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92 盛大なフラグ

 そりゃ顔色も悪くなるよね。今の私はどう見ても瀕死っていうか、もはやゾンビみたいな出で立ちになってるんだもの。


 でも大丈夫、ひどいのは服だけで傷は既に治っていると肌を見せて説明。何とどんな風に戦ったのか、そしてどうやって治療したのか、ケイフスを失くしてしまったことも合わせてざっくりと話し終えたときには特に悲壮な顔をしていたシズキちゃんも冷静になっていて。


「よ、よかったです……ミニちゃんが役立ってくれたみたいで」

「役立つどころじゃなかったよ、いやホントに。めっちゃ助けられた。さすがショーちゃんの一部だね」


 調整が上手くいっていたことが証明されて嬉しそうにしているところへ追加で称賛を送る。実際、アンちゃん戦よりもずっと反応がいいし複雑な指示にも難なく従ってくれたし、このチューンアップがなければもっとずっと苦戦していたのは想像に難くないわけで。


 私の大きな感謝の念が伝わったんだろう、シズキちゃんは照れた様子で俯く。それがなんだか撫でてほしそうに見えたので、勘違いかもしれないけど撫でておく。えへ、とシズキちゃんは笑った。


「にしても、皆のところには出なかったんだ? 大口のテッソ」

「はい、女王に取り付いて強化する特殊な個体なんていませんでした……思うにハルコさんの推測は正しく、その大きな口をしたテッソこそがこのの頂点だったのでしょう」


 大口が出なかった代わりに皆は相当な数のテッソと女王を同時に相手取る羽目になったらしく、おかげで制圧に時間がかかったとのことだった。私と同じく皆もまあまあ苦戦していた、ということだね。


 などと言っても私と違って四人は誰も怪我とかしてないし、あくまで敵を全滅させるのにちょっと手間取ったってだけで窮地と呼べるほどの状況には追い込まれてなかったようだけど。血だらけにされた私のガチ苦戦とはちょっと同じにできないかな。


 でもそうか、道理で私のところには追加のテッソが出なかったわけだ。巣穴の子分たちはコマレちゃんたちを抑えるべくとっくに総出動してたんだな。で、四人に追いつかれる前に大口テッソは一体の女王だけを伴って逃げるつもりでいたと。概ねそういう流れだったんだろと私たちは結論付けた。


 逃げるルートに私がいる道を選んだのは子分を通じて敵の中で一番弱いと判断したからだろうな……大口テッソの知能ならあり得る、ってか確実にそうに違いない。おもっきし舐められてたのかと思うとちょいと腹が立つな。もう倒した相手だからいーけど。


 なんにせよ皆が大暴れしてテッソを仕留め尽くしたっていうなら一安心だね。これでトラウヴの住民がテッソの被害に遭う危惧がなくなったんだから。

 ということで任務完了だ。私たちは地下水道とおさらばすべく、最も出入口の近い私のルートを辿って地上へ戻ることにした。


「そういやさ、皆は地下水道壊したりしなかった?」


 攻魔の腕輪の威力があり過ぎて乱発できなかったことを思い返して訊ねてみた。私と違って四人はそれぞれ火力が高すぎる。格闘主体ってことでまだしも手加減をしやすそうなナゴミちゃんはともかくとしても、他は何をするにもテッソを仕留めるには過剰なパワーになるはず。


 数だけ多くてすばしっこいテッソの群れを潰していくにはとても気を付けないと、あるいはどんなに気を付けたところでその過程で地下水道に大ダメージを与えてしまうことになる。その問題をどう解決したのかと思えば。


「確かに苦労させられた……初めの内は」

「初めの内は?」

「すぐに慣れた」

「えっ……コマレちゃんも?」

「はい。我ながら、この試練を受ける前と今とでは術の調整力に大きな差があると思います。いい訓練になった、といったところでしょうか」

「……シズキちゃんも?」


 私と手を繋いで歩いている彼女もこくこくと頷きを返してくる。そうハッキリと意思表示できるくらいにショーちゃんをもっと繊細に、精密に動かせるようになったみたいだ。


「ウチも戦い方の勉強になったよぉ。今まであんな数と一度に戦ったことなんてなかったもんねー」


 ほーん、なるへそね。街の下でネズミ(っぽい魔物)退治とは、試練の最後にやることにしては地味じゃないかと思っていたんだけど。どうやら女神の狙いはまさに街の下で多数のちみっこい敵と戦うっていう、そのシチュエーション自体にあったっぽいな?


 つまりは火力ぶっぱだけじゃなく、力の調節とか柔軟性とかを実戦で身に着けるための試練だったんだろう。


 考えてみれば最初にブラックワイバーンっていうこれまで出会った魔物の中でも一番の強敵と戦わされて、見事それに勝ってるんだもんな。その時点で火力は申し分ないわけだから、あとはそれの「使い方」に意識を向けさせて習熟させようっていうのは理に適っているのかもしれない。


 んでもって力もその操り方も覚えてから、いよいよ本来の敵である魔族と戦い、その次に四天王、その次に魔王……っていうステップを踏んでいくのがいつもの魔王期と勇者の流れだったんだろうけども。そこへザリークやらアンちゃんやらスタンギルやら、まだ出張る番じゃない連中が好き勝手に割り込んでくるからえらい目に遭っちゃったよ。


「第二の試練はコマレたちの手を下すところなんてほぼなかったですもんね。ハルコさんに至っては第一の試練もまともに受けていないことになりますし、これで本当に女神が与えた試練を攻略できたと言えるのかちょっと不安ですね」

「いやー、それでいちゃもん付けられてもそんなこと知らんよって感じ。私たちはただ言われた通りに頑張ってるだけなんだからさ、そこは試練を考えてる女神の責任っしょ?」


 私がロウジアで山から落っこちたのも、エルフタウンで穴ノールのついでにスタンギルの居場所まで運ばれたのも、私自身にはどうしようもなかった不可抗力だ。それで本来の試練からは外れた内容になっちゃったと言っても悔やむ気持ちなんてさらさらない。ヤバいとこを試練の地にした女神が悪いよ女神が。


「そもそも、ハルコの脱線もおそらく織り込み済み。でないとロウジアもエルフタウンも、今頃は滅んでいる。そうならなかったのは女神が選定して私たちを向かわせたから。偶然だとは思えない」

「むう……それはそうだけどさ」


 そこまで女神が想定していて、私が……私じゃなくても私たちの誰かが絶体絶命のピンチに陥ることも見越していたっていうなら、それはそれでムカつくわけで。


 結局のところ女神の掌の上っていう状況なのが私にとってはイヤーな気分にさせるんだよな。まあ、それに従わないとこの世界が大変なことになってしまうからには、どんなに嫌でも従いますけども。


 でもそれは女神に屈したんじゃなく、あくまでこの世界を、ひいてはこの世界に住むこれまで出会った全ての人たちを守るためであることをここに強調しておきたい。あぁ、あとは自分が無事に元の世界に帰るためでもあるよ、当然。


「あ、出口が見えてきたよ~」

「おお、ホントだ」


 やっと地上に出られる。そう思うとドッと疲れが出て急激に眠気がやってきたけど、ええい気をしっかり持て私。ここまで意識を失わずにやってきたんだから最後まで自分の足で歩くのだ。毎回毎回試練の終わりに気絶してたんじゃかっこがつかないからね。


 地下水道を出れば、そこで控えていたギルド職員たちが私たち五人の帰還を手放しで喜んでくれた。毛布と水分補給用のボトルを恭しく渡されて、それでようやく試練が終わったんだということを実感できた。


 はー、大変だったけど今回は魔族の乱入とかもなくて良かった。これで心置きなく専用装備とやらを受け取りにドワーフタウンに向かえるぞ。


 ……という私の甘い考えは、盛大なフラグになってしまった。



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