87 大口
え、は?
なんでシズキちゃんとこにも女王がいるの?
てかそっちに女王がいるなら私の目の前で宙吊りになってるこいつはいったいなんなの……?
「シズキちゃん、そいつどんな見た目?」
『え、えっと……大きくて、足が六本あって、全部長いです……ぜんぜんネズミじゃない……』
一緒だ。外見の特徴は私が捕らえたのとまったく一緒。いやホントにまったく一緒なのかは実際に見比べてみないことにはなんとも言えないけど、少なくとも一番目につく部分が重なっているのは間違いない。
「ヌメヌメしてる?」
『ヌメヌメしてます……ひぅ、こっち見た』
ヌメヌメまでしてるのならもう確定と言っていい。通常個体のテッソはテカりこそあってもヌメりはないもの。それもまた女王だけのわかりやすい特徴だ。
『あの……コマレも女王らしき個体を発見しました』
「えっ?」
『にゃは、ウチも見つけちゃったー。場所はルートの終わりくらいかな?』
「えぇ?」
次々と発見報告が舞い込んできて頭がパンクしそうになる。
いや待ってくれ、マジでどうなってんの? こいつ以外に女王が三体もいるっての? なんだそれ……テッソに女王がいたとしてもひとつの群れには一体が限度でしょうが。
街頭人さんやギルド職員、それにバーミンちゃんだって女王が複数体いることの危惧なんかしてなかったぞ。当然のように一体想定で話を進めていたし、私たちもそこに疑問を持つことなんてなかった。
そりゃそうだ、唯一のトップだからこその女王個体だ。それが何体もいたんじゃもはや女王じゃない。君臨ができない。……ってことは、まさか。
女王以上の個体がいる、とか?
『位置が近い。私はシズキの援護に向かう。ハルコの戦況は?』
考え込みかけたところをカザリちゃんの言葉で我に返る。そうだ、今は悠長に呆けている場合じゃないぞ。とにかく女王を倒して一旦は皆で合流することを目指したほうがいい。
女王の発見からの交戦、そして排除。っていう流れ自体は思い描いていた通りであり順調とも言えるけど、実態としては不測の事態に陥っている。ケイフス越しじゃなく直に顔を合わせて再度のブリーフィングが必要だろう。……現地&敵地のど真ん中で作戦会議をやり直すのも悠長と言えば悠長かもしれないけど、安全確保のためにも今は戦力を集中させたいところだ。
「私なら大丈夫、女王にはもうトドメを刺すだけ。シズキちゃんのことよろしくね」
『了解』
『コマレも女王との戦闘に入ります、しばらく返事はできないかもです』
『ウチも~』
シズキちゃんは既に戦っているんだろう、薄っすらと戦闘音らしきものが聞こえている。そしてその音が増えた。コマレちゃんとナゴミちゃんも宣言通り戦い始めたんだ。
私も早いとこ始末を付けよう、と女王に目をやれば。
「は……?」
女王を捕えている糸とミニちゃんが入り組んだ網。それを宙に吊っている何本もの糸の一本……その根元となる天井に「そいつ」はいた。
女王よりはまだネズミに近しいフォルムとサイズ感をした、けれど通常個体のテッソではないとはっきり言い切れる異様を持った謎のテッソ。そいつはムカデよろしく身体から数え切れないだけの細い脚を生やしていて、女王よりも赤い、紅い目でこちらを見下ろしてきていて。そして。
目が合った、と思ったときにはもう眼前にいた。
「ッ!」
全ての脚を広げて私の頭部目掛けて飛びかかってきたそいつを、反射でなんとか躱す。ギリギリになったせいで脚に耳が掠り、少しの痛み。そして運悪くそちらにケイフスを付けていたために外れて、地面に強く打ち付けられた。
ケイフスが砕けるのと同時にビタッ、と湿り気を感じさせる音を立ててそいつが着地する。脚が多いだけに安定感は抜群みたいだ。私は顔をしかめつつ少しの距離を取って、新たな糸の用意をしながら態勢を整える。
耳はたぶん少し切れているし、魔術師ギルドからの預かり物であるケイフスを壊してしまったのも(皆と連絡が取れなくなるのとギルドへの弁償とで)二重の意味で痛いけれども、顔面で奴を受け止めずに済んだのはラッキーだと思っておくべきだろうな。あんなとんでもない数の脚で抱き着かれたらどうなることやら。糸やミニちゃんで対抗しても、引き剥がすよりも先に噛み付かれて顔を食われていても何もおかしくなかった。
だってこいつの口、めちゃくちゃ大きいんだもの。喉から腹にかけて牙がぎっしり生えているのが飛びかかってきたときに見えちゃった。
いや怖いって! 女王とはまた違ったタイプではあるけど、こいつもめちゃくちゃエイリアンじゃん! 魔物だからってここまで造形が恐ろしくなるもんなの? 生物としてどうなのその口は。何を食べるためにそんな大口に進化しちゃったんだよ。
謎のテッソ改め大口テッソはしゃかしゃかと無数の脚を蠢かせて地面を滑るみたいに移動し、そして地下水道の壁を登っていく。うっ、地面と壁の移動速度が変わらない。数センチくらい浮いてホバーしてるのかってくらいに滑らかな動き方だ。その速度を実現させるためであろう忙しない脚の使い方がマジでキモい。見ているだけで生理的な嫌悪感が次から次に湧いてくる。
それにしても、すぐにまた私へ向かってくるかと思えばそうじゃないんだな。壁を伝うことで一度高度を稼いで再び高い位置から飛びつき攻撃をしようという目論見だろうか? だけどそうとわかっていたら私もそれなりの対応をするだけだ。
大口テッソが天井にまで到達する間に、奴を捕らえるつもりで伸ばした糸の目的を変更。女王を捕獲している網の補強としてその糸を巻き付けつつ、ミニちゃんに戻ってくるように念じる。
するとミニちゃんはやはり機敏に反応し、しゅるりと体積を小さくさせたかと思えば──本体のショーちゃんも含めて何度見てもすごいな、この物理も何もあったものじゃない能力──ぽんっ、と軽やかに跳躍して私の左手首という彼(?)の定位置へと収まった。形はもちろんいつものバングル状態になってる。
よしっ、これでばっちりだ。さっきは不意を突かれて反応が遅れたけど、大口テッソの動きは素早くとも対処しきれないほどじゃない。魔蓄の指輪でブーストをかけている今の私なら落ち着いていれば充分に捉えられる。
あれだけ脚があるからには引っ付かれたら通常のテッソの比じゃない厄介さだろうけど、そうなる前に女王テッソみたいに糸とミニちゃんで拘束してしまえばそれでオッケー。女王よりも体格がずっと小さいぶん、一度網の範囲に入れたならミニちゃんの助けすらも要らずに身動きを完全に封じられることだろう。
ま、万全を期すためにもミニちゃんの力を借りる気満々ですけどね。脚が多いとか口が大きいとか、見た目でわかる武器以外にも何かしら予想外の強みってものを大口テッソが発揮してこないとも限らないし。そういう万が一にも備えておくのは大事だろう。
本音を言えばそこまで冷静に考えたっていうより、大口テッソがキモ過ぎてミニちゃんなしじゃ戦いたくなかっただけってのが正しいかもしれないが。なんにせよ私を中心に糸もある程度伸ばした。大口テッソは紅い目をギロギロとこちらに向けながらなおも天井を走り続けているけど、どのタイミングで降りかかってきても大丈夫。
準備は万端、いつでも来い!
と、身構える私を嘲笑うように大口テッソはささっと私の頭上を通り過ぎていって。
「え? ……はあ!?」
捕まってる女王テッソの網の糸を伝い、隙間が大きい部分から体を押し込むようにしてその中へ入っていった。自分から捕まりにいくのか、と困惑するのも束の間。大口テッソが女王テッソの頭頂部へと盛大に噛み付いたのを見て、今度こそ私は最大級の困惑に見舞われた。




