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90 知能なんて必要ない

 動いたのは同時だった。起こり・・・を直感で読んだ私は女王が地を蹴った際には既に跳び上がって空中にいた。最短距離を突進で詰める女王の上を再び取る。そして左手から伸ばした糸で地下水道の天井を掴み、そのまま移動する──というのを、今度は女王も。いやさ女王を操っている大口テッソも読んでいたんだろう。


「ギッチュィァ!」


 私に背を向けた、前に突っ込もうとしている姿勢のままで腕の一本が信じられない角度で曲がり、攻撃を仕掛けてきた。おいこら大口、これ絶対に骨格的にあり得ない方向に無理矢理曲げてんだろ。いくらなんでも女王が可哀想すぎるぞ。


 なんて文句を冷静に付けられるのは、私だって二度同じことをすれば対応されるとわかっていたから。つまり読まれることを読んでいたからだ。


「ぃよっと!」


 天井を掴んだ糸でやりたかったのはさっきの再現じゃない。つまり反対側の通路へ避難するためではなく、もう一度女王の上を取ることそれ自体が目的だった。なので糸を縮めて移動したりせず、むしろ私はその位置で身を捻って停止。体にかかる慣性を糸を頼りに押し留めた。


 生意気にも私の移動する先へ偏差射撃のように伸ばされた女王の腕は何も掴まず。そして私は攻撃を外した隙を晒している女王の真上という絶好のポジションへつくことに成功した。だけどここから攻めたって結果はさっきと同じになる。だから私は足からも糸を伸ばしているのだ。


 それが繋ぐ先は、女王の体。


「縮め!」


 天井の糸を解きつつ女王と私を結ぶ一本を最高速で収縮させる。そうはさせじと素早い反応で続け様に繰り出された二本目の腕を掻い潜りながら、私はなんとか女王の背中に張り付くことができた。


 うっ、ヌメヌメは触れるといっそうにヌメヌメしてる。何度も汚水に塗れたせいか、それとも元々の体臭がそうなのか刺激臭みたいなのが鼻について辛い。けどそんなことに構ってはいられない。


 ここから一気に勝負をつけなくては!


「ギィッチュイィ!」

「おぉおお!」


 背に密着していても案の定、攻撃が襲ってきた。もう関節の可動域なんて知ったことではないとばかりに四つの腕が引っ切りなしに叩いてくるし、尻尾も強烈に私を打ちまくる。っくぅ、背後についてこれだったら真正面から行ってたらもっと惨いことになってたな。もう一回頭上を取るのにチャレンジしてみた判断は正しかった──が、それでも女王の手数の凄まじさは相変わらず。いくら鎧糸で最低限守っていると言っても私には充分な脅威である。


 爪や尻尾の先に何度も突き刺されながら、大きな手に押し潰されながら、私は必至に背中を登って目的地を目指す。それ即ち、女王の頭部。そこに噛み付いてしがみ付いている大口テッソを直に叩ける位置のことだ。


「ギイィイッチュゥッ!!」


 私が何をしようとしているのか大口テッソにはわかっているんだろう。どれだけ攻撃を加えても私を落とせないことに焦燥を抱いている。女王の咆哮めいた鳴き声がそれを私に教えてくれた。


 そして、辿り着く。僅か一メートルにも満たない移動距離が果てしなく遠く長く感じたけど、どうにか登りきれた。大口テッソは目の前だ。奴は前を向いていて対面しているわけじゃないけど、その紅い大きな目玉が確かにこちらを捉えている。真後ろで攻撃態勢に入っている私を憎々しげに見つめている。


 大口テッソはどうするか。女王から離脱して自分だけでも逃げるか、もしくは私が攻めるためにより無防備になった瞬間を狙って更に攻撃を加えてくるか。どちらを選ぼうとも構わない。逃げるなら女王だけでも確実に仕留め、それから一匹になった大口テッソを改めて潰すだけ。迎撃を続行するならもっと簡単だ──覚悟はもう済ませてある。たとえここでどんなに痛烈な一撃を受けようとも。たとえそれが一撃じゃ利かず二発三発と続けて打ちのめされようとも。


 止まるつもりはない。鞭糸を食らおうが強行してきた女王に倣って私だって怯みはしない。絶対に、この攻撃は通す。


 斬糸用の硬い糸で形成したフレームに沿ってミニちゃんが形を作り、私の右手には黒い鈍色の刃が出来上がる。もちろん魔蓄の指輪の魔力ブーストは全開のまま、パワー手袋だってオンにして、全力全開。の、下段突きをお見舞いしてやるのだ。


「ギィッッチュァ!」


 来た。大口テッソは逃げず、迎撃を選んだ。これまでとにかく我武者羅に連打してくるだけだった四つの腕と尻尾が、まったく同時に私を襲った。一際に力を込めての全力攻撃。それで戦いを終わらせようとしているのは大口テッソも同じようだった。


 ……やっぱり私ってばネズミ型の魔物と同程度の頭してる? いや違うな、戦闘のセオリーは種族関係なく共通している。一個の敵を倒すことだけを考えるのに大して知能なんて必要ないんだ。私もテッソたちも互いにベストを尽くしているだけ。あとはどっちが相手のベストを上回るか、それだけ……!


 血反吐を吐きながらも私は笑った。


「私の……勝ちだっ!!」


 全身血塗れの苦痛塗れだが、意識はしっかりしている。手足にも力が入る。攻撃に支障はまったくない。だったらOK。私は上体の体重も乗せて力いっぱいの拳を……拳から生えた鋭い刃を、大口テッソの体へと突き刺した。


「ギッ、ッチュァィイイイイイイッ!」


 耳をつんざく金切り声。それは女王の口から上がったものだけど、間違いなく大口テッソの悲鳴だった。刃は大口テッソの体を貫通して女王の頭部にまで届いているはずだが、女王は死なずに激しくもがく。


 私を振り落とそうと躍起になっているのか、ただ大口テッソの苦しみが反映されているだけかは知らないが、いずれにしろやはり女王は操作されている限りどんな傷を負おうと関係なく動き続けるんだろう。脳に刃が突き刺さっても死なないってことはそういうことだ。


 薄々察しはついていたから驚くようなことじゃない。


「だからこれで終わらせるっ! ミニちゃん!」


 呼ぶまでもなくミニちゃんは既に形を変えていた。大口テッソと女王に突き刺さったままで刃から筒状に。こういうこともできるならミニちゃんを大きく膨らませるか四方八方に尖らせるかすればそれでも決着が付きそうだが、もっと確実に二体まとめて処理できる方法が私の手にはある。


 正確には、私の右手首に。


「攻魔の腕輪──全開出力! ぶっ飛べぇ!!」


 バングルから発せられた強大な魔力は、発射口になってくれているミニちゃんを介して下方へ一直線に発射された。これならいたずらに被害も広がらない、はず。その期待通りに出力は高くても範囲が絞られた闇の魔力がまず大口テッソを丸飲みにして、それから女王の頭と胴体も包み込み、圧倒的な力で破壊していく。


 それでいい。女王を終わらせるにはこうするしかない。大口テッソごともう操れないくらいに徹底的に壊すしか──。


「うっ、ツ」


 撃った反動と、足場にしている女王の体の崩壊によって私は落下。またしても尻から通路に落ちて、その衝撃がボロボロになった全身に響いたことで呻く。き、きつい。これ思った以上にやられてんな、私。よくトドメの攻撃ができたもんだよ、今なんてぜんぜん体に力が入らないのに。


「ああいや、だいじょうぶだよ。ミニちゃんもありがとね、助かった」


 左手首の定位置に戻ったミニちゃんがなんとなく気遣わしげに思えたので、そう言って撫でておく。なんかシズキちゃんから借りてるものだからかつい彼女にやるみたいなことをしちゃうな。でも、嬉しそうな気配が伝わってくる気がするので悪いってこともないんだろう。


「げほっ、ごほっ……あー、しんど」


 でも、勝った。おそらくは女王よりも上の個体だと思われる大口も倒したことだし、最後の女神の試練はクリアしたってことでいいのかな?


「みんなも無事だといーんだけど。……まさか、他のとこにも大口がいたりしないよね」


 や、普通にいてもおかしくないな。だってあの女神が宛がった試練なんだもの。

 私はため息をついた。



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