし」

「あー……」


 納得です、みたいなリアクションをされてもそれはそれで物悲しくなるが、私だけやたらと死にかけてることは事実なのでしょうがない。


 でもそのぶん、魔力とか術ありきの戦い方もだいぶ身に着いたというか。魔道具の扱いも含めてかなり勇者としてレベルアップしたとは思うね。試練の旅に出る前とじゃぜんぜん違っている自負があるぞ。今ならバロッサさんからももうちょっといい評価が貰えるんじゃなかろうか。

 そうは言っても結局のところ純魔道具とミニちゃん、つまりは皆の力におんぶにだっこだからあまり偉ぶれはしないんだけど。


 外付けのお助けアイテムがなきゃ強敵とはまともに戦えないっていうのはやっぱりネックだよなー。継戦能力の問題もあるし、何より魔力の補充待ちの間が無力なのがヤバすぎる。今もミニちゃん以外は預け直している状態だし、戦力的には半減……いやもっと低いか?


 ミニちゃんさえいればそこらの魔物に負けることはないだろうけど、トロールとかのちょい強な魔物あたりはうっかりするとやられかねない。そういう不安定さとか脆さは、やっぱり自分が強くならないことには解消されないだろう。こんなんでこれから先の本格的な魔族との争いについていけるのか不安になってくるね。


 ま、くよくよしたってしょーがない。私は私にやれるだけを精一杯にやるだけだ。そう気持ちを切り替えたところ、ナゴミちゃんが「あ、そうだった~」と思い出したように懐から取り出したのは。


「あ、防魔の首飾り! 溜まったの?」

「うん、夜の間に満タンになったみたい。はいどーぞ、ハルっち」


 純魔道具は持っているだけで所有者の魔力が勝手に溜まっていく、魔石型の魔道具とは異なる性質を持つアイテムだ。なのでコマレちゃんにすぐ補充してもらえるパワー手袋とか聴力イヤリングなどとは違って(このふたつは昨日の内にもう魔力を込めてもらっている)、空になったり減ったりする度に本来の持ち主に返して充電ならぬ充魔されるのを忍んで待つしかない。


 不便と言えば不便だし、それぞれ強力な魔力を持つ三人とアイテムの効力のシナジーがあって便利と言えば便利な、なんとも言えないもどかしさがある。


 って、こんだけ助けに助けてもらっておいて不便だとかもどかしいだとか言っちゃバチが当たるね。反省反省。


「ありがとう、めっちゃ助かる」


 お礼を言いつつさっそくネックレスを首から提げる。危ない攻撃から自動で守ってくれるこれを身に着けた際の安心感たるや、あまりに頼もしくて外していると人前で素っ裸になってるみたいな心細さまで感じるくらいだ。

 頼りにし過ぎるのもどうかとは思うけど、やっぱりあるのとないのとじゃ心の余裕ってものがまったく違いますわ。


 いやぁ、ミニちゃんと共に守りの要を担ってくれているこれだけでも装備できてよかったよ。昨日の戦闘で使い倒した魔蓄の指輪と魔力残量がかなり減った攻魔の腕輪はどっちもコマレちゃんとカザリちゃんに渡して補充待ちだからさ。もしも今ここでヤバい状況にでもなったら私としちゃ大困りなわけですよ。なので、せめて防魔の首飾りだけでも装備できたのは非常に心強いことだった。


 でもまあ、今走っているのは大きな街と街を繋ぐちゃんとした街道だ。魔物の出現率は低く、前のトロールみたいなはぐれの情報も特にないことは確認済み。まずもってヤバい状況にはならないと思うけどね。


「──ねえ、バーミンちゃん。どうかした? なんか口数少なくない?」


 移り変わる景色を眺めながら皆でお喋りをしていたんだけど、いつもなら馬を操りながらでも頻繁に会話に混ざってくるバーミンちゃんが今日はなんだか控え目で、やけに大人しく感じた。もしかして例の疲れがまたぶり返したのかとも思ったけど、どうもそういう雰囲気でもない。


 体調は悪くなさそうで、だったら彼女を普段と違う様子にさせているのは精神面に原因があるのかもしれない。そう直感的に思った私の勘もなかなか馬鹿にしたものじゃなかった。


「たは、気付かれちゃったすっか。うまく隠してたつもりなんすけど……勇者様の目は誤魔化せないみたいっすね」


「てことはやっぱ、何かあるんだ? 悩みとか」


「やっ、悩みってほどのものじゃないんすよ! ただ、その。こうやって皆さんと旅ができるのもあとちょっとなんだと思うと、なんだか寂しくなっちゃって。こんなこと思うの良くないっすよね。試練の旅路が無事に終わるっていうなら本当は喜ばなきゃいけないはずなのに……これじゃあ案内人失格っす」


 空笑いをしながらバーミンちゃんはそんなことを言うけど、私はそれを案内人として失格だとはちっとも思わない。むしろ、私たち勇者と一緒になって旅を楽しんでくれるし苦しんでもくれる、いい仲間の証だと思うんだよね。そう感じているのは皆も同じだったみたいで。


「そんなこと言わないでよぉ、バミっち。ウチらだって気持ちは同じなんだから」

「そうですよ。バーミンさんと一緒にいられるのが王都までだなんて、コマレたちも寂しいに決まってるじゃないですか」


 案内人はあくまでも試練の旅に同行する、勇者の地図であり杖。旅を終えて王都に帰還すれば、そこから先は勇者と共に戦える仲間だけで行動することになる。魔王率いる魔族軍団との全面戦争なんだから、さすがに戦士でもないバーミンちゃんとは一緒にいられなくなる……そうわかっていても、互いのためにもそうでないといけないと理解していても。それでもやっぱり寂しいものは寂しい。


 できればずっと一緒にバーミンちゃんと旅をしたい。無言でいるカザリちゃんとシズキちゃんもそう思っていることはその眼差しだけで充分に伝わる。背中越しに私たちのほうを見て、バーミンちゃんはすぐに前に向き直ったけれど、その声は少しだけ湿っていた。


「嬉しいっす。こんな半端者の、取るに足らない自分なんかが勇者の皆さんにそう言ってもらえて。いや……たとえ皆さんが勇者じゃなくても。すごく、すごく嬉しいっす。こんな満ち足りた気持ちになったのは生まれて初めッ、」


 言葉が途切れた。そして血が舞う。


 一瞬、世界から音が消え去ったような空白の間を挟んでから。

 ようやく私は何が起きたのかを悟った。


 バーミンちゃんが、攻撃されたのだと。



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