80 スケジュール
「どうか勇者へ精霊の加護がありますように。ボクはこの地から離れられないが、遠くにありても近く想う。君らの息災を強く祈り続けよう」
激闘明けの翌日、そう言ってルールスさんは新しい馬車に乗り込む私たち一人一人に握手をして見送ってくれた。その傍にいたアリシアさんは私にだけ、
「体調に問題はないようだけど、一応は他の医者や癒者にも診てもらうことをお勧めするわ。あなた変だもの」
などと心配してくれているのかどうかよくわからない言葉をくれたりもした。
アリシアさんの感覚では自分が治療したというよりも、患者が勝手に自分の魔力を吸って勝手に治った、みたいな感じらしいので、まあ珍妙がられても無理はないかなと思う。
そんな事例は見たことも聞いたこともないそうなので致し方なしだ。私だって我がことながらなんだか不気味にも感じるもの。
「それじゃ、出発するっすよー!」
バーミンちゃんが景気よく手綱を振るえば、それに反応して二頭の馬がいなないて走り出す。手を振るエルフタウンの人たちもあっという間に小さくなって、完全に見えなくなった頃にナゴミちゃんからの説明が行われた。
「予定にどういう変更があったかっていうと~。えっとねぇ、エルフタウンの次は一旦、ルズワースってところに寄って休養を取るはずだったみたいなんだけど~」
ルズワースは王都よりも連合国、つまりは第三大陸の真ん中の位置に近いものだから物流の中心にもなっている街であり、そのぶんだけ発展もしていてなんでもある。実際に王都に次いで二番目に大きな「大街」の名に恥じない場所なんだそうで、そこでの休養となれば試練疲れの私たちにとってはパラダイスだったろう……けれども、無情にもそれはスキップされることが決定してしまったと。
「仕方ありませんよ。ロウジアに続きエルフタウンでも魔族と遭遇してしまったんですから、できる限りに予定を早めていくのは妥当な判断でしょう」
「それは重々理解してるんだけどさー……でもガッカリはしちゃうよどうしても」
「あは~。ウチも気持ちはわかるけどねぇ」
おおナゴミちゃん、心の友よ。やっぱりあなたとは意見が合うね。
何もだらだらしたいわけじゃないんだ。試練をサボりたいわけでもない。ただ、心身にのしかかった負担を少しでも癒したいっていうそれだけのこと……なのに、それだけのことすらもできない! 魔族のせいで! 具体的にはアンちゃんのせいで!
「ロウジアには魔王が、エルフタウンには四災将が。それぞれ本気で潰すつもりで手を伸ばしかけていた。私たちの到着がもう少し遅れていたらおそらく実際にそうなっていた……第三の試練のある場所やドワーフタウン、それ以外の国を守る『要点』もいつ同じ状況になってもおかしくない。なら、急ぐしかない」
そうなんだよなー。誰よりも事態を重く見ているルーキン王も兵士を動かして、重要度の高い(つまり魔族にとって襲う価値の高い)街や町を優先的に調べさせているみたいだけど、それで何も見つからなかったとしても安心はできないもんな。
例えばスタンギルみたいな隠蔽工作でもされていたら異常を発見するのはとんでもなく困難だ。精霊魔法で探知とかが得意なはずのエルフたちですらも気付かなかったくらいなんだから……まあそれはスタンギルの力がヤバすぎたってことでもあるのかもしれないけど、でも同じような真似が他の魔族にできないとも限らない。
特に他の四災将なら少なくともスタンギルと何かしらの面で同格以上であるのは間違いないので、なおさらに怖いよね。
だから女神に導かれている私たち「勇者」がその地を訪れることには大きな意味がある。と、ルーキン王も言っていたとバーミンちゃんとナゴミちゃんが教えてくれた。
「そういうわけだからー、またちょっと無茶な行程にはなるけど、ウチらはこのまま次の試練の地に指定されたトラウヴって街に直行するよ~。一泊だけ野宿ね~」
野宿かぁ。キャンプするのもそれはそれで楽しいんだけど、魔物に気を付けなきゃだから街中の宿みたいには休まらないんだよな。ああ、行きたかったよルズワース。
で、そのトラウヴって街で試練を終えたら今度はドワーフタウンへ直行と。これが現状の最新スケジュールなわけだ。
えーっと、そもそもどんな風にスケジュールが変わっていったんだっけ?
「少しややこしい経緯にはなりますが……まず、ザリークの襲撃を受けて儀の巡礼に先んじて試練の旅が行われることになりました。それは覚えていますね?」
「うん、そこはだいじょうぶ」
「試練の地は全部で三箇所。ロウジア、エルフフタウン、トラウヴですね。これらを巡る道すがらに無理なく立ち寄れるということで、魔術師ギルドの本部があるモンドールに行きましたよね」
「ああそうそう、そこでギルド長のトーリスさんに挨拶したんだよね」
「はい、彼は儀の巡礼で元々合うはずだった人なので、それをついでに済ませたということですね。その際、勇者のために用意された希少なアイテムである純魔道具を譲り受けました」
「これのことだね」
と言って、右手の中指。またコマレちゃんに魔力を入れ直してもらった魔蓄の指輪を見せる。攻魔の腕輪と防魔の首飾りに関しては、まだそれぞれカザリちゃんとナゴミちゃんに渡してチャージの真っ最中だ。
攻魔のほうは半分くらいしか使ってないからもうすぐ溜まりそうみたいなんだけど、防魔についてはすっからかんにしちゃったもんでまだまだかかりそう。三人とも何度も世話になってすまんねぇ、と思ってる。ホントだよ。
「思うに儀巡には、ただ有力者との顔合わせというだけでなく有用なアイテムを授かるパワーアップイベントの側面もあるようですね。まずは装備を整えて、それから試練の旅に出て戦う力を養う。そういう順番になっているんでしょう」
なるほど? アイテムゲットを後回しに、レベルアップを優先させたって感じか。まー最低限の実力がないと便利なアイテムだって活かしきれないだろうし、ルーキン王の判断はやっぱり正しいと私も思う。
「ただ、ロウジアでの魔王との遭遇によって試練の旅の工程を更に早める必要が出てきました。ですので馬に無理をさせてまでエルフタウンに直行して第二の試練を終わらせて、ルズワースでロウジアから続く疲労を癒し、第三の試練へ。という予定に変わっていたようですが──」
「エルフタウンでも魔族とバッティングしちゃったもんだから、もうルズワースでのんびりする余裕もなくなっちゃったってことね」
「そういうことですね」
んで、トラウヴで最後の試練を終わらせる頃にはドワーフタウンで勇者用の装備が出来上がりそうなんで、それを受け取りに行くと。ちょうど魔術師ギルドで純魔道具を貰ったみたいに、儀巡で行う一個のイベントを終わらせておくんだな。
「ドワーフ製のアイテムはそれはもうすごいっらしいっすからね! 自分は武具も防具もそもそも使わないんで詳しくは知らないっすけど、国王様も期待してくれていいって仰ってたっす!」
御者席からバーミンちゃんが言う。ほほう、ドワーフの物作りってそんなにすごいのか……そういえば選兵団の隊長であるゴドリスさんも本気で戦うときはドワーフ製の剣とか鎧を身に着けるって言ってたっけな。じゃあやっぱり、得物にしろ装備品にしろ人間が作ったものとは何かが違うんだろうな。
「楽しみですね! ドワーフとも会えるなんて夢のようです」
目を輝かせるコマレちゃん。彼女はエルフに対しても人一倍感激していたし、そのエルフと並ぶ有名種族であるドワーフにもそれはもうワクワクだろうな。あまりファンタジーに造詣の深くない私でもその気持ちはわかるくらいだ。
ただし、ドワーフと会う前に私たちは女神が用意した最後の試練をクリアしなくちゃならないってことも忘れちゃいけない。
さーてお次は何が待っているのやら。




