91 消費が荒い荒い
もしも他のところの女王まで大口テッソと合体してたりしたら……それで他のテッソとか、もしくは複数の女王とかと一緒に囲まれでもしていたら、いくら皆が強いって言っても苦戦を強いられているかもしれない。
小型通信機であるケイフスを運悪く壊されてしまった私は誰の状況も把握できなくなっているので、ひょっとしたらそういうことになっている可能性を否定しきれない。
とくれば、体がボロボロだろうがなんだろうがまだひと息つくわけにはいかないだろう。
「よっ、こらせっと。うぬぬ、体の重いことったら」
立ち上がったはいいが、さてどうしたものか。こんなにガタガタの状態で皆を助けに行っていいものか。救援のつもりで向かって足を引っ張ったりしたら洒落にならない……かと言って来た道を戻って地下水道の出入り口を見張ってくれているギルド職員と合流、病院に連れていってもらって治療を受けてまた再突入。なんてのもあまりに悠長だ。
いかに私が体質(?)的に治癒術の効果がバリバリに作用すると言っても、行って戻ってとやっている間に戦いは終わってしまうだろう。それじゃ傷を治して復調してもなんの意味もない。
うーん、せめて傷口だけでも塞げたらなぁ。魔力と鎧糸を包帯代わりにしてはいるものの完璧ではない。女王テッソにしこたまやられたせいで深くはないが全身のいたる所に穴が開いてしまっているために、ちょっと血が流れ過ぎているのだ。これを放っておくとマジで失血死の恐れも出てくる。
魔力の自己治癒でもすぐに傷口をなくすなんて無理だもんな。ここでしばらく回復に専念したとしても大したことはできないだろう……コマレちゃんくらいの魔力量があればまた話も変わってくるかもだけど、私じゃあね。
って、そうか。コマレちゃんの魔力を借りればいいじゃないか。私にはその手段がある。
魔蓄の指輪の残存魔力はだいぶ目減りしてしまっているが、まだ空っぽにはなっていない。この魔力を使って止血だけでもきっちりとやっておこう。これ以上血が出ていかず、また少しでも傷が癒えてくれるなら少しくらいはまともに動けるようになるはず……なったらいいな。なってくれ、頼むから。
祈るような気持ちで戦闘終了と共にオフにしていた指輪を再起動。いつもなら全身を活性させるイメージで自分の魔力に上乗せするところを、ちょっと変える。魔力の作用が肉体の動作性の向上よりも傷口の修復にかかるようにして──お、いい感じ。もう少し手間取るかと思ったけど魔力はうまい具合に私が想像した通りに流れてくれている。
これでほんのちょっとでもいいからダメージがマシになってくれたら……という私の願いは、良い意味で裏切られた。
「お、ぉおお!?」
止血どころではなく、みるみると傷が塞がっていく。刺し傷から掠り傷まで大小関係なく、コマレちゃんの魔力によって丸ごと治っていく。こ、こんなに劇的な効果があるとは露とも思っていなかった。自分でやっておきながら唖然としてしまう。
けどこれ、魔力の消費が荒い荒い。あっという間に体から傷がなくなったけど、魔蓄の指輪もすっかりとすっからかんになってしまった。そして傷は消えても痛みまではなくなっていないし、疲労も据え置き。そして流れ出た血が帰ってきたわけでもない。
むう、思いの外に本格的な治療ができたのはラッキーだったけど、やっぱり本物の治癒術みたいにはいかないってことか。アリシアさんの治癒術を受けたときは、もっと重傷だったのがちょっと眠ってる間に完治してたんだもんな。痛みとかも一切残ってなかった。穴だけ塞がるのとは効果の程がてんで違う。
でもまあ、失血死の心配をしなくて済むってだけでも大助かりだ。代償として魔力ブーストはもうできないけど、それは致し方ない。あとは攻魔の腕輪とミニちゃんを頼りに頑張るしかないな。腕輪は残弾が少なくて、ミニちゃんは少し疲れている様子なのが気になるけど……なんとかなるっしょ。そう信じるったら信じるのだ。
ということで、無事動けるようになったからには地上へ戻ることなく地下水道の探索続行を決断。一応は不意打ちを警戒して聴力強化イヤリングを弾いて機能をオンにしつつ、ルート通りに進んでいく。
テッソ、女王テッソ、大口&女王テッソとの連戦でだいぶ後ろに戻されてしまった。同じ道を進み直しとなるとうっかりと気も抜けてしまいそうになるが、女王や大口が倒されたからといって子分である通常個体のテッソたちが大人しくなるとは限らない……いやむしろ敵討ちに燃えてますます危険な存在になるかもしれない。
今のコンディションでそんな群れに機先を取られてしまったら、マジでヤバい。だから聴力を上げてテッソの足音みたいな微かな物音も聞き逃さないようにし、キョロキョロとひっきりなしに周囲の様子を確認して、精一杯慎重に進んでいるわけだが──何も来ないし、起きないな? めちゃくちゃ平穏だ。
あれー? 大口が出てくるまではうじゃうじゃとテッソが進路を妨害してきてたっていうのに、それがとんと止むなんて。まるで上位個体が死んで大人しくなるどころか通常個体までまとめて命を落としたみたい。それくらいに地下水道は静かで、汚水の流れる音しかしない。
マジでテッソ、全滅したのかな。そんなことある? まあ魔物なんて多かれ少なかれ不思議な力と生態を持っているものらしいから、絶対にないとは言えないか。女王は通常テッソを明らかに子分として使役していたし、その女王すらも大口によって操られていたわけで。さすがに共倒れまではしていなくても上司(?)の死が一斉に全個体に伝わって、一斉に逃げ出したとかなら考えられるかも。
もしもそうなら今頃街は大変になっている。ギルド職員が私たちの取り逃がしに備えて待ち構えているのはあくまでも女王とそれを守る親衛隊だ。これがテッソだけで地下水道から逃げ出すとなれば、人も通れる用水路みたいな大きな出入り口を使う必要はなく、小さなパイプを通って街中のいたるところから姿を現すことになるだろう。
一匹一匹は大したことのない、それこそゴブリンとかスライムみたいなこの世界の基準では「子どもでも倒せる」レベルの魔物だとはいえ、それがいっぺんに足元から出てくるとなったら混乱は必至だ。
皆と合流して互いの無事を確かめたらすぐに地上へ戻ってテッソ狩りに勤しむ必要があるか──と、思考を巡らせながら足を速めたところではたと気付く。そうだった、女王は私が倒したものだけじゃないんだ。まさに皆が他の女王と交戦していて、だからこそ無理をしてでもおっとり刀で駆け付けようとしているところだってのに。その前提を忘れてしまっていた。
いかんね、どうも血が足りてないせいか動きだけじゃなく思考力までかなり鈍ってる感じがする。ただでさえ出来の良くない頭だってのに、これはマズいぞ。ちゃんと戦えるのか不安になってきた。
だからって今更引き返すことはしないけど──ん? 強化した耳が初めて自分以外の物音を拾った。これは、向こうから誰かが走ってくる足音? それも一人じゃない。ってことは。
「皆! 良かった、女王は倒したんだ」
思った通り、通路の向こうから四人が揃って姿を見せた。この先が元々の合流地点だったから、きっとそこで集合して唯一不在の私が担当のルートを選んで進んできたんだろう。
と、私は全員の無事にホッとするばかりだったが、皆は私を見て顔色を悪くさせている。それはもう、薄暗い地下水道でも一目瞭然なくらいに。
ど、どうしたんだ?
「どうしたも何も血だらけじゃないですか、ハルコさん! い、急いで治療しないと……!」
「あ、なるほど」
ズタズタかつ真っ赤っかになってる自分の服装を見下ろして、私は深く納得した。




