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81 トラウヴ

 ふたつほど小さな街を素通りし、日暮れギリギリにキャンプ地に到着。まだ前の利用者が使った痕跡も新しいそこで、私たちは火を焚いてテントを張って保存食を食べる。いつも通りの手順、もう慣れたものだ。ていうか魔道具が便利過ぎて手間とかないから当然なんだけど。


 歯磨きパウダーを使って口をゆすいで、明日も早いからもう寝ようか……というところでシズキちゃんに声をかけられた。


「あの、ハルコさん。遅くなっちゃってごめんなさい……」

「え? 遅くなったってなんのこと──って、ああ! ミニちゃんか」


 おずおずと差し出された銀色のバングルを見て察する。これはシズキちゃんの相棒であるショーちゃんの一部、通称ミニちゃんだ。アンちゃんとの戦いからこっち、シズキちゃんに預け直して調整? とやらを施してもらっていたんだけど、それがとうとう終わったようだ。


「わ、わたしがもっと早くできていれば、ハルコさんの助けになれたのに……」

「エルフタウンでのこと? そんなの気にしないでいいって、次の試練に間に合っただけ大助かりなんだから」


 まあ確かにミニちゃんの力も借りられたなら、スタンギル戦で負う怪我も少しは減らせたのかもしれないけど……でもそれも誤差くらいにしかならない気もするしね。結局死闘になったのは間違いないはず。


 なんにしろシズキちゃんが責任を感じるようなことではないとだけ念を押しておいて、ありがたくミニちゃんを装着する。サイズ感は攻魔の腕輪とほぼ同じくらい……だったと記憶しているんだけど、なんかちょっとだけ身幅が大きくなってる気もするな。それに、重量も増しているような。


「あれ? よく考えたら色もこんなにぱきっとした銀色じゃなかったよね。もっと黒っぽい鈍色だったと思うんだけど……これって調整の結果?」

「は、はい。もっと丈夫になるように、してみました。それに、変形も早くなるように……した、つもりです」


 ほへー、より頑丈に、より素早くなったと。前のままで充分に硬くて変形も早かったと記憶しているんだけど、シズキちゃん的には不足だったようだ。アンちゃんの拳を受けて調子を悪くしたっていうのがよっぽど悔しかったんだな。


 仮にも魔王その人の一撃を防いでおきながらそれだけで満足しないとは、こう見えてシズキちゃん、とても向上心がある子だ。いつかビッグな女になることを夢見ている私も大いに見習わなければならないだろう。


「あの、つけごこちとかは、どうですか? 前のほうが合ってたとか……」

「いや全然。感触は違うけどどっちがいいとか悪いとかは特にないかな。こっちもしっくり来てるよ」

「そ、そうですか。よかった……」


 ほっとしたように笑う。シズキちゃんが嬉しそうで私も嬉しいよ。日を追うごとに彼女の笑顔が見られる機会も増えている気がするので、それも含めてね。


「次の試練でさっそく頼らせてもらっちゃおうかな」

「は、はい! 是非そうしてください」


 というわけでミニちゃんというお助けアイテムが復活して、翌日。日の出とともに動き出した私たちはまだ日光が周囲を温め切らない内から馬を走らせて出発。またいくつかの街を素通りして、正午をだいぶ回ってからようやく目的地であるトラウヴ──最後の試練が待つ街へと辿り着いた。


 まずは馬車組合に馬と馬車を返して、それじゃあ試練の内容を知っているはずの市長さん(街頭人と呼ぶみたい。これは王城に連なる人以外を指す呼び方だそうだ。ちょっとよくわからない)に会いに行こう……とする前に、腹ごしらえから先にすることにした。


 朝も軽く済ませた私たちはそれから十時間ほど走り通しでお腹がペコペコ、いやさベコベコになっている。これじゃあ何か物を入れないことには何もできやしない。主に私とナゴミちゃんがね。


 バーミンちゃんもトラウヴには訪れたことがなく食事処も存じない、ということで皆で軽く話し合いながら大きな通りを少し歩いたけど、私なんかはもう空腹が過ぎて会話があまり頭に入ってこない。それを見かねたコマレちゃんがもうここでいいでしょう、と指差したのは外観の綺麗なイイ感じのレストラン。


 ここでいい、ここがいいよと一も二もなく賛同した私とナゴミちゃんで先陣切って突入。外観に負けず劣らず内装も凝ったそのレストランは、これがもう大当たり。店の雰囲気にそぐわず料理にはボリュームがありつつ、味が絶品。これだとランチタイムとかめっちゃ混みそうだな。こんな半端な時間でも少なくないお客さんがいるし、昼時を過ぎていたのはかえってラッキーだったかも。


 ミートボール並みにでかい挽き肉がででんと乗ってるグラタンみたいな料理トスタッシというらしいをカザリちゃんと分け合って食べていると、やっぱり一足先に自分のぶんを食べ終えたバーミンちゃんがお水で締めてから一言。


「街頭人さんのとこまで案内したら、自分はそこで別れて宿の用意をしておくっす」

「バーミンちゃんは街頭人さんと会わないの~?」


 魚のほぐし身と野菜が散りばめられたパスタ(ソルネールって料理だ……覚えられない)をフォークに巻き付けながらナゴミちゃんが訊ねる。それにバーミンちゃんは頷いて。


「お恥ずかしい話っすけど、自分ちょっと疲れがひどくて……ご一緒しても案内人として力になれることはないと思うんで、先に宿で休ませてもらってもいいっすか?」


 あー、と皆で納得する。


 そりゃそうだよね、ただ乗ってるだけでもこんなに体がガタガタになってるんだから走らせているバーミンちゃんはもっとだろう。ロウジアからここまでの長い距離の運転を一人で担ってきている、とくれば疲労の蓄積がとんでもないことになってるはずだ。


「半分とはいえ獣人の血を引いてるはずなのに情けない限りっす……でもたとえ自分が純粋な獣人だったとしても勇者の皆さんと同じようにとはいかなかったと思うっすから、どうかご容赦くださいっす」

「そんなに畏まらないでくださいバーミンさん。コマレたちこそ、あなたへの配慮が欠けていました」

「今日はもう休むといい。私たちが食べ終えるのを待つ必要もない」

「そ、そうっすか……? じゃあお言葉に甘えさせてもらうっす」


 気遣ってもらったのが嬉しかったのだろう。恐縮したようにしながらも明るい顔を見せて、バーミンちゃんは今日のホテルの場所を伝えてから一人でお店をあとにした。


「大丈夫かねえ、バーミンちゃん。あんまり無理はしてほしくないんだけど」


 ナゴミちゃんから貰ったパスタを啜りながら私が言えば、コマレちゃんがスープを飲む手を止めて「そうですね」と同意する。


「ここの試練さえ終われば、あとはドワーフタウンに寄ってから王都へ戻るだけですから。どうかそれまでバーミンさんの体調が崩れないことを祈りましょう」

「バーミンちゃんが案内人じゃないとウチらも困っちゃうもんね~」


 今更他の人の案内で街を巡るっていうのも確かにちょっと……どころかだいぶ気が乗らない。もうすっかり仲良しにもなったことだし、やっぱり私たちの案内人はバーミンちゃんがいい。


 というか、やっぱ勇者って特別なんだな。バーミンちゃんだって決してひ弱ってわけじゃないのに私たちとは限界の数値がぜんぜん違うっぽいっていうか。旅で疲れはしても、こうしてちょっとした休憩を取るだけでほとんど全快してしまうんだから……なんというか改めて「勇者」っていう肩書きがとんでもないものだと思い知らされた気分だよ。


 もうただの女子中学生だとはとても名乗れそうにないな。別にいーけども。



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