83 魔鼠狩り
魔鼠狩りの朝だ。バーミンちゃんに見送られてホテルを出た私たちは、昨日の打ち合わせ通りにまずは役場に向かい、そこで作戦決行前のブリーフィングを行った。
なんでも地下水道は広いものの、これまでの駆除活動からテッソが主な繁殖域としているエリアは概ね絞り込めており、そのどこかに女王もいるはずとのことだった。「はず」というのが気になるけど、テッソの増え方からして確実にいるのはずの女王の姿をまだ誰も直接には確認できていないせいで、役人さんたちもこういう言い方しかできないようだった。
「女王の知覚は鋭く、頭も通常のテッソよりも回ります。私たちがどこから地下水道へ降りてもすぐにそれを察知し、発見されないように逃げ回っているのでしょう」
そして魔術師ギルドや魔闘士ギルドの職員も、テッソならともかくそれを率いる女王となると迂闊に戦闘には入れない。
本部または大きな支部から支援を受けるか、あるいは選兵団を派遣してもらうか。そのどちらかを選ぶしかない、というところで街頭人さんがお告げを受けたものだから、それ以降はテッソが増え過ぎないように間引き目的の駆除だけを行いつつ私たち勇者の来訪を待っていた、とのことだった。
「私たちも、ただ地下水道へ降りるだけでは女王に逃げ回られるだけになる。でも大まかにでも居場所が絞れているなら……囲い込みができる」
「まさしく。勇者の皆様にはそのエリアの大きな入口である五カ所の地点からそれぞれ地下水道へ入ってもらって、女王の逃げ場をなくしてほしいのです」
女王は体が大きい、が故に、テッソならば通れる小さな道を通れない。逃げ道が限られているのならその全てを逃げ道でなくさせてやればいい──けど、そのためには私たちが分散する必要がある。ちょっと危険じゃなかろうか、と皆で顔を見合わせる。
「このエリアの大きな出入り口はちょうど五つ……私たちの頭数とぴったりって、ヤな感じじゃない? おもっきし女神の計らいだよねこれ」
「そうでしょうね。ですがそれに乗らない選択肢はないのでは? 試練である以上は街の人たちの手を借りることなんてできませんし……借りたとして、コマレたち以外のルートへ女王が逃げたら大変なことになります」
「被害が出ちゃうよね~。じゃあ、やるしかない?」
やるしかなさそうだった。
五人の内の誰か一人は逃走を図る女王と出くわすことになり、そしてそのまま逃がすわけにもいかないので他の四人が駆けつけるまでは単独戦闘を強いられる。女王はギルド職員でも数人程度では相手をしたくないほどガチで手強い相手みたいなので、地の利がテッソ側にあることも含めてかなりタフな任務だ。
でもこれが試練だというなら私たちは挑むしかない。まったく、勇者やってくのって難儀だね。もっと街の人とがっつり協力して事に当たれたらこんな苦労しなくて済むってのにさ。
「これが地下水道の全体図です。そして昨日もお伝えした通り、この部分がテッソの主な繁殖域。なので皆様にはここと、ここ。それからこことここ、ここ。この五カ所から入ってエリアの奥を目指してもらいたく」
ギルド職員の一人が地下隧道の地図を広げて赤ペンで印をつけてわかりやすく教えてくれる。私たちはテーブルを覗き込みながらそれぞれの配置を決めた。決めた、と言っても別に何かしら判断材料があったわけじゃなくてテキトーなんだけどね。
強いて言うなら一番体力のないシズキちゃんを短めのルートにしたくらい? まあそれも誤差でしかないし、問題なのは道の長さよりも女王がどこにいるか、そしてどのルートを逃げ道に選ぶかなんだけどね。
「私どもは各入口の外でテッソの氾濫に備えます。街のことはどうぞお気になさらず女王討伐に注力してください」
私たちの討ち漏らしには対応する、と職員の人たちは頼もしいことを言ってくれた。女王さえ倒せれば試練はクリアで、通常個体のテッソの退治は「可能な限り」でいい……とはいえ見逃したり仕留め損ねたテッソが地下水道から出て住民たちに危害を加えたらと思うとおめおめと逃してはおけないところだった。
でもそれを見越して職員たちが蓋の役割を担ってくれるというのなら、ありがたい。これで心置きなく女王を討ち取りに行けるってものだ。
「それじゃ行きますか! 皆、がんばろー!」
おー、と四人はそれぞれのやり方とテンションで発破に応えてくれて、そして私たちは各々の持ち場へと向かって別れることになった。
魔術師ギルドが貸してくれた小型通信機、通称『ケイフス』を耳に嵌めて地下水道の入口前に立つ。用水路を下った先にあるそれはまさに都市内の洞窟。一歩踏み入れば迷宮のダンジョンも同然だ。虫とかネズミだけじゃなく魔物もしっかりといることだしね。
『あ、あー。マイクテスマイクテス。こちらコマレ、皆さん聞こえていますか? 順番に返事をどうぞ』
「こちらハルコ、聞き取り良好でーす」
『こ、こちらシズキ。同じく良好、です』
『こちらナゴミ~、聞こえてま~す』
『こちらカザリ。問題なし』
『誰の声も漏れてませんね? ……なら、いいでしょう。これより女王テッソ討伐作戦、開始します!』
ボックス型の通信機とは違って一定の範囲内の、それも波長(?)を合わせた機器だけに限定されるとはいえ、こうやって離れていても傍にいるみたいにやり取りできるのはとても便利だ。なくした(女神に奪われた)ケータイが懐かしくなってやるせなくなるというデメリットもあれど、それを我慢してでも使う価値はアリアリだった。
普通のケータイだと地下に潜ったりすると電波が悪くなったりするけど、範囲内でさえあればケイフスにはそういう通信障害的なのは起こらないみたいなので──ただし魔術による妨害となると別だと貸してくれたギルド職員は言っていた──その点に関してはケータイよりも優れものとも言えるね。耳にかけてるだけでいいから手が空くし、操作の手間とかもないし。
てことで準備万端に五人で足並みを揃えて突入。背中にかけられる職員の人たちからの声援に手を上げて応じつつ地下水道の内部へと踏み入っていく。
「う。臭い……」
用水路に降りた時点で臭気はしていたけど、あそこはまだ開けていたからそこまで臭いもこもっていなかった。でも、一度地下に入ってしまうととんでもない。ちょっと目が痛くなるくらいの悪臭がする……げ、下水道ってこんなに臭くて汚いんだな。勉強になったよ。
通路の間を流れる汚水から視線を逸らしつつ、見せてもらった地図を思い出して先へ進む。まあ入り組んで感じるのは汚水を集約させるためのパイプだとかガス抜き用の穴だとか、人が通るには狭すぎる道とも言えない道を含めてのこと。私たち、あるいは女王テッソが無理なく通れるくらいの広さがある通路だけに限れば迷う余地もないくらいには簡単な構造に化ける。
私が進むべきルートにも複雑さはない。ほとんど道なりに行けばいいだけだ。途中には十字路とかもあったけど左右は狭まっていくだけの行き止まりも同じ、ここは直進でいい。そうやって奥を目指していると。
「! テッソ発見、けっこー多い。六匹……いや七匹!」
横合いの小さな通路からぞろぞろと出てきたそれは、なるほどネズミっぽい。けどネズミとは明らかに違う、光沢のある硬そうな銀色ボディをした四足の獣だった。顔付き、というか目付きもギラギラしていて一目見て魔物のそれだとわかる。
日中なら積極的に人を襲ったりはしないと聞いていたけど、こうしてみるとゴブリンとかトロールと何も変わりないな……血走り過ぎて真っ赤になってるこの瞳の不気味さは。
ギチュッ、とテッソが私を見て鳴いた。




